第I部 食の安全
第2章
微生物と腐敗のしくみ
食中毒を起こす相手は、目に見えません。それでも、何の条件で増えるのか、どれほど速く増えるのか、何に弱いのかは分かっています。この章では、相手の正体、菌が増える条件と危険温度帯、そして腐敗と熟成の違いを学びます。
この章で学ぶこと
- 細菌・ウイルス・寄生虫の違いを、「食品の中で増えるか」「何で死ぬか」で説明できる
- 菌が増える六つの条件と危険温度帯を挙げ、室温に置いてはいけない理由を説明できる
- 冷蔵・冷凍・加熱で、できることとできないことを説明できる
- 腐敗と熟成の違いと、「菌さえ入らなければ」という言葉の意味と限界を説明できる
- 水分活性と pH、芽胞と毒素、自己消化と脂質の酸化を説明できる(一級)
2.1 相手を知る ― 細菌・ウイルス・寄生虫
食中毒を起こす相手は、大きく三つに分かれます。増え方も、何で死ぬかも違います。相手を取り違えると、手間をかけても効かない対策を続けることになります。
細菌 ― 食品の中で増える
細菌は、一つの細胞でできた、ごく小さな生き物です。栄養と水分と温度がそろうと、食品の中で 1 個が 2 個、2 個が 4 個と倍々に増えます。細菌の中には、食品の中で毒素を作るものがいます。毒素とは、菌が作る毒のことです。菌が加熱で死んでも、毒素は残ることがあります。
ウイルス ― 食品の中では増えない
ウイルスは、細菌の数十分の一ほどの小さな粒です。人や動物の生きた細胞の中でしか増えません。ですから、食品の上ではいくら時間がたっても増えません。そのかわり、ごく少しの量で人にうつります。寿司屋で問題になるのはノロウイルスです。冷蔵にも冷凍にも酸にも耐え、アルコールが効きにくい相手です。確かに効くのは、加熱と次亜塩素酸ナトリウムです(第3章・第4章)。
寄生虫 ― 増えないが、冷凍と加熱で死ぬ
寄生虫は、ほかの生き物の体の中で暮らす小さな動物です。寄生虫も、食品の中では増えません。代表はアニサキスで、長さ 2〜3cm の白い糸のような幼虫です。冷凍と加熱で死にますが、酢・塩・わさび・醤油では死にません。
三つの相手の違いを、表にまとめます。細菌は増えるが冷凍では死なず、ウイルスは増えないが冷凍でも死なず、寄生虫は増えず冷凍で死ぬ、と覚えてください。
| 相手 | 食品の中で | 寿司屋での例 | 冷凍すると | 加熱すると | 酢・塩・わさびでは |
|---|---|---|---|---|---|
| 細菌 | 増える | 腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌 | 増えなくなるが、多くは生き残る | 中心 75℃で 1 分以上で多くが死ぬ。毒素と芽胞は残ることがある | 増えにくくなるが、死なない |
| ウイルス | 増えない | ノロウイルス | 生き残る | 中心 85〜90℃で 90 秒以上で壊れる | 効き目は期待できない |
| 寄生虫 | 増えない | アニサキス | −20℃で 24 時間以上で死ぬ | 70℃以上、または 60℃で 1 分で死ぬ | 死なない |
感染型と毒素型、クドア、カビと酵母
細菌による食中毒は、二つの型に分かれます。感染型は、生きた菌を食べ、腸の中で菌が増えて起きます。腸炎ビブリオ、サルモネラ、腸管出血性大腸菌などです。毒素型は、食品の中で作られた毒素を食べて起きます。黄色ブドウ球菌、ボツリヌス菌、セレウス菌などです。細菌の増え方は二分裂と呼び、1 個が 2 個に分かれます。
