
第IV部 ネタ
第15章
白身魚
白身は、おまかせの最初に出されることが多いネタです。マグロのように脂で勝負できないぶん、塩・昆布・寝かせ方・皮目・切り付け・薬味のすべてが味に出ます。この章では、白身がなぜ白いのかから始めて、主な魚の旬と扱い方、そして白身をおいしく出す理由を学びます。
この章で学ぶこと
- 白身魚が白い理由と、鮮度が落ちたときのサインを説明できる
- 鯛・ヒラメ・スズキ・ブリ類など主な魚の旬と扱い方を説明できる
- 昆布締めで旨味が増す理由と、白身に柑橘と塩を合わせる理由を説明できる
- クドアとブリ類のヒスタミンについて、防ぎ方を説明できる
- 温度戻しの意味と、海外の白身を生で出すときの冷凍の基準を説明できる(一級)
15.1 白身魚とは
魚の筋肉には、長く泳ぎ続けるための赤い筋肉と、瞬発力のための白い筋肉があります。赤い筋肉には、酸素をためる色素のミオグロビンが多く含まれます(第14章)。白い筋肉には、ほとんどありません。タイやヒラメは、海の底や岩場で静かに待ち、餌が来た瞬間に飛びかかる魚です。身のほとんどが白い筋肉なので、透明感のある白身になります。
白身は鉄の風味が少なく、淡く繊細な旨味が持ち味です。筋肉の間の膜、つまりコラーゲンが多いので歯ごたえがあり、寝かせるとやわらかくなります。マグロのように茶色くはなりません。そのかわり、透明感がなくなって白く濁ってくるのが、鮮度が落ちたサインです。
速筋と遅筋 ― 赤身魚との違い
長く泳ぎ続ける赤い筋肉を遅筋(ちきん)、瞬発力のための白い筋肉を速筋(そっきん)といいます。遅筋は酸素を使ってエネルギーをつくるので、ミオグロビンを大量に含みます。速筋は酸素を使わずに短い時間でエネルギーをつくるので、ミオグロビンがほとんどありません。
マグロやカツオは、遅筋である血合いが発達しています。そのうえ、身の大部分を占める普通の身、つまり速筋にもミオグロビンが多いので、身全体が赤いのです。水産学では、筋肉の色素タンパク質がおよそ100 gあたり10 mg以上の魚を赤身魚、それ未満を白身魚とする目安があります。
白身は旨味の中心であるイノシン酸の繊細な味が、そのまま前に出ます。一方で、遊離アミノ酸は赤身より少なく、味は淡くなります。
| 項目 | 赤身魚(マグロ・カツオ・サバ) | 白身魚(タイ・ヒラメ・スズキ) |
|---|---|---|
| 主な筋肉 | 遅筋(血合い)が発達し、普通の身にもミオグロビンが多い | 速筋 |
| 暮らし方 | 外洋を止まらずに回遊 | 海底・岩場で待ち伏せ |
| 味 | 鉄分・酸味・脂。遊離アミノ酸が多い | イノシン酸の繊細な旨味、淡い甘み |
| 食感 | やわらかい | 締まった歯ごたえ |
| 寝かせ方 | 旨味は増えるが、脂の酸化とメト化が速い | 大型は数日寝かせて旨味とやわらかさを出す |
| 鮮度が落ちたサイン | 褐変、酸っぱい匂い、ヒスタミン | 透明感の消失(白濁)、ぬめり |
| 合う薬味 | 生姜・葱・醤油(第16章) | 柑橘・塩・わさび |
まとめると、赤身魚は回遊する魚で、鉄分と脂の味が強く、茶色くなって傷みます。白身魚は待ち伏せる魚で、淡い旨味と歯ごたえがあり、白く濁って傷みます。
15.2 真鯛
マダイは、祝いの席に欠かせない白身の代表です。旬は二つあります。産卵前の春のものは、体が桜色に冴えて桜鯛(さくらだい)と呼ばれます。秋に餌を食べて脂が戻ったものは紅葉鯛(もみじだい)と呼ばれます。産卵を終えた初夏のものは身が痩せ、「麦わら鯛」と呼ばれて味が落ちます。
