第VIII部 経営
第30章
お客を集め、常連を育てる
おいしい寿司を握っても、知られなければお客様は来ません。そして、一度来たお客様がまた来てくれなければ、店は続きません。この章では、店を見つけてもらう方法と、常連のお客様を育てる方法、予約と無断キャンセルへの備えを学びます。
この章で学ぶこと
- 店のコンセプトから、来てほしいお客様を決められる(一級)
- 地図アプリ、グルメサイト、SNS の役割の違いを説明できる(一級)
- 口コミへの正しい返し方と、やってはいけないことを説明できる(一級)
- 顧客台帳の使い方と、個人情報を守る決まりを説明できる(一級)
- 海外からのお客様への備えと、無断キャンセルへの備えを挙げられる(一級)
30.1 誰に来てほしいか
お客を集める話は、宣伝の方法から始めたくなります。けれども、先に決めることがあります。どんなお客様に来てほしいかです。これを決めないまま宣伝しても、来てほしい人には届かず、合わない人ばかりが来てしまいます。
来てほしいお客様の層を、客層と言います。客層は、店のコンセプトから決まります。コンセプトは第29章で学びました。おまかせ一本の店なら、記念日や接待で来る人、寿司が好きで職人の仕事を見たい人が客層です。昼の握りに力を入れる店なら、近くで働く人が中心になります。
客層は立地ともつながっています。駅前の店には、通りがかりのお客様が入ります。看板と入りやすさが大事です。路地の奥の店には、店を目当てに来る人しか来ません。予約と、店を見つけてもらう工夫が大事になります。自分の店がどちらなのかで、力を入れることが変わります。
客層を決めたら、そのお客様が店を選ぶときの道筋を考えます。どこで店を知り、何を見て決め、どうやって予約するか。その道筋のどこかで店が見つからなければ、お客様は来ません。次の節からは、この道筋に沿って見ていきます。
二つの数字で考える
お客を集める仕事は、二つに分けて考えると分かりやすくなります。新しいお客様に来てもらうことと、来たお客様にまた来てもらうことです。売上は客数と客単価を掛けたものでした(第27章)。客数を支えるのは、新しいお客様と、また来るお客様の合計です。
例で考えます。これは説明のための架空の例です。月に300人のお客様が来る店があり、そのうち半分の150人が、また来るお客様だとします。また来る人の割合が3割に下がると、同じ300人を保つには、新しいお客様を毎月210人集めなければなりません。半分なら150人ですみます。また来てくれる人が多い店ほど、宣伝に頼らずにすむのです。この章の後半で、常連を育てる話をするのはこのためです。
30.2 見つけてもらう
地図アプリの店舗情報
いま、多くのお客様は、スマートフォンの地図アプリで店を探します。「近くの寿司」と調べると、地図の上に店が並びます。ここに出る店の名前、場所、営業時間、電話番号、写真が、店の最初の顔になります。
地図サービスの多くは、店の持ち主が自分の店の情報を登録し、直すしくみを持っています。開業したら、まずここを整えます。とくに大事なのは、情報を正しく保つことです。営業時間が違っていて、閉まった店の前でお客様を待たせると、その人は二度と来ません。臨時休業や年末年始の営業も、その都度直します。
グルメサイトと予約サイトの使い分け
飲食店を探すためのグルメサイトや、席を予約できる予約サイトもあります。たくさんの人が見ているので、新しいお客様に知ってもらう力があります。
ただし、多くは手数料がかかります。毎月決まった額を払う掲載料の形もあれば、予約1件ごと、お客様1人ごとに払う形もあります。手数料の仕組みと率は、サイトや契約で違い、年によっても変わります。契約の前に、必ず条件を確かめます。
手数料を考えるときは、計算をしてみます。架空の例です。客単価が1万円の店で、予約1人ごとに数百円の手数料がかかるとします。手数料が500円なら、売上の5%です。寿司店の原価率は高めなので(第27章)、この数%が利益を大きく削ることがあります。一方で、そのお客様が常連になって何度も来てくれれば、2回目からは手数料がかかりません。サイトは、新しいお客様と出会うための入口と考えます。入口から入ったお客様を、店の常連に育てるのは自分の仕事です。
写真と情報を正しく保つ
どこに載せる写真も、実際に出しているものを撮ったものにします。季節が変わってもう出していないネタや、実際より豪華に盛った写真を載せると、来たお客様はがっかりします。産地や「天然」などの言葉も、本当のことだけを書きます。実際より良く見せる表示は、景品表示法という法律で禁じられています。
