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すし検定

目次 第14章 マグロ
    1. 序章本書の使い方 ― 二級と一級の範囲
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入を防ぐ
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリ

    1. 第7章米を知る ― 米と炊飯
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍
    4. 第13章下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ

    1. 第14章マグロ
      1. 14.1 マグロの種類
      2. 14.2 天然と養殖、生と冷凍
      3. 14.3 部位と筋
      4. 14.4 色が変わる理由
      5. 14.5 熟成と季節
      6. 14.6 ヅケと炙り
      7. 14.7 切り付けと握り
      8. 14.8 安全と表示 ― ヒスタミンと水銀
      9. 14.9 海外のマグロ ― 冷凍の履歴とCO処理一級
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き
  7. 第VII部 歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史 ― 屋台から世界へ
    2. 第26章カウンターに立つ ― 接客・おもてなしと職人の責任
  8. 第VIII部 経営

    1. 第27章お金の流れ ― 原価・歩留まり・値決め一級
    2. 第28章仕入れ・在庫・ロス一級
    3. 第29章開業の準備一級
    4. 第30章お客を集め、常連を育てる一級
    5. 第31章人と店の仕組み一級
  9. 付録 資料編

    1. 付録A覚えておきたい数字と温度・時間の早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C寿司ことばと用語集
    4. 付録D旬のカレンダー
    5. 付録E出題範囲と出題の目安

第IV部

ネタ

マグロから玉子まで

朗読は本文・コラム・まとめを読みます。表・図・確認問題は読みません。再生中は段落を押すと、そこから聴けます。

第IV部 ネタ

第14章

マグロ

マグロは寿司店の看板で、多くの店で仕入れ額がいちばん大きいネタです。同じ「中トロ」の札でも、マグロの種類が違えば別の食べ物になります。この章では、マグロを「選ぶ・保つ・仕込む・握る」の順に、なぜそうするのかとあわせて学びます。

この章で学ぶこと

  • 主なマグロ6種と、天然と養殖、生と冷凍の違いを説明できる
  • 部位と筋の走り方を知り、サクの良し悪しを見分けられる
  • マグロの色が変わる理由と、色を保つ保管のしかたを説明できる
  • ヅケ・炙り・切り付け・握りの温度を、理由とともに使い分けられる
  • ヒスタミンと水銀の注意点を知り、一酸化炭素で色を固定したマグロの危険を説明できる(一級)

14.1 マグロの種類

寿司に使うマグロは、サバ科マグロ属の魚です。主なものは6種類あります。種類によって、大きさ、脂、身の色、値段が大きく違います。

クロマグロは本マグロとも呼ばれます。全長3 m、重さ400 kgを超えることもある最大のマグロです。大トロ・中トロ・赤身の味の差が、いちばん大きい種類です。南半球にすむミナミマグロは、インドマグロとも呼ばれます。脂が乗るのは一般に日本の夏とされ、クロマグロの脂が抜ける時期を埋めてくれます。関東の寿司店の「本日のマグロ」は、目が大きく赤身の色が濃いメバチであることがよくあります。

表14-1 主なマグロ6種
種類脂が乗る時期身の特徴主な使い方
クロマグロ冬(12〜2月)濃い赤。酸味と鉄分。大トロの脂が最も厚い最高値。トロ・赤身とも最上級
ミナミマグロ日本の夏脂が甘くまろやか。酸味は弱い高値。冷凍・蓄養が中心
メバチ秋〜初冬(近海の生)濃い赤。やわらかい。トロは中トロまで赤身の主力
キハダ春〜初夏(近海の生)明るい赤。締まって脂が少ない赤身・ヅケ。缶詰の原料にも
ビンナガ冬白っぽい桃色。やわらかいビントロ。缶詰の原料にも
コシナガ夏薄い赤。血合いが少ない主に産地で消費

6種のうち、冬に脂が乗るのはクロマグロとビンナガ、夏に脂が乗るのはミナミマグロです。種類を偽って、高い種類として売ることは法令違反です。職人の信用も失います。水銀の目安も種類で違うので(14.8)、正しい表示は客の安全にもつながります。

