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すし検定

目次 第5章 温度管理と在庫管理
    1. 序章本書の使い方 ― 二級と一級の範囲
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入を防ぐ
    5. 第5章温度管理と在庫管理
      1. 5.1 なぜ「10℃以下」なのか
      2. 5.2 品温を測る
      3. 5.3 小出しにし、切り置きをしない
      4. 5.4 先入れ先出し ― 古いものを手前、新しいものを奥
      5. 5.5 消費期限と賞味期限
      6. 5.6 納品と段ボール
      7. 5.7 テイクアウト
      8. 5.8 記録とHACCP
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリ

    1. 第7章米を知る ― 米と炊飯
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍
    4. 第13章下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き
  7. 第VII部 歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史 ― 屋台から世界へ
    2. 第26章カウンターに立つ ― 接客・おもてなしと職人の責任
  8. 第VIII部 経営

    1. 第27章お金の流れ ― 原価・歩留まり・値決め一級
    2. 第28章仕入れ・在庫・ロス一級
    3. 第29章開業の準備一級
    4. 第30章お客を集め、常連を育てる一級
    5. 第31章人と店の仕組み一級
  9. 付録 資料編

    1. 付録A覚えておきたい数字と温度・時間の早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C寿司ことばと用語集
    4. 付録D旬のカレンダー
    5. 付録E出題範囲と出題の目安

朗読は本文・コラム・まとめを読みます。表・図・確認問題は読みません。再生中は段落を押すと、そこから聴けます。

第I部 食の安全

第5章

温度管理と在庫管理

魚は冷蔵庫に入れておけば安全、というわけではありません。何℃で、どこに、どの順で置き、何分外に出していたか。冷蔵庫の使い方ひとつで、同じ魚が安全にも危険にもなります。この章では、温度と時間と在庫の管理を、店の一日の流れに沿って学びます。

この章で学ぶこと

  • 生の魚介を10℃以下に保つ理由と、品温と庫内温度の違いを説明できる
  • 小出しにする、切り置きをしない、すぐ冷蔵庫へ戻す、を実行できる
  • 先入れ先出しと日付の書き方を、仕込み品や自家製の調味料まで含めて実行できる
  • 消費期限と賞味期限の違いと、納品・テイクアウト・記録の基本を説明できる
  • 自家製品の期限を根拠をもって決め、HACCPの制度と記録の意味を説明できる(一級)

5.1 なぜ「10℃以下」なのか

日本の食品衛生法では、生で食べる切り身やむき身の魚介類を生食用鮮魚介類と呼びます。これは10℃以下で保存すると決められています。冷凍品は −15℃以下です。

この10℃には歴史があります。1990年代の日本では、刺身や寿司などの魚介類が原因の、腸炎ビブリオの食中毒がたくさん起きていました(第3章)。腸炎ビブリオは10℃以下で増え方が大きく鈍り、4℃以下ではほぼ止まります。2001年に、生食用鮮魚介類を10℃以下で保存することなどの基準が決められました。それから、この食中毒は大きく減りました。10℃は、日本が苦い経験から学んだ数字です。

ただし10℃は、法律の最低線です。生の魚は0〜4℃で保つのが理想です。冷蔵庫やネタケースは、5℃以下を目標にする店が多くあります。反対に、菌がよく増える10〜60℃を危険温度帯といいます(第2章)。夏の台所に置きっぱなしにした弁当が傷むのは、この温度帯に長くあったからです。人肌のシャリも、この温度帯の中にあります。だからシャリは、酢の酸と時間で守ります(第6章)。

冷凍 冷蔵 危険温度帯 10〜60℃ 20〜40℃で最も速く増える 加熱・保温(60℃以上) −30 −20 0 10 20 40 60 80 100℃ −20℃・24時間:アニサキス 35〜37℃:人肌のシャリ 10℃以下:生食用魚介の法定の保存温度 0〜4℃:生の魚の理想 85〜90℃・90秒:ノロウイルス
図5-1 寿司店の温度の目盛り。10〜60℃が危険温度帯で、人肌のシャリはその中にあります。生食用の魚介は10℃以下、生の魚は0〜4℃が理想です。75℃で1分以上の加熱で多くの食中毒菌は死にますが、芽胞と熱に強い毒素は残ります。−20℃・24時間は厚生労働省が示すアニサキスの予防法で、法令の保存基準ではありません。