寄生虫には、アニサキスのほかにヒラメにつくクドアがいます。アニサキスは目で見えますが、クドアは見えません。クドアは −20℃で 4 時間以上の冷凍か、中心 75℃で 5 分以上の加熱で死にます。
四つ目の相手が、カビと酵母(こうぼ)です。どちらも真菌(しんきん)の仲間で、カビは糸のような菌糸を伸ばし、酵母は芽を出すように増えます。細菌より乾いた所でも増え、酸にも比較的強い相手です。寿司屋では、乾物、甘酢、木の道具に生えます。冷凍すると増えなくなり、加熱すれば死にます。しかし、カビの中には加熱で壊れないカビ毒を作るものがいます。だから、カビの生えた食材は使いません。
2.2 菌が増える六つの条件と危険温度帯
細菌が増えるかどうかには、六つの条件がかかわります。栄養、水分、温度、時間、酸の強さ、酸素です。酸の強さはpHで表します。酸性かアルカリ性かの度合いを表す数字で、7 が中性、小さいほど酸っぱくなります。pH が下がるほど、菌は増えにくくなります。
寿司屋の衛生の手順は、どれもこの六つのどれかを断つためにあります。魚の身は栄養も水分もたっぷりで、菌にとってはごちそうです。栄養と水分は取り上げられません。だから職人が握る手綱は、温度と時間、そして酢の酸です。
危険温度帯 ― 夏の台所の弁当
食中毒を起こす菌の多くは、人の体温に近い 35〜37℃あたりで最もよく増えます。菌が活発に増える温度の範囲を危険温度帯と呼びます。日本の衛生指導では 10〜60℃ です。海外の多くの基準では 5〜60℃、米国の FDA の基準では 5〜57℃です。夏の台所に朝から置いた弁当が、昼に傷んでいることがあります。半日のあいだ、ずっとこの温度帯にあったからです。
日本は 10℃、海外は 5℃ ― 中温菌と低温菌
食中毒菌の多くは中温菌です。20〜45℃で増え、35〜37℃付近が最も得意な菌のことです。日本が 10℃を境にするのは、食品衛生法の冷蔵の保存基準の多くが 10℃以下だからです。生で食べる魚介類の基準も 10℃以下です。腸炎ビブリオも、10℃以下では増え方が大きく鈍り、4℃以下ではほぼ止まります(第3章)。
ところが、リステリアのように 0〜5℃でもゆっくり増える菌がいます。10℃以下でも増えられる菌を低温菌と呼びます。海外の多くが、より低い 5℃を境にするのはこのためです(第5章)。
酸素 ― 真空包装の落とし穴
細菌には、酸素への好みで三つの型があります。酸素がないと増えない好気性菌(こうきせいきん)は、冷蔵した魚を腐らせる主役のシュードモナス属などです。酸素があると増えられない偏性嫌気性菌(へんせいけんきせいきん)は、ボツリヌス菌とウェルシュ菌です。どちらでも増える通性嫌気性菌には、腸炎ビブリオなど多くの食中毒菌が入ります。真空包装は、酸素を好む腐敗菌を抑えて日持ちを延ばします。しかし同時に、酸素を嫌う菌には好都合な環境を作ります。
2.3 倍々で増える ― 時間のこわさ
細菌が 1 回分かれて、数が倍になる時間を分裂時間といいます。世代時間とも呼びます。条件がよければ、腸炎ビブリオは約 10 分、大腸菌やサルモネラは約 20 分、黄色ブドウ球菌は約 30 分で倍になります。
20 分で倍になる菌は、1 時間で 8 倍、3 時間で 512 倍、6 時間で約 26 万倍になります。10 分で倍になる腸炎ビブリオなら、3 時間で約 26 万倍、4 時間で約 1,680 万倍です。紙を半分に折るたびに、厚さが倍になるのと同じです。時間は「足し算」ではなく「かけ算」で効いてきます。
| たった時間 | 20 分で倍(大腸菌・サルモネラ) | 30 分で倍(黄色ブドウ球菌) | 10 分で倍(腸炎ビブリオ) |
|---|---|---|---|