6種の違いをもう少し詳しく

クロマグロは太平洋と大西洋に1種ずついて、北半球の温帯から冷帯を回遊します。サンマやイカを食べて脂を蓄える12〜2月が、最も脂の乗る時期です。赤身は色が濃く、鉄分の風味と酸味がはっきりしています。値段は、ほかの種類と桁が違います。

ミナミマグロは南半球の温帯から冷帯にだけすみます。脂の甘みがまろやかで、赤身とトロの境目がはっきりしています。主に冷凍で入り、オーストラリアでは蓄養が盛んです。メバチは身がやわらかく、水分がやや多めです。近海の生は秋から初冬に脂が乗り、延縄(はえなわ)漁の冷凍物は一年中安定して手に入ります。

キハダは黄色いひれが目印です。熱帯の海の表層を速く泳ぐので、身は締まって脂が少なく、トロはほとんど取れません。世界では、カツオと並ぶツナ缶の主な原料です。ビンナガは胸びれが長い小型の種類で、ビンチョウとも呼ばれます。冬に脂が乗ったものは「ビントロ」として回転寿司で人気があります。コシナガはマグロ属の小型の種類です。西日本から東南アジアの沿岸に多く、身は色が薄く、産地で安く食べられています。

表14-2 マグロ6種の大きさと海域
種類流通の中心の大きさ主な海域
クロマグロ100〜300 kg(最大400 kg超)北半球の温帯・冷帯、地中海
ミナミマグロ30〜100 kg(最大2 m超)南半球の温帯・冷帯
メバチ40〜150 kg(最大2 m超・200 kg超)世界の熱帯〜温帯
キハダ20〜70 kg(最大2 m超)熱帯・亜熱帯の表層
ビンナガ20〜40 kg(1〜1.3 m)世界の温帯の外洋
コシナガ数kg〜10 kg(1 m未満)西太平洋・インド洋の沿岸

流通の中心は、クロマグロが100〜300 kg、メバチが40〜150 kg、キハダが20〜70 kgほどです。

14.2 天然と養殖、生と冷凍

天然・養殖・蓄養

マグロの養殖には二つの形があります。蓄養(ちくよう)は、天然の幼魚や若魚、または産卵のあとで痩せた成魚を生け捕りにして、生け簀(す)で数か月から数年太らせる方法です。完全養殖は、卵からかえした稚魚を親まで育て、その卵からまた育てる方法です。

どちらも、脂の多いサバやイワシ、脂の多い配合飼料を与え続けます。そのため、季節に関係なく全身に脂が入ります。天然なら赤身になる背中側にまで、霜降りの脂が入るのです。ねっとりした脂は魅力ですが、何貫も続くとくどくなります。トロは薄めに切り、赤身は天然のメバチやキハダを別に用意するなど、天然とは扱いを変えます。養殖が劣るのではなく、扱い方が違うのです。

生と冷凍 ―「生が上」ではない

遠洋のマグロ漁船は、釣ったマグロを船の上で処理し、−60℃前後の超低温で凍らせて持ち帰ります。この温度では、色の変化も脂の酸化もほとんど進みません。1年以上たっても、色と味がほぼ変わりません。アニサキスなどの寄生虫は、−20℃以下で24時間以上の冷凍で死にます。ですから、こうして凍らせたマグロに寄生虫の心配は事実上ありません(第3章・第12章)。

一方、一度も凍らせていない「生マグロ」は、近海で獲れて氷詰めで運ばれます。店に届くまで数日かかることもあります。また、釣り上げるときに長く暴れたマグロは、身焼け(みやけ)を起こすことがあります。身が白っぽく濁り、やわらかく、酸っぱい味になる状態です。船の上ですぐ凍らせたマグロのほうが、何日も氷詰めで運ばれた生より状態が良いことは、普通にあります。解凍のしかたは第12章で学びました。

養殖の脂をどう生かすか

天然のマグロでは、脂は腹側と皮の下に集まります。養殖では、あまり泳がない生け簀で高カロリーの餌を与え続けるので、背中の深い所まで脂が入り、「背トロ」が取れます。餌に由来する脂の性質の違いから、脂の溶ける温度は天然よりやや低いとされます。口に入れると、ねっとりと広がります。