天然物は鮮やかな桜色で、背に青い小さな斑点が散り、尾びれの先がとがっています。養殖物は体が黒ずみ、尾びれがすれて丸いことが多くあります。養殖物は脂が多く身がやわらかいので、薄めに切ります。
鯛の皮と身の間には、脂とゼラチン質が集まっています。ここがいちばんおいしい部分です。皮を生かす代表的な仕事が松皮造り(まつかわづくり)です。皮霜造りともいいます。皮目に布巾をかけて熱湯を回しかけ、すぐ氷水に取って水気を拭きます。皮が縮んで松の樹皮のような模様になり、硬い皮が噛み切れるやわらかさになります。
鯛の見分けと仕込みの細部
桜鯛の旬は3〜4月で、瀬戸内の明石や鳴門のものが知られます。卵や白子に栄養を回す前なので、身に脂と旨味があります。麦わら鯛は6月前後です。天然と養殖は、鼻の穴でも見分けます。天然は左右に2対ありますが、養殖は1対につながった個体が多くいます。養殖は浅い生け簀で日に焼けて黒ずみます。生で出すなら薄めに切るか、皮目を炙る焼き霜にして脂を生かします。
鯛の鱗は硬く大きいので、丁寧に取ります。鱗取りで飛ばすか、包丁を寝かせて皮ごと薄く削ぐすき引きで取ります(第13章)。松皮造りでは、熱で皮が縮み、皮の下のゼラチン質と脂が引き出されます。皮を引かずに済むので、皮と身の間のいちばんおいしい層が失われません。鯛は骨が硬く太いので、血合い骨は骨抜きで頭の方向に抜き、腹骨は薄くすき取ります。身は締まっているので、繊維を断つ向きに、そぎ切りで薄めに切ります。
15.3 ヒラメとカレイ
ヒラメの旬は晩秋から冬で、寒平目(かんびらめ)と呼ばれます。産卵後の夏は身が痩せます。「猫またぎ」、つまり猫もまたいで通ると言われるほど、味が落ちます。腹を手前に置いたとき、頭が左を向くのがヒラメ、右を向くのがカレイです。例外の種もあります。
ヒラメは平たい体を、4本の身と中骨に分ける五枚おろしにします。背側と腹側から、それぞれ2本ずつ身を取ります。体の縁に付くエンガワは、ひれを動かす筋肉です。脂が多く、コリコリした歯ごたえと甘みがあり、1尾から4本しか取れません。エンガワは別に握ります。活けを当日に握ると歯ごたえが主役になり、1〜2日寝かせると旨味が前に出ます。
エンガワの正体とカレイ類
ヒラメは口が大きく、鋭い歯をもちます。養殖のヒラメは、裏の目のない側に黒い斑が出ることが多く、見分けの目安になります。エンガワは、ひれではありません。背びれと尻びれを動かす筋肉で、担鰭骨筋(たんきこつきん)と呼ばれます。いつもひれを動かしているので、脂が多いのです。ヒラメの身は締まって淡白です。1〜2日寝かせるとイノシン酸が増えて旨味が出ます。昆布締めにも、最も向く魚の一つです。
カレイ類では、夏に旬を迎えるマコガレイと、冬から春のホシガレイが寿司に使われます。マコガレイでは、大分の「城下(しろした)かれい」が有名です。ホシガレイは、ひれに黒い星のような斑点があります。ヒラメより身が厚く甘みが強い、最高級のカレイです。カレイ類も、そぎ切りで薄く切り、エンガワは別に握ります。
15.4 スズキとブリ類
スズキ
スズキは、夏が旬の数少ない白身です。活けの身を薄く切り、氷水で振り洗いして縮ませる洗いが、夏の定番です。生で握るときは、皮目を炙る焼き霜にもします。
ブリ類 ― 白身として出す青物
ブリ・カンパチ・ヒラマサは青物と呼ばれます。寿司では白身のように扱いますが、海を回遊する魚で血合いが大きく、性格は赤身に近い魚です。ヒスタミンのリスクがあるので、温度の管理はサバなどの青魚と同じ厳しさで行います(第16章)。