チルドと氷温、海外の基準

サクを短い間しまっておくなら、−1〜1℃あたりが理想です。この0℃前後の、凍る直前の低い温度をチルド帯といいます。そのうち、水が凍る0℃から、魚の身が凍り始める −1〜−2℃までの凍らない温度を、とくに氷温帯といいます。魚の身は塩分やアミノ酸を含むので、真水より低い温度まで凍りません。冬の道路に塩をまくと凍りにくくなるのと同じ理屈です。

危険温度帯の幅は、国によって少し違います。米国の基準(FDA Food Code)は、5〜57℃、華氏でいえば41〜135度を使います。危険温度帯の中でも20〜40℃は、多くの食中毒菌がいちばん好む温度です。腸炎ビブリオは条件がそろえば、10分前後で数が2倍になります(第3章)。

5.2 品温を測る

冷蔵庫の表示が3℃でも、中の魚が3℃とは限りません。庫内温度は、冷蔵庫の中の空気の温度です。品温は、食材そのものの温度です。冷蔵庫に入れたばかりのペットボトルの水は、すぐには冷たくなりません。それと同じで、入れたばかりの魚の芯は、しばらく10℃を超えていることがあります。空気は熱を伝えにくく、魚は水のかたまりで冷えにくいからです。守るべきなのは品温です。芯温計、つまり食材に刺して中の温度を測る温度計で測ります。

冷蔵庫の使い方

業務用の冷蔵庫は、冷たい空気をファンで回して冷やします。詰め込みすぎると風の通り道がふさがり、冷えない場所ができます。吹き出し口の前に物を置かず、中身は7割程度までを目安にします。扉を開けるたびに、冷気は床へ流れ出します。何を取るか決めてから開け、すぐ閉めます。

温かいものをそのまま入れると、庫内全体の温度が上がり、隣の魚の品温まで上げてしまいます。かといって「冷めるまで室温に置く」のは、危険温度帯に長く置くことです。正しいのは急冷です。浅いバットに薄く広げ、氷水に当てるなどして、短い時間で冷やします。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルは、加熱した食品を冷ますときの目安を示しています。30分以内に中心温度を20℃付近まで、または60分以内に10℃付近まで下げることです。

なぜ品温は遅れて動くのか

熱は、温度の高い側から低い側へ流れます。温度の差が大きいほど、速く流れます。4℃のサクを25℃の厨房に出せば、その瞬間から品温は上がり始めます。薄く切ったネタほど、重さに比べて表面が広いので、早く温まります。1貫分に切った身の表面は、室温のまな板の上で、数分のうちに10℃を超えると考えてかまいません。そして菌が付いているのは、その表面です。

反対に、冷やすときは遅れます。空気は熱を運ぶ力が弱く、水のかたまりである魚は、温度を変えるのに多くの熱の出し入れが要るからです。だから庫内の表示だけを見ていては、品温は分かりません。

5.3 小出しにし、切り置きをしない

室温のまな板に置いた瞬間から、魚の温度は上がり始めます。だから仕込みは小出しが基本です。冷蔵庫から出すのは、今から手を付ける分だけにします。仕込み終わったものから、順に戻します。作業台に長く置くときは、氷を敷いたバットを重ねた上に置き、品温を10℃以下に保ちます。ただし、氷を身に直接当てたり、溶けた水に身を浸けたりしてはいけません。真水を吸った身は白く水っぽくなり、旨味が流れ出します(第13章)。

仕込みが終わったら、すぐ冷蔵庫へ入れます。「あとですぐ使うから」と調理台の端に1時間置く。これが事故の典型です。加熱したものも同じです。芽胞を作る菌(第2章)は加熱を生き残り、冷めていく途中で増えます。煮穴子やツメを、鍋のまま一晩室温に置いてはいけません。

切り置きは最も危険

営業中のつけ場で最も危険なのは、混む時間に備えて、まな板の上に何十貫分ものネタを先に切って並べておくことです。切った瞬間から、ネタは室温と照明にさらされて温まり、乾き、菌が増え始めます。衛生と味を同時に捨てる行為です。切るのは注文を受けてから、1貫ずつが原則です。忙しさへの備えは、サクの下ごしらえとネタケースの並べ方で行います。

ネタケースは、カウンターに置く冷蔵のガラスケースです。これも万能ではありません。設定が5℃前後でも、ガラス面や照明の近く、よく開け閉めする側は温度が上がりやすくなります。入れるのは数時間のうちに出る分だけにし、営業が終わったら空にして冷蔵庫へ戻します。

