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すし検定

目次 第3章 寿司屋で起きる食中毒
    1. 序章本書の使い方 ― 二級と一級の範囲
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
      1. 3.1 顔ぶれと見分け方
      2. 3.2 アニサキス ― 酢でも塩でも死なない
      3. 3.3 ノロウイルス ― 人の手と二枚貝から
      4. 3.4 腸炎ビブリオ ― 海の菌は真水と低温に弱い
      5. 3.5 加熱しても消えない毒 ― 黄色ブドウ球菌とヒスタミン
      6. 3.6 知っておくべきその他の細菌一級
      7. 3.7 自然毒と化学物質一級
      8. 3.8 食物アレルギー ― ほんの少しで命に関わる
      9. 3.9 食中毒が疑われたときの初動一級
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入を防ぐ
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリ

    1. 第7章米を知る ― 米と炊飯
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍
    4. 第13章下処理 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き
  7. 第VII部 歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史 ― 屋台から世界へ
    2. 第26章カウンターに立つ ― 接客・おもてなしと職人の責任
  8. 第VIII部 経営

    1. 第27章お金の流れ ― 原価・歩留まり・値決め一級
    2. 第28章仕入れ・在庫・ロス一級
    3. 第29章開業の準備一級
    4. 第30章お客を集め、常連を育てる一級
    5. 第31章人と店の仕組み一級
  9. 付録 資料編

    1. 付録A覚えておきたい数字と温度・時間の早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C寿司ことばと用語集
    4. 付録D旬のカレンダー
    5. 付録E出題範囲と出題の目安

朗読は本文・コラム・まとめを読みます。表・図・確認問題は読みません。再生中は段落を押すと、そこから聴けます。

第I部 食の安全

第3章

寿司屋で起きる食中毒

第2章で学んだしくみを、寿司屋で実際に人を傷つける相手に当てはめます。「どこから来るか」と「どう防ぐか」を、数字と理由とともに押さえます。

この章で学ぶこと

  • アニサキスを防ぐ手順と、酢や塩では死なない理由を説明できる
  • ノロウイルスと腸炎ビブリオがどこから来て、何に弱いかを説明できる
  • 加熱で消えない毒素とヒスタミンの防ぎ方を説明できる
  • 特定原材料9品目を挙げ、アレルギーの客に対応できる
  • そのほかの細菌、自然毒、食中毒が疑われたときの初動を説明できる(一級)

3.1 顔ぶれと見分け方

寿司屋で起きる食中毒の代表は、アニサキス、ノロウイルス、腸炎ビブリオの三つで、協会はこれを寿司屋の3大食中毒と呼んでいます。寄生虫、ウイルス、細菌と種類が違うので、効く対策も違います。これに黄色ブドウ球菌、ヒスタミン、食物アレルギーを加えた六つを学びます。

食べてから症状が出るまでの時間を潜伏期間といい、原因を考える手がかりになります。六つを表にまとめます。加熱で防げないのは、黄色ブドウ球菌の毒素、ヒスタミン、食物アレルギーの三つです。

表3-1 寿司屋で気をつける食中毒の見分け方
原因種類潜伏期間加熱で防げるか
アニサキス寄生虫数時間(多くは12時間以内)防げる(70℃以上、または60℃で1分)
ノロウイルスウイルス24〜48時間防げる(中心85〜90℃で90秒以上)
腸炎ビブリオ細菌8〜24時間防げる(中心75℃で1分以上)
黄色ブドウ球菌細菌(毒素を作る)1〜6時間防げない(毒素は100℃で30分でも壊れない)
ヒスタミン菌が作る物質数分〜1時間防げない(加熱でも冷凍でも壊れない)
食物アレルギー体の反応多くは食べてまもなく防げない

食中毒の三つの型と潜伏期間

食中毒とは、有害な微生物、寄生虫、毒素、化学物質を含む飲食物による健康被害です。型は三つで、生きた相手が体に入る感染型、食品の中でできた毒素を食べる毒素型(第2章)、そして統計で別に分けられる自然毒(フグ毒・貝毒)と化学物質(ヒスタミン・水銀)です。毒素型は、菌を殺しても毒素が残れば発症します。潜伏期間は、毒素を直接食べるものが数十分〜数時間、感染型の細菌が半日〜数日、カンピロバクターや O157 は2〜8日、リステリアは数週間です。

3.2 アニサキス ― 酢でも塩でも死なない

アニサキスは線虫という寄生虫の仲間で、問題になるのは幼虫です。長さ2〜3cm、幅0.5〜1mmほどの、白く半透明な糸のような姿で、魚の内臓の表面や腹の身に渦巻きのように丸まっています。

親はクジラやイルカの胃にすみ、卵はふんと一緒に海に出ます。幼虫はオキアミに食べられ、オキアミを食べた魚やイカのお腹にたまり、その魚をクジラが食べると親になります。人はこの輪の外にいる、たまたまの宿主です。幼虫は人の体の中では親になれず、数週間のうちに死にます。しかし、それまでに胃や腸の壁に頭を刺し、激しい痛みを起こします。