ブリとカンパチは養殖が主流です。養殖物は季節を問わず脂が多く、血合いが黒ずみやすいのが特徴です。脂に合わせてやや薄めに切り、皮目に浅く包丁を入れると、脂の層ごと噛み切れます。天然ブリの身に、赤い糸のような虫が見つかることがあります。ブリ糸状虫(しじょうちゅう)といい、人には害がないので、取り除いて使います。アジの仲間のシマアジは夏が旬です。皮の下の脂がおいしいので、皮を引いたらすぐに薄く切ります。
大型の白身と小型の白身
クエのような大型の白身は、当日は硬くて味がしません。0〜2℃で3〜7日寝かせると、身がほどけて旨味がそろいます。反対に、小型のキスやサヨリは、寝かせると香りと水分が抜けます。当日から翌日に使います。
| 魚 | 旬 | 向く仕込み | 合う薬味 |
|---|---|---|---|
| マダイ | 春(桜鯛)・秋(紅葉鯛) | 松皮造り、昆布締め、1〜2日寝かせる | 塩・スダチ、わさび |
| ヒラメ | 晩秋〜冬 | 昆布締め、1〜2日寝かせる。エンガワは別に握る | 塩・柑橘 |
| スズキ | 夏 | 洗い、焼き霜 | 梅肉・柑橘 |
| 甘鯛 | 秋〜冬 | 塩締め(水分が多いので塩で抜く)、昆布締め | 塩・スダチ |
| クエ | 冬 | 3〜7日寝かせる。皮は湯引き | 塩・柑橘、ポン酢 |
| ブリ/カンパチ/ヒラマサ | 冬/夏〜秋/夏 | 生。皮目に浅く包丁 | わさび・醤油 |
| シマアジ | 夏 | 皮を引いてすぐ切る | わさび・醤油 |
旬で覚えるなら、マダイは春と秋、ヒラメとクエとブリは冬、スズキとシマアジは夏です。
洗いの理由と、青物の細部
スズキは出世魚で、セイゴ、フッコを経てスズキになります。旬は6〜8月です。河口や湾に入るので、個体によって泥臭さがあり、仕込みで見極めます。洗いでは、筋肉が急に冷やされて縮み、歯ごたえが強くなります。同時に、余分な脂と臭みが抜けます。洗いは、死後硬直の前の活けの身でなければ縮みません。焼き霜にすると、スズキ特有の皮の下の香りが立ちます。
ブリは冬の寒ブリ、ヒラマサは夏、カンパチは夏から秋に脂が乗ります。シマアジはアジ科の最高級魚で、白身と青魚の中間の性格をもちます。1〜2 kgのものが最も味のバランスがよく、養殖が多い魚です。血合いの色が鮮やかなうちに出します。
15.5 深場と磯の高級白身
クエとアラ クエはハタ科の大型魚で、九州では「アラ」と呼ばれます。標準和名のアラは別の種類ですが、どちらも冬が旬の高級魚です。3〜7日寝かせると、豊富なコラーゲンがほどけ、イノシン酸が増えます。熟成に最も向く白身です。皮は厚いゼラチン質なので、湯引きにして酢の物や握りに使います。胃袋は茹でて切ります。
甘鯛 関西ではグジと呼ばれます。アカアマダイ、シロアマダイ、キアマダイがあり、シロが最も高価です。身は水分が多くやわらかく、そのままでは水っぽくなります。塩を当てて数時間置き、余分な水分を抜く塩締めが基本です。若狭の「一塩(ひとしお)」が知られます。鱗が薄く細かいので、鱗を付けたまま高温の油をかけて松かさのように立たせる「松笠(まつかさ)」仕立てもあります。
カワハギ 秋から冬に肝が太ります。皮は手で剥け、薄皮も引きます。淡白な身に肝を乗せて握るか、肝を醤油に溶いて付けます。肝は傷みやすく、加熱もしません。仕入れた当日に使い、血管を外し、氷水で血抜きしてから使います。
イサキ・ホウボウ・キンメ・ノドグロ イサキは梅雨時の「麦わらイサキ」が旬です。皮目に脂があるので、焼き霜が向きます。ホウボウは冬が旬で、身が締まって甘く、昆布締めに向きます。キンメは深海魚で、冬に脂が乗ります。体は赤いのに身は白身で、皮目を湯霜か炙りにします。ノドグロ、正式な名前でアカムツは、「白身のトロ」と呼ばれるほど脂が多い魚です。皮目を炙って塩で出すのが定番です。脂の多い白身は、マグロのトロと同じく薄めに切り、シャリは人肌にします。