この脂は商品として強い力をもちますが、扱いには注意が要ります。一つは、赤身らしい赤身が取れないので、おまかせの中で「赤身で口を締める」流れが組めないことです。もう一つは、脂が溶けやすいぶん、室温や手の温度で傷むのも速いことです。そこで、トロは薄く切り、赤身は天然物を別に用意し、ヅケや炙りで脂を切ります。

冷凍が止めているもの、身焼けが起きるわけ

−60℃前後では、身の中の酵素の働き、脂の酸化、そして14.4で学ぶ色素の酸化が、ほぼ完全に止まります。生マグロは、釣ってから店に届くまで3〜7日かかることも珍しくありません。身焼けは、暴れた魚の体温が上がり、筋肉に乳酸がたまって酸性に傾くことで起きます。冷やすのが遅れるほど起きやすくなります。

生の値打ちは、水分をわずかに多く保つことと、「生」という言葉の商品の力にあります。冷凍の値打ちは、品質が安定していること、寄生虫の心配がないこと、一年中手に入ることにあります。どちらが上かではなく、何を求めるかで選びます。

14.3 部位と筋

マグロは解体すると、背側と腹側を、それぞれ頭の方から「上・中・下」に分けます。赤身は背側の中心部にあり、トロは腹側の皮に近い部分にあります。頭に近い腹側ほど、脂が厚くなります。

頭・カマ 脳天・ほほ カマトロ 背上(天身) 背中(赤身) 背下 腹上(大トロ) 腹中 (大トロ・中トロ) 腹下 尾 点線=背と腹の境(血合い) 実線=上・中・下の区分 濃い帯=最も脂の厚い所
図14-1 マグロの部位の区分(模式図)。背側は赤身が多く、腹側の頭寄りほど脂が厚い。尾に近いほど筋が強くなる。
表14-3 マグロの主な部位
部位場所特徴と使い方
赤身(天身)背側の中心部。天身(てんみ)は背のいちばん高い所の芯脂が少なく、鉄分と酸味がある。筋がほとんどない。握り・ヅケに最上
中トロ背側の皮に近い所、腹中、腹と背の境など脂と赤身のバランスがよく、最も万人向け
大トロ腹上から腹中の皮の下。カマトロは胸びれの付け根付近脂が最も厚い霜降り。筋も太く多い(蛇腹)。薄めに切る、炙る
中落ち中骨のまわりの身をこそげたもの骨まわりの旨味。軍艦、巻物、ネギトロ
脳天・ほほ頭の身脳天は脂があり筋のない希少な部位で握りに。ほほは繊維が粗く焼き物向き
血合い背と腹の境に沿った暗い赤の帯最も傷みやすい。生では使わず、煮付けや焼き物など加熱料理に

筋の見方

身に白く走る筋は、筋肉のかたまり同士をつなぐ膜で、主な成分はコラーゲンです。尾に近いほど、筋の間隔は狭く、筋そのものも太く硬くなります。頭寄りの背の芯、つまり天身には筋がほとんどありません。大トロには、脂の層と筋の層が交互に重なった「蛇腹(じゃばら)」があります。脂も筋もいちばん強い所です。

サクを選ぶときは、次の点を見ます。筋の間隔が広くそろっているか。狭く詰まっていれば尾寄りの身です。色が均一で、暗い斑点や茶色い縁がないか。切り口がしっとり光り、乾いて白っぽくなっていないか。

筋が尾で強くなるわけと、サクの取り方

マグロを解体すると、背上・背中・背下・腹上・腹中・腹下の6つのブロックと、カマ・頭・尾に分かれます。背上は背一番、腹上は腹一番とも呼ばれます。

魚の身は、筋節(きんせつ)という筋肉のブロックが頭から尾へ重なってできています。筋は、この筋節の境目に沿って斜めに走ります。尾に近いほど筋節が小さくなるので、筋の間隔が狭くなります。また、泳ぐ力を尾に伝えるため、筋そのものも太く硬くなります。

