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すし検定

目次 第21章 わさび・海苔・ガリ・茶
    1. 序章本書の使い方 ― 二級と一級の範囲
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入を防ぐ
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリ

    1. 第7章米を知る ― 米と炊飯
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍
    4. 第13章下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
      1. 21.1 わさび ― 本わさびと西洋わさび
      2. 21.2 辛味は「おろす」ことで生まれる
      3. 21.3 なぜネタとシャリの間に挟むのか
      4. 21.4 海苔
      5. 21.5 ガリ
      6. 21.6 お茶(上がり)
      7. 21.7 その他の薬味と、薬味の理論一級
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き
  7. 第VII部 歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史 ― 屋台から世界へ
    2. 第26章カウンターに立つ ― 接客・おもてなしと職人の責任
  8. 第VIII部 経営

    1. 第27章お金の流れ ― 原価・歩留まり・値決め一級
    2. 第28章仕入れ・在庫・ロス一級
    3. 第29章開業の準備一級
    4. 第30章お客を集め、常連を育てる一級
    5. 第31章人と店の仕組み一級
  9. 付録 資料編

    1. 付録A覚えておきたい数字と温度・時間の早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C寿司ことばと用語集
    4. 付録D旬のカレンダー
    5. 付録E出題範囲と出題の目安

朗読は本文・コラム・まとめを読みます。表・図・確認問題は読みません。再生中は段落を押すと、そこから聴けます。

第V部 調味料と薬味

第21章

わさび・海苔・ガリ・茶

わさび、海苔、ガリ、お茶は、寿司の脇役に見えて、一貫の味を大きく左右します。わさびはなぜおろしたてがよいのか。海苔はなぜ炙ると緑になるのか。ガリはなぜ絞ってから漬けるのか。この章では、四つの扱い方を理由とともに学びます。その抗菌の働きが、あくまで「補助」であることも確かめます。

この章で学ぶこと

  • 本わさびと西洋わさびの違いと、わさびを提供の直前におろす理由を説明できる
  • わさびをネタとシャリの間に挟む理由と、その抗菌の働きの限界を説明できる
  • 海苔の表と裏を正しく使い分け、炙ると緑になる理由と保存の方法を説明できる
  • ガリの仕込みの手順と、上がりを熱く淹れる理由を説明できる
  • 薬味の働きをマスキングと対比効果で整理し、ネタに合わせて使い分けられる(一級)

21.1 わさび ― 本わさびと西洋わさび

本わさびは、日本原産のアブラナ科の植物です。寿司に使うのは根茎(こんけい)、つまり地下の太い茎です。一年を通して 10〜15℃前後の冷たい湧き水が流れる沢で育てたものを、沢わさびと呼びます。太く締まった根茎がとれます。主な産地は静岡と長野です。

西洋わさびは、ホースラディッシュとも呼ばれます。同じアブラナ科の、別の植物です。根は白く、辛味の成分は本わさびと同じ仲間です。ただ、香りが乏しく、辛さだけが強いのが特徴です。

市販の粉わさびやチューブの練りわさびの多くは、西洋わさびを主な原料にして、緑色に着色したものです。日本では業界の自主的な基準で、表示が決められています。本わさびが 50% 以上なら「本わさび使用」、50% 未満なら「本わさび入り」です。寿司屋が「本わさび」と言って出すなら、根茎をその場でおろすのが前提です。

根茎は、鮮やかな緑で、締まって重いものを選びます。表面のでこぼこは、葉が付いていた跡です。この間隔が狭いものは、ゆっくり育った証拠です。身が詰まり、辛味と香りが濃いとされます。保存は、濡らした紙で包んで冷蔵し、紙を毎日替えます。

産地・品種と、根茎の見極め

静岡では伊豆の天城と御殿場、長野では安曇野が主な産地です。品種では、育つのが遅く、香りと辛味の強い「真妻」(まづま)が最上とされます。日陰の畑で育てる畑わさびは、根茎が太りません。葉と茎が、わさび漬けや練りわさびの原料になります。西洋わさびは、北海道では「山わさび」として親しまれています。

根茎は、黒ずみがないか、中に空洞がないかも確かめます。この空洞を「ス」と呼びます。保存は、水に浸して毎日水を替える方法もあります。おろし口が乾いて黒ずんだら、薄く削り落としてから使います。