菌の増え方と、温度戻しの本当の意味

仕込みを終えた具材は、水分と栄養が多く、表面は切り口だらけです。品温は室温に近づいています。菌にとって、これ以上ない条件です。危険温度帯では、菌は時間とともに倍、倍と増えていきます。1時間目にはわずかに見えた増え方が、2時間目、3時間目には爆発的になります。加熱したものでは、芽胞が60℃から10℃へ冷めていく間に目を覚まし、増え始めます。煮穴子やツメを一晩室温に置けば、毒素を作る菌に十分な時間を与えます。

切り置きしたネタは、増えた切り口から水分と旨味を失い、色も変わっていきます。ネタケースでは、生の魚と加熱済みのものを分けます。底にじかに置かず、ラップや笹で乾くのを防ぎます。

冷えすぎたネタの温度を、出す直前にわずかに戻す技術があります(第23章)。これは「室温に置いておくこと」ではありません。切ってからまな板の上で、数十秒から長くても数分、表面を1〜2℃戻す仕事です。温度戻しの名を借りてサクを置いたままにするのは、切り置きと同じです。

5.4 先入れ先出し ― 古いものを手前、新しいものを奥

日本寿司協会が冷蔵庫の基本の中でもとくに大切にしているのが、先入れ先出し(さきいれさきだし)です。先に入れたものから先に使うことです。

人は冷蔵庫を開けると、手前にあるものから取ります。新しく届いた魚を手前に置けば、奥の古いものはいつまでも使われずに残ります。気づいたときには、期限を過ぎて傷んでいます。だから置き方は一つです。古いものを手前、新しいものを奥。スーパーの牛乳売り場でも、日付の古いものが手前に並び、新しいものは奥から補充されています。冷蔵庫も同じです。

  1. 手前に寄せる 納品や仕込みのたびに、まず奥に残っているものを手前に出します。
  2. 新しいものは奥へ 新しく入れるものは、その奥に置きます。古いものの手前には置きません。
  3. 日付を書く すべての容器に「品名・日付・担当」を書きます。マスキングテープに書いて貼るだけで十分です。日付のないものは、新しいか古いかを判断できません。
  4. 手前から使う 使うときは手前から取ります。期限を過ぎたものは、迷わず捨てます。

先入れ先出しは、仕入れた魚だけの決まりではありません。仕込み済みのネタにも、自家製の調味料にも同じように使います。仕込み済みのネタとは、締めたコハダ、ヅケ、茹でた海老などです。自家製の調味料とは、ツメ、煮切り、ガリ、合わせ酢などです。「酢や醤油が入っているから腐らない」は誤りです。ツメは糖とゼラチン質が多く、カビや酵母が育ちます。煮切りは加熱してありますが、使うたびに刷毛や箸から菌が入ります。ガリにもカビは生えます。合わせ酢も、日付がなければ何か月前のものか分からなくなります。

上の段と下の段

もう一つの決まりは高さです。生の魚介は下の段、加熱済みのものやそのまま食べるものは上の段に置きます。生の魚から出る汁、つまりドリップには、菌が含まれることがあります。そして汁は下へ落ちるからです。容器は蓋付きにし、蓋がなければラップで覆います。図5-2は冷蔵庫を横から見た置き方です。上の段に煮穴子、下の段にサクがあり、どちらも古い日付のものが手前に並びます。

奥(壁側) 手前(扉側) 上の段 加熱済み・そのまま食べるもの 煮穴子 10/3 煮穴子 10/2 煮穴子 10/1 次に使う 下の段 生の魚介(サク・丸の魚) サク 10/3 サク 10/2 サク 10/1 次に使う 新しい(あとで使う) 古い(先に使う) ① 使うのは手前から ② 補充は、残りを   手前に寄せてから奥へ ③ 容器に品名・日付・担当 生の魚介は下の段。 ドリップが落ちても 加熱済みにかからない。
図5-2 冷蔵庫の置き方(横から見た図)。古いものを手前、新しいものを奥。生の魚介は下の段、加熱済みは上の段。