ブロックをサクにするときは、切り付けたときに筋が垂直か斜めに断たれる向きに、サクの長い辺を決めます。筋がサクの長い辺と平行だと、ネタに筋が一本丸ごと残り、噛み切れません。仕入れでは、筋がサクの面に対して斜めに、整然と走っているかも見ます。

14.4 色が変わる理由

マグロの赤は、血の色ではありません。筋肉の中にあるミオグロビンという色素の色です。筋肉の中に酸素をためておく色素で、休みなく泳ぐマグロの筋肉にたくさん含まれています。

切りたての身や、真空パックから出した直後の身は、暗い赤紫色です。空気に触れると色素が酸素と結びつき、20〜30分ほどで鮮やかな赤に変わります。ここまでは、元に戻れる変化です。ところが時間がたつと、色素の中の鉄が酸化して茶色くなります。これをメト化、または褐変(かっぺん)といいます。いったんメト化した身は、元の赤には戻りません。

メト化は、温度が高いほど、空気に触れる面が広いほど、光に当たるほど、時間がたつほど速く進みます。冷蔵の0〜4℃でも、表面は1〜3日で茶色くなり始めます。ですから、色を守る方法は次の四つです。

  • 低温に保つ 冷蔵庫のいちばん冷える場所、0〜2℃に置きます。
  • 空気を断つ 水気をペーパーで取り、ラップを密着させるか、真空にします。
  • 光を避ける 明るいネタケースに長く並べません。
  • 切り口を減らす 切り付けは注文ごとに行います。

使い残しのサクは、翌日、表面の茶色い層を薄く削ってから使います。削った身は生では使わず、加熱料理に回します。表面には菌が集まりやすいからです(第10章)。

また、「色が良い=新しい」ではありません。真空や冷凍から出した直後の暗い色は、酸素に触れていないだけで、むしろいちばん新しい状態です。反対に、鮮やかな赤でも古いことがあります。色が示すのは酸素との触れ方であって、鮮度そのものではないのです。

14.5 熟成と季節

冷凍マグロは、解凍した直後は旨味が少なく、味が平らなことがよくあります。凍っている間、旨味をつくる変化が止まっていたからです。解凍したら、ペーパーで包んで0〜2℃の冷蔵庫に1〜3日置きます。すると旨味が増え、身がしっとりして、色も落ち着きます。ペーパーは毎日替えます。

生の大型クロマグロは、サクにせずブロックのまま、数日から1週間以上寝かせる店が多くあります。切り口が増えるほど、乾燥と酸化とメト化が進むからです。血合いは酸化がいちばん速いので、早めに外さないと隣の身に匂いが移ります。温度と衛生の管理がなければ、それは熟成ではなく腐敗です(第10章)。

太平洋のクロマグロは、春から夏に産卵します。産卵のために、体の脂を使い切ります。夏のクロマグロは脂が抜けて身が締まり、鉄分の風味と酸味が前に出ます。これを夏マグロといいます。値は下がりますが、さっぱりした赤身は、醤油の旨味を吸わせるヅケによく合います。冬は餌をよく食べて脂を蓄え、中トロ・大トロが取れる季節です(第11章)。

解凍直後に旨味が少ないわけ

第10章で学んだように、魚の旨味の中心はイノシン酸です。筋肉のエネルギーのもとであるATPが、死後に酵素で分解されてできます。遠洋のマグロは、死後硬直の前に船の上で凍らされます。−60℃ではこの分解が止まったままなので、解凍直後はイノシン酸がまだ少ないのです。冷蔵で1〜3日置くと、酵素が働きを再開してイノシン酸が増えます。

太平洋のクロマグロは、南西諸島や日本海で産卵します。夏マグロの酸味は、主に筋肉の乳酸から来ます。醤油の塩気と旨味が、この酸味によく合うのです。

14.6 ヅケと炙り

ヅケ

ヅケは、マグロを醤油の地に漬ける仕事です。冷蔵庫のない江戸時代には、保存の知恵でした(第25章)。今は、赤身の酸味と醤油の旨味を合わせるために行います。漬け地には、醤油に酒やみりんを合わせて火を入れ、アルコールを飛ばした煮切り醤油を使います(第20章)。

