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すし検定

目次 第13章 下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
    1. 序章本書の使い方 ― 二級と一級の範囲
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入を防ぐ
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリ

    1. 第7章米を知る ― 米と炊飯
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍
    4. 第13章下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
      1. 13.1 水洗いと立て塩
      2. 13.2 鱗・内臓・血
      3. 13.3 骨抜きと皮引き
      4. 13.4 塩締め
      5. 13.5 酢締めと酢洗い
      6. 13.6 昆布締め
      7. 13.7 熱を使う下処理 ― 湯霜・霜降り・焼き霜一級
      8. 13.8 飾り包丁と隠し包丁一級
  4. 第IV部 ネタ

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き
  7. 第VII部 歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史 ― 屋台から世界へ
    2. 第26章カウンターに立つ ― 接客・おもてなしと職人の責任
  8. 第VIII部 経営

    1. 第27章お金の流れ ― 原価・歩留まり・値決め一級
    2. 第28章仕入れ・在庫・ロス一級
    3. 第29章開業の準備一級
    4. 第30章お客を集め、常連を育てる一級
    5. 第31章人と店の仕組み一級
  9. 付録 資料編

    1. 付録A覚えておきたい数字と温度・時間の早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C寿司ことばと用語集
    4. 付録D旬のカレンダー
    5. 付録E出題範囲と出題の目安

朗読は本文・コラム・まとめを読みます。表・図・確認問題は読みません。再生中は段落を押すと、そこから聴けます。

第III部 魚を知る

第13章

下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨

下処理は、魚を寿司のネタに変える仕事です。洗う、鱗を取る、骨を抜く、皮を引く、塩と酢と昆布で締める。どの作業にも理由があり、理由を知っていれば、魚が変わっても応用がききます。

この章で学ぶこと

  • 真水と立て塩(約3%)の使い分けを、浸透圧と衛生の両面から説明できる
  • すき引き・内臓と血の処理・骨抜き・皮引きの基本と、身を壊さない理由を説明できる
  • 塩締め・酢締め・酢洗い・昆布締めで身に起きることを説明できる
  • 脂の乗りに合わせて塩と酢の時間を変える理由を説明できる(一級)
  • 湯霜・焼き霜・飾り包丁の目的を説明できる(一級)

13.1 水洗いと立て塩

下処理の最初の分かれ道は、何で洗うかです。魚の身は、膜に包まれた小さな細胞でできています。膜をはさんで濃さの違う液があると、水は薄い側から濃い側へ移ろうとします。この力を浸透圧(しんとうあつ)といいます。青菜に塩を振ると水が出てしんなりするのも、ナメクジに塩をかけると縮むのも、この働きです。

魚の身を真水に浸けると、どうなるでしょうか。細胞の中は、塩分や旨味を含んで濃い液です。そこへ外の薄い真水が入り込み、細胞は水膨れになって破れます。旨味は流れ出し、身は水っぽくなります。真水は汚れを落としているのではなく、細胞を壊しているのです。

そこで使うのが立て塩です。約3%の塩水で、水1Lに塩約30gが目安です。これは海水に近い濃さで、海水の塩分は約3.4%です。よく「魚の体液と同じ濃さ」と説明されますが、正しくありません。海の魚の体液の濃さは海水の約3分の1で、食塩にすると約1%です。3%は、それより濃い液です。

体液より濃いので、水が細胞に押し入ることはなく、身は水膨れになりません。さっと洗う程度なら、身から引き出される水もわずかで、表面が軽く締まるだけです。しかも塩水は、表面の汚れや血、ぬめりを、真水よりよく落とします。図13-1は、真水の中では水が細胞に流れ込んで膨らみ、立て塩の中では細胞が保たれる様子を示しています。

真水の中 立て塩(約3%)の中 細胞の中は濃い 細胞の中はやや薄い 水が細胞へ流れ込む → 水膨れ・破裂 身が水っぽくなり、旨味が流れ出る 水は細胞に押し入らない 細胞は保たれ、汚れと血だけが落ちる
図13-1 真水と立て塩の違い(模式図)。外の液が細胞の中と同じか、やや濃ければ、水は細胞に押し入らない。

