
第VI部 技術と道具
第24章
握りと巻き
切ったネタとシャリを合わせて握り、海苔で巻く。寿司づくりの最後の仕事です。この章では、口の中でほどける握りの形、手数を少なくする理由、軍艦と巻物の作り方を、「なぜそうするのか」と一緒に学びます。
この章で学ぶこと
- 外硬内軟のシャリ玉の形と、それが口の中でほどける理由を説明できる
- 手数を少なくする三つの理由を説明できる
- 海苔の表裏と巻きすの向きを守り、軍艦と巻物を衛生的に作れる
- 米粒がくっつくしくみから、握りすぎと崩れの原因を説明できる(一級)
- 形・わさび・煮切り・提供の順序を、ネタと客に合わせて組み立てられる(一級)
24.1 握りの目的とシャリ玉の形
握りの目的は、ネタとシャリを口の中で同時にほどけさせることです。シャリが先に消えると、ネタだけが口に残ります。ネタが先に消えると、米だけを噛むことになります。二つが同じ速さで崩れると、人肌のシャリがネタの脂を溶かし、酢飯の酸が旨味を引き立てます。こうして一つの味になって喉を通ります。
この一体感は、シャリ玉の形と量、握る力、ネタの厚み(第23章)、温度(第9章)で決まります。
外硬内軟 ― 外は締め、中は締めない
よいシャリ玉の形を外硬内軟(がいこうないなん)といいます。外は硬く、中はやわらかい、という意味です。外側の米粒は、軽くくっつき合って薄い壁を作ります。だから箸で持っても、醤油を付けても崩れません。内側の米粒は押し付けられておらず、粒と粒の間に空気を含んでいます。
口に入れて舌で押すと、外の壁が破れます。中の空気の層が崩れて、米粒が一粒ずつ離れ、はらりとほどけます。これが理想の食感です。「握る」と言いますが、本当は外側だけを締めて、中は締めない。これが握りの本質です。
強く握りすぎると、中の空気が押し出されます。米粒どうしがぴったりくっついて、団子になります。口の中でほどけず、塊のまま噛むことになり、ネタだけが先に消えます。逆に締めが足りないと、外の壁ができません。持ち上げたとたんや、醤油を付けたとたんに崩れます。
シャリの量
一貫のシャリの量は、おおむね 10〜20g の幅に入ります。江戸前の伝統的な握りや、品数の多いおまかせの店では 10〜13g と小さめです。回転寿司や持ち帰りでは 16〜20g と大きめです。
量を決める基準は、ネタとの釣り合いです。ネタとシャリの重さがほぼ同じか、ネタがやや重いくらいで一体感が出ます。たとえばネタが 15g なら、シャリは 12〜15g です。
ネタの性質で量を変える
同じ釣り合いの中でも、ネタの性質でシャリを少し増やしたり減らしたりします。脂の強いネタは、脂がシャリを包むように、シャリをやや増やします。酢で締めた光り物は、酢飯の酸と締めの酸が重なるので、シャリを減らします。貝やイカのように噛む回数の多いネタは、シャリをやや増やして、噛み終わる時間を揃えます。
シャリの量は、ネタを切ってから決めるものです。
マグロ、とくにトロには人肌、約 35〜37℃のシャリが合います。マグロの脂は、およそ 24〜30℃あたりまでに溶けきるとされます。ただし部位や個体で幅があります。冷たいシャリでは脂が口の中で溶けず、蝋(ろう)のように残ります。人肌のシャリが脂を溶かすので、脂が旨味として感じられるのです(第14章)。
24.2 手返しと手数
手返しとは、左手の上でネタとシャリを合わせ、返して形を整えるまでの手の動きです。右利きの場合の言い方です。流派によって、手順と手数が違います。代表的な手返しは三つあります。本手返し、小手返し、立て返しです。
| 手返し | 手数の目安 | 特徴 |
|---|---|---|
| 本手返し | 5〜6 手 | 六つの面がすべて整い、形が最も美しい。習得に時間がかかる |
| 小手返し | 3〜4 手 | 速く、動きが自然。いま最も多くの職人が使う |
| 立て返し | 4〜5 手 | シャリが土台になり、大きなネタ・やわらかいネタが崩れない |
本手返しは江戸前の古い手返しで、手数は 5〜6 手です。小手返しは 3〜4 手で、いちばん多く使われています。立て返しは 4〜5 手で、大きなネタに向きます。