大事なのは、漬ける前に湯霜(ゆしも)をすることです。湯霜とは、サクの表面に熱湯をかけてすぐ氷水に取り、表面だけを白く固める処理です。固まった表面が薄い膜になり、漬け地が中へしみ込みすぎるのを防ぎます。湯霜をせずに漬けると、塩分が芯まで入って中まで塩辛くなり、色も黒ずみます。湯霜をすれば、外側は醤油の色と旨味をまとい、中は赤身の色と酸味が残ります。

  1. サクを整える 赤身を、握り2〜3貫分の幅のサクにします。水気をペーパーで押さえます。
  2. 湯霜 沸騰した湯をサク全体にかけます。または3〜5秒くぐらせます。表面が白くなったらすぐ氷水に取り、10〜20秒で引き上げ、水気を完全に拭きます。
  3. 漬ける 冷ました煮切り醤油に沈め、冷蔵庫に入れます。目安は、サクで2〜3時間から半日、切り身なら10〜30分です。
  4. 引き上げる 汁気を拭き、ペーパーで包んで冷蔵します。漬け地は使い回さず、その日のうちに捨てます。

湯霜は、殺菌や寄生虫対策のためのものではありません。数秒の湯霜では、中心の温度は上がりません。寄生虫も死にません。

炙り

大トロやカマトロのように脂の強い部位は、炙ると表面の脂が溶けて、口の中ですぐ広がります。焼き目の香ばしさが、脂のくどさをやわらげます。強い火で短い時間、表面だけを変えるのが原則です。中まで温めると、脂が流れ出て身が縮みます。

湯霜と炙りの科学

湯霜で表面が白くなるのは、表面のタンパク質が熱で固まるからです。この膜が、漬け地の入る速さを抑えます。膜がないと、塩分の濃い漬け地から身へ、浸透圧で塩が芯まで入ります。湯霜をしたヅケを切ると、外側の醤油の色から中心の赤へ、きれいな色の階調ができます。

炙りでは、二つのことが同時に起きます。一つは、皮の下の脂は溶ける温度が低いので、一瞬で液体になることです。もう一つは、表面のアミノ酸と糖が高温で反応するメイラード反応で、香ばしい香りと味が生まれることです。この香ばしさが脂のくどさを中和します。さらに、表面は温かく中心は冷たいという温度の差ができ、脂の重さが軽く感じられます。

14.7 切り付けと握り

筋への包丁

大トロの蛇腹や、腹下の筋の多い部分は、そのまま切ると筋が口に残ります。包丁の刃を筋に対して垂直か斜めに交差させ、筋を短く断ち切ります。筋に沿って平行に切ると、一本の長い筋がネタに残り、噛んでも切れません。筋は口の温度では溶けませんが、短く断てば脂と一緒に口から消えます。これが「口溶け」の正体です。筋が詰まった尾に近い部分は、ネギトロや巻物に回します。

厚みは「シャリと一緒に消える」ように

トロは赤身より薄く切ります。脂の強いトロを厚く切ると、シャリが先に口の中からなくなり、脂のかたまりだけが残るからです。赤身は脂が少なくやわらかいので、やや厚めに切っても溶けます。厚みのぶん、酸味と鉄分の味がシャリに負けません。切り付けは、柳刃を手前に一息で引く引き切りで行い、切り口をつぶさないようにします(第23章)。

シャリと手の温度

マグロの脂は、冷蔵の温度から少しずつやわらかくなり、24〜30℃付近までに溶けきるとされます。部位や個体、季節で幅があります。シャリが人肌、つまり約35〜37℃なら、口に入れたときに脂が溶けて舌に広がります。冷蔵庫から出したような冷たいシャリでは、脂が溶けきらないうちに飲み込むことになり、ろうのように舌に残ります。トロのおいしさは、脂が溶けることそのものです。人肌のシャリは、好みではなく条件です(第9章)。

職人の手の温度も問題です。手は体温に近く、脂が溶ける温度より温かいからです。トロを長く持つと、脂が手に移り、ネタのつやが消えてべたつきます。シャリに脂が付いて、ほどけも悪くなります。脂の強いネタを握るときは、冷たい手酢や氷水で手を冷やし、手数を少なく、数秒で握り終えます。指先で温度を感じながら加減できることは、素手で握る理由の一つでもあります(第6章・第24章)。