真水を使う場面

それでも、真水の出番はあります。腸炎ビブリオは、海水にすむ食中毒菌で、真水に弱い性質があります(第3章)。この菌は、魚の体表や鱗、鰓(えら)、内臓に付いています。厚生労働省も、魚介類を真水でよく洗うよう呼びかけています。使い分けは次のとおりです。

  • 身が出る前 鱗を取る、内臓を出す、外側を洗う。この段階は真水の流水でよく洗い、菌を落とします。ここは菌を持ち込む「汚れた作業」なので、このあとの作業とは、まな板や器具を分けるか洗い直します(第4章)。
  • 身が出たあと 原則として真水をかけません。立て塩か酢で洗い、ペーパーで拭きます。どうしても真水を使うときは、冷たい水で一瞬にとどめ、すぐ拭きます。浸け置きはしません。

覚え方は、「身に水を当てるときは、塩水か酢」です。とくに光り物のように身が柔らかく、血合いの臭いが出やすい魚は、立て塩で洗います。

13.2 鱗・内臓・血

すき引きは、包丁を皮にほぼ寝かせ、鱗を皮のごく表面ごと薄く削ぎ取る方法です。道具で鱗をこそげると、その力が皮を通して身に伝わり、身が傷みます。すき引きは刃が皮の表面を滑るだけなので、身に力がかかりません。鱗の根元にたまった汚れごと取れて、鱗も飛び散りません。刃はまな板とほぼ平行にし、尾の付け根から頭へ小刻みに動かします。下へ押し込むと、刃が身に入ります。鱗取りの道具を使う店もあり、ここは流儀で分かれます。

内臓は、できるだけ早く除きます。アニサキスは、魚が死んで時間がたつと、内臓から身へ移るからです。内臓の強い消化の酵素も、腹の内側から身を溶かします。

血は、腐敗と臭いのいちばんのもとです。背骨に沿った血合い(ちあい)、ここでは腎臓に、血が残っています。包丁の先や竹の刷毛(はけ)で膜を切ってかき出し、流水で洗ってペーパーで拭きます。身がまだ出ていない段階なので、真水でかまいません。

すき引きの手順と、身を守る理由

  1. 構える 頭を左、腹を手前に置き、尾の付け根の皮に刃を当てます。刃はまな板とほぼ平行で、わずかに起こす程度です。
  2. 削ぐ 左手で皮を軽く張り、刃を小刻みに前後させながら頭へ進めます。鱗が、皮の薄い層ごと帯のように刃に乗ってきます。
  3. 力は横に 下へは押し込みません。鰭(ひれ)の際と腹の縁は、指で逆になでて、残りを確かめます。

鱗取りの道具は、鱗を引きはがします。強い力が皮を通って身に伝わり、皮のすぐ下の筋肉が押しつぶされて、身割れや打ち身のような柔らかさが出ます。また、鱗の根元は皮の中に埋まっていて、周りの小さなくぼみに、ぬめりと一緒に雑菌がたまっています。道具は鱗だけを取って、このくぼみを残します。すき引きは鱗を根元ごと皮の表面と一緒に切り離すので、菌のすみかそのものを除けます。

自己消化と、血が悪さをする理由

魚が死ぬと、内臓の酵素は腹の内側から身を分解し始めます。これを自己消化といいます。腹身が柔らかく崩れ、腹の膜に骨が透けて見えるほど薄くなった魚は、内臓を長く放っておいた魚です。

血は栄養が多く、酸性でもアルカリ性でもない中ほどの性質なので、菌にとって最高のえさ場です。血に含まれる鉄は、脂の酸化を進めて生臭さを強めます。血合いを残したまま冷蔵すると、血の線から身が黒ずみ、臭いが身に回ります。

13.3 骨抜きと皮引き

三枚におろした身には、血合いに沿って小骨が一列に並んでいます。これを血合い骨といいます。この骨は、身に垂直ではなく、頭の方向へ傾いて生えています。骨抜きでつまみ、生えている角度に沿って、頭の方向へ斜めに引き抜きます。尾の方向や真上に引くと、骨が身の中で向きを変えながら抜け、周りの身を引き裂きます。これが身割れです。指先で骨の両側を軽く押さえてから抜きます。折れて残った骨は無理に掘らず、サクにしてから切り方でよけます。

