付録
付録B
食中毒一覧表
寿司店で起こりうる食中毒を、原因ごとに一覧にしました。潜伏期間と症状は、お客様から体調が悪いと連絡を受けたとき、原因を絞り込む手がかりになります。いちばん右の欄には、その原因に加熱・冷凍・消毒が効くかどうかを書きました。加熱しても壊れない毒があり、冷凍しても死なない菌やウイルスがあります。そのことを、この表で確かめてください。
数値は、厚生労働省などの公表資料にもとづく一般的なものです。潜伏期間は資料によって幅があるので、代表的な値を載せました。
食中毒の原因は、大きく四つに分かれます。寄生虫、ウイルス、細菌、そして自然毒と化学物質です。細菌は、さらに二つに分かれます。体の中で菌が増えて病気を起こすのが感染型です。食べ物の中で菌が毒を作り、その毒を食べて病気になるのが毒素型です。毒素型は、菌を殺しても毒が残っていれば発症します。
寿司店でとくに気をつけたい原因は、アニサキス、ノロウイルス、腸炎ビブリオの三つです(第3章)。腸炎ビブリオは、2001 年に生食用の魚介の基準ができてから大きく減りました。ただし、ほかの原因も、一度起きれば重い結果を招きます。
B.1 寄生虫・ウイルス
寄生虫はアニサキス、ウイルスはノロウイルスと A 型肝炎ウイルスを載せました。寄生虫は冷凍で死にますが、ウイルスは冷凍では死にません。
| 原因 | 分類 | 主な原因食品 | 潜伏期間 | 主な症状 | 寿司店での主な予防策 | 加熱・冷凍・消毒で壊せるか |
|---|---|---|---|---|---|---|
| アニサキス | 寄生虫(線虫の幼虫。長さ 2〜3 cm の白い糸のような姿) | サバ、アジ、イワシ、サンマ、カツオ、サケ、イカなど。魚が死ぬと、内臓から身に移ることがあります | 胃の場合:食後数時間〜十数時間。腸の場合:十数時間〜数日 | みぞおちの激しい痛み、吐き気、嘔吐。腸の場合は下腹部の痛み、まれに腹膜炎。じんましんなど、アレルギーの症状を伴うことがあります | 鮮度のよい魚を選び、内臓を早く取ります。目とブラックライトで確かめます(ブラックライトで見えるのは、表面から約 0.5 mm までの幼虫だけです)。生で出すなら −20℃以下で 24 時間以上冷凍します(魚の中心が −20℃になってから数える)。酢・塩・わさび・醤油では死にません | 加熱:60℃で 1 分、または 70℃以上で死にます。冷凍:−20℃以下で 24 時間以上で死にます(日本では厚生労働省の呼びかけ)。消毒薬:関係ありません |
| ノロウイルス | ウイルス | 生または加熱が足りない二枚貝(とくにカキ)。感染した人の手を通して汚れた、あらゆる食べ物 | 24〜48 時間 | 嘔吐、下痢、腹痛、微熱。ふつうは 1〜2 日で治りますが、お年寄りと幼い子どもは脱水に注意します。10〜100 個程度でうつるとされます | 二枚貝は中心を 85〜90℃で 90 秒以上加熱します。生で出すのは「生食用」と表示されたものだけです。働く人の体調管理と検便を行い、嘔吐物は 1,000 ppm の次亜塩素酸ナトリウムで処理します。症状が消えても 1 週間〜1 か月はウイルスを出すことがあるので、かかった人は、検便でウイルスがないと確かめられるまで食品に直接触れません | 加熱:85〜90℃で 90 秒以上で壊れます。冷凍:死にません。消毒:次亜塩素酸ナトリウムが効きます。アルコールは効きにくいです |