氷の使い方とラップの役目

氷は溶けると、0℃の真水になります。腸炎ビブリオは真水に弱いので、真水で洗い流すこと自体は衛生の面でよいことです(第3章)。けれども身を真水に浸けておくと、塩分の濃さの差で身の細胞に水が入り込み、身は水っぽく白くなります。そこで、氷と身の間を隔てます。穴の空いたバットを氷のバットに重ねて水を落とす。氷を袋に入れる。身をラップで包んでから乗せる。このどれかを使います。皮とウロコに守られた丸の魚は、氷に直接乗せてかまいません。氷は毎日作り替えます。

ラップは乾燥を防ぐだけではありません。上から落ちてくるドリップやごみを止める膜でもあります。

5.5 消費期限と賞味期限

日本の食品の表示には、二種類の期限があります。消費期限は「安全に食べられる期限」です。弁当、刺身、寿司、生肉など、傷みやすい食品に付きます。賞味期限は「おいしく食べられる期限」です。調味料、缶詰、乾物、冷凍食品など、日持ちする食品に付きます。過ぎても、すぐに食べられなくなるわけではありません。

消費期限を過ぎたものは、使わずに捨てます。1日過ぎても同じです。「火を通せば大丈夫」「においは変わっていない」は通用しません。黄色ブドウ球菌の毒素のように、加熱で壊れないものがあるからです(第3章)。菌が増えても、においが変わらない段階もあります。賞味期限は品質の目安なので、すぐ捨てる決まりはありませんが、期限内に使い切れる量だけを持ちます。どちらの期限も、開けていない状態で、表示どおりに保存した場合のものです。開けたら、開けた日を書きます。

ツメ、煮切り、締めた魚のような自家製のものには、誰も期限を書いてくれません。期限は店で決めて書き、守ります。酸や塩が強く、加熱してあり、密閉できるものほど長くもちます。加熱していない生のもの、たとえば切り付けたネタやヅケは、当日限りに近くなります。迷ったら短くします。

自家製品の期限を決める根拠

期限を決める根拠は、八つあります。保存する温度、加熱したかどうか、酸の強さ、塩分、糖分、水分、容器の密閉、そして使うたびに外から菌が入る機会の多さです。決めた期限は衛生管理計画に書き、ラベルに反映して守ります。

表5-1は、冷蔵4℃以下で密閉した場合の目安です。合わせ酢は1か月程度。ガリは2〜4週間。煮切りとツメは1〜2週間。シメサバは当日から翌日、締めたコハダは翌日から3日目(第16章)。ヅケや切り付けたネタは当日限りです。これは一般的な目安です。店の条件で短くすることはあっても、長くはしません。

表5-1 自家製品の期限の目安(冷蔵4℃以下・密閉容器の場合)
品目守っているもの目安
合わせ酢酸(pH 3前後)・塩・糖1か月程度
ガリ酸・糖・湯通し2〜4週間。カビが出たら全部捨てる
煮切り塩分・加熱1〜2週間。刷毛は毎日洗う
ツメ糖・加熱1〜2週間。使うたびに火を入れるなら延びる
締めたコハダ・サバ塩・酸・水分を抜くシメサバは当日〜翌日、コハダは翌日〜3日目。長くても3日
ヅケ・切り付けたネタ塩分のみ、またはなし当日限り

5.6 納品と段ボール

食材の衛生は、店の扉の前から始まります。届いたものは、受け取ったその場で確かめます。見るのは、温度・鮮度・包装・異物の四つです。

  1. 温度 冷蔵品は品温を測り、10℃以下かを確かめます。店の基準としては5℃以下が望ましいところです。冷凍品は −15℃以下です。袋の中でドリップが凍りついていたら、途中で一度解けて、再び凍った疑いがあります。基準から外れたものは受け取りません。
  2. 鮮度 目、エラ、体の張り、腹の硬さ、においを見ます(第11章)。サクは切り口の色とドリップの量を見ます。
  3. 包装 破れ、汁漏れ、氷があるかを見ます。
  4. 異物 箱の中と食材の表面に、虫、ごみ、破片がないかを見ます。

そして、段ボールは厨房に入れません。理由は二つです。第一に虫です。段ボールの波形の隙間は、ゴキブリの卵や成虫の隠れ家になります。倉庫やトラックから、虫ごと店へ運ばれてきます。第二に汚れです。段ボールの底は、トラックの荷台、市場の床、店の前の地面に置かれてきました。床に置いた箱を調理台に乗せれば、床の菌を調理台に移すことになります。段ボールは搬入口で開け、中身を店の清潔な容器に移し、箱は厨房に入れずに処分します。

