
第I部 食の安全
第5章
温度管理と在庫管理
魚は冷蔵庫に入れておけば安全、というわけではありません。何℃で、どこに、どの順で置き、何分外に出していたか。冷蔵庫の使い方ひとつで、同じ魚が安全にも危険にもなります。この章では、温度と時間と在庫の管理を、店の一日の流れに沿って学びます。
この章で学ぶこと
- 生の魚介を10℃以下に保つ理由と、品温と庫内温度の違いを説明できる
- 小出しにする、切り置きをしない、すぐ冷蔵庫へ戻す、を実行できる
- 先入れ先出しと日付の書き方を、仕込み品や自家製の調味料まで含めて実行できる
- 消費期限と賞味期限の違いと、納品・テイクアウト・記録の基本を説明できる
- 自家製品の期限を根拠をもって決め、HACCPの制度と記録の意味を説明できる(一級)
5.1 なぜ「10℃以下」なのか
日本の食品衛生法では、生で食べる切り身やむき身の魚介類を生食用鮮魚介類と呼びます。これは10℃以下で保存すると決められています。冷凍品は −15℃以下です。
この10℃には歴史があります。1990年代の日本では、刺身や寿司などの魚介類が原因の、腸炎ビブリオの食中毒がたくさん起きていました(第3章)。腸炎ビブリオは10℃以下で増え方が大きく鈍り、4℃以下ではほぼ止まります。2001年に、生食用鮮魚介類を10℃以下で保存することなどの基準が決められました。それから、この食中毒は大きく減りました。10℃は、日本が苦い経験から学んだ数字です。
ただし10℃は、法律の最低線です。生の魚は0〜4℃で保つのが理想です。冷蔵庫やネタケースは、5℃以下を目標にする店が多くあります。反対に、菌がよく増える10〜60℃を危険温度帯といいます(第2章)。夏の台所に置きっぱなしにした弁当が傷むのは、この温度帯に長くあったからです。人肌のシャリも、この温度帯の中にあります。だからシャリは、酢の酸と時間で守ります(第6章)。
チルドと氷温、海外の基準
サクを短い間しまっておくなら、−1〜1℃あたりが理想です。この0℃前後の、凍る直前の低い温度をチルド帯といいます。そのうち、水が凍る0℃から、魚の身が凍り始める −1〜−2℃までの凍らない温度を、とくに氷温帯といいます。魚の身は塩分やアミノ酸を含むので、真水より低い温度まで凍りません。冬の道路に塩をまくと凍りにくくなるのと同じ理屈です。
危険温度帯の幅は、国によって少し違います。米国の基準(FDA Food Code)は、5〜57℃、華氏でいえば41〜135度を使います。危険温度帯の中でも20〜40℃は、多くの食中毒菌がいちばん好む温度です。腸炎ビブリオは条件がそろえば、10分前後で数が2倍になります(第3章)。
5.2 品温を測る
冷蔵庫の表示が3℃でも、中の魚が3℃とは限りません。庫内温度は、冷蔵庫の中の空気の温度です。品温は、食材そのものの温度です。冷蔵庫に入れたばかりのペットボトルの水は、すぐには冷たくなりません。それと同じで、入れたばかりの魚の芯は、しばらく10℃を超えていることがあります。空気は熱を伝えにくく、魚は水のかたまりで冷えにくいからです。守るべきなのは品温です。芯温計、つまり食材に刺して中の温度を測る温度計で測ります。
冷蔵庫の使い方
業務用の冷蔵庫は、冷たい空気をファンで回して冷やします。詰め込みすぎると風の通り道がふさがり、冷えない場所ができます。吹き出し口の前に物を置かず、中身は7割程度までを目安にします。扉を開けるたびに、冷気は床へ流れ出します。何を取るか決めてから開け、すぐ閉めます。