30.3 SNS と写真
寿司は、写真に強い料理です。小さな一貫に、魚の色、つや、包丁の跡が詰まっています。SNSは、写真や短い動画、文章を発信できるインターネットの場です。寿司店にとって、お金をかけずに店を知ってもらえる道具になります。
何を見せるか
- その日のネタ 今日入った魚、旬の魚。「今日はこれがあります」は、常連のお客様への便りにもなります。
- 仕込みと職人の仕事 魚をおろす、コハダを締める、玉子を焼く。お客様の見ていない仕事を見せると、一貫の値打ちが伝わります。
- 店の清潔さ 磨いたまな板、整った冷蔵庫。清潔さは、それだけで信用になります(第31章)。
気を付けること
お客様が写る写真は、必ず本人の許しを得てから載せます。店で会った人の名前や様子を書き込むのもいけません。どこで誰と食事をしたかは、人に知られたくないことがあるからです。
もう一つは、衛生の見え方です。素手で握る動画は、日本では職人の技に見えます。けれども、手袋が当たり前の国の人には、不衛生に見えることがあります。手を洗う場面や手酢を打つ場面も見せ、なぜ素手で握れるのかを一言添えると、誤解を防げます(第6章)。
続けることが大事
SNS は、たまに大きく発信するより、少しずつでも続けるほうが力になります。たとえば、週に3回、仕込みの合間にネタの写真を1枚載せると決めます。無理のない回数を決めて続けることです。続けている店は、「この店はいまも元気にやっている」と伝わります。
30.4 口コミとの付き合い方
グルメサイトや地図アプリには、お客様が感想を書き込む口コミの欄があります。新しいお客様の多くは、口コミを読んで店を選びます。よい口コミは励みになります。悪い口コミは、つらいものです。けれども、そこに店をよくする手がかりがあることもあります。
悪い口コミへの返し方
多くのサイトでは、店から返事を書くことができます。悪い口コミに返事をするときは、書いたお客様だけでなく、これから来るかもしれない大勢の人が読んでいる、と考えます。
- 来てくれたお礼を言う まず、来店と、感想を書いてくれたことにお礼を言います。
- 不快な思いにお詫びする 言い訳より先に、嫌な思いをさせたことにお詫びします。
- 事実を短く伝える 誤解があれば、責めずに事実だけを伝えます。直したことがあれば、それを書きます。
- また来てほしいと伝える 最後に、次の機会を願う言葉で結びます。
返事に、そのお客様の名前や、いつ誰と来たか、何を食べたかを書いてはいけません。お客様の個人のことを、ほかの人に知らせることになるからです。言い返す、皮肉を書く、書いた人を探そうとする。これらは店の評判を、口コミそのもの以上に傷つけます。
体調を崩したという口コミは、別に扱います。食中毒の疑いがあれば、返事を書くより先に、保健所に相談するなど、第26章の手順に沿って対応します。
やってはいけないこと
店の人や知り合いに、お客様のふりをしてよい口コミを書かせること。これをやらせと言います。値引きや無料の一品と引き換えに、よい口コミを書かせることもあります。どちらも、読む人をだますことです。
日本では2023年10月から、広告であることを隠した宣伝が、景品表示法で禁じられています。これをステルスマーケティングの規制と言います。店が頼んだり見返りを渡したりして書かせた口コミを、ふつうの感想のように見せると、この規制に触れるおそれがあります。多くのサイトも、規約でやらせを禁じています。見つかれば店の信用は一度に崩れます。
30.5 常連を育てる
常連のお客様は、店の土台です。毎月来てくれる人がいれば、売上が安定し、仕入れの量も読めます。常連のお客様が友人を連れてきてくれれば、宣伝のお金もかかりません。
顧客台帳と好みの記録
常連を育てる道具が、顧客台帳です。来てくれたお客様の名前、連絡先、来店の日、食べたもの、好みを書き留めた記録です。紙の帳面でも、予約の仕組みに付いた記録でもかまいません。
台帳に書くのは、たとえば次のようなことです。光り物が好き、シャリは小さめ、お酒は冷やで一合。前回は鯛の昆布締めを喜んでいた。台帳を見てから迎えれば、二度目のお客様にも「前回は昆布締めを気に入っていただけましたね」と言えます。相手の好みを感じ取るおもてなしは、第26章で学びました。台帳は、それを職人一人の記憶に頼らず、店全体で続けるための道具です。
個人情報を守る
顧客台帳は、個人情報の集まりです。日本では個人情報保護法があり、小さな店も含めて、個人情報を扱う事業者が守る決まりがあります。