包丁で皮を引くときは、尾の端で皮と身の間に刃を入れ、左手で皮をしっかり持ちます。包丁はまな板に寝かせて動かさず、皮のほうを左右に揺らしながら引きます。包丁を動かすと刃が上下にぶれて、身を削ったり皮を破ったりするからです。

アジ、サバ、コハダ、サヨリなどの光り物は、皮が薄いので、頭の側の端をつまんで手でむきます。皮のすぐ下には、銀色の輝きのもとである銀皮(ぎんかわ)があり、これを身に残します。こつは、身を動かさず、皮だけを引くことです。身を指でまな板に押さえ、皮を低く、身に沿わせて頭から尾へゆっくり引きます。身を引っ張ったり、皮を立てて引いたりすると、銀皮が皮と一緒にはがれます。むいた皮の裏が銀色になっていたら、失敗です。

外引きと内引き、銀皮の正体

包丁での皮引きには、外引きと内引きがあります。外引きは刃先を外に向けて皮を手前へ引き、内引きは刃を手前に向けて進めます。呼び方は流派や地域で入れ替わることもありますが、どちらも「包丁は動かさず、皮を引く」という原則は同じです。銀皮の正体は、グアニンという物質の結晶の層です。この結晶が光を跳ね返して、光り物の銀色の輝きになります。

13.4 塩締め

塩締めは、身に塩を当てて、しばらく置く仕事です。塩を当てると、身の表面に濃い塩水の層ができます。すると浸透圧で、細胞の中の水が外へ出ます。青菜に塩を振ったときと同じです。このとき血の残りや臭いの成分も一緒に抜けて、旨味が濃くなり、日持ちもよくなります。また塩は、表面のタンパク質を軽く固めます。だから塩締めした身は、切り口がだれずに角が立ちます。菌を減らす働きは、おまけ程度です。味の主役は塩辛さではなく、水が抜けて濃くなった旨味と、臭みの抜けた澄んだ味です。

塩の当て方には四つあります。高い所から均一に振る振り塩、身が見えないほど厚くまぶすべた塩、塩水に浸ける立て塩、和紙や布巾の上から振る紙塩です。鯛やヒラメの振り塩なら、15〜30分が目安です。

脂は、塩と水をはじきます。だから、脂の乗った魚ほど、塩を強く、長く当てます。もう一つ大事なことがあります。塩締めのあと、真水で塩を洗ってはいけません。抜いた水を、身が吸い戻すからです。表面の塩は、次の節の酢洗いか、立て塩でさっと洗います。

表13-1 塩の当て方
方法やり方向く魚・目的
振り塩身から30cmほどの高さから、塩を均一に振る白身の塩締め、昆布締めの前。もっとも基本
べた塩身が見えなくなるほど厚く塩をまぶすサバなど光り物の強い締め。短い時間で強く水を抜く。コハダをどちらで締めるかは流儀が分かれる(第16章)
立て塩塩水に浸ける。洗いは約3%、締めるときは5〜10%も小魚や薄い身。塩が均一に回り、当たりが柔らかい
紙塩身に和紙や布巾をかけ、その上から塩を振る鯛、ヒラメなど繊細な白身。ゆっくり塩が入り、塩辛くならない

自由水を抜く ― 時間は大きさと脂で変える

塩で外へ出てくるのは、自由水です。タンパク質に結びついていない、細胞の中で自由に動ける水で、菌も使える水です。この水と一緒に、血の残りや、トリメチルアミンという生臭さの成分が抜けます。自由水が減ると水分活性(第2章)が下がり、菌が使える水が減るので、日持ちがよくなります。表13-1にまとめたように、振り塩は30cmほどの高さから振り、立て塩で締めるときは5〜10%の濃さを使うこともあります。

時間に一律の正解はありません。目安は、鯛やヒラメの振り塩で15〜30分、サバのべた塩で1〜3時間、コハダは大きさによって20分から1時間半ほどです(光り物は第16章)。この幅を決めるいちばんの要素が脂です。脂は塩にも水にも溶けないので、塩水が中へしみる道をふさぎ、水が抜けるのも遅くなります。同じ魚でも季節と個体で脂は変わります。職人は腹の厚みや、皮をむいたときの脂の光り方を見て、その日の塩の量と時間を決めます。締まったかどうかは、表面が締まり、指で押すと弾力が返ってくることで見ます。