温かいものをそのまま入れると、庫内全体の温度が上がり、隣の魚の品温まで上げてしまいます。かといって「冷めるまで室温に置く」のは、危険温度帯に長く置くことです。正しいのは急冷です。浅いバットに薄く広げ、氷水に当てるなどして、短い時間で冷やします。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルは、加熱した食品を冷ますときの目安を示しています。30分以内に中心温度を20℃付近まで、または60分以内に10℃付近まで下げることです。
なぜ品温は遅れて動くのか
熱は、温度の高い側から低い側へ流れます。温度の差が大きいほど、速く流れます。4℃のサクを25℃の厨房に出せば、その瞬間から品温は上がり始めます。薄く切ったネタほど、重さに比べて表面が広いので、早く温まります。1貫分に切った身の表面は、室温のまな板の上で、数分のうちに10℃を超えると考えてかまいません。そして菌が付いているのは、その表面です。
反対に、冷やすときは遅れます。空気は熱を運ぶ力が弱く、水のかたまりである魚は、温度を変えるのに多くの熱の出し入れが要るからです。だから庫内の表示だけを見ていては、品温は分かりません。
5.3 小出しにし、切り置きをしない
室温のまな板に置いた瞬間から、魚の温度は上がり始めます。だから仕込みは小出しが基本です。冷蔵庫から出すのは、今から手を付ける分だけにします。仕込み終わったものから、順に戻します。作業台に長く置くときは、氷を敷いたバットを重ねた上に置き、品温を10℃以下に保ちます。ただし、氷を身に直接当てたり、溶けた水に身を浸けたりしてはいけません。真水を吸った身は白く水っぽくなり、旨味が流れ出します(第13章)。
仕込みが終わったら、すぐ冷蔵庫へ入れます。「あとですぐ使うから」と調理台の端に1時間置く。これが事故の典型です。加熱したものも同じです。芽胞を作る菌(第2章)は加熱を生き残り、冷めていく途中で増えます。煮穴子やツメを、鍋のまま一晩室温に置いてはいけません。
切り置きは最も危険
営業中のつけ場で最も危険なのは、混む時間に備えて、まな板の上に何十貫分ものネタを先に切って並べておくことです。切った瞬間から、ネタは室温と照明にさらされて温まり、乾き、菌が増え始めます。衛生と味を同時に捨てる行為です。切るのは注文を受けてから、1貫ずつが原則です。忙しさへの備えは、サクの下ごしらえとネタケースの並べ方で行います。
ネタケースは、カウンターに置く冷蔵のガラスケースです。これも万能ではありません。設定が5℃前後でも、ガラス面や照明の近く、よく開け閉めする側は温度が上がりやすくなります。入れるのは数時間のうちに出る分だけにし、営業が終わったら空にして冷蔵庫へ戻します。
菌の増え方と、温度戻しの本当の意味
仕込みを終えた具材は、水分と栄養が多く、表面は切り口だらけです。品温は室温に近づいています。菌にとって、これ以上ない条件です。危険温度帯では、菌は時間とともに倍、倍と増えていきます。1時間目にはわずかに見えた増え方が、2時間目、3時間目には爆発的になります。加熱したものでは、芽胞が60℃から10℃へ冷めていく間に目を覚まし、増え始めます。煮穴子やツメを一晩室温に置けば、毒素を作る菌に十分な時間を与えます。
切り置きしたネタは、増えた切り口から水分と旨味を失い、色も変わっていきます。ネタケースでは、生の魚と加熱済みのものを分けます。底にじかに置かず、ラップや笹で乾くのを防ぎます。
冷えすぎたネタの温度を、出す直前にわずかに戻す技術があります(第23章)。これは「室温に置いておくこと」ではありません。切ってからまな板の上で、数十秒から長くても数分、表面を1〜2℃戻す仕事です。温度戻しの名を借りてサクを置いたままにするのは、切り置きと同じです。
5.4 先入れ先出し ― 古いものを手前、新しいものを奥
日本寿司協会が冷蔵庫の基本の中でもとくに大切にしているのが、先入れ先出し(さきいれさきだし)です。先に入れたものから先に使うことです。
