第VIII部 経営
第28章
仕入れ・在庫・ロス
寿司店の原価の大半は、毎朝の仕入れで決まります。何を、どこから、どれだけ買い、冷蔵庫でどう回し、何を捨てたのか。この章では、仕入れから廃棄までを一本の流れとして、衛生とお金の両方の目で学びます。計算には、第27章と同じ架空の「すし店A」を使います。
この章で学ぶこと
- 仕入れ先の種類と、それぞれの長所と注意点を説明できる
- 相場が上がる時期を知り、代わりのネタで店を安定させられる
- 予約と見込みの客数、歩留まりから、仕入れ量を計算できる
- 棚卸しをして、その月の本当の原価を計算できる
- ロスの種類を挙げて記録し、余りを安全に生かす判断ができる
この章の「すし店A」は、第27章と同じく説明のための架空の店です。カウンター10席で、月の売上は375万円、材料の原価は150万円、原価率は40%としています。数字はすべて例です。
28.1 どこから仕入れるか
寿司店の仕入れ先は、一つではありません。生の魚、冷凍の魚、米や海苔などの乾物、酒、消耗品と、ものごとに向いた仕入れ先があります。主な仕入れ先を整理します。
| 仕入れ先 | 向いているもの | 長所 | 注意点 |
|---|---|---|---|
| 市場の仲卸 | 生の魚介全般 | 種類が多く、自分の目で見て選べる。相場が分かる | 市場へ通う時間が要る。よい魚は信頼のある客に回る |
| 産地直送 | 特定の魚、ブランド魚 | 締め方や発送の時刻を指定できる | 届くまで中身が見えない。量の調整が難しい |
| 納入業者 | 冷凍品、米、海苔、乾物、酒、消耗品 | 店まで届けてくれる。値段と品質が安定しやすい | まとめ買いを勧められやすい。在庫が増えすぎないよう注意 |
言葉で言えば、生の魚は市場の仲卸か産地から、日持ちするものは納入業者から、という分け方が基本です。
仲卸(なかおろし)とは、市場で魚を買い取り、小売店や飲食店に売る業者です。仲買(なかがい)とも呼ばれます。日本の魚は、産地の市場から消費地の市場へ渡り、仲卸を通って店に届くのが基本の流れです(第11章)。
仲卸との信頼関係
仕入れは人と人との付き合いです。最初は一軒の仲卸に通い、店で使う魚の種類、大きさ、使い道、予算を具体的に伝えます。値段だけを見て店を渡り歩く客には、よい魚は回ってきません。よい魚は数が少なく、信頼できる客に優先して売られるからです。よい仲卸は、魚がよくない日に「今日はよくない」と正直に言い、代わりの魚を勧めてくれます(第11章)。
お金の面でも、信頼は大事です。支払いの条件は、その場で現金で払うか、月末にまとめて締めて翌月に払うかなど、取引先ごとに決まっています。決めた日にきちんと払うことは、よい魚を回してもらうための土台です。また、仕入れ先を一軒だけに頼ると、その店が休んだときに困ります。主な仕入れ先を決めたうえで、もう一軒、相談できる先を持っておくと安心です。
海外での仕入れ
海外では、魚が水揚げから店に届くまで低温で保たれていないことがあります。また「sushi grade」という表示に法的な定義はなく、売り手の自己申告です。仕入れのときは表示ではなく、いつ、何℃で、何時間冷凍されたかの記録を確かめます。くわしくは第11章と第12章で学びます。
28.2 相場と季節を読む
魚の値段は毎日変わります。その日の取れ高と、買いたい人の数で決まるからです。この値動きを相場(そうば)と言います。相場の動きには、ある程度の決まりがあります。
旬と値段
多くの魚は、旬の時期にたくさん取れて市場に多く出回ります。出回る量が多いと、値段は下がりやすくなります。しかも旬の魚は脂が乗り、味もよいことが多いのです(第11章)。旬のネタを中心に献立を組むと、味と原価の両方で得をします。ただし、出始めの「初物」は、珍しさから高い値が付くことがあります。
値段が上がる時期