食材を床にじかに置くこともしません。スノコやラックで高さを取ります。スノコとは、床から荷物を離すための台です。米国の基準は、床から15センチ以上での保管を求めています。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルは、食品の取り扱いを床から60センチ以上の高さで行うよう定めています。

搬入の動線と、受け取る側の構え

床には、排水や靴底、ごみに由来する大腸菌群などがいます。搬入の通り道は、外から搬入口、そして冷蔵庫へと決めます。段ボールが、調理する場所を横切らないようにします。検品が終わったら、すぐ店の容器に移して冷蔵庫に入れます。温度を測って記録し、基準を外れたものは返品します。何でも受け取る店には、何でも届きます。

5.7 テイクアウト

持ち帰りの寿司は、客の手に渡った瞬間から、温度の管理が店の手を離れます。だから渡す前に、できることをすべて行います。

  • 10℃以下を保つ 保冷剤を入れ、保冷バッグを使います。保冷剤は上に置きます。冷たい空気は下へ沈むので、上の保冷剤は中身全体を冷やします。底に置くと、底しか冷えません。保冷剤は、冷えたものを冷たく保つ道具です。詰める前に、ネタと器を冷やしておきます。
  • 時間を書いて伝える 作った時刻と「○時間以内にお召し上がりください」を書き、口でも伝えます。法律で表示が必要かどうかは売り方によって違いますが、必要がなくても書いて渡します。
  • 季節で時間を変える 米国には、冷蔵できない状態なら2時間以内、気温が32℃を超えるなら1時間以内という一般的な目安があります。夏や遠くへの持ち帰りでは生ものを減らし、断る基準も先に決めておきます。

表示の決まりと、断る基準

注文を受けて、その場で容器に詰める持ち帰りは、食品表示基準の表示の義務の対象外とされています。それでも書いて渡します。生食用鮮魚介類の保存基準が10℃以下である以上、折詰の中の魚も同じ温度で守るべきだからです。

断る基準の例を挙げます。夏に、保冷なしで2時間を超える持ち帰りは引き受けない。気温が30℃を超える日や遠くへの持ち帰りでは、保冷バッグを必ず使い、加熱したネタを中心にした内容を勧める。暑い国では、製造から1時間以内と区切る。配達では、車の中の温度と着くまでの時間を確かめ、保冷ボックスを使う。配達は、保冷ボックスのある自分の店の手段に限る、という判断もあります。

5.8 記録とHACCP

HACCP(ハサップ)は、世界の食品衛生の標準です。食中毒の原因になりそうな危険を工程ごとに洗い出し、とくに大事な工程を決めて管理し、記録する方法です。日本でも2021年6月から、原則としてすべての食品等事業者に、HACCPに沿った衛生管理が求められています。個人の寿司店も例外ではありません。

とはいえ、小さな店に分厚い計画書が求められるわけではありません。「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」として、業界団体が作った手引書に沿って行います。することは、計画を作る、実行する、記録して残すの三つです。寿司店で記録したいのは、たとえば次のようなものです。

  • 冷蔵庫・冷凍庫・ネタケースの温度(開店前と閉店後など、決めた時刻に)
  • 納品のときの品温と、検品の結果
  • シャリを炊いた時刻、酢を合わせた時刻、捨てた時刻(第9章)
  • 仕込み品と自家製の調味料の仕込み日と期限、従業員の体調と手洗い

記録には二つの役目があります。一つは証拠です。事故や疑いが起きたとき、記録があれば原因を探せます。店が正しく管理していたことも示せます。もう一つは気づきです。毎日温度を書いていると、「閉店後の温度がいつもより1℃高い」といった変化に気づきます。冷蔵庫の故障を、事故の前に見つけられるのです。職人の技は人それぞれですが、衛生は全員が同じやり方でできるように決めて、書いておくことができます。

制度の流れと、標準化

HACCPに沿った衛生管理は、2018年6月の食品衛生法の改正で制度になりました。2020年6月に施行され、1年の猶予を経て、2021年6月に完全に施行されました。小規模な店が使う手引書は、業界団体が作り、厚生労働省が確認したものです。

計画は二本立てです。一つは一般衛生管理で、手洗い、清掃、消毒、健康管理、害虫対策です。もう一つは重要管理で、寿司店では温度と時間の管理です。重要管理は、この章の内容そのものです。記録には、加熱するものの中心温度と、冷ますのにかかった時間も入れます。