人は冷蔵庫を開けると、手前にあるものから取ります。新しく届いた魚を手前に置けば、奥の古いものはいつまでも使われずに残ります。気づいたときには、期限を過ぎて傷んでいます。だから置き方は一つです。古いものを手前、新しいものを奥。スーパーの牛乳売り場でも、日付の古いものが手前に並び、新しいものは奥から補充されています。冷蔵庫も同じです。
- 手前に寄せる 納品や仕込みのたびに、まず奥に残っているものを手前に出します。
- 新しいものは奥へ 新しく入れるものは、その奥に置きます。古いものの手前には置きません。
- 日付を書く すべての容器に「品名・日付・担当」を書きます。マスキングテープに書いて貼るだけで十分です。日付のないものは、新しいか古いかを判断できません。
- 手前から使う 使うときは手前から取ります。期限を過ぎたものは、迷わず捨てます。
先入れ先出しは、仕入れた魚だけの決まりではありません。仕込み済みのネタにも、自家製の調味料にも同じように使います。仕込み済みのネタとは、締めたコハダ、ヅケ、茹でた海老などです。自家製の調味料とは、ツメ、煮切り、ガリ、合わせ酢などです。「酢や醤油が入っているから腐らない」は誤りです。ツメは糖とゼラチン質が多く、カビや酵母が育ちます。煮切りは加熱してありますが、使うたびに刷毛や箸から菌が入ります。ガリにもカビは生えます。合わせ酢も、日付がなければ何か月前のものか分からなくなります。
上の段と下の段
もう一つの決まりは高さです。生の魚介は下の段、加熱済みのものやそのまま食べるものは上の段に置きます。生の魚から出る汁、つまりドリップには、菌が含まれることがあります。そして汁は下へ落ちるからです。容器は蓋付きにし、蓋がなければラップで覆います。図5-2は冷蔵庫を横から見た置き方です。上の段に煮穴子、下の段にサクがあり、どちらも古い日付のものが手前に並びます。
氷の使い方とラップの役目
氷は溶けると、0℃の真水になります。腸炎ビブリオは真水に弱いので、真水で洗い流すこと自体は衛生の面でよいことです(第3章)。けれども身を真水に浸けておくと、塩分の濃さの差で身の細胞に水が入り込み、身は水っぽく白くなります。そこで、氷と身の間を隔てます。穴の空いたバットを氷のバットに重ねて水を落とす。氷を袋に入れる。身をラップで包んでから乗せる。このどれかを使います。皮とウロコに守られた丸の魚は、氷に直接乗せてかまいません。氷は毎日作り替えます。
ラップは乾燥を防ぐだけではありません。上から落ちてくるドリップやごみを止める膜でもあります。
5.5 消費期限と賞味期限
日本の食品の表示には、二種類の期限があります。消費期限は「安全に食べられる期限」です。弁当、刺身、寿司、生肉など、傷みやすい食品に付きます。賞味期限は「おいしく食べられる期限」です。調味料、缶詰、乾物、冷凍食品など、日持ちする食品に付きます。過ぎても、すぐに食べられなくなるわけではありません。
消費期限を過ぎたものは、使わずに捨てます。1日過ぎても同じです。「火を通せば大丈夫」「においは変わっていない」は通用しません。黄色ブドウ球菌の毒素のように、加熱で壊れないものがあるからです(第3章)。菌が増えても、においが変わらない段階もあります。賞味期限は品質の目安なので、すぐ捨てる決まりはありませんが、期限内に使い切れる量だけを持ちます。どちらの期限も、開けていない状態で、表示どおりに保存した場合のものです。開けたら、開けた日を書きます。
ツメ、煮切り、締めた魚のような自家製のものには、誰も期限を書いてくれません。期限は店で決めて書き、守ります。酸や塩が強く、加熱してあり、密閉できるものほど長くもちます。加熱していない生のもの、たとえば切り付けたネタやヅケは、当日限りに近くなります。迷ったら短くします。