値段が上がりやすいのは、海が荒れて漁に出られない時化(しけ)の後、市場が休む日の前後、年末、連休の前です(第11章)。どれも、取れる量や市場に出る量が減るか、買いたい人が増える時期です。とくに年末は、多くの店が一斉に高い魚を求めるので、相場が大きく上がります。
相場が上がったときに、無理に買わないことも腕のうちです。いつものネタが高すぎる日は、同じ役割を果たす別のネタを用意します。たとえば、白身が高い日は別の白身に替える、光り物を一品増やす、といった具合です。代わりのネタを選べる職人がいる店は、相場に振り回されません。値段が大きく動くネタを品書きに載せるときは、時価にして、注文の前に値段を伝えます(第27章)。
28.3 何をどれだけ仕入れるか
仕入れの量は、勘だけで決めず、数字から逆算します。手がかりは、予約の数と、ふだんの来店の見込みと、歩留まりです(第27章)。すし店Aが、ある夜のおまかせ用にマダイを仕入れる例で計算します。
- 夜の客数を見込む 予約が10人あり、ふだん予約なしで2人ほど来ます。見込みは12人です。
- 必要な貫数 おまかせで、マダイを1人2貫出します。12人で24貫です。切り損じや追加の注文に備えて4貫足し、28貫とします。
- 必要な身の重さ 1貫のネタを14グラムとすると、28貫で392グラムです。
- 必要な丸の重さ 歩留まりを35%とします。使える身392グラムを0.35で割ると、1,120グラムです。丸のマダイなら1.1キロ以上のものが1尾要ります。
ここで、市場に2キロの立派なマダイしかなかったとします。2キロなら、第27章の計算どおり50貫取れます。今夜使うのは28貫なので、22貫分が余ります。買うかどうかは、余りの使い道が決まっているかで判断します。マダイは熟成に向く白身で、正しく管理すれば数日かけて使えます(第10章)。翌日、翌々日のおまかせで使う予定が立つなら、2キロを買ってよいのです。
売れ筋を数字で知る
お好みで注文を受ける店では、どのネタがよく出るかを記録します。伝票や会計の記録から、ネタごとに一日何貫出たかを数えるだけで十分です。ひと月続けると、曜日や天気による出方の違いも見えてきます。勘で多めに仕入れる習慣は、記録で少しずつ直せます。
欠品と余り、どちらを避けるか
多く仕入れれば余ってロスになり、少なければ品切れになります。どちらも避けたいのですが、両方を完全に防ぐことはできません。考え方の目安は、ネタの日持ちです。
- 日持ちしないもの 貝、イカ、甘エビ、青魚の生などは、余りを避ける側に寄せます。品切れはお客様に謝れば済みますが、傷んだネタは出せません。
- 店の看板や定番のもの マグロや玉子など、多くのお客様が楽しみにしているネタは、品切れを避ける側に寄せます。熟成や締めで日持ちさせられる魚も、こちらに入ります。
余ったときの出口を先に決めておくと、ロスを恐れて仕入れを削りすぎることがなくなります(28.6)。
28.4 在庫と棚卸し
在庫(ざいこ)とは、仕入れてまだ使っていない材料のことです。冷蔵庫の魚、冷凍庫の海老、棚の米や海苔、酒、仕込み済みのツメやガリも在庫です。在庫は、お金が形を変えて眠っているものです。多すぎる在庫は、現金を減らし、傷んで捨てる危険を増やします。
先入れ先出しは、衛生と原価の両方を守る
冷蔵庫の基本は先入れ先出し(さきいれさきだし)、つまり先に入れたものから先に使うことです。古いものを手前、新しいものを奥に置き、すべての容器に品名と日付を書きます(第5章)。これは食中毒を防ぐための決まりですが、同時にお金を守る決まりでもあります。奥で期限を過ぎて捨てた魚は、払ったお金をそのまま捨てたのと同じだからです。
月末の棚卸し
月末に、店にある在庫を全部数えて金額にすることを棚卸し(たなおろし)と言います。品名、量、仕入れたときの値段を書き出し、足し合わせます。冷蔵庫の魚も、冷凍庫も、乾物の棚も、酒も数えます。