| 1 時間 | 8 倍 | 4 倍 | 64 倍 |
| 2 時間 | 64 倍 | 16 倍 | 4,096 倍 |
| 3 時間 | 512 倍 | 64 倍 | 262,144 倍 |
| 4 時間 | 4,096 倍 | 256 倍 | 約 1,680 万倍 |
時間は積み重なる
もう一つ大事なのは、時間は積み重なるということです。冷蔵庫に戻せば、菌は増えにくくなります。しかし、外に出ていたあいだに増えた分は減りません。朝の仕込みで 30 分、昼のピークで 1 時間、夕方にまた 30 分出していたとします。合わせて 2 時間、危険温度帯にいたことになります。多くの国の指針は「危険温度帯にいた時間が合計 4 時間を超えたら捨てる」としています。これも、時間を足し合わせる考え方によるものです。
誘導期と、発症する菌の数
表の数字は、条件がよいときの計算です。実際には、新しい環境に移った細菌は、すぐには分裂しません。まず準備をする誘導期があり、次に倍々で増える対数増殖期に入り、やがて増えるのが止まる定常期を迎えます。三つの段階を表したのが、図2-2 の曲線です。
誘導期は、温度が低いほど、また菌が冷蔵で弱っているほど長くなります。ここに「品温が上がる前に冷蔵庫へ戻す」小出しの意味があります。品温が上がらなければ、菌は誘導期から抜け出しにくいのです。
腸炎ビブリオで発症に至る菌の数は、一般に 10 万〜100 万個以上とされます。表面に 100 個の菌がいた魚を、夏の調理台に 3 時間置いたとします。10 分で倍なら、計算では数千万個になり、発症の目安を軽く越えます。持つべき感覚は、「室温に置いた時間は、倍々の数に変わっている」です。
2.4 水分活性と pH ― 塩・砂糖・酢が菌を抑える理由
水分活性 ― 細菌が使える水
塩や砂糖に結びついた水は、細菌には使えません。細菌が使える自由な水の割合を水分活性と呼びます。記号は Aw で、純粋な水を 1.00 とします。生の魚の水分活性は約 0.99 で、ほとんど純粋な水と同じです。
多くの食中毒菌は、水分活性が 0.90〜0.91 を下回ると増えられません。しかし黄色ブドウ球菌は 0.86 付近まで増えるので、塩の効いた食品でも油断できません。カビは 0.80 付近まで増えます。塩や砂糖が食品を守るのは、菌を殺すからではありません。水を自分の周りに引きつけ、菌が使える水を減らすからです。塩で魚を締めると、水が抜けると同時に、残った水も塩と結びつき、水分活性が下がります(第13章)。
pH ― 菌ごとに違う限界
pH は、温度と並んで菌の増え方に強く影響します。多くの食中毒菌は pH 6.5〜7.5 で最もよく増え、pH が下がるほど増えにくくなります。ただし、どこで止まるかは菌ごとに違います。ボツリヌス菌は 4.6 以下、腸炎ビブリオは 4.8 未満では増えません。一方で、ほかの条件がそろえば、セレウス菌は約 4.3、リステリアは約 4.4、黄色ブドウ球菌と病原大腸菌は約 4.0、サルモネラは約 3.7 まで増えることがあります。「多くの菌は pH 4.6 以下で増えない」は誤りです。4.6 はボツリヌス菌の値です。
酸への強さも菌で違います。腸炎ビブリオは酸に弱く、腸管出血性大腸菌 O157 は酸性の中でも長く生き残ります。身近な pH は、米酢がおよそ 2.5〜3.0、炊きたてのご飯が 6〜7、酢飯が 4.0〜4.5 です。
重ねて効かせる ― 酢飯が傷みにくい理由