わさびと醤油も、部位で変えます。わさびの辛味は脂に溶けやすいので、トロにはやや多めにすると脂が切れます。醤油は、鉄分と酸味のある赤身には多めが合います。トロは脂が醤油をはじき、塩気が脂の甘みを隠すので、少なめにします。ヅケには醤油を付けません。

引き切りと、口の中の時間差

シャリは、唾液と数回の咀嚼でほどけて消えます。やわらかい赤身も、ほぼ同じ速さで消えます。ところが、脂の網目が強いトロを厚く切ると、シャリだけが先に消えます。薄く切れば、トロの脂が溶けきる時と、シャリが消える時がそろいます。厚みとは、口の中で消える時間を合わせる技術なのです。

引き切りでは、柳刃の刃元から刃先までを使って、手前に一息で引きます。押して切ったり、前後に動かしたりすると、細胞が押しつぶされます。すると切り口から水分と旨味がドリップとして流れ出します。一太刀の引き切りは細胞をほとんど壊さないので、切り口の角が立ち、断面が光り、旨味が中に残ります。

トロを握るときは、手酢とは別に小さな器の氷水を置きます。注文が入ったら、指先を1〜2秒くぐらせてから握ります。握ったあとに手のひらが脂で光っていたら、手が温かすぎるか、手数が多すぎます。

14.8 安全と表示 ― ヒスタミンと水銀

マグロは、ヒスタミンのもとになる成分、ヒスチジンが多い魚です。温度の管理を誤ると、細菌がヒスタミンをつくります。常温では速く進み、冷蔵の温度でも長く置けばできることがあります。

水銀と妊娠中の客

マグロは食物連鎖の上のほうにいる魚なので、メチル水銀という物質を体にためています。おなかの赤ちゃんは影響を受けやすいため、日本の厚生労働省は、妊娠中の人に向けて、マグロの種類ごとに目安を示しています。

表14-4 妊娠中の人のマグロの目安(厚生労働省)
種類目安
クロマグロ・メバチ1回約80 gとして、週1回まで
ミナミマグロ週2回まで
キハダ・ビンナガ・メジマグロ・ツナ缶ふつうに食べる量なら、特に制限はない

クロマグロとメバチは週1回まで、ミナミマグロは週2回までです。キハダやツナ缶などは、特に制限はありません。メジマグロはクロマグロの若い魚です。妊娠中の客に「これは何マグロですか」と聞かれたら、正しく答えられなければなりません(第26章)。また妊娠中の人には、冷蔵庫の中でも増えるリステリア菌の心配もあります。職人の側から生ものをすすめないのが基本です。

14.9 海外のマグロ ― 冷凍の履歴とCO処理

海外の店で「フレッシュ」と表示されたマグロでも、途中で一度解凍してから凍らせ直したものや、空輸で3〜5日かかったものが混ざります。履歴を仕入れ先に確かめ、分からなければ、冷凍の履歴がはっきりしたものを選ぶほうが安全です。

一酸化炭素処理、略してCO処理は、色を固定する処理です。一酸化炭素は、ミオグロビンの鉄に酸素より強く結びつき、鮮やかな紅色のカルボキシミオグロビンをつくります。この結びつきはとても安定していて、茶色くなりません。冷凍と解凍を繰り返しても、鮮度が落ちても、腐敗が始まっても、色が変わらないのです。

危険なのは、一酸化炭素の毒ではありません。鮮度を隠してしまうことです。ヒスタミンができていても、見た目は美しいままです。日本では、食品衛生法のもとでCO処理をした魚の販売は認められていません。EUも認めていません。一方、米国など一部の国では認められています。表示の扱いは国や用途で違います。

見分ける手がかりは四つあります。不自然に均一で明るいピンク色であること。血合いまで同じ桜色であること。日がたっても暗くならないこと。品質に釣り合わないほど安いことです。ただし確実な判別には分析が要ります。CO処理が合法な国で働く職人は、色を鮮度の目安から外します。匂い、温度の履歴、仕入れ先の信頼、納品時の品温で判断します。