13.5 酢締めと酢洗い

塩締めのあとに酢に漬けるのが、酢締めです。酢は、身の中で三つの仕事をします。

  • 身を白くする 酢の強い酸で、表面のタンパク質が固まり、身が白くなります。熱で卵の白身が白くなるのと同じことを、酸で起こしています。内側には生の層が残り、漬ける時間が長いほど白い層は厚くなります。
  • 菌を増えにくくする 殺し尽くすのではなく、増えにくくするだけです。
  • 小骨を柔らかくする 骨のカルシウムを溶かし出し、抜ききれない小骨を柔らかくします。

漬ける前に、表面の塩を酢でさっと洗います。これを酢洗いといいます。真水で洗うと、水を抜いた身が一気に水を吸い戻し、締めた意味がなくなります。酢洗いなら、表面に残った塩と酢の酸が表面を締めるので、水を吸い戻しにくくなります。酢洗いに使った酢は塩と汚れを含むので、本漬けの酢とは必ず分けます。光り物を酢締めで出すときのくわしい時間と注意は、第16章で学びます。

酢が身の中でしていること

食酢の酸の強さは、pHで2.5〜3前後です。pHは酸の強さを表す数字で、小さいほど酸が強くなります。魚の筋肉のタンパク質は、この強い酸に触れると形がほどけ、固まります。これが白くなる理由です。

菌を増えにくくするしくみは、こうです。酢の主な成分の酢酸は、分子の形のまま菌の中に入り込み、菌の中の酸を強めて、働きを止めます。酢飯と同じ原理です(第6章)。多くの食中毒菌は、pHが下がるほど増えにくくなります。ただし、pH4.6以下で増えなくなるのはボツリヌス菌の話です。サルモネラのように、pH4前後まで増える菌もあります。酢だけに頼らず、温度と時間も合わせて守ります。

小骨が柔らかくなるのは、骨の主な成分のリン酸カルシウムから、酢酸がカルシウムを溶かし出すからです。コハダ、サヨリ、小アジのように小骨を抜ききれない魚は、漬けている間に骨ごと食べられるようになります。酢洗いで表面が締まるのも、塩と酸の組み合わせの働きです。塩のない身を酸に浸けると、身はむしろ膨らみます。

酢の選び方と時間

酢締めには、まろやかな米酢を基本にします。キレを出したいときは、穀物酢やアルコール酢を合わせます(第8章)。酢は5℃前後に冷やして使います。白くなる変化が穏やかに進み、身が危険温度帯に置かれません。時間はコハダで10〜30分、サバで30分〜1時間を中心に、大きさと脂で前後させます。脂の乗ったサバは、塩と同じ理屈で長めにします。酢に昆布を一枚入れて、酸味の角を丸める店もあります。酢から上げた身は、ペーパーに包んで冷蔵庫で数時間から一晩置きます。酢が中まで均一に回り、酸味が落ち着きます。

13.6 昆布締め

昆布締めは、塩を当てた白身魚を昆布で挟み、冷蔵庫で寝かせて、昆布の旨味を身に移す方法です。魚の旨味の中心はイノシン酸です(第10章)。昆布の旨味の中心はグルタミン酸です。この二つを一緒に味わうと、旨味は何倍にも強く感じられます。これを旨味の相乗効果といいます(第20章)。この効果は身の中ではなく、食べたときに舌の上で起きます。淡白な白身ほど、効果がはっきり出ます。

乾いた昆布は、身の水も吸います。塩と同じように身を締めますが、塩より穏やかで、旨味を足しながら締めます。

昆布は、酢か酒を含ませた布巾で拭いて、しなやかにしてから使います。水で湿らせると、表面のぬめりが出てべたつき、水が身に入ります。時間は、薄くそいだ身で2〜4時間、サクのままなら半日から一晩が目安です。長すぎると身が飴色に染まって締まりすぎ、昆布の香りが勝ちます。目安を過ぎたら昆布から外し、ペーパーに包んで冷蔵します。生の魚を寝かせる仕事なので、衛生は熟成(第10章)と同じように厳しく管理します。