21.2 辛味は「おろす」ことで生まれる

わさびの根茎そのものは、辛くありません。細胞の中には、辛味のもとになる成分と、それを分解する酵素が、別々の場所にしまわれています。辛味のもとをシニグリン、酵素をミロシナーゼと呼びます。

おろして細胞が壊れると、二つが細胞の水分の中で出会います。すると、辛味の成分が生まれます。この成分をアリルイソチオシアネートと呼びます。以下では「辛味成分」と呼びます。混ぜて初めて固まる、二液式の接着剤のようなものです。この反応に必要なのは水です。空気、つまり酸素は要りません。わさびの辛味は、「おろす」ことが作り出しているのです。細胞を細かく、たくさん壊すほど、辛味と香りが強く出ます。

鮫皮でおろす

職人が鮫皮おろし(さめがわおろし)を使うのは、このためです。サメの皮を板に貼ったおろし器です。鮫皮の細かな凹凸は、金属のおろし金の刃より、ずっと細かいものです。細胞を細かくすり潰します。目の粗いおろし金では、繊維が切れるだけで、潰れない細胞が多く残ります。水っぽく、辛味の弱いわさびになります。

おろすのは茎側、つまり葉の付け根の側からです。茎側は香りがよく、辛味がまろやかです。先端側ほど辛味が強く、筋っぽくなります。皮のすぐ下に香りが多いので、皮は剥かないか、ごく薄く剥きます。鮫皮に根茎を垂直に当て、力を入れずに「の」の字を描くように、ゆっくり回します。

辛味のピークは数分後とされる

辛味成分は、生まれるそばから空気中へ逃げます。これを揮発(きはつ)と言います。分解もしていきます。辛味は、おろしてすぐよりも数分後に最も強くなる、と説明されます。一般には 3〜5 分後とされます。その後は辛味と香りが抜けていきます。空気に触れたまま 15〜20 分も置くと、苦味と青臭さが目立ってくるとされます。

だから、わさびは使う分だけ、提供の直前におろします。開店前にまとめておろして冷蔵しておくと、密閉しても、辛味と香りは時間とともに減ります。おろしたての状態には戻りません。使う分だけおろして数分で使い切るか、小さな容器に入れて伏せ、空気に触れさせないようにします。

ネタに合わせた量

辛味成分は、水に溶けにくく、油に溶けやすい性質があります。トロやサーモン、ブリのように脂の多いネタでは、辛味成分が脂に溶け込みます。刺激がやわらぐので、多めでも辛く感じにくくなります。白身は香りが繊細なので控えめにします。脂のない貝は、ごく少量にします。貝の甘みを消してしまうからです。光り物は、生姜に替えるか、わさびを少量にします(第16章)。穴子や玉子、干瓢巻きには使いません。同じ量を全部のネタに挟むのは、ネタを見ていない証拠です。

おろし方の細部と、辛味の効き方

おろす前に、茎側の凹凸を包丁の背で削ぎます。力任せにこすると、繊維が引きちぎれて口当たりが悪くなります。しかも細胞は潰れません。ゆっくり円を描くほど、細胞が細かく潰れます。より多くの細胞で酵素の反応が進み、きめ細かく辛味の立ったわさびになります。

現場では、おろすときに砂糖をひとつまみ加えると辛味が立つ、と言われます。甘みとの対比で辛味が強まるから、酵素の反応を助けるから、と説明されます。ただし理屈は確かめられておらず、職人の知恵として受け継がれているものです。

21.3 なぜネタとシャリの間に挟むのか

握りでは、わさびをネタの上ではなく、ネタとシャリの間に挟みます。理由は二つあります。

第一は、香りを閉じ込めるためです。辛味成分は空気中に逃げやすいので、ネタの上に乗せれば数分で抜けてしまいます。ネタとシャリで挟めば閉じ込められます。口に入れて噛んだ瞬間に初めて香りが立ち、最も鮮やかな状態で届きます。

第二は、衛生を補うためです。ネタとシャリの境目では、冷たいネタと人肌のシャリが接し、水分が行き来します。水分と栄養と中途半端な温度がそろう境目は、菌が増えやすい条件が重なる場所と考えられます。わさびの辛味成分には、菌が増えるのを抑える働きが実験で報告されています。腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌、大腸菌、サルモネラなどです。境目に置くことで、その働きが期待できます。