- 使い道を決めて知らせる 「ご予約の管理と、季節のご案内のために使います」のように、使い道を決めて、お客様に知らせます。
- 安全に保管する 帳面は鍵のかかる場所に置き、パソコンやスマートフォンには鍵をかけます。辞めた人が持ち出せないようにします。
- ほかに渡さない 本人の同意なしに、ほかの会社や人に渡してはいけません。
季節の便りと紹介
常連のお客様に、季節の便りを送る店があります。「新子(しんこ)が入りました」「今年も白魚の季節です」。旬を知らせる便りは、寿司店ならではのものです。はがきでも、メールでも、SNS でもかまいません。
ただし、宣伝のメールには決まりがあります。日本では、宣伝のための電子メールは、前もって受け取ることに同意した人にだけ送れます。名刺をもらったから、予約で電話番号を聞いたから、と黙って送り始めるのはやめましょう。名刺などで相手が自分から知らせてくれた場合は法律上送れることもありますが、先にひと言、了解をもらうほうが店の信用を守ります。送るメールには、店の名前と、配信を止める方法を書きます。
常連のお客様が、知り合いを連れてきてくれることがあります。これを紹介と言います。紹介で来たお客様は、はじめから店を信じて来てくれます。紹介してくれた常連のお客様の顔をつぶさないよう、いつも以上に心を込めます。それが、紹介した人への一番のお礼になります。
30.6 海外からのお客様
日本の寿司店には、海外からのお客様が多く訪れます。海外の店では、いろいろな国の人がお客様です。言葉と食習慣の違いに、前もって備えておきます。
多言語のメニュー
メニューは、日本語のほかに英語など、お客様の多い言葉でも用意します。寿司のネタの名前は、訳しても伝わらないことがあります。「コハダ」を英語の魚の名前に直しても、どんな味か分かりません。名前と一緒に写真を載せ、「酢で締めた光り物」「煮た穴子に甘いたれ」のように、短い説明を添えます。
生のものか、火を通したものかも書きます。生ものを避けたい人、妊娠中の人、体の弱い人が、自分で選べるようにするためです(第26章)。日本にはチップの習慣がありません。お通しの料金のような日本独特の決まりもあります。こうしたこともメニューに書いておくと、会計のときの行き違いを防げます。
アレルギーと宗教上の食の決まりを聞く
海外からのお客様には、予約のときか、席に着いたときに、食べられないものを必ず聞きます。言葉が通じにくいときは、よくあるアレルゲンと食の決まりを、いくつかの言葉で並べた紙を用意し、指で示してもらいます。
アレルゲンの範囲は国によって違います。日本で表示が義務づけられているのは9品目ですが、EU や米国では魚全体が主なアレルゲンに入ります(第26章)。宗教上の食の決まりでは、イスラム教のハラールで酒やみりんが問題になることがあります。煮切りやツメに酒を使っていないかを、職人が答えられるようにしておきます(第26章)。分からないときは、出さないことです。
事前決済
旅行中のお客様は、予約しても来られなくなることがあります。日本の電話番号を持たず、連絡がつかないこともあります。予約のときに、カードなどで代金の一部や全部を先に払ってもらう事前決済は、こうした行き違いを防ぐ方法の一つです。お客様にとっても、当日の会計が楽になります。
30.7 予約と無断キャンセル
予約したお客様が、連絡なしに来ないことを、無断キャンセルと言います。英語の言い方から「ノーショー」とも呼ばれます。席の少ない寿司店には、大きな痛手です。
寿司店の痛手は大きい
架空の例で計算します。カウンター10席の店で、客単価は1万円です。ある晩、2人の予約が無断で来なかったとします。2席が空けば、その晩の売上は最大で2万円減ります。満席の晩なら、売上の2割が消えます。予約で席を押さえていたので、ほかのお客様を断っていたかもしれません。
痛手はそれだけではありません。おまかせの予約に合わせて、魚を仕入れ、仕込みを済ませています。生の魚は翌日に回せないものもあります。仕入れの読み方は第28章で学びました。無断キャンセルは、売上と食材の両方を失わせるのです。
予約金とキャンセル料の決め方
無断キャンセルに備える方法は、主に三つあります。
- 前日に確かめる 予約の前日などに、電話やメッセージで来店を確かめます。うっかり忘れを減らせます。
- 予約金や事前決済をお願いする とくにおまかせの予約や大人数の予約では、代金の一部を先にいただきます。
- キャンセル料を決めて、前もって伝える いつまでの取り消しなら無料か、それより後や無断の場合はいくらかを決めます。