フグ トラフグは、肝臓や卵巣などに、加熱しても壊れない猛毒のテトロドトキシンをもちます。処理には、都道府県の免許や認定が必要です。身はコラーゲンが非常に多く硬いので、1〜2日寝かせてから薄く引きます。皮は湯引きにします。資格のない者が触れてはなりません。
| 魚 | 見る点 |
|---|---|
| マダイ | 体の桜色、青い斑点、尾びれの形、鼻の穴 |
| ヒラメ | 裏の白さ、身の厚み、エンガワの張り |
| マコガレイ・ホシガレイ | 肉の厚さ、ぬめりが透明か |
| スズキ | 泥臭さの有無、えらの赤さ |
| ブリ・カンパチ・ヒラマサ | 血合いの鮮やかさ、脂の質 |
| シマアジ | 1〜2 kgか、血合いの色 |
| クエ・アラ | 大きさ、皮の厚み |
| 甘鯛 | 身の水分、鱗の細かさ |
| カワハギ | 肝の大きさと色 |
| ノドグロ・キンメ | 皮目の脂、目が澄んでいるか |
どの魚でも、体や血合いの色、脂の乗り、身の厚みと水分、目やえらの澄み具合を見ます。マダイは鼻の穴まで、カワハギは肝の大きさと色まで確かめます。
15.6 昆布締めと白身の仕込み
昆布締め ― 白身にいちばん効く仕事
白身の旨味の中心はイノシン酸、昆布の旨味の中心はグルタミン酸です。種類の違うこの二つを同時に味わうと、舌は単独のときの何倍も強く旨味を感じます。これを旨味の相乗効果といいます。昆布と鰹節の合わせ出汁と、同じ原理です(第20章)。白身はグルタミン酸が少ないので、昆布から移ることで、足りない半分が補われます。同時に、乾いた昆布が身の水分を吸って、身を締めます。
手順は第13章で学びました。時間は、薄くそいだ身なら2〜4時間、サクのままなら半日から一晩が目安です。置きすぎると身が飴色に染まって硬くなり、昆布の香りが勝ちます。昆布締めは、生のまま寝かせる仕事です。温度と期限の管理は、熟成と同じ厳しさで行います。
塩締めと昆布締めの細部
白身の塩締めでは、身に薄く塩を振り、20〜30分から数時間置いて、出てきた水分を拭き取ります。浸透圧で余分な水分と臭みが抜け、表面のタンパク質がわずかに変わって身が締まり、切り口が立ちます(第13章)。水分の多い甘鯛やスズキ、脂の多い養殖のタイで、とくに効果があります。
昆布締めでは、まず酒で湿らせた布巾で昆布の表面を拭きます。薄塩を当てて水気を拭いた身を昆布で挟み、ラップで包んで冷蔵します。昆布は、真昆布や利尻昆布のように香りが穏やかなものを使います。置きすぎると身が黄ばみます。締めた身は2日以内に使い切ります。
寝かせる白身、すぐ使う白身
クエ、大型のヒラメ、2 kgを超えるマダイなどは、死後硬直が解けても、コラーゲンのために硬いままです。0〜2℃でペーパーに包み、2〜5日寝かせます。クエは1週間近く寝かせます。すると、イノシン酸が増えてコラーゲンがほどけ、旨味とやわらかさがそろいます。小型のカレイやキス、サヨリは、旨味が増える前に水分と香りが抜けてしまいます。
活け造りは、死後硬直の前か硬直中の身を食べる料理です。旨味ではなく、歯ごたえと透明感を食べます。寝かせた身と活けの身のどちらが上という話ではありません。何を食べてもらいたいかで選びます。
皮目の処理と切り付け
皮を引くと、皮と身の間のおいしい層の一部が、皮に持っていかれます。そこで皮を残すのが、湯霜(ゆしも)と焼き霜です。湯霜は、熱湯をかけて氷水に取る方法です。皮がやわらかく縮んで模様が出る、タイやスズキに向きます。焼き霜は、皮目を強火で炙る方法です。皮の下の脂が香ばしさに変わる、イサキやノドグロ、キンメに向きます。どちらも皮が熱で縮むので、切り付けのときに皮目に浅く包丁を入れると、噛み切りやすくなります。