ただし、一貫に挟む量での効果は補助にすぎません。菌を「殺す」のではなく、「増えにくくする」だけです。すでに増えた菌や毒素は消えません。素手で握る寿司の安全を支えているのは、手洗い、手酢、酢飯の酸、そして温度と時間の管理です(第6章)。わさび・ガリ・お茶は、その上に重ねる補助の層です。

握りの断面 ― わさびは境目に置く ネタ わさび シャリ 境目は水分が行き来し、菌が増えやすい。挟んだ辛味は噛んだ瞬間に立つ
図21-1 わさびをネタとシャリの境目に置く理由。香りを閉じ込めることと、菌が増えやすい層で補助的に増殖を抑えることを兼ねる。

21.4 海苔

寿司に使う海苔は、アマノリ類のスサビノリという海藻を養殖したものです。主な産地は三つの海です。有明海の福岡・佐賀・熊本、瀬戸内海の兵庫・香川、三河湾と伊勢湾の愛知・三重です。

秋に海の水温が下がると、網に種を付けます。11 月下旬から 12 月に最初に摘むものを、初摘みまたは一番摘みと呼びます。芽が若く柔らかいので口溶けがよく、甘みとうま味が強いのが特徴です。摘んだ海苔を洗って刻み、紙を漉くように簀(す)の上で薄く広げて乾かします。これが乾海苔(ほしのり)、つまり板海苔です。全型の大きさは、約 21 cm と 19 cm です。

表と裏

海苔には、つるりと艶のある表と、簀に接して乾いたザラザラの裏があります。巻物では、裏をシャリ側、つまり内側にします。ザラザラの裏は、シャリの水分をすばやく吸い、米粒に引っかかって形崩れを防ぎます。外側に表が来れば、艶が見えて見た目もよくなります。逆にすると、つるりとした表の上でシャリが滑り、巻きがゆるみます。巻き方は第24章で扱います。

炙ると緑になる理由

乾海苔は、黒に近い紫色をしています。海苔には、緑・赤・青・黄の色素が一緒に入っています。絵の具を混ぜたときのように、黒っぽく見えるのです。火で炙ると、熱に弱い赤い色素が壊れて消えます。この色素をフィコエリスリンと呼びます。熱に強い緑の色素、クロロフィル(葉緑素)が主に残るので、鮮やかな緑に変わります。同時に、香ばしい香りも生まれます。

炙りすぎると、緑の色素まで壊れて茶色くなります。香りが飛び、焦げ臭さだけが残ります。2 枚を裏同士で重ね、表を遠火で数秒ずつ炙り、緑に変わったところで止めます。これが一つのやり方です。なお、海苔はグルタミン酸に加えて、イノシン酸とグアニル酸も含みます。海苔だけで、うま味の相乗効果(第20章)が起きているのです。

湿気を防ぐ

海苔の敵は、湿気・光・熱です。湿気を吸うと艶が消え、色があせ、香りが抜けて口溶けが悪くなります。乾燥剤を入れた密閉容器に入れ、光の当たらない涼しい場所に置きます。長く保存するなら、冷凍が最もよい方法です。

ただし、冷凍庫から出してすぐ袋を開けると、海苔の表面に水滴が付きます。冷たいグラスに水滴が付くのと同じです。海苔は一瞬で湿気ます。袋のまま室温に戻してから開けます。切るときは、乾いた包丁と乾いたまな板を使います。

等級・色の化学・切り方

同じ網から摘む回数が増えるほど、海苔の葉は硬く、厚くなります。海苔の等級は、産地の共販、つまり共同の販売の場で決まります。色の黒さと艶、厚み、穴や破れ、香りで格付けされます。乾海苔を焼いたものが焼き海苔です。寿司屋には、乾海苔を仕入れて提供の直前に自分の店で炙る店と、焼き海苔を仕入れる店があります。

海苔の四つの色素は、緑のクロロフィル、赤のフィコエリスリン、青のフィコシアニン、黄のカロテノイドです。炙ると、赤のフィコエリスリンがタンパク質とともに変化して壊れます。香ばしさは、アミノ酸と糖のメイラード反応で生まれる、ピラジン類という香りです。これが、磯の香りの中心であるジメチルスルフィドと重なります。

表を外にするのは、艶のためだけではありません。巻いた後に剥がれにくくなります。湿気た海苔は、弱火で炙るか、電子レンジで数秒温めれば水分は飛びます。ただし、抜けた香りは戻りません。巻物の内側や味付けに回します。切ったら密閉します。