手数を減らす三つの理由
どの手返しでも、職人は手数、つまり手を動かす回数を減らそうとします。理由は三つです。
第一は体温です。人の体温は約 36℃です。手のひらの表面も 30℃前後あり、ネタの脂が溶け始める温度より高いのです。手の中にある時間が長いほど、ネタの表面の脂が溶け出して艶が消えます。脂でシャリとの間が滑り、鮮度も落ちます。トロで目立ちますが、白身でも表面がぬるくなれば歯ごたえが失われます。
第二はシャリの温度です。シャリは人肌、35〜37℃に合わせてあります。手の中にある時間が長いほど、手の温度や室温に引かれて、狙った温度から外れていきます。
第三は衛生です。手が食材に触れる回数が増えるほど、手から菌が移る機会が増えます。手酢(第6章)は助けになります。それでも、手数そのものを減らすのがいちばん確実です。
手返しの細かな違い
本手返しでは、左手のネタの上にシャリをのせ、左手の親指で押さえてなじませます。次に両手を同時に返して寿司を右手の指の上に移し、左手をかぶせて取ります。左手の上で転がしてネタを上にし、両脇を締めます。六つの面を一度ずつ整えるので、形が最も美しく、ネタとシャリもよく密着します。そのかわり手数が多く、手の中にある時間が長くなります。
小手返しは、左手の中で寿司を横に転がして返す、簡単にした形です。速く、動きが自然です。右手を添えて横に転がして返す横手返しや、左手一つで重みと反動を使って返す方法は、小手返しの変形です。ネタの大きさや形で使い分けます。
立て返しは、縦返しとも書きます。左手の指の付け根にネタを置き、シャリをのせて形を作り、左手をかぶせるように返します。シャリが土台になってネタを支えるので、大きなネタややわらかいネタが崩れません。
| 手返し | 利点 | 欠点 | 向くネタ |
|---|---|---|---|
| 本手返し | 六面が整い、形が最も美しい。密着がよい | 手の中にある時間が長い。習得が難しい | コハダ・アジなどの光り物、白身、形の不揃いなネタ |
| 小手返し | 速い。動きが自然。体温が伝わりにくい | 側面の整えが甘くなりやすい | マグロ・イカ・タコなど平らで安定したネタ全般 |
| 横手返しなど | 小手返しの変形。ネタの形に合わせやすい | 返しが不安定だと形が揃わない | 大きさの違うネタ |
| 立て返し | シャリが土台になり、ネタが崩れない。見栄えがよい | 硬いネタは一体感が出にくい | 大きなネタ、やわらかいネタ、煮穴子、ウニ |
手を冷やすのも、手数を減らすのと同じ目的です。脂の強いネタを握る前に、氷水に指先を浸けて手の温度を下げる職人は多くいます。手酢には冷たい水を使い、営業中に替えます。
24.3 握りの手順
小手返しを例に、握りの流れを見ます。
- 手酢 指先を手酢に浸し、手のひらに薄く広げます。光る程度が目安です。濡らしすぎると、シャリが水を吸って崩れます。
- シャリを取る 一貫分を取り、手の中で軽く俵の形にまとめます。ここではまだ握りません。
- ネタとわさび 左手の指の付け根にネタを置きます。表になる面を下にします。中央にわさびを付けます。
- シャリをのせる シャリをのせ、親指で真ん中を軽く押してくぼみを作ります。間の空気が抜けて、ネタとシャリがくっつきます。
- 返して整える 手の中で転がしてネタを上にします。両脇と手前・奥を軽く締め、ネタの上をなでて密着させます。向きを変えて、反対側も同じように整えます。
わさびをネタとシャリの間に挟むのは、香りと辛味を閉じ込めるためです。わさびには菌を増えにくくする働きもあります。ただし補助にすぎず、手洗いと温度の管理の代わりにはなりません(第21章)。
練習では、速さより先に、毎回同じ量・同じ形・同じ力で握れる正確さを身につけます。速さは、正確さをくり返すうちに後から生まれます。手数を減らそうとして形が揃わなければ、本末転倒です。
握ったら、10 秒以内に客の口に入るのが理想です。人肌のシャリは冷め始め、ネタはぬるくなり、海苔は湿っていくからです。
左手と右手の役目