相乗効果の強さと、昆布の選び方

イノシン酸は、ATPが分解してできる核酸系の旨味です。グルタミン酸は、アミノ酸系の旨味です。この二つは舌の同じ受け手に働き、互いの感じ方を高め合います。二つの割合が一対一に近いとき最も強く、7〜8倍になるとされます。本検定では「核酸系とアミノ酸系の組み合わせ」が問われます。「アミノ酸系どうし」は誤りです。

昆布の種類でも仕上がりが変わります。真昆布は上品で癖がなく、鯛やヒラメなど繊細な白身に向きます。利尻昆布は澄んだ旨味で、やや硬めです。羅臼昆布は旨味も香りも濃いのですが、色が出やすく、身が黄色く染まりやすくなります。水で湿らせたときに出るぬめりは、アルギン酸という成分です。時間は、鯛やヒラメは短め、癖のあるカワハギやスズキは長めが合います。

13.7 熱を使う下処理 ― 湯霜・霜降り・焼き霜

生で出す寿司にも、表面だけに熱を入れる下処理があります。目的は、表面のタンパク質を固めて薄い守りの膜を作り、中は生のまま保つことです。

湯霜(ゆしも)は、湯引きともいい、身や皮に湯をかけるか、湯にくぐらせる方法です。筋肉のタンパク質は、ミオシンが40〜50℃、アクチンが65〜70℃付近で変わります。そのため70〜80℃の湯なら、表面は数秒から数十秒で白く固まります。皮のコラーゲンは熱で縮み、さらに熱を加えるとゼラチンになって柔らかくなります。魚のコラーゲンは、牛や豚より低い温度で変わります。

  • 白子 70〜80℃の湯に数十秒くぐらせます。白子を包むごく薄い膜が固まって破れにくくなり、生臭さの成分が熱で飛び、中はとろりと生のまま残ります。熱すぎると中まで固まり、ぬるすぎると膜が固まらず崩れます。
  • 鯛の皮(松皮造り) 皮を上にして布巾をかけ、熱い湯を回しかけて、すぐ氷水に取ります。皮が縮んで波打ち、硬くて噛み切りにくかった皮が柔らかくなって、皮の下の脂の旨味も食べられるようになります。
  • ヅケの前の湯霜 マグロのサクの表面に湯をかけて氷水に取り、それからヅケの地に漬けます。固まった表面が醤油のしみ込みを抑え、中まで塩辛くなるのを防ぎます(第14章)。

霜降りは、骨やアラ、貝を熱湯にくぐらせ、表面の血やぬめりを固めて洗い落とす方法です。主に煮物や出汁の前の仕事です。焼き霜は炙りのことで、皮目や脂の多い部分に直火を当て、表面だけに焼き色を付けます。皮を柔らかくし、脂を溶かし、焼いた香ばしさを加えます(第14章)。

湯霜も焼き霜も、熱を当てたらすぐ氷水に取ります。理由は三つです。一つ目は、余熱を止めるためです。放っておくと、表面の熱が中へ伝わり続け、生で残したい中まで火が入ります。二つ目は、表面を締めて歯切れをよくするためです。三つ目は衛生で、表面が10〜60℃の危険温度帯にある時間を数秒に縮めます。氷水から上げたら、すぐにペーパーで水気を拭きます。長く浸けると水が身に入り、守りの膜の意味が薄れます。

13.8 飾り包丁と隠し包丁

ネタの表面に細かく包丁を入れるのが飾り包丁で、見える切り込みです。裏側や内側に入れる見えない切り込みを、隠し包丁といいます。どちらも見た目のためだけではなく、味に三つの働きをします。

  1. 繊維を断つ イカ、アジやコハダの皮、タコの身は噛み切りにくいものです。繊維を横切る向きに切り込みを入れれば、歯の仕事を包丁が先に済ませ、歯切れがよくなります。イカに格子に包丁を入れるのはこのためです(第17章)。
  2. 醤油がからむ 切り込みの分だけ表面が広がります。平らな面では醤油が流れ落ちますが、切り込みにはたまります。
  3. 味を感じやすくする 切り込みから旨味や甘みが溶け出しやすくなり、舌に触れる面が増えます。同じネタでも、旨味と甘みを強く感じやすいとされます。