| A 型肝炎ウイルス | ウイルス | 生または加熱が足りない二枚貝、汚れた水、感染した人が触れた食べ物 | 2〜7 週間(平均で約 4 週間) | 発熱、だるさ、食欲がない、黄疸(皮膚や白目が黄色くなる)。潜伏期間が長いので、原因の食べ物を突き止めにくい | 二枚貝を十分に加熱し、手を洗います。海外では水と氷に注意します。働く人のワクチン接種が有効です | 加熱:85℃以上で 1 分以上で壊れます。冷凍:死にません。消毒:次亜塩素酸ナトリウムが効きます。アルコールは効きにくいです |
B.2 細菌
細菌は八つを載せました。腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌、サルモネラ属菌、カンピロバクター、腸管出血性大腸菌、リステリア、ウェルシュ菌、セレウス菌です。黄色ブドウ球菌の毒と、ウェルシュ菌・セレウス菌の芽胞(熱に強い殻)は、加熱しても残ります。
| 原因 | 分類 | 主な原因食品 | 潜伏期間 | 主な症状 | 寿司店での主な予防策 | 加熱・冷凍・消毒で壊せるか |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 腸炎ビブリオ | 細菌(感染型)。海水にすみ、塩分を好む | 夏の魚介の刺身・寿司。魚介から菌が移った食べ物 | 8〜24 時間(平均で約 12 時間) | 激しい腹痛、水のような下痢、嘔吐、発熱 | 魚を真水の流水で洗います(真水に弱い)。4℃以下で増えなくなるので、10℃以下、できれば 4℃以下で保存します。いちばん増えやすい条件では約 10 分で倍になるので、室温に置きません。魚を触った器具と手から、ほかの食べ物に移さないようにします | 加熱:75℃で 1 分以上で死にます。冷凍:増えなくなりますが、死ぬとは限りません。消毒:ふつうの消毒薬に弱い |
| 黄色ブドウ球菌 | 細菌(毒素型)。人の皮膚・鼻・手の傷にいます。塩分 15% 程度でも増えます | おにぎり、寿司、弁当など、素手で扱う食べ物 | 1〜6 時間(平均で約 3 時間) | 激しい吐き気、嘔吐、腹痛。熱はあまり出ません | 手をよく洗います。手に傷や化膿があるときは、生ものに触れません。作った食べ物を室温に置かず、10℃以下に保ちます。毒は加熱で壊れないので、手から菌を付けないことと、付いた菌を増やさないことの二つが守りの柱です | 加熱:菌は死にますが、毒(エンテロトキシン)は 100℃で 30 分加熱しても壊れません。冷凍:毒は残ります。消毒:菌には効きます |
| サルモネラ属菌 | 細菌(感染型) | 鶏卵、食肉。殻の汚れを通して、玉子焼きの材料に入ります | 6〜72 時間(多くは 12〜48 時間) | 発熱、腹痛、下痢、嘔吐。幼い子どもとお年寄りは重くなりやすい | 卵は冷蔵し、新しいものを使います。割った卵を室温に置きません。玉子焼きは中心まで火を通します(中心 70℃で 1 分以上。一般的な目安は 75℃で 1 分以上)。殻を触った手と器具は洗います | 加熱:75℃で 1 分以上で死にます。冷凍:死にません。消毒:効きます |
| カンピロバクター | 細菌(感染型)。酸素が少しだけある所を好みます | 鶏肉、生水、殺菌していない牛乳。鶏肉から移ったもの | 1〜7 日(多くは 2〜5 日) | 下痢、腹痛、発熱、頭痛。まれに、数週間後にギラン・バレー症候群(手足のまひ)を起こします | 鶏肉を扱う店では、生で出す魚と器具・手・場所を完全に分けます。鶏肉は 75℃で 1 分以上加熱します。数百個というわずかな数で発症します | 加熱:75℃で 1 分以上で死にます。冷凍:数は減りますが、死に絶えはしません。消毒:効きます。乾燥に弱い |