左手は土台です。寿司を支え、転がし、形の基準を作ります。右手は調整です。量を取り、わさびを付け、締めます。力を入れるのは右手の指先だけで、左手は包むだけです。
形を整えるときは、まず右手の親指と人差し指で両脇、つまり長い辺を締めます。次に手前と奥の短い辺を軽く押さえます。最後に人差し指でネタの上を軽くなでて密着させます。向きを半回転させて、反対側も同じ回数だけ整えます。
24.4 形・わさびの量・煮切り
握りの三つの形
握りの形は、大きく三つに分かれます。俵型(たわらがた)は、側面が丸く、米俵のようにふくらんだ形です。口当たりがやわらかく、小手返しで自然にできます。舟形(ふながた)は、底が平らで上に向かって狭まる形です。ネタが舟に乗ったように見え、ネタの反りが美しく出ます。箱型(はこがた)は、側面をまっすぐに締めた角張った形です。本手返しや立て返しで六面を整えるとでき、並べたときに揃って見えます。
どの形でも、底は平らにします。ネタの両端は、シャリの両端より 2〜3mm ずつ出して、シャリが見えない程度に覆うのが基本です。ネタの端がシャリと揃ったり、シャリがはみ出したりすると、貧相に見えます。
わさびの量
わさびの量は、ネタの脂と厚みで決めます。脂の強いトロや、匂いの強い光り物にはやや多めにします。淡白な白身、甘みで食べるイカ・貝・甘海老には少なめです。煮穴子や玉子には使わない店が多くあります。目安は、米粒二〜三粒分から小豆一粒分までです。ネタの味を消すほどの量は多すぎます。
菌が増えやすいのは、ネタとシャリの境目です。わさびを間に置くと、辛味の成分(アリルイソチオシアネート)の働きが、この境目で補助的に効きます。ただし一貫に挟む量での効果は補助にとどまり、温度管理と手洗いの代わりにはなりません。
煮切りと、塩と柑橘
煮切り(第20章)は、刷毛でネタの表面に薄く一回だけ塗ります。表面が光る程度が目安です。垂れてシャリに染みたら多すぎます。煮切りを塗った握りは、客が醤油を付けずにそのまま食べられます。
白身の一部、イカ、貝、車海老、甘海老などは、煮切りの代わりに塩と柑橘で出すこともあります。柑橘はスダチ・カボス・レモンなどです。醤油では消えてしまう繊細な旨味と甘みが、塩との対比で立ちます(第15章)。塩は指先でごく少量を振り、柑橘は果汁を一、二滴絞ります。
24.5 軍艦と巻物
軍艦
軍艦は、シャリ玉のまわりに帯状の海苔を巻き、上にネタをのせる握りです。イクラ、ウニ、ネギトロのように、形の定まらないネタに使います。海苔は幅 3〜3.5cm の帯にします。全形の海苔を六つに切ったものが目安です。ザラザラした面を内側、つまりシャリの側にして巻き、巻き終わりを米粒一つで留めます。
海苔はシャリの水分を吸って、すぐに湿り始めます。だから軍艦は巻いたらすぐネタをのせ、すぐ出すものです。作り置きの軍艦は、海苔がしんなりして噛み切れず、磯の香りも消えます。手巻きも同じで、海苔の歯切れが命です。巻いたらその場で手渡します。
巻きすと海苔の向き
巻きすは、竹ひごを糸で編んだ道具です。竹の皮の側は平らでなめらか、反対側は丸みがあります。平らでなめらかな面を上にして使います。糸の結び目は奥、向こう側に置きます。巻き終わりで結び目が邪魔になりません。
海苔にも表と裏があります。艶のあるなめらかな面が表、ザラザラした面が裏です。巻物では裏をシャリの側、つまり内側にします。ザラザラした面がシャリの水分と粘りをつかみ、米粒を支えて崩れにくくする、と説明されます。錨(いかり)のように留めるので、アンカー効果と呼ばれます。艶のある表が外に出るので、見た目もよくなります。逆に置くと、なめらかな面でシャリが滑り、芯がずれます。切ったときに海苔とシャリが離れてしまいます(第21章)。
海苔の大きさは、全形、約 21cm × 19cm が太巻き一本分です。全形を長い辺で半分に切った半切(はんせつ)が細巻き一本分です。海苔は使う直前に袋から出し、軽く炙って香りを立てます(第21章)。湿気のある場所に置きっぱなしにしません。
細巻き・太巻き・裏巻き
細巻きは、半切の海苔に具を一種類だけ巻く、基本の巻物です。鉄火(マグロ)、かっぱ(きゅうり)、干瓢(かんぴょう)、新香(沢庵などの漬物)が代表です。