なぜ数えるのか。その月の本当の原価を出すためです。その月に使った材料の金額は、仕入れた金額とは違います。月の初めに残っていた分を使い、月の終わりに残った分は、まだ使っていないからです。言葉で言うと、その月の原価は、月初の在庫に、その月の仕入れを足し、月末の在庫を引いたものです。
すし店Aの例で、言葉で追います。月初の在庫が20万円、その月の仕入れが155万円、月末の在庫が25万円でした。20万円に155万円を足すと175万円、そこから25万円を引くと150万円です。これが今月使った材料の本当の原価で、売上375万円で割ると原価率は40%です。
もし棚卸しをせず、仕入れの155万円をそのまま原価とすると、原価率は約41%になります。この程度の差なら小さく見えます。しかし、月末に年末用の酒をまとめて30万円買った月はどうでしょう。仕入れだけで計算すると原価率は急に上がり、まだ一本も売っていない酒のせいで「今月は原価が悪い」と見誤ります。反対に在庫が月末に大きく減った月は、原価を安く見誤ります。棚卸しをして初めて、原価率の上下を正しく読めるのです。
28.5 ロスを減らす
ロスとは、お金を払って仕入れたのに、売上にならずに消えてしまった材料のことです。ロスにはいくつもの種類があります。
| ロスの種類 | 例 | 減らし方 |
|---|---|---|
| 廃棄 | 期限切れ、傷んだ魚、炊きすぎて余ったシャリ | 仕入れ量を記録で決める。先入れ先出し。シャリは小分けに炊く |
| 歩留まりの損 | 中骨に身が残る、皮を厚く引く | 包丁を研ぎ、おろし方を教える。重さを量って比べる |
| 切り損じ | 形が悪く握りに使えない身、落とした身 | サクの取り方を決める。端身の使い道を決めておく |
| 量らないことによる損 | ネタやシャリが決めた量より多い | ときどき量って、手の感覚を合わせる |
| まかない | 従業員の食事に使った材料 | ロスとは分けて記録する |
主なロスは五つです。期限切れなどの廃棄、おろし方による歩留まりの損、握りに使えない切り損じ、量らないことによる損、そしてまかないです。
量らないことによる損
見落としやすいのが、量らないことによる損です。たとえば、1貫のシャリを15グラムと決めている店で、忙しくなると手が勝手に17グラム握っていたとします。1貫あたりわずか2グラムです。しかし、すし店Aが月に6,000貫握るとすれば、2グラムの6,000倍で12キロのシャリが余分に出ていきます。ネタを1グラム厚く切る癖も同じです。シャリの量はネタとの釣り合いで決めるものなので(第24章)、量が狂うと味の釣り合いも崩れます。ときどき、はかりで握ったシャリを量り、手の感覚を合わせ直します。
まかないは分けて数える
まかないは、働く人の体と気持ちを支える大事な食事です。ただ、材料を記録せずに使うと、本当のロスとまかないの区別がつかなくなります。まかないに使った分は、ロスとは別に記録します。そうすれば、どこで材料が消えているのかが見えます。
ロスを記録する
ロスを減らす第一歩は、記録です。捨てるたびに、日付、品名、量、おおよその金額、理由を帳面に書きます。理由は「期限切れ」「傷み」「切り損じ」「仕入れすぎ」などで十分です。
すし店Aで、記録をつけてみたら、捨てた材料が一日平均3,000円あったとします。月25日で7万5千円、売上375万円の2%にあたります。これを半分にできれば、月に3万7,500円、一年で45万円が浮きます。ロスを減らした分は、ほかに何も変えなくても、そのまま利益になります。同じ3万7,500円の利益を売上を増やして作るには、原価率40%の店では、6万円以上の売上を新たに作らなければなりません。ロスの1円は、利益の1円です。
28.6 余りを生かす
どれだけ工夫しても、材料は余ります。余りを上手に生かすことは、昔からの職人の知恵です。ただし、何よりも先に安全があります。