| 腸管出血性大腸菌(O157 など) | 細菌(感染型。体の中でベロ毒素を作ります) | 牛肉、生野菜、浅漬け、井戸水。牛肉から移ったもの | 3〜8 日(多くは 3〜5 日) | 激しい腹痛、水のような便、血の混じった便。幼い子どもとお年寄りは溶血性尿毒症症候群(腎臓が働かなくなる病気)を起こし、亡くなった例があります | 数十〜100 個程度で発症します。かいわれ、きゅうり、大葉などの生野菜はよく洗い、必要なら 200 ppm の次亜塩素酸ナトリウムで殺菌します。肉を扱う器具と分けます。加熱は 75℃で 1 分以上です | 加熱:75℃で 1 分以上で死にます。冷凍:死にません。消毒:効きます |
| リステリア・モノサイトゲネス | 細菌(感染型)。4℃でも増え、塩分にも強い | スモークサーモン、ナチュラルチーズ、生ハムなど、加熱せずに食べる食品を長く冷蔵したもの | 1 日〜数週間(長いと 70 日〜3 か月程度) | 発熱、筋肉痛、頭痛。妊娠中の人では流産・死産。赤ちゃん、お年寄り、免疫の弱い人では髄膜炎や敗血症 | 冷蔵を過信しません。期限を守り、長く冷蔵したものは使い切ります。妊娠中の人には、加熱しない長期冷蔵品を出しません | 加熱:75℃で 1 分以上で死にます。冷凍:死にません。消毒:効きます |
| ウェルシュ菌 | 細菌(感染型。腸の中で毒を作ります)。酸素を嫌い、芽胞を作ります | 大鍋で作ったカレー、煮物、スープ、煮汁。寿司店では、煮穴子の煮汁など大鍋で作り置く煮汁(煮詰めて糖分の濃いツメになれば増えにくい) | 6〜18 時間(平均で約 10 時間) | 下痢、腹痛。多くは軽く、1〜2 日で治ります | 加熱した煮汁を、大鍋のまま室温で冷まさないようにします。小分けして急いで冷やし、冷蔵します。温め直すときは、よくかき混ぜながら全体を沸騰させます | 加熱:食中毒を起こす菌の芽胞は、100℃で 1〜6 時間の加熱に耐えます。冷凍:芽胞は死にません。消毒:芽胞には効きにくい |
| セレウス菌 | 細菌。嘔吐型(毒素型)と下痢型(感染型)があります。芽胞を作ります | 嘔吐型:ご飯、チャーハン、パスタ。下痢型:肉料理、スープ | 嘔吐型:30 分〜6 時間。下痢型:8〜16 時間 | 嘔吐型:吐き気、嘔吐。下痢型:下痢、腹痛 | 炊いた米を室温に長く置きません。シャリは保温する時間の上限を決め、過ぎたら捨てます。作り置きは急いで冷やして冷蔵します | 加熱:嘔吐型の毒(セレウリド)は 126℃で 90 分加熱しても壊れません。芽胞は 100℃に耐えます。冷凍:芽胞は死にません。消毒:芽胞には効きにくい |
B.3 自然毒・化学物質
ヒスタミン、フグ毒、貝毒、シガテラ、ツブ貝のテトラミンの五つを載せました。この五つは、どれも加熱でも冷凍でも壊れません。
| 原因 | 分類 | 主な原因食品 | 潜伏期間 | 主な症状 | 寿司店での主な予防策 | 加熱・冷凍・消毒で壊せるか |
|---|---|---|---|---|---|---|
| ヒスタミン | 化学物質(魚の身のヒスチジンという成分を、細菌が分解して作ります) | マグロ、カツオ、サバ、ブリ、イワシ、サンマなどの赤身の魚と、その加工品 | 数分〜1 時間(多くは 1 時間以内) | 顔が赤くなる、じんましん、頭痛、動悸、下痢。食べたときに唇や舌がピリピリすることがあります | 獲ってからずっと低温で管理されたものを仕入れます。エラと内臓を早く取ります。解凍したら室温に置きません。冷蔵(4℃前後)でも、長く置けばたまることがあります。腐ったにおいがなくても含まれていることがあるので、鮮度の落ちた赤身の魚は使いません。一度できたヒスタミンは取り除けません | 加熱:壊れません。冷凍:新しくできるのは止まりますが、できたものは残ります。解凍後はまたできやすくなります。消毒:関係ありません |