- 海苔を置く 海苔の裏を上にして、巻きすの手前に揃えて置きます。
- シャリを広げる シャリ約 80g を手前から広げ、奥の端に 1.5〜2cm の余白を残します。シャリは押し付けず、米粒を置いていくように広げます。
- 具を置く 具を中央よりやや手前に、一直線に置きます。わさびを塗るものは、具の下に塗ります。
- 一気に巻く 巻きすの手前を持ち上げ、具を指で押さえます。海苔の手前の端を、シャリの奥の端に着地させるつもりで一気に巻きます。
- 締める 巻きすの上から軽く締めて、形を整えます。
シャリを押し付けると、米粒が潰れて団子になります。海苔もシャリの水分を吸ってしんなりし、歯切れが失われます。
全形の海苔で何種類もの具を巻くのが太巻きです。シャリを外側にして巻くのが裏巻きです。裏巻きではシャリが巻きすにくっつくので、巻きすをラップで包んで使います。
太巻きと裏巻きの巻き方
太巻きの具は、玉子焼き・干瓢・椎茸・おぼろ・きゅうり・穴子などです。シャリは 180〜220g、奥の余白は 3〜4cm 取ります。具は、重いものを手前、崩れやすいものを奥に置きます。手前の具を芯にして一回転させ、残りの海苔で二重目を巻きます。巻きすで全体を締め、両端からはみ出した具とシャリを整えます。
裏巻きは、海苔の全面にシャリを広げ、裏返してシャリを外側にして巻きます。海外で生まれたカリフォルニアロールが代表です(第25章)。海苔が内側になるので、海苔の歯切れは失われます。そこで外側のシャリに胡麻や飛び子をまぶして、食感を補います。
巻く力と切り口
巻く力は、「海苔が割れず、芯がずれない」範囲で、できるだけ小さくします。強く巻けば米粒が潰れて団子になり、海苔が破れます。弱ければ、切ったときに崩れます。巻き上がりを締めるときは、上から押しません。巻きすの手前と奥を軽く引き合って、四つの辺を整えます。巻き終わりの海苔は、シャリの水分で自然に貼り付きます。水を付ける必要はありません。
細巻きは、まず半分に切ります。二本を揃えて、さらに三等分すると六切れになります。包丁は柳刃か、よく切れる薄い包丁を使います。刃の重みで海苔を切り、引き切り(第23章)で一度に下まで引きます。押すと海苔がちぎれ、シャリが潰れて切り口が崩れます。切り口が潰れていたら、原因は三つのどれかです。刃が鈍い、刃が濡れていない、押している、の三つです。
| 巻物 | 海苔 | シャリ | 奥の余白 | 切り数 | 要点 |
|---|---|---|---|---|---|
| 細巻き | 半切(裏を内側) | 約 80g | 1.5〜2cm | 6 | 具は一種類。シャリを押し付けない |
| 太巻き | 全形(裏を内側) | 180〜220g | 3〜4cm | 8 | 重い具を手前、崩れる具を奥。一回転で芯を作る |
| 裏巻き | 全形または半切(海苔が内側) | 120〜150g | なし | 6〜8 | 巻きすをラップで包む。胡麻などで食感を補う |
| 軍艦 | 幅 3〜3.5cm の帯(全形の 6 切が目安) | 12〜15g | なし | なし | 巻いたらすぐ出す |
| 手巻き | 全形の 4 分の 1〜2 分の 1 | 20〜30g | なし | なし | 巻いたらその場で手渡す |
巻物を切る・巻物の衛生
巻物は、巻いたらすぐに切ります。細巻きは六切れ、太巻きは八切れが基本です。一切れごとに濡れ布巾で刃を拭き、刃に付いたシャリと海苔のかけらを落とします。そして引き切りで切ります。
巻物の衛生で気をつけるのは、海苔を触る手です。海苔は乾いた食材です。濡れた手で触ると湿って破れ、手の水分と一緒に菌も移ります。海苔は乾いた手で袋から出し、巻きすに置いてから手酢を使います。
巻きすの隙間に残った米粒は、菌の栄養になります。営業中は一本巻くごとに布巾で拭きます。営業後はぬるま湯で米粒を落とし、隙間をブラシでかき出して、完全に乾かします。米粒が残ると、カビと菌のすみかになります。
細巻きを何本もまとめて巻き、切って置いておくのはやめます。切り置きを禁じるのと同じ理由です(第5章)。巻物も、注文ごとに巻き、巻いたら切り、切ったら出します。