深さは身の厚みの三分の一から半分、間隔は2〜5mmが目安です。深すぎると握ったときに崩れ、浅すぎると効き目がありません。コハダの皮目の飾り包丁は、皮の縮みを防ぎ、握ったときに身が反らないようにする役目も兼ねています。

この章のまとめ

  • 真水は浸透圧で細胞に入り込み、身を水っぽくする。身が出る前は真水の流水で腸炎ビブリオを落とし、身が出たあとは立て塩か酢で洗う。立て塩約3%は海水に近い濃さで、魚の体液と同じ濃さではない。
  • すき引きは身に力をかけずに鱗を除く。内臓と血は早く除く。血合い骨は頭の方向へ斜めに抜き、皮は包丁を動かさずに引き、光り物は銀皮を身に残す。
  • 塩締めは浸透圧で水と臭みを抜いて身を締める。脂の多い魚ほど強く長く当て、塩は真水ではなく酢で洗う。
  • 酢締めは身を白くし、菌を増えにくくし、小骨を柔らかくするが、アニサキスは死なない。昆布締めはイノシン酸とグルタミン酸の相乗効果を生かす。
  • 脂は塩と水がしみる道をふさぐので、脂の乗った個体ほど塩を強く長く、酢にも長く漬ける。(一級)
  • 湯霜・焼き霜は表面だけを固めて中を生に保ち、すぐ氷水で余熱を止める。飾り包丁は繊維を断ち、醤油をからませ、味を感じやすくする。(一級)

確認問題

問1 立て塩について、正しいものはどれか。
a 約3%にするのは、魚の体液と同じ濃さだからである。
b 約3%は海水に近い濃さで、魚の体液より濃いので、身に水を吸わせない。
c 身が出たあとは、立て塩より真水で浸け置きするほうがよい。
d 腸炎ビブリオは塩水に弱いので、鱗を取る前から立て塩で洗う。
e 塩は銘柄によらず重さが同じなので、大さじで量ってよい。

答え:b

約3%は海水に近い濃さで、魚の体液(食塩にして約1%)より濃い液です。そのため水が細胞に押し入らず、身が水っぽくなりません。a は誤りで、体液と同じ濃さではありません。c は誤りで、身が出たあとは真水をかけず、浸け置きもしません。d は誤りで、腸炎ビブリオは真水に弱いので、身が出る前は真水の流水で洗います。e は誤りで、塩の重さは銘柄で大きく違うので、秤で量ります。

問2 塩締めと酢締めについて、正しいものはどれか。
a 塩締めのあとは、真水でよく洗って塩を落とす。
b 酢でしっかり締めれば、アニサキスは死ぬ。
c 酢締めは、酢の酸で表面のタンパク質を固めて白くし、菌を増えにくくし、小骨を柔らかくする。
d 酢洗いに使った酢は、そのまま本漬けに使うのがよい。
e 塩締めのいちばんの目的は、菌を殺すことである。

答え:c

酢締めの三つの働きは、身を白くすること、菌を増えにくくすること、小骨を柔らかくすることです。a は誤りで、真水で洗うと身が水を吸い戻すので、酢で洗います。b は誤りで、アニサキスは酢では死にません。d は誤りで、酢洗いの酢は塩と汚れを含むので分けます。e は誤りで、塩締めの主な目的は水と臭みを抜いて身を締めることで、菌を減らす働きはおまけ程度です。

問3 同じ大きさの、脂の乗ったサバと脂の少ないサバを、同じ時間だけ塩締め・酢締めした。起きることとして正しいものはどれか。
a 脂の乗ったサバのほうが塩と酢が深く入り、締まりすぎる。
b 脂は塩と水がしみる道をふさぐので、脂の乗ったサバは締まりが浅くなり、塩を強め・酢を長めにする必要がある。
c 脂はタンパク質の変化を速めるので、脂の乗ったサバのほうが早く白くなる。
d 脂の量は塩と酢のしみ方に関係せず、仕上がりは同じになる。
e 脂の乗ったサバは、塩を使わず酢だけで締める。

答え:b

脂は塩にも水にも溶けず、塩水や酢が身の中へしみる道をふさぎます。そのため脂の乗った個体ほど水が抜けるのも白くなるのも遅く、同じ時間では締まりが浅くなります。職人は脂の乗りを見て、塩を強く長く当て、酢にも長く漬けます。