この章のまとめ

  • 主なマグロはクロマグロ・ミナミマグロ・メバチ・キハダ・ビンナガ・コシナガの6種で、脂・色・値段が大きく違う。種類を偽って売るのは法令違反。
  • 養殖・蓄養のマグロは季節を問わず全身に脂が入るので、薄めに切るなど天然と扱いを変える。−60℃前後で凍らせたマグロは色と味がほぼ変わらず、寄生虫の心配も事実上ない。「生が上」ではない。
  • 筋は尾に近いほど強く、間隔が狭い。包丁は筋に対して垂直か斜めに入れて短く断つ。
  • マグロの赤は色素ミオグロビンの色。色素の鉄が酸化すると茶色くなり(メト化)、元に戻らない。低温・空気を断つ・光を避ける・切り口を減らすことで防ぐ。色は鮮度そのものではない。
  • 解凍後は0〜2℃で1〜3日寝かせると旨味が増す。夏マグロはヅケに向く。ヅケは湯霜で表面を固めてから煮切り醤油に漬ける。
  • トロは赤身より薄く切り、シャリは人肌にする。脂の強いネタは手を冷やして手早く握る。妊娠中の人は、クロマグロ・メバチを1回約80 gで週1回まで。
  • CO処理は色を固定して鮮度とヒスタミンを隠す。日本とEUでは認められていない。CO処理が合法な国では、色を鮮度の目安から外す(一級)。

確認問題

問1 冷蔵庫に3日置いたマグロのサクの表面が、茶色くなっていた。正しい説明はどれか。
a 色素が酸素とくっつきすぎた状態で、冷蔵庫でもう一晩置けば赤に戻る
b 真空パックから出した直後と同じ状態で、空気に触れれば20〜30分で赤に戻る
c 色素の中の鉄が酸化した変化(メト化)で、元の赤には戻らない。表面を薄く削り、削った身は加熱料理に回す
d 一酸化炭素で処理したマグロに特有の色である
e 血合いの血が回っただけなので、水で洗えば落ちる

答え:c

茶色くなるのは、色素の中の鉄が酸化するメト化で、元の赤には戻りません。「酸素とくっつきすぎる」のではありません。b は真空パックから出した直後の暗い赤紫色の説明です。一酸化炭素で処理したマグロは、逆に何日たっても桜色のまま変わりません。身を水で洗うと水っぽくなり、色も戻りません。削った表面には菌が集まりやすいので、生では使いません。

問2 ヅケを漬ける前に湯霜をする目的として、正しいものはどれか。
a 表面を殺菌して、生で長く保存できるようにする
b アニサキスを殺す
c 表面だけを固めて膜をつくり、漬け地が芯までしみ込んで塩辛くなるのを防ぐ
d 身全体に火を通して、脂を落とす
e 色を鮮やかな桜色に固定する

答え:c

湯霜は、表面だけを白く固めて膜をつくり、漬け地が入りすぎるのを防ぐ処理です。数秒の湯霜では中心の温度は上がらないので、殺菌や寄生虫対策にはなりません。湯霜をすると、外側は醤油の色と旨味、中は赤身の色と酸味が残ります。

問3 一酸化炭素で処理したマグロ(CO処理品)について、正しいものはどれか。
a 一酸化炭素の毒が身に残るので、食べると中毒を起こすのが最大の危険である
b 一酸化炭素が鉄と強く結びついて色が変わらなくなり、鮮度の低下やヒスタミンができたことが見た目で分からなくなる
c 日本では表示をすれば販売できる
d メトミオグロビンが増えて、茶色に固定される
e −60℃で凍らせたマグロと同じなので、品質は保証されている

答え:b

一酸化炭素はミオグロビンの鉄に酸素より強く結びつき、カルボキシミオグロビンという鮮やかな紅色をつくります。この色は変わらないので、鮮度が落ちても、ヒスタミンができても、見た目は美しいままです。危険の中心は毒ではなく、鮮度を隠すことです。日本の食品衛生法のもとでは、CO処理をした魚の販売は認められていません。