24.6 提供 ― 順序・速さ・置き方
速さ
握ってから 10 秒以内に客の口へ、というのが理想でした(24.3)。時間が過ぎるほど、シャリは冷め、ネタはぬるくなり、煮切りはシャリに染みます。職人が組み立てた温度と食感の差が失われます。
そこで職人は、客の食べる速さを見ます。客が前の一貫を飲み込む少し前に、次を握り始めます。客が話し込んでいれば、握るのを待ちます。連れの二人が同時に食べ終わるように、速さも合わせます。
順序
握りの順序は、味の弱いものから強いものへ、が基本です。淡白な白身や貝から始めます。次に赤身、光り物、脂の強いトロや炙り、煮穴子と進みます。最後は玉子や干瓢巻きなどの甘いもので締めます。酢で締めた光り物は、口を切り替える位置に置きます。脂の強いものは、中盤から後半に置きます。
白身の次に貝、赤身の次にイカのように、食感を交互にすると飽きません。ただしこれは原則で、客の様子を見て変えます。酒を飲む客には、塩と柑橘で出すネタを先にします。子どもには玉子を早めに出します。脂の苦手な客には、トロを薄く切ります。おまかせの組み立てと接客は第26章で学びます。
置き方と醤油の案内
握りは、客の正面の、手が届く位置に置きます。職人の正面ではありません。げた(寿司台)や皿の中央より、少し客の側に寄せます。ネタが上、長い辺が左右になる向きにします。客が右手で取ると、自然に醤油の皿へ向かう向きです。握りの底は乾いた面に置き、濡れた皿には置きません。箸でも手でも取れるようにするためです。
煮切りを塗って出す店では、「そのままどうぞ」と一言添えます。醤油を付ける店では、聞かれたら説明できるようにしておきます。醤油はネタの端に少し付けます。シャリを醤油に浸けると、崩れて醤油を吸いすぎます。海外の客はシャリの側を醤油に浸けがちです。最初の一貫に煮切りを塗って出し、食べ方を見せる店もあります。
24.7 よくある失敗と直し方、練習法
失敗は、見た目の症状から形の上の原因をたどって直します。
- シャリが崩れる
- 外の壁ができていません。原因は四つのどれかです。締めが弱い。手酢が多くてシャリが水を吸った。シャリが冷えて老化し、粒がくっつかない。シャリが乾いて、表面の糊化した層が失われた。直すには、両脇を締める動作を一度しっかり入れます。手酢を減らし、シャリの温度と乾燥を見直します(第9章)。
- ネタが落ちる
- ネタとシャリが密着していません。原因は、親指のくぼみがない、ネタの表面が濡れている、硬いネタに隠し包丁がない、のどれかです。シャリが丸すぎて、触れる面が小さいこともあります。ネタの水気を拭き、くぼみで空気を抜きます。硬いネタには隠し包丁(第23章)を入れ、仕上げにネタの上を軽くなでます。
- シャリが硬い団子になる
- 握りすぎです。力が強いか、手数が多くて力をかける時間が長いか、シャリを取るときにもう締めているかです。シャリを取るときは「置く」だけにし、締めるのは仕上げの一瞬だけにします。練習では、握ったシャリ玉を箸で持ち上げて崩れないか、舌で押して一粒ずつ離れるかを毎回確かめます。
- 形が揃わない
- シャリの量か、締める位置が毎回違います。量は、はかりで 10 回取って、差が 1g 以内に収まるまでくり返します。締める位置は、右手の親指と人差し指が触れる場所を毎回同じにします。向きを変えて、反対側も同じ回数だけ締めます。
- わさびが多い
- ネタの味が消え、辛味が鼻に抜けます。わさびを取る指の面を小さくし、ネタの中央に点で置きます。脂の少ないネタでは半分にします。客の「さび抜き」の注文は必ず守ります。間違えたら握り直します。
練習は、まずシャリだけで行います。一日 100 個、量を揃えて俵にまとめ、両脇を締めて底を平らにします。全部を並べて、高さと幅が揃っているかを見ます。次に、ネタに見立てた薄い板や布巾の切れ端で、返しの動作を覚えます。最後に本物のネタで握ります。
練習のシャリも人肌のものだけを使い、冷めたら捨てます。冷めると握りの感覚が変わるからです。動画で自分の手数を数えるのも効果があります。手数が 6 手を超えていたら、どの動作が余分かを一つずつ削ります。