生かし方
- 締める 青魚は日持ちしません。余りそうなら、傷む前に塩と酢で締めます。水分を抜き、酸を加えることで、菌と酵素の働きを抑えます(第10章・第13章)。
- 漬ける マグロの赤身などは、ヅケにして出せます。ただし、ヅケは当日限りが目安です(第5章)。昼の余りを夜のヅケにする、というように、その日のうちに使います。
- 熟成させる マダイなどの白身は、低温と衛生を守れば、数日かけて旨味が増します(第10章)。ただし、熟成は管理された時間であり、ただ置いておくことではありません。
- つまみにする 端身やカマは、焼き物、煮付け、和え物などのつまみにできます。
- まかないにする 出汁を取った後のアラや、形の悪い身は、まかないに使えます。
魚によって待てる時間は違う
「寝かせれば何でも旨くなる」わけではありません。白身は数日の熟成に向きますが、青魚は当日か翌日までに使うか締めます。イカとエビは翌日まで、貝は殻を開けたら当日に使い切ります(第10章)。余りの使い道は、この魚ごとの違いを守ったうえで決めます。
この章のまとめ
- 生の魚は市場の仲卸や産地直送、日持ちするものは納入業者から仕入れるのが基本です。仲卸とは信頼で付き合い、支払いは決めた日に守ります。
- 相場は、旬に下がりやすく、時化の後、休市の前後、年末、連休の前に上がりやすくなります。高すぎる日は代わりのネタで店を安定させます。
- 仕入れ量は、見込みの客数から必要な貫数を出し、身の重さを歩留まりで割って逆算します。日持ちしないネタは余りを、定番のネタは欠品を避ける側に寄せます。
- その月の原価は、月初の在庫に、その月の仕入れを足し、月末の在庫を引いて求めます。先入れ先出しは衛生と原価の両方を守ります。
- ロスには、廃棄、歩留まりの損、切り損じ、量らないことによる損、まかないがあります。記録すれば減らせ、減らした分はそのまま利益になります。
- 余りは、締める、漬ける、熟成、つまみ、まかないで生かせます。ただし安全が先で、疑いのあるものは迷わず捨てます。
確認問題
問1 月初の在庫が20万円、その月の仕入れが155万円、月末の在庫が25万円、売上が375万円だった。この月の原価率として正しいものはどれか。
a 約35%
b 40%
c 約41%
d 約47%
e 約53%
答え:b
その月の原価は、月初の在庫20万円に仕入れ155万円を足し、月末の在庫25万円を引いた150万円です。150万円を375万円で割ると40%です。cは棚卸しをせず、仕入れの155万円をそのまま原価とした誤りです。
問2 夜の見込み客が12人で、マダイを1人2貫、予備に4貫を足して出す。1貫のネタを14グラム、歩留まりを35%とすると、必要な丸のマダイの重さとして最も近いものはどれか。
a 約140グラム
b 約390グラム
c 約560グラム
d 約1,120グラム
e 約2,800グラム
答え:d
必要な貫数は12人に2貫で24貫、予備を足して28貫です。28貫に14グラムを掛けて、使える身は392グラム要ります。これを歩留まり0.35で割ると、丸の魚は約1,120グラムです。bは歩留まりを入れ忘れた誤りです。
問3 余った材料の扱いとして、最も適切なものはどれか。
a においが少し気になるサバは、加熱すればヒスタミンが壊れるので煮付けにして出す
b 殻を開けた貝は、熟成で甘みが増すので三日ほど寝かせる
c 余りそうな青魚は、傷む前に塩と酢で締め、決めた期限の中で使う
d 期限を過ぎたヅケは、もう一度漬け直せば期限が延びる
e ロスを減らすため、消費期限を過ぎた食材も見た目が良ければ使う
答え:c
青魚は日持ちしないので、傷む前に締め、店で決めた期限の中で使います。ヒスタミンは加熱でも冷凍でも壊れないのでaは誤りです。貝は殻を開けたら当日に使い切ります。漬け直しても期限は延びず、消費期限を過ぎたものは捨てます。