切り付けは、包丁を寝かせて繊維に対して斜めに引くそぎ切りで、薄く広く切ります。白身は繊維が長く締まっているので、繊維に沿って切ると噛み切れません。また、薄くしないとシャリの味に勝ちすぎます。下のまな板が透けて見えるくらいの厚みが目安です。
15.7 薬味と提供
白身には柑橘と塩
白身には柑橘と塩、光り物には生姜と葱を合わせます。この組み合わせには理由があり、二つは目的が逆です。
白身の薬味は、旨味を引き立てるためのものです。少しの塩は、甘みと旨味を強く感じさせます。スダチやカボス、ユズの酸味と香りが、味に輪郭を与えます。スイカに塩を振ると甘く感じるのと同じしくみで、これを対比効果といいます。醤油は香りも旨味も強く、白身の繊細な旨味を覆ってしまうので、控えめにします。光り物の薬味は、生臭さを隠すためのものです(第16章)。
薬味は臭みを隠す道具であって、鮮度の悪さを隠す道具ではありません。わさびや生姜にも菌を抑える働きはありますが、あくまで補助です。安全は、温度と時間の管理で守ります(第5章・第6章)。
柑橘と塩の理屈を、ほかの魚にも使う
青魚に生姜や葱を合わせるのは、臭みを覆い隠すマスキングが目的です。白身の薬味は、隠すためではなく引き立てるために使います。この役割の分け方を理解しておけば、初めて扱う魚にも、薬味を筋道立てて選べます。白身に醤油を使う場合も、煮切り(第20章)を刷毛で薄く塗る程度にとどめます。
温度戻しと出す順番
冷蔵庫から出した直後の白身は、0〜4℃です。この温度では舌の感度が落ち、甘みと旨味が感じにくく、香りも立ちません。出す前にわずかに温度を上げ、人肌のシャリと合わせると、口に入れた瞬間に旨味と香りが広がります。これを温度戻しといいます。
ただし、温度戻しは「室温に置く」ことではありません。切り付けてから握るまでの数分間が温度戻しです。つけ場に切り置きして放っておくことではありません(第5章)。暑い国ほど、この区別を厳しくします。
白身は、おまかせの最初のほうに出します。味が淡く繊細なので、脂の強いマグロや香りの強い光り物のあとでは、味が分からなくなるからです。淡いものから濃いものへという順番の原則(第24章)は、白身から始まります。
15.8 海外の白身魚と寄生虫
フルークは北米の大西洋岸のヒラメの仲間で、ヒラメに最も近い魚です。シーバスは養殖が主流です。スナッパーはフエダイの仲間で、身はタイよりやわらかめです。ティラピアは淡水の養殖魚で、かつて日本でも「イズミダイ」の名で寿司に使われました。現地の白身で日本の魚の味を再現しようとしないことが、第一歩です。ハリバットの締まった身は薄く切って塩と柑橘で、養殖シーバスの脂は焼き霜で生かします。
白身で最も注意すべきは寄生虫です。天然の海の白身にはアニサキスがいます。淡水魚には、肝吸虫(かんきゅうちゅう)や顎口虫(がっこうちゅう)など、海の魚とは別の寄生虫がいます。淡水魚の生食は、冷凍処理をした養殖物でなければ避けます。
| 国・地域 | 冷凍の条件 |
|---|---|
| 米国(FDA) | 冷凍庫内の温度で−20℃以下、凍る時間を含めて合計7日間。または−35℃以下で凍らせ、−35℃で15時間など |
| EU | 製品のすべての部分で−20℃以下を24時間以上。または−35℃以下を15時間以上 |
米国は−20℃以下で7日間、EUは製品のすべての部分で−20℃以下を24時間以上、が基本です。配合飼料だけで育てた養殖魚は寄生虫のリスクが低いので、FDAはこれを冷凍の義務の例外にしています。