酢飯が普通のご飯より傷みにくいのは、二つのしくみが重なるからです。主役は酢酸です。pH を下げ、非解離型の分子として菌の中に入り込み、多くの細菌の増殖を抑えます。塩と砂糖は水分活性を下げますが、酢飯の水分活性は、菌を止めるほどには下がりません。こちらは補助役です。一つでは足りない抑えを重ねて、実用的な安全を作ります。これをハードル理論と呼びます(第1章・第6章)。
ただし、酢飯は「傷まない」のではなく「傷みにくい」だけです。米には、酸に比較的強いセレウス菌の芽胞がついています。暑い所に何時間も置けば、限界を超えます。
2.5 冷やす・凍らせる・火を通す ― できることと、できないこと
冷蔵は殺菌ではありません。0〜5℃の冷蔵庫は、多くの菌の増え方をほとんど止めます。それでも、菌の数は減りません。冷蔵庫の温度でもゆっくり増える菌もいます。
冷凍は細菌を殺しません。菌は眠るだけで、解かせばまた増えはじめます。冷凍で確実に死ぬのは寄生虫です。凍らせる前の状態が、解かした後の状態だと考えてください。
加熱は万能ではありません。多くの菌は、中心温度 75℃で 1 分以上の加熱で死にます。しかし、菌が作った毒素の中には、煮ても焼いても壊れないものがあります。また、米につく菌の中には、熱に強い殻をかぶって眠る芽胞(がほう)を作るものがいて、沸騰させても生き残ります(第3章・第9章)。だから、まず「つけない」「増やさない」が先に来ます(第4章・第5章)。
冷蔵・冷凍・加熱の数字と、芽胞と毒素
冷蔵の温度でも、リステリアやシュードモナスは 0℃付近で増え続けます。魚の鮮度が落ちる速さは、水産学の目安で、0℃にくらべて 5℃で約 2 倍、10℃で約 4 倍です。冷凍では、−18℃以下でほぼすべての微生物が増えなくなります。凍るときに一部は死にますが、多くは生き残ります。ノロウイルスも毒素も、冷凍では壊れません。アニサキスは −20℃以下で 24 時間以上で死にます。確実にするには、魚の中心が −20℃になってから数えます。加熱は、中心 75℃で 1 分以上なら、芽胞を作らない細菌とアニサキスを殺します。85〜90℃で 90 秒以上なら、ノロウイルスも壊れます。
加熱に耐えるものは二つあります。一つ目が芽胞です。セレウス菌、ウェルシュ菌、ボツリヌス菌などは、環境が悪くなると芽胞を作ります。芽胞は厚い殻に包まれて眠った状態で、熱にも乾燥にも消毒薬にも極めて強く、100℃でも死にません。食品が冷めて危険温度帯に入ると、目を覚まして増え始めます。セレウス菌の芽胞は土から来て、米に広くついています。炊いたご飯を室温に長く置くことが、よくある原因です。
二つ目が毒素です。黄色ブドウ球菌が食品の中で増えるときに作るエンテロトキシンは、激しい嘔吐を起こす毒素です。100℃で 30 分加熱しても壊れません。菌は 75℃で死にますが、毒素は残ります。ですから対策は「後で加熱する」ではありません。第一に、手洗いと傷の管理で、手から食品へ菌を移さないことです。第二に、毒素ができるほど増やさないよう、低温に保つことです(第3〜5章)。セレウス菌の嘔吐毒素と、赤身魚のヒスタミンも、加熱では壊れません(第3章)。
2.6 腐敗と熟成 ― 「菌さえ入らなければ」の本当の意味
「魚が悪くなる」という言葉には、原因の違う変化が混ざっています。いちばん大事なのは、腐敗と熟成を分けて考えることです。
腐敗 ― 菌が身を分解する
腐敗は、細菌が魚の身のタンパク質を分解して、嫌なにおいの物質を作る変化です。アンモニアのようなツンとしたにおい、強い生臭さ、硫黄のようなにおいが出て、表面がぬるぬるしてきます。
熟成 ― 魚自身の酵素が旨味を作る
魚の身には、生きているときから酵素が含まれています。酵素とは、体の中の変化を進める物質です。酵素は魚が死んだ後も働き続けます。この働きで身が少しずつ柔らかくなり、旨味の成分が増えていきます。菌を増やさない条件で、この変化だけを上手に進めるのが熟成です。