| フグ毒(テトロドトキシン) | 動物の自然毒 | フグの肝臓、卵巣、皮、腸。フグの種類と部位で毒の強さが違います | 20 分〜3 時間 | 唇・舌のしびれ、嘔吐、体が動かなくなる、息が苦しくなる。亡くなる割合が高い | 免許を持たない人は、さばかない、扱わない、出さない。資格のない人がフグを出すのは法令違反です | 加熱:壊れません。冷凍:壊れません。消毒:関係ありません |
| 貝毒(まひ性・下痢性) | 動物の自然毒(毒のあるプランクトンを二枚貝がためこみます) | ホタテ、ムラサキイガイ、アサリ、カキなどの二枚貝。中腸腺(貝の内臓)にたまります | まひ性:30 分程度。下痢性:30 分〜4 時間 | まひ性:しびれ、まひ。重いと呼吸がまひして亡くなります。下痢性:下痢、嘔吐、腹痛(3 日以内に治ります) | 出荷が止められた海域・時期の貝は使いません。信頼できる仕入れ先からだけ買い、自分で採った貝は使いません。産地と検査の情報を確かめます | 加熱:壊れません。冷凍:壊れません。消毒:関係ありません |
| シガテラ(シガトキシン) | 動物の自然毒(小さな藻の毒が、食べる・食べられるのつながりを通って大きな魚にたまります) | バラフエダイ、バラハタ、イシガキダイ、オニカマスなど、熱帯・亜熱帯のサンゴ礁にすむ大型の魚 | 1〜8 時間(ときに 2 日以上) | 下痢、嘔吐、関節の痛み、冷たいものが熱く感じる温度の感覚の異常、脈が遅くなる、血圧が下がる。症状が数週間〜数か月続くことがあります | 熱帯・亜熱帯の海外ではとくに注意します。産地と魚の種類を確かめ、大きな個体を避けます。日本でも、南西諸島の魚や、海が温かくなって北に移ってきた魚に注意します | 加熱:壊れません。冷凍:壊れません。消毒:関係ありません |
| ツブ貝のテトラミン | 動物の自然毒 | エゾボラの仲間(ヒメエゾボラ、エゾボラモドキなど)の唾液腺。「あぶら」と呼ばれる、乳白色〜うすい黄色の塊 | 30 分〜1 時間 | めまい、頭痛、目の見え方の異常、船酔いのようなふらつき、酒に酔ったような感じ。ふつうは数時間で治ります | 唾液腺を必ず取り除きます。小さな貝でも省きません。取り方を知らない人にはさばかせません | 加熱:壊れません(水に溶けるので、煮汁に出ます)。冷凍:壊れません。消毒:関係ありません |
B.4 この表から読み取る三つの原則
一つ目は、加熱は万能ではないということです。黄色ブドウ球菌の毒、セレウス菌の嘔吐型の毒、ヒスタミン、フグ毒、貝毒、シガテラ、テトラミンは、加熱しても壊れません。ウェルシュ菌とセレウス菌の芽胞は、沸騰させても生き残ります。これらには、「作らせない」「入れない」「取り除く」しか手がありません。
二つ目は、冷凍で死ぬのは寄生虫だけと考えてよい、ということです。細菌とウイルスは、冷凍すると眠るだけです。解凍すれば、また増え始めます。
三つ目は、アルコールが効かない相手がいるということです。ノロウイルスと A 型肝炎ウイルスには、次亜塩素酸ナトリウムを使います。
原因ごとに、効く手段は違います。それを知っている職人だけが、正しい予防策を選べます。