海外で安全に白身を出す現実的な方法は二つです。信頼できる養殖の白身、たとえばシーバス、ハリバット、タイの仲間を使うこと。天然物なら、冷凍処理の履歴がはっきりしたものを選ぶことです。昆布締めは、どの国の白身でも旨味を補える確かな技法で、塩と昆布で水分を抜くので、日持ちもわずかによくなります。暑い国では、白身の透明感が鮮度のいちばん分かりやすいサインです。届いた時点で白く濁っているもの、押して弾力がないものは、昆布締めにも使わず、加熱に回します。
この章のまとめ
- 白身は待ち伏せ型の魚で白い筋肉が多く、淡く繊細な旨味をもつ。透明感がなくなって白く濁るのが、鮮度低下のサイン。
- マダイは桜鯛と紅葉鯛、ヒラメは寒平目が旬。鯛は松皮造りで皮の下の旨味を残す。ヒラメのエンガワは1尾から4本。
- ヒラメのクドアは、−20℃で4時間以上の冷凍か、中心温度75℃で5分以上の加熱で防ぐ。酢・塩・わさびでは防げない。
- ブリ・カンパチ・ヒラマサは白身として出すが性格は赤身に近く、ヒスタミンを防ぐ温度管理は青魚と同じ厳しさで行う。クエなど大型の白身は寝かせ、小型は早く使う。
- 昆布締めは、魚のイノシン酸と昆布のグルタミン酸の相乗効果で旨味を強める。白身の柑橘と塩は対比効果で旨味を引き立てる。薬味は鮮度の悪さを隠す道具ではない。
- 温度戻しは、切り付けてから握るまでの数分のことで、切り置きではない。白身はおまかせの最初に出す(一級)。
- 海外の白身は、養殖物を使うか、冷凍の履歴がはっきりした天然物を選ぶ。淡水魚は原則として生で出さない(一級)。
確認問題
問1 白身を昆布締めにすると旨味が増す理由として、正しいものはどれか。
a 昆布のイノシン酸と、魚のグルタミン酸が合わさるから
b 魚のイノシン酸と、昆布のグルタミン酸が合わさり、相乗効果が生まれるから
c 昆布の塩分で、身が殺菌されるから
d 昆布が身に水分を与えて、やわらかくするから
e 昆布の酸で、身のタンパク質が分解されるから
答え:b
白身の旨味の中心はイノシン酸、昆布の旨味の中心はグルタミン酸です。種類の違う二つの旨味を同時に味わうと、舌は何倍も強く旨味を感じます。これが相乗効果で、昆布と鰹節の合わせ出汁と同じ原理です。a は逆に覚えた誤りです。昆布は身に水分を与えるのではなく、身の水分を吸って締めます。
問2 ヒラメのクドアについて、正しいものはどれか。
a 目で見て取り除けば防げる
b 酢で締めれば病原性がなくなる
c わさびを多めに添えれば防げる
d −20℃で4時間以上の冷凍か、中心温度75℃で5分以上の加熱で病原性がなくなる
e アニサキスの一種なので、ブラックライトで見つけられる
答え:d
クドアは目に見えない寄生虫で、生で食べると数時間で一時的な嘔吐や下痢を起こします。アニサキスとは別の寄生虫です。酢・塩・わさびでは防げません。病原性をなくすには、−20℃で4時間以上の冷凍か、中心温度75℃で5分以上の加熱が必要です。
問3 白身の「温度戻し」の説明として、最も適切なものはどれか。
a サクを開店前からつけ場に出し、室温になじませておくこと
b 切り付けてから握るまでの数分の間に、わずかに温度を上げること。切り置きして放っておくことではない
c 冷凍した白身を、室温で自然に解かすこと
d 握ったあと、客の前で数分置いてから食べてもらうこと
e シャリを冷蔵庫で冷やし、ネタの温度に合わせること
答え:b
0〜4℃の白身は舌の感度が落ちて、甘みと旨味を感じにくくなります。そこで、切り付けてから握るまでの数分でわずかに温度を上げ、人肌のシャリと合わせます。これが温度戻しです。室温に置いたり、切り置きして放っておいたりすることではありません。暑い国ほど、この区別を厳しくします。