キャンセル料で一番大事なのは、予約を受けるときに、前もってはっきり伝えておくことです。あとから突然求めても、お客様は納得しません。予約サイトの説明欄、予約の確認のメール、電話での予約の最後に、同じ内容を伝えます。
キャンセル料の額は、店が実際に受ける損害に見合ったものにします。日本には消費者契約法という法律があります。取り消しのときに払うお金を決めても、同じような場合に店が受ける平均的な損害を超える部分は無効とされています。料理を決めて食材を用意するおまかせの予約と、席だけの予約では、店の損害の大きさが違います。予約の種類ごとに、根拠をもって決めます。
電話でも予約サイトでも、予約の受け方を店の中でそろえます。誰が受けても、同じ説明をし、同じことを台帳に書きます。それが、お客様の信用を守り、店を守ります。
この章のまとめ
- お客を集める前に、コンセプトと立地から来てほしい客層を決める。また来るお客様が多い店ほど、宣伝に頼らずにすむ。(一級)
- 地図アプリの店舗情報は店の最初の顔。営業時間や写真を正しく保つ。グルメサイトや予約サイトは手数料の仕組みを確かめて使う。(一級)
- SNS は無理のない回数で続ける。お客様を写すときは許しを得る。素手で握る動画には理由を一言添える。(一級)
- 悪い口コミには、お礼、お詫び、事実、また来てほしいの順で返す。やらせや見返りの口コミは、ステルスマーケティング規制に触れるおそれがある。(一級)
- 顧客台帳は常連を育てる道具であり、個人情報でもある。アレルギーは記録し、予約のたびに確かめ直す。宣伝メールは同意を得た人にだけ送る。(一級)
- 海外からのお客様には、写真と説明付きのメニューを用意し、アレルギーと食の決まりを聞き取る。(一級)
- 無断キャンセルには、前日の確認、予約金、キャンセル料で備える。キャンセル料は前もって明示し、平均的な損害に見合った額にする。(一級)
確認問題
問1 口コミへの対応として、正しいものはどれか。
a 悪い口コミには、書いた人がいつ誰と来たかを示して、事実と違うことを証明する。
b 店の従業員に客のふりをしてよい口コミを書いてもらい、悪い口コミを目立たなくする。
c 無料の一品と引き換えに、よい口コミを書くよう客に頼み、そのことは伏せておく。
d 悪い口コミには、来店へのお礼とお詫びを述べ、事実を短く伝えて、また来てほしいと結ぶ。
e 悪い口コミは店の評判を下げるので、書いた人を探して直接抗議する。
答え:d
返事は、これから来るかもしれない大勢の人も読みます。お礼、お詫び、事実、また来てほしいの順で返します。お客様の来店の様子を書くのは、個人のことを知らせることになります。bとcは、読む人をだますやらせです。日本では2023年10月から、広告であることを隠した宣伝が景品表示法で禁じられています。
問2 顧客台帳と季節の便りについて、正しいものはどれか。
a 小さな店の顧客台帳は、個人情報保護法の対象にならない。
b 予約で電話番号やメールアドレスを聞いたお客様には、同意を得なくても宣伝のメールを送ってよい。
c 台帳にアレルギーが書いてあれば、予約のときに本人に確かめ直す必要はない。
d 顧客台帳は、使い道を決めてお客様に知らせ、鍵のかかる場所や鍵をかけた機器で守る。
e 常連のお客様の好みの記録は、取引先の業者に本人の同意なく渡してよい。
答え:d
顧客台帳は個人情報です。小さな店も含めて、使い道を決めて知らせ、安全に保管し、本人の同意なくほかに渡しません。宣伝のメールは、前もって受け取ることに同意した人にだけ送れます。アレルギーは申告の内容が変わることがあるので、台帳に頼らず、予約のたびに確かめ直します。
問3 無断キャンセルとキャンセル料について、正しいものはどれか。
a キャンセル料は、無断キャンセルが起きたあとで、店がその都度金額を決めて請求すればよい。
b キャンセル料は、店が自由に決めてよく、どれだけ高くしても有効である。
c キャンセル料は、予約を受けるときに前もってはっきり伝え、店の平均的な損害に見合った額にする。
d おまかせの予約と席だけの予約は、店の損害が同じなので、同じキャンセル料にしなければならない。
e 前日に来店を確かめる連絡は、お客様に失礼なので行わない。
答え:c
キャンセル料は、予約を受けるときに前もって明示しておくことが一番大事です。日本の消費者契約法では、同じような場合に店が受ける平均的な損害を超える部分は無効とされます。おまかせの予約は食材を用意しているので、席だけの予約より損害が大きくなります。前日の確認は、うっかり忘れを減らす有効な方法です。