二つの違いを表にまとめます。腐敗を起こすのは細菌で、熟成を進めるのは魚自身の酵素です。アンモニアのにおいが出たら、それは熟成ではなく腐敗です。
| くらべる点 | 腐敗 | 熟成 |
|---|---|---|
| 起こすもの | 細菌 | 魚自身の酵素 |
| 身の変化 | 分解されて、ぬめりが出る | 柔らかくなり、旨味が増える |
| におい | アンモニア臭、強い生臭さ、硫黄のようなにおい | 大きくは変わらない。アンモニア臭が出たら、それは腐敗 |
| 菌が入らなければ | 起きない | 進む(菌を抑えることが前提) |
| 行きつく先 | 食べられない。迷ったら捨てる | 旨さの頂点を過ぎると、苦味や身崩れが出る |
「菌さえ入らなければ」
職人のあいだには、「菌さえ入らなければ、魚はいつまでも腐らない」という言葉があります。これは半分正しい言葉です。健康な生きた魚の身の中には、菌はいません。菌がいるのは皮、エラ、腸で、魚が死ぬとそこから身へ入りこみます。だから、エラと内臓を早く取り、清潔な包丁とまな板でおろし、表面の水気を拭き、低温に置きます。そうすれば、身の中で菌が増えるのを大きく抑えられます。熟成が成り立つのは、この考え方があるからです。
しかし、菌が入らなくても、魚自身の酵素は働き続けます。旨味の成分は、やがて苦味のある成分に変わります。身は崩れ、脂は空気に触れて酸化し、古い油のようなにおいが出ます。「菌さえ入らなければ腐らない」は正しくても、「菌さえ入らなければおいしいまま」は正しくありません。熟成には、腐敗が始まる前に、旨さの頂点を過ぎたところで終わりが来ます(第10章)。
腐敗・自己消化・脂質の酸化を分けて見る
一級では、「悪くなる」を三つの現象に分けて考えます。
一つ目の腐敗では、細菌がタンパク質やアミノ酸を分解し、アンモニア、アミン類、硫化水素ができます。海の魚に特有なのがトリメチルアミンで、魚の生臭さの主な成分です。身にもともとある、においのない酸化トリメチルアミンを、細菌が変えて作ります。腐敗が進むと、pH はアルカリ側に戻ります。主役は、冷蔵の温度でも増える低温性の腐敗菌です。
二つ目は自己消化です。食品自身の酵素による分解のことで、菌が一匹もいなくても進みます。身のタンパク質を分ける酵素が働くと同時に、エネルギーのもとの ATP が段階的に分解されます。ATP は旨味成分のイノシン酸を経て、苦味のあるヒポキサンチンになります。これは主に魚自身の酵素の仕事です。ただし、ヒポキサンチンができる最後の段階には、細菌の酵素も加わります。冷蔵すれば遅くなりますが、止まりはしません(第10章)。
三つ目は脂質の酸化です。魚の脂は不飽和脂肪酸が多く、酸素と反応して古い油のにおいと黄ばみを生みます。原因は酸素、光、熱、鉄で、細菌とは関係なく、冷凍庫の中でも進みます(第12章)。
熟成とは、細菌の増殖と脂質の酸化を抑えた条件で、自己消化だけを進める技術です。イノシン酸を増やし、身を柔らかくします。つまり、腐敗を伴わない自己消化の管理です。腐敗は菌が入らなければ起きませんが、自己消化と脂質の酸化は菌がいなくても起きます。これが、「菌さえ入らなければ旨い」が成り立たない理由です。
この章のまとめ
- 食中毒の相手は細菌・ウイルス・寄生虫。細菌は食品の中で増え、ウイルスと寄生虫は増えない。ウイルスはごく少量でうつり、寄生虫は冷凍と加熱で死ぬが、酢・塩・わさび・醤油では死なない。