自家製品の期限を決める根拠
期限を決める根拠は、八つあります。保存する温度、加熱したかどうか、酸の強さ、塩分、糖分、水分、容器の密閉、そして使うたびに外から菌が入る機会の多さです。決めた期限は衛生管理計画に書き、ラベルに反映して守ります。
表5-1は、冷蔵4℃以下で密閉した場合の目安です。合わせ酢は1か月程度。ガリは2〜4週間。煮切りとツメは1〜2週間。シメサバは当日から翌日、締めたコハダは翌日から3日目(第16章)。ヅケや切り付けたネタは当日限りです。これは一般的な目安です。店の条件で短くすることはあっても、長くはしません。
| 品目 | 守っているもの | 目安 |
|---|---|---|
| 合わせ酢 | 酸(pH 3前後)・塩・糖 | 1か月程度 |
| ガリ | 酸・糖・湯通し | 2〜4週間。カビが出たら全部捨てる |
| 煮切り | 塩分・加熱 | 1〜2週間。刷毛は毎日洗う |
| ツメ | 糖・加熱 | 1〜2週間。使うたびに火を入れるなら延びる |
| 締めたコハダ・サバ | 塩・酸・水分を抜く | シメサバは当日〜翌日、コハダは翌日〜3日目。長くても3日 |
| ヅケ・切り付けたネタ | 塩分のみ、またはなし | 当日限り |
5.6 納品と段ボール
食材の衛生は、店の扉の前から始まります。届いたものは、受け取ったその場で確かめます。見るのは、温度・鮮度・包装・異物の四つです。
- 温度 冷蔵品は品温を測り、10℃以下かを確かめます。店の基準としては5℃以下が望ましいところです。冷凍品は −15℃以下です。袋の中でドリップが凍りついていたら、途中で一度解けて、再び凍った疑いがあります。基準から外れたものは受け取りません。
- 鮮度 目、エラ、体の張り、腹の硬さ、においを見ます(第11章)。サクは切り口の色とドリップの量を見ます。
- 包装 破れ、汁漏れ、氷があるかを見ます。
- 異物 箱の中と食材の表面に、虫、ごみ、破片がないかを見ます。
そして、段ボールは厨房に入れません。理由は二つです。第一に虫です。段ボールの波形の隙間は、ゴキブリの卵や成虫の隠れ家になります。倉庫やトラックから、虫ごと店へ運ばれてきます。第二に汚れです。段ボールの底は、トラックの荷台、市場の床、店の前の地面に置かれてきました。床に置いた箱を調理台に乗せれば、床の菌を調理台に移すことになります。段ボールは搬入口で開け、中身を店の清潔な容器に移し、箱は厨房に入れずに処分します。
食材を床にじかに置くこともしません。スノコやラックで高さを取ります。スノコとは、床から荷物を離すための台です。米国の基準は、床から15センチ以上での保管を求めています。厚生労働省の大量調理施設衛生管理マニュアルは、食品の取り扱いを床から60センチ以上の高さで行うよう定めています。
搬入の動線と、受け取る側の構え
床には、排水や靴底、ごみに由来する大腸菌群などがいます。搬入の通り道は、外から搬入口、そして冷蔵庫へと決めます。段ボールが、調理する場所を横切らないようにします。検品が終わったら、すぐ店の容器に移して冷蔵庫に入れます。温度を測って記録し、基準を外れたものは返品します。何でも受け取る店には、何でも届きます。
5.7 テイクアウト
持ち帰りの寿司は、客の手に渡った瞬間から、温度の管理が店の手を離れます。だから渡す前に、できることをすべて行います。
- 10℃以下を保つ 保冷剤を入れ、保冷バッグを使います。保冷剤は上に置きます。冷たい空気は下へ沈むので、上の保冷剤は中身全体を冷やします。底に置くと、底しか冷えません。保冷剤は、冷えたものを冷たく保つ道具です。詰める前に、ネタと器を冷やしておきます。