この章のまとめ
- 握りの目的は、ネタとシャリを口の中で同時にほどけさせることです。シャリ玉は外硬内軟にし、外側だけを短く締めて、中には空気を残します。
- シャリの量は 10〜20g の幅で、ネタとの釣り合いで決めます。手数を減らすのは、体温・シャリの温度・衛生のためです。握ったら 10 秒以内に客の口へ届けます。
- わさびはネタとシャリの間に挟みます。菌を抑える働きは補助で、手洗いと温度の管理の代わりにはなりません。
- 軍艦と巻物は、海苔のザラザラした裏をシャリ側に、巻きすは平らな面を上にします。海苔は乾いた手で扱い、巻いたらすぐ切って、すぐ出します。一切れごとに濡れ布巾で刃を拭きます。
- 米粒の表面の糊化デンプンは、押されて広く触れた面でくっつきます。外側だけが壁になり、力が強く長いほど中まで固まって団子になります。冷えたシャリは老化して崩れやすくなります。(一級)
- 握りの形には俵型・舟形・箱型があり、ネタは両端でシャリより 2〜3mm 出します。順序は淡白から濃厚へ進んで甘いもので締め、客の様子で変えます。(一級)
- 失敗は形の上の原因から直します。崩れは壁、ネタが落ちるのは密着、団子は力と時間、不揃いは量と締める位置です。(一級)
確認問題
問1 握りの手数(手を動かす回数)をできるだけ少なくする理由として、正しいものはどれか。
a 手数が多いほどシャリの中に空気が増え、握りが崩れやすくなるから
b 手の温度でネタの脂が溶け、シャリの温度が狙いから外れ、手から菌が移る機会も増えるから
c 手酢が菌を殺すので衛生上の問題はないが、見た目が悪くなるから
d 手数を少なくすると、シャリを中まで強く締められるから
e 体温はネタに伝わらないが、客を待たせないため
答え:b
体温は約 36℃、手のひらの表面も 30℃前後あります。手の中にある時間が長いほどネタの脂が溶け、人肌に合わせたシャリの温度も変わります。手が触れる回数が増えれば、手から菌が移る機会も増えます。a は逆で、手数が多いほど中まで押されて団子になります。c の手酢は菌を殺すものではなく、増えにくくする補助です。d の「中まで強く締める」は外硬内軟に反します。
問2 巻物の海苔と巻きすの扱いとして、正しいものはどれか。
a 海苔は艶のある表をシャリ側にし、巻きすは丸みのある面を上にする
b 海苔はザラザラした裏をシャリ側にし、巻きすは平らでなめらかな面を上にする
c 海苔は濡れた手で扱うと破れにくく、菌も移らない
d 細巻きのシャリは、海苔にしっかり押し付けて広げる
e 巻物は営業前にまとめて巻いて切っておくと、すぐ出せて衛生的である
答え:b
海苔のザラザラした裏をシャリ側にすると、シャリをつかんで崩れにくいと説明されます。艶のある表が外に出て見た目もよくなります。巻きすは平らでなめらかな面を上にし、結び目を奥にします。c の濡れた手は海苔を湿らせて破り、菌も移します。d のように押し付けると、米粒が潰れて海苔もしんなりします。e は切り置きと同じで、注文ごとに巻いて切り、すぐ出します。
問3 外硬内軟のシャリ玉ができるしくみについて、正しいものはどれか。
a 全体を均一に強く締めると、内部まで米粒がくっつき、口の中でほどけやすくなる
b 米粒の表面の糊化デンプンは、押されて広く触れた面でくっつく。力の届く外側だけが壁になり、内側は点で触れて空気が残る
c 外側を緩く、内側を固く締めると、口に入れた瞬間に外側がほどけて食感がよい
d シャリは冷蔵庫で冷やしておくと、米粒がくっつきやすくなり崩れにくい
e 握る時間が長いほど表面のデンプンがなじみ、ほどけやすくなる
答え:b
糊化したデンプンの層は、触れ合う面が広いほど強くくっつきます。だから力のかかる外側だけが壁になり、内側には空気が残ります。a は団子になります。c は形が逆で成り立ちません。d は誤りで、冷えたシャリはデンプンの老化で粒が硬くなり、くっつきにくく崩れやすくなります。e も誤りで、力をかける時間が長いほど中まで密着して団子になります。