- 菌が増える条件は栄養・水分・温度・時間・pH・酸素の六つ。危険温度帯は 10〜60℃(海外の多くは 5〜60℃、FDA は 5〜57℃)。
- 菌は倍々に増え、外にいた時間は積み重なる。冷蔵は殺菌ではなく、冷凍は細菌を殺さず、加熱しても毒素や芽胞は残ることがある。
- 腐敗は細菌の仕事、熟成は魚自身の酵素の仕事。「菌さえ入らなければ腐らない」は正しいが、おいしさには終わりがある。
- 多くの食中毒菌は水分活性 0.90〜0.91 未満で増えない。pH は低いほど増えにくいが、限界は菌ごとに違う。酢飯が傷みにくいのは主に酢酸の働きで、塩と砂糖が補う(一級)。
- 芽胞は 100℃に耐え、エンテロトキシン・セレウス菌の嘔吐毒素・ヒスタミンは加熱で壊れない。自己消化と脂質の酸化は細菌がいなくても進む(一級)。
確認問題
問1 仕込みを終えた具材を、調理台に室温のまま置いておいてはいけない、いちばんの理由はどれですか。
a 室温では具材の色が悪くなり、見た目が落ちるから
b 10〜60℃の危険温度帯では、栄養と水分の多い具材の中で菌が時間とともに倍々に増え、冷蔵庫に戻しても減らないから
c 室温に置くと、具材についたウイルスが食品の中で増えるから
d あとで加熱すれば菌も毒素もなくなるが、その手間が増えるから
e 菌は 1 時間以内なら増えないので、1 時間を過ぎたときだけが問題だから
答え:b
危険温度帯では菌が倍々に増え、外にいた時間は積み重なります。a の見た目も落ちますが、いちばんの理由は菌です。c は誤りで、ウイルスは食品の中では増えません。d は誤りで、加熱しても壊れない毒素があります。e も誤りで、腸炎ビブリオは条件がよければ約 10 分で倍になります。
問2 魚の「熟成」と「腐敗」について、正しいものはどれですか。
a 熟成も腐敗も細菌の働きで、違うのは時間の長さだけである
b 熟成は魚自身の酵素による変化を、菌を増やさない条件で進めたもので、腐敗は細菌が身を分解して嫌なにおいの物質を作る変化である
c 菌さえ入らなければ、魚は何週間置いても旨味が増え続ける
d アンモニアのようなにおいが出てきたら、熟成がちょうどよく進んだしるしである
e 熟成は冷凍庫の中で進めるのがいちばんよい
答え:b
熟成は菌を抑えたうえで魚自身の酵素の働きを管理するもので、腐敗は細菌の働きです。a は誤りで、起こすものが細菌か酵素かという根本の違いがあります。c は誤りで、菌がいなくても酵素は働き続け、旨味は苦味に変わり、身は崩れ、脂は酸化します。d のアンモニア臭は腐敗のしるしです。e は誤りで、冷凍すると酵素の働きも大きく遅くなります。
問3 酢飯が普通のご飯より傷みにくい理由として、最も正しいものはどれですか。
a 酢が菌を殺すので、酢飯には菌が残らない
b 多くの食中毒菌は pH 4.6 以下では増えないので、酢飯ではどの菌も増えない
c 主に酢酸が pH を下げ、電気を帯びていない形で菌の中に入って増殖を抑える。塩と砂糖による水分活性の低下は補助にとどまる
d 塩と砂糖で水分活性が 0.80 より下がるので、菌が使える水がなくなる
e 酢飯の酸で芽胞が壊れるので、セレウス菌の心配はない
答え:c
主役は酢酸で、pH を下げるとともに、非解離型の分子として菌の中に入り込み、増殖を抑えます。a は誤りで、酢は菌を殺すのではなく増えにくくします。b は誤りで、4.6 はボツリヌス菌の値です。黄色ブドウ球菌は約 4.0、サルモネラは約 3.7 まで増えることがあります。d は誤りで、酢飯の水分活性は菌を止めるほどには下がりません。e は誤りで、芽胞は熱にも酸にも強く、暑い所に長く置けば限界を超えます。