表21-1 海苔の切り方と使い道(全型 約 21 × 19 cm)
切り方寸法の目安使い道
全型約 21 × 19 cm太巻き
半切約 19 × 10.5 cm細巻き、手巻き
4 分の 1約 10.5 × 9.5 cm小ぶりの手巻き
6 等分の帯約 19 × 3.5 cm軍艦巻き。シャリ玉の高さに合わせて幅を調整する

海苔の切り方は、主に四つです。全型は太巻きに、半分に切った半切は細巻きと手巻きに使います。4 分の 1 は小ぶりの手巻きに、6 等分した細い帯は軍艦巻きに使います。

21.5 ガリ

ガリは、生姜の甘酢漬けです。原料は、6〜8 月に出回る新生姜が最適です。繊維が柔らかく、辛味が穏やかで、茎の付け根が紅いのが特徴です。貯蔵された根生姜は、ひね生姜とも呼びます。繊維が硬く、辛味が強いので、使うなら薄く切り、湯通しを長めにします。仕込みの手順は次のとおりです。

  1. 皮をこそげる 香りは皮のすぐ下に多いので、厚く剥かず、スプーンなどで薄くこそげます。
  2. 薄く切る 繊維に沿って 1 mm 前後に切ります。厚いと甘酢が芯まで入らず、薄すぎると歯ごたえがなくなります。
  3. 塩を振る 軽く塩を振って 10〜15 分置き、余分な水分を引き出します。
  4. 湯通しする たっぷりの熱湯に 10〜30 秒くぐらせます。辛味を少し抜き、殺菌し、繊維を柔らかくします。長く茹でると香りも抜けます。
  5. 熱いうちに絞る ザルに上げ、熱いうちに両手で水気をしっかり絞ります。
  6. 熱いうちに甘酢へ 絞ったらすぐ甘酢に沈め、冷蔵庫で一晩以上なじませます。

なぜ絞ってから漬けるのか

湯通しした生姜を強く絞ると、組織から水が押し出されて、隙間ができます。水を含んだスポンジを握ったときと同じです。すぐに甘酢に沈めると、押し縮められた組織が元に戻りながら、甘酢を吸い込みます。そこから甘酢が、少しずつ芯まで広がっていきます。これを拡散と呼びます。濃いところから薄いところへ、成分が自然に広がっていく働きです。

湯通しで、生姜の細胞の膜はすでに壊れています。ですから、ここで働いているのは浸透圧ではありません。吸い込みと拡散です。絞らずに漬けると、残った水が甘酢を薄めて、味が入りにくくなります。熱いうちに漬けるのは、温度が高いほど拡散が速いからです。

色と役割、衛生

新生姜のガリが淡い桃色になるのは、着色料のせいではありません。生姜に含まれるアントシアニンという色素が、甘酢の酸で色づくためです。アントシアニンは、酸で赤く色づく色素です。市販の鮮やかな紅色のガリは、着色料によるものが多くあります。

ガリの第一の役割は、口直しです。辛味と酸味が、前の一貫の脂と香りを消します。次の一貫を、新しい舌で味わえるようにします。生姜の成分と酢の酸には、菌が増えるのを抑える働きもあります。ただし、これも補助です。

ガリは、お客さんが直接口に入れるものです。盛るときは専用の箸かトングを使い、手でつかみません。お客さんの席から下げたガリを、容器に戻してはいけません。別のお客さんに出し直してもいけません。カウンターのガリ入れには、一度に出す量だけを小出しにします。仕込みの容器から、直接お客さんの前に出さないようにします。

甘酢の配合と、ガリのほかの役割

甘酢の配合の一つの目安は、米酢 200 mL に、砂糖 60〜80 g、塩小さじ 1 弱です。酢は酸度 4〜5% のものを使います。桃色になる色素は、芽や皮の下に多く含まれます。根生姜はこの色素が少ないので、薄い黄色にとどまります。

ガリの抗菌の働きは、生姜のジンゲロールやショウガオールという成分と、酢の酸によるものです。三つ目の役割として、唾液と胃液が出るのを促し、消化を助けます。

甘酢は酸が強いので、菌は増えにくい環境です。それでも、ガリを出し入れするたびに、箸や手指から汚れが入ります。カウンターのガリ入れは、営業の後に洗います。長く置いて色があせ、酸味が抜けたガリは交換します。

21.6 お茶(上がり)