衛生を一人の注意力に頼ってはいけません。温度・時間・順序を決めて書き出す標準化が要ります。標準化とは、手順と基準を文書にし、全員が同じやり方で行うことです。職人の技は標準化できませんが、衛生は標準化できます。そして、しなければなりません。

海外で店を構えれば、保健所の検査官が予告なしに訪れます。検査官が見るのは、職人の経歴ではなく記録です。温度の記録が今日の分まで書かれているか。容器に日付があるか。酢飯のpHの記録があるか(第6章)。海外では「書いていなければ、やっていない」と判断されます。検査官には言い訳をせず、記録を開いて見せます。

この章のまとめ

  • 生食用の魚介は法律で10℃以下(冷凍品は −15℃以下)。生の魚は0〜4℃が理想です。危険温度帯は10〜60℃。管理するのは庫内温度ではなく品温です。
  • 温かいものは急冷してから冷蔵庫へ入れます。仕込みは小出しにし、終わったらすぐ戻します。つけ場での切り置きはしません。
  • 先入れ先出し:古いものを手前、新しいものを奥。すべての容器に品名・日付・担当を書き、仕込み品や自家製の調味料にも同じ決まりを使います。生の魚介は下の段、加熱済みは上の段です。
  • 消費期限は安全の期限で、過ぎたら捨てます。賞味期限はおいしさの目安です。どちらも開けていない状態での期限なので、開けたら開けた日を書きます。
  • 納品は温度・鮮度・包装・異物を確かめます。段ボールは厨房に入れず、食材を床に置きません。
  • 持ち帰りは保冷剤を上に置いて10℃以下を保ち、作った時刻と「○時間以内」を伝えます。温度などを記録し、HACCPの考え方で衛生を管理します。
  • 温度戻しは表面を1〜2℃戻す秒から分の仕事で、室温に置くことではありません。自家製品の期限は店が根拠をもって決め、衛生は標準化して記録します(一級)。

確認問題

問1 冷蔵庫に新しいサクを入れるときの置き方として、正しいものはどれですか。
a 新しいサクを手前に置き、古いものは奥へ送る
b 残っている古いものを手前に出してから、新しいサクを奥に置く。容器には品名・日付・担当を書く
c どれが古いかは見れば分かるので、日付は書かなくてよい
d 酢や醤油を使った自家製の調味料は腐らないので、日付を書かずに奥へしまう
e よく使うものから手前に置き、新しいか古いかは気にしない

答え:b

人は手前のものから取るので、古いものを手前、新しいものを奥に置きます(先入れ先出し)。a は向きが逆で、奥の古いものが残り続けます。c は、日付がなければ新旧を判断できません。d のツメや煮切りにもカビや菌は育つので、日付を書いて同じ決まりで管理します。e では古いものがいつまでも残ります。

問2 冷蔵庫の表示は3℃なのに、入れたばかりのサクに芯温計を刺すと9℃でした。最も適切な考え方はどれですか。
a 法律の10℃以下なので、何も問題はない
b 表示は庫内の空気の温度で、品温は遅れてついてくる。品温で管理し、置き方や扉の開け閉めを見直す
c 魚は中で熱を出すので、9℃より下がることはない
d 芯温計が壊れているので、冷蔵庫の表示を信じる
e 冷蔵庫はぎっしり詰めたほうがよく冷えるので、ほかの食材を詰め込む

答え:b

庫内温度は空気の温度、品温は食材そのものの温度で、一致しません。守るのは品温です。a は、10℃という法律の最低線を、店の目標と取り違えています。生の魚は0〜4℃が理想です。c と d は誤りです。e は風の通り道がふさがり、冷えない場所ができます。

問3 ネタの「温度戻し」について、最も適切なものはどれですか。
a サクを営業の前から室温に出しておき、ゆっくり温めること
b 切ってからまな板の上で、数十秒から長くても数分、表面を1〜2℃戻す仕事のこと
c ネタケースの設定を15℃に上げておくこと
d 何十貫分かを先に切り並べ、室温になじませておくこと
e サクをぬるま湯に浸けて、芯まで温めること

答え:b

温度戻しは、冷えすぎたネタの表面を、出す直前にわずかに戻す秒から分の仕事です。a や d のように温度戻しの名を借りてネタを室温に置くのは、切り置きと同じで、危険温度帯で菌を増やします。c はネタケースを危険温度帯に入れることになります。e は身が真水を吸って水っぽくなるうえ、危険温度帯に長く置くことになります。