- 時間を書いて伝える 作った時刻と「○時間以内にお召し上がりください」を書き、口でも伝えます。法律で表示が必要かどうかは売り方によって違いますが、必要がなくても書いて渡します。
- 季節で時間を変える 米国には、冷蔵できない状態なら2時間以内、気温が32℃を超えるなら1時間以内という一般的な目安があります。夏や遠くへの持ち帰りでは生ものを減らし、断る基準も先に決めておきます。
表示の決まりと、断る基準
注文を受けて、その場で容器に詰める持ち帰りは、食品表示基準の表示の義務の対象外とされています。それでも書いて渡します。生食用鮮魚介類の保存基準が10℃以下である以上、折詰の中の魚も同じ温度で守るべきだからです。
断る基準の例を挙げます。夏に、保冷なしで2時間を超える持ち帰りは引き受けない。気温が30℃を超える日や遠くへの持ち帰りでは、保冷バッグを必ず使い、加熱したネタを中心にした内容を勧める。暑い国では、製造から1時間以内と区切る。配達では、車の中の温度と着くまでの時間を確かめ、保冷ボックスを使う。配達は、保冷ボックスのある自分の店の手段に限る、という判断もあります。
5.8 記録とHACCP
HACCP(ハサップ)は、世界の食品衛生の標準です。食中毒の原因になりそうな危険を工程ごとに洗い出し、とくに大事な工程を決めて管理し、記録する方法です。日本でも2021年6月から、原則としてすべての食品等事業者に、HACCPに沿った衛生管理が求められています。個人の寿司店も例外ではありません。
とはいえ、小さな店に分厚い計画書が求められるわけではありません。「HACCPの考え方を取り入れた衛生管理」として、業界団体が作った手引書に沿って行います。することは、計画を作る、実行する、記録して残すの三つです。寿司店で記録したいのは、たとえば次のようなものです。
- 冷蔵庫・冷凍庫・ネタケースの温度(開店前と閉店後など、決めた時刻に)
- 納品のときの品温と、検品の結果
- シャリを炊いた時刻、酢を合わせた時刻、捨てた時刻(第9章)
- 仕込み品と自家製の調味料の仕込み日と期限、従業員の体調と手洗い
記録には二つの役目があります。一つは証拠です。事故や疑いが起きたとき、記録があれば原因を探せます。店が正しく管理していたことも示せます。もう一つは気づきです。毎日温度を書いていると、「閉店後の温度がいつもより1℃高い」といった変化に気づきます。冷蔵庫の故障を、事故の前に見つけられるのです。職人の技は人それぞれですが、衛生は全員が同じやり方でできるように決めて、書いておくことができます。
制度の流れと、標準化
HACCPに沿った衛生管理は、2018年6月の食品衛生法の改正で制度になりました。2020年6月に施行され、1年の猶予を経て、2021年6月に完全に施行されました。小規模な店が使う手引書は、業界団体が作り、厚生労働省が確認したものです。
計画は二本立てです。一つは一般衛生管理で、手洗い、清掃、消毒、健康管理、害虫対策です。もう一つは重要管理で、寿司店では温度と時間の管理です。重要管理は、この章の内容そのものです。記録には、加熱するものの中心温度と、冷ますのにかかった時間も入れます。
衛生を一人の注意力に頼ってはいけません。温度・時間・順序を決めて書き出す標準化が要ります。標準化とは、手順と基準を文書にし、全員が同じやり方で行うことです。職人の技は標準化できませんが、衛生は標準化できます。そして、しなければなりません。
海外で店を構えれば、保健所の検査官が予告なしに訪れます。検査官が見るのは、職人の経歴ではなく記録です。温度の記録が今日の分まで書かれているか。容器に日付があるか。酢飯のpHの記録があるか(第6章)。海外では「書いていなければ、やっていない」と判断されます。検査官には言い訳をせず、記録を開いて見せます。