寿司屋のお茶を上がり(あがり)と呼びます。使うのは主に粉茶です。煎茶や玉露を仕上げる工程で、ふるい落とされた細かい茶葉です。値段は安いのですが、葉が細かいので成分が速く濃く出て、香りより味がしっかり立ちます。

なぜ口がさっぱりするのか

お茶の渋味のもとは、カテキンです。ポリフェノールという成分の仲間です。カテキンには、タンパク質と強く結びつく性質があります。これを収斂作用(しゅうれんさよう)と呼びます。引き締める働きのことです。カテキンは、口の中に残った魚や唾液のタンパク質と結びついて、洗い流します。渋いと感じるのは、この収斂そのものです。

一方、トロのような脂を流すのは、お茶の熱です。マグロの脂は、およそ 24〜30℃で溶けるとされます。これは目安です(第14章)。熱いお茶で脂が溶けて、流れやすくなります。カテキンが脂と結びつくわけではありません。熱とカテキンの二つで、口の中がリセットされます。次の一貫の味を、正しく感じられます。カテキンには抗菌作用も報告されていますが、これも補助です。

湯の温度と湯呑み

カテキンは、高い温度ほどよく溶け出します。上がりは 80〜90℃の湯で短時間に出し、熱いまま出します。ぬるいお茶では脂が溶けず、カテキンも十分に出ません。ただし、濃すぎると渋味がネタの味を邪魔します。色は濃くても、渋味が残らない濃さにとどめます。

寿司屋の湯呑みが厚手で大ぶりなのにも、理由があります。厚い焼き物は熱を逃がしにくく、熱いお茶を長く保ちます。熱くても持ちやすく、カウンターで倒れにくいのも利点です。お茶が減ったら、言われる前に足します。

芽茶と、お茶を出す時機

新芽の先が丸まった芽茶(めちゃ)も、濃い味が出るので上がりに向きます。カテキンの抗菌作用は、腸炎ビブリオや黄色ブドウ球菌などで報告されています。ただし実験室での話で、飲んだときの効果は限られます。お茶を出す時機は三つあります。席に着いたとき、脂の強いネタの後、そして最後です。

21.7 その他の薬味と、薬味の理論

薬味の働きは、二つの理論で整理できます。一つはマスキングです。強い香りで、好ましくない臭いを覆い隠すことです。青魚の臭いのもとであるトリメチルアミンに対して、葱や生姜を使うのがこれにあたります(第16章)。

もう一つは対比効果です。少しの別の味が、主な味を際立たせることです。白身や貝、ウニにごく少量の塩を振って、甘味を立てるのがこれです(第15章)。

柑橘の酸は、その両方に働きます。気体になって鼻に届くトリメチルアミンを、気体にならない塩の形に変えて、臭いを抑えます。同時に、白身のうま味を対比で引き立てます。どの薬味も、ネタの弱点を隠すか、長所を立てるか、どちらかのために使います。目的を言えない薬味は、乗せません。

表21-2 主な薬味と働き
薬味主な成分と働き合うネタ
葱(小葱・あさつき)硫化アリル。臭いのマスキング光り物、アジ、カツオ
おろし生姜ジンゲロール。マスキング、抗菌アジ、イワシ、カツオ
紫蘇(大葉)ペリルアルデヒド。香り、抗菌イカ、白身、巻物
茗荷(みょうが)香りと歯触り光り物、カツオ
柑橘(スダチ・カボス・ユズ)クエン酸。臭いを抑え、うま味を対比で立てる白身、イカ、貝、炙り
梅肉クエン酸と塩。酸味の対比イカ。紫蘇と組み合わせて
七味・山椒刺激と香り。甘辛さを引き締める穴子、炙り
ポン酢酸と醤油のうま味。脂を切る白子、カワハギの肝、脂の強い炙り
塩対比効果で甘味を立てる白身、貝、ウニ、イカ、車海老
煮切りグルタミン酸によるうま味の相乗(第20章)赤身、ヅケ、光り物

表の中身を、働きで分けて言います。臭いを覆うのは、葱、おろし生姜、紫蘇です。対比で味を立てるのは、柑橘、梅肉、塩です。七味と山椒は、穴子の甘辛さを引き締めます。ポン酢は、白子や肝の脂を切ります。煮切りは、赤身やヅケにうま味の相乗を起こします。

この章のまとめ

  • 本わさびは根茎をその場でおろして使います。粉わさびやチューブの多くは西洋わさびです。本わさび 50% 以上で「本わさび使用」、未満で「本わさび入り」と表示されます。
  • わさびの辛味は、細胞が壊れてシニグリンとミロシナーゼが水の中で出会うことで生まれます。鮫皮で茎側から「の」の字にゆっくりおろし、数分後のピークに合わせて、使う分だけ提供の直前におろします。
  • わさびをネタとシャリの間に挟むのは、香りを閉じ込め、境目での菌の増殖を補助的に抑えるためです。アニサキスもノロウイルスも、わさびでは防げません。
  • 海苔はザラザラの裏をシャリ側にします。炙ると熱に弱い赤い色素が壊れて緑になります。冷えた海苔は袋のまま室温に戻してから開けます。
  • ガリは薄く切って湯通しし、熱いうちに絞って熱いうちに甘酢へ入れます。絞った組織が甘酢を吸い込み、拡散で芯まで入ります。浸透圧ではありません。手で盛らず、下げたものは戻しません。
  • 上がりは粉茶を 80〜90℃の湯で熱く出します。脂を流すのはお茶の熱で、カテキンはタンパク質と結びついて口をリセットします。
  • 薬味は、臭いを覆うマスキングか、味を立てる対比効果か、どちらかの目的で使います。目的を言えない薬味は乗せません。(一級)

確認問題

問1 わさび・ガリ・お茶の抗菌の働きについて、正しいものはどれか。
a わさびを多めに挟めば、ネタの中のアニサキスは死ぬ
b ガリを添えておけば、握りを常温に長く置いても安全である
c 抗菌の働きは補助的なもので、手洗いと温度・時間の管理の代わりにはならない
d 熱いお茶を飲めば、ノロウイルスは口の中で不活化する
e わさびの辛味成分は菌を殺し尽くすので、すでに増えた菌の毒素も消える

答え:c

わさび・ガリ・お茶には、菌が増えるのを抑える働きが報告されています。しかし、一貫に添える量での効果は補助にすぎません。素手で握る寿司の安全を支えるのは、手洗い、手酢、酢飯の酸、温度と時間の管理です。a:アニサキスは、マイナス 20℃で 24 時間以上の冷凍か、加熱でしか防げません。b:常温に長く置けば菌は増えます。d:ノロウイルスはお茶では不活化しません。e:増えにくくするだけで、すでに増えた菌や毒素は消えません。

問2 開店前に本わさびをまとめておろし、密閉容器で冷蔵して営業中に使うやり方の問題点として、最も適切なものはどれか。
a 冷蔵すると、シニグリンが分解して有毒になる
b 辛味成分は気体になって逃げやすく分解もしやすいので、ピークを過ぎると辛味と香りが抜けていく
c 冷蔵するとミロシナーゼが強く働き、辛くなりすぎる
d 鮫皮おろしの成分が、時間とともにわさびに溶け出す
e 問題はない。密閉すれば、おろしたての辛味と香りが一日そのまま保たれる

答え:b

わさびの辛味と香りの正体である辛味成分は、気体になって逃げやすく、分解もしやすい成分です。辛味はおろして数分後がピークとされ、その後は抜けていきます。密閉して冷蔵すれば減り方は遅くなりますが、止まりません。おろしたての香りは戻りません。a・c・d は誤りです。e は現場で最も多い間違いです。使う分だけ、提供の直前におろします。

問3 光り物の臭みのもとであるトリメチルアミンに対する薬味の働きとして、正しいものはどれか。
a 葱や生姜は、トリメチルアミンを分解して、臭いを完全に消す
b 塩をごく少量振ると、対比効果でトリメチルアミンが気体にならなくなる
c 葱や生姜は強い香りで臭いを覆い隠し、柑橘の酸はトリメチルアミンを気体にならない塩の形に変えて臭いを抑える
d 煮切りのグルタミン酸が、トリメチルアミンと相乗効果を起こして、うま味に変える
e わさびの辛味成分が、トリメチルアミンを殺菌して臭いを消す

答え:c

葱や生姜の働きは、強い香りで好ましくない臭いを覆い隠すマスキングです。柑橘の酸は、気体になって鼻に届くトリメチルアミンを、気体にならない塩の形に変えて臭いを抑えます。同時に、白身のうま味を対比で引き立てます。a:分解して完全に消すわけではありません。b:塩の対比効果は、甘味を立てる働きです。d:相乗効果はうま味の成分どうしで起きます。e:トリメチルアミンは菌ではなく、臭いの成分です。