この章のまとめ
- 生食用の魚介は法律で10℃以下(冷凍品は −15℃以下)。生の魚は0〜4℃が理想です。危険温度帯は10〜60℃。管理するのは庫内温度ではなく品温です。
- 温かいものは急冷してから冷蔵庫へ入れます。仕込みは小出しにし、終わったらすぐ戻します。つけ場での切り置きはしません。
- 先入れ先出し:古いものを手前、新しいものを奥。すべての容器に品名・日付・担当を書き、仕込み品や自家製の調味料にも同じ決まりを使います。生の魚介は下の段、加熱済みは上の段です。
- 消費期限は安全の期限で、過ぎたら捨てます。賞味期限はおいしさの目安です。どちらも開けていない状態での期限なので、開けたら開けた日を書きます。
- 納品は温度・鮮度・包装・異物を確かめます。段ボールは厨房に入れず、食材を床に置きません。
- 持ち帰りは保冷剤を上に置いて10℃以下を保ち、作った時刻と「○時間以内」を伝えます。温度などを記録し、HACCPの考え方で衛生を管理します。
- 温度戻しは表面を1〜2℃戻す秒から分の仕事で、室温に置くことではありません。自家製品の期限は店が根拠をもって決め、衛生は標準化して記録します(一級)。
確認問題
問1 冷蔵庫に新しいサクを入れるときの置き方として、正しいものはどれですか。
a 新しいサクを手前に置き、古いものは奥へ送る
b 残っている古いものを手前に出してから、新しいサクを奥に置く。容器には品名・日付・担当を書く
c どれが古いかは見れば分かるので、日付は書かなくてよい
d 酢や醤油を使った自家製の調味料は腐らないので、日付を書かずに奥へしまう
e よく使うものから手前に置き、新しいか古いかは気にしない
答え:b
人は手前のものから取るので、古いものを手前、新しいものを奥に置きます(先入れ先出し)。a は向きが逆で、奥の古いものが残り続けます。c は、日付がなければ新旧を判断できません。d のツメや煮切りにもカビや菌は育つので、日付を書いて同じ決まりで管理します。e では古いものがいつまでも残ります。
問2 冷蔵庫の表示は3℃なのに、入れたばかりのサクに芯温計を刺すと9℃でした。最も適切な考え方はどれですか。
a 法律の10℃以下なので、何も問題はない
b 表示は庫内の空気の温度で、品温は遅れてついてくる。品温で管理し、置き方や扉の開け閉めを見直す
c 魚は中で熱を出すので、9℃より下がることはない
d 芯温計が壊れているので、冷蔵庫の表示を信じる
e 冷蔵庫はぎっしり詰めたほうがよく冷えるので、ほかの食材を詰め込む
答え:b
庫内温度は空気の温度、品温は食材そのものの温度で、一致しません。守るのは品温です。a は、10℃という法律の最低線を、店の目標と取り違えています。生の魚は0〜4℃が理想です。c と d は誤りです。e は風の通り道がふさがり、冷えない場所ができます。
問3 ネタの「温度戻し」について、最も適切なものはどれですか。
a サクを営業の前から室温に出しておき、ゆっくり温めること
b 切ってからまな板の上で、数十秒から長くても数分、表面を1〜2℃戻す仕事のこと
c ネタケースの設定を15℃に上げておくこと
d 何十貫分かを先に切り並べ、室温になじませておくこと
e サクをぬるま湯に浸けて、芯まで温めること
答え:b
温度戻しは、冷えすぎたネタの表面を、出す直前にわずかに戻す秒から分の仕事です。a や d のように温度戻しの名を借りてネタを室温に置くのは、切り置きと同じで、危険温度帯で菌を増やします。c はネタケースを危険温度帯に入れることになります。e は身が真水を吸って水っぽくなるうえ、危険温度帯に長く置くことになります。