クジラ・イルカ 胃の中で親になり、卵を産む 海の中の卵と幼虫 オキアミに食べられる 魚・イカ 内臓に集まり、死後は身へ ヒト 親になれず、胃壁に刺さる 卵がふんと海へ オキアミごと魚・イカが食べる その魚をクジラが食べる 生で食べる
図3-1 アニサキスの一生。クジラ、海の卵と幼虫、魚・イカと輪になってめぐる。人は輪の外にいて、幼虫は親になれない。

よくいるのは、サバ、サンマ、イワシ、アジ、カツオ、サケ、スルメイカなど、オキアミを食べる回遊魚とそれを食べる魚です。配合飼料で育てた養殖魚には、ほとんどいません。生きたオキアミや天然の小魚を食べず、輪から外れているからです。ただし、海で獲った稚魚や生の餌で育てた養殖魚では、見つかった例があります。

症状は、多くが食べて12時間以内に起きる、みぞおちの激しい痛み、吐き気、嘔吐です。熱や下痢が目立たない「食中毒らしくない激痛」が特徴です。近年の食中毒の事件数で、最も多い原因の一つです(第1章)。

どう防ぐか

  1. 入れない 鮮度のよい魚を選び、丸の魚はすぐに内臓を取ります。幼虫の多くは内臓にいて、魚が死んで時間がたつと身へ移るものが増えるからです。内臓は生で出しません。はじめから身にいる幼虫もいるので、ゼロにはなりません。
  2. 見つけて取る 腹側の身を中心に表と裏をよく見て、骨抜きでつまみ出します。暗い所でブラックライト(紫外線のライト)を当てると、幼虫は青白く光ります。ただし見えるのは表面からおよそ0.5mmまでで、見つからなくても、いない証明にはなりません。
  3. 殺す 生で出すなら−20℃で24時間以上冷凍します。厚生労働省の呼びかけで、法律上の義務ではありません。確実にするには、魚の中心が−20℃になってから数えます。家庭用の冷凍庫は−18℃前後が多く、−20℃に届かないことがあります。加熱するなら、70℃以上、または60℃で1分です(冷凍の手順は第12章)。

酢、塩、わさび、醤油では死にません。幼虫はもともとクジラの胃の中でも生きる虫で、強い胃酸に耐えます。しめサバでアニサキス症になる例が毎年あるのはこのためです。よく噛む、細く切るも、対策には数えません。1匹でも無傷なら発症するからです。

二つのアニサキス症と、産地による違い

多くは胃アニサキス症で、痛みには刺さる刺激に加えて、幼虫へのアレルギー反応が関わるとされます。内視鏡で取り出せば、痛みはほぼすぐ治まります。腸アニサキス症は、食後十数時間〜数日で下腹の痛みから始まり、腸閉塞に進むことがあります。

幼虫はタラ、ブリ、ヒラメにも見られます。日本では、太平洋側のサバに多い種類のほうが、日本海側に多い種類より身に移りやすいと報告されています。ブラックライトは波長365nm前後の紫外線で、身の奥までは届かず、生きた幼虫の光は冷凍した後より弱く見えます。

pH1〜2の胃酸の中で生きる、厚い体表を持つ幼虫に、pH3ほどの食酢や海水に近い3%の塩水が効くはずがありません。また、「青魚でじんましんが出る」という客は、サバではなくアニサキスのアレルギーかもしれません。サバ、イカ、サンマなどを避けます。

海外の冷凍基準

欧州では、スペインの酢漬けのアンチョビが代表的な原因食品です。冷凍の基準は国で違います。EUは、製品のすべての部分を−20℃以下で24時間以上などとする義務です。米国の「−20℃で7日間」が長いのは、冷凍庫の中の温度で、凍るまでの時間も含めて数えるからです。

表3-2 生で食べる魚介の寄生虫を殺す冷凍基準
国・地域冷凍の条件備考
日本(厚生労働省)−20℃で24時間以上(呼びかけ。法令上の義務ではない)加熱なら60℃で1分以上、または70℃以上
EU(規則853/2004)製品のすべての部分で−20℃以下を24時間以上、または−35℃以下を15時間以上寄生虫のいない飼料の養殖魚は例外
米国(FDA Food Code)冷凍庫内で−20℃以下を合計7日間、または−35℃以下で凍らせて−35℃で15時間か−20℃以下で24時間一部の大型マグロ類、配合飼料の養殖魚、二枚貝は対象外

ノルウェーやチリの養殖サーモンを生で出せるのは、配合飼料で育ち、輪の外にいるからです。海外では「日本では生で出している」は通らないので、その国の規則に従い、冷凍の温度、時刻、魚の種類を記録します。

3.3 ノロウイルス ― 人の手と二枚貝から

ノロウイルスは、人の腸の中でだけ増えるウイルスです。入り口の一つは二枚貝です。カキやアサリは大量の海水をこして餌をとるため、海に流れ出たウイルスがたまります。貝は病気にならず、見た目もにおいも変わりません。もう一つは人で、感染した人の便や嘔吐物から、手を通して食品にうつります。日本の食中毒で患者数が最も多い原因はノロウイルスで、その多くは調理する人の手を通っています。職人が感染していれば、手で仕上げる寿司は一度に何十人も発症させます。

10〜100個程度のごく少しの量でうつるとされ、症状が出ない感染者もいます。治った後も1週間から長いと1か月ほど、便にウイルスが出続けます。冷凍に強く、アルコールが効きにくい相手です。食べてから24〜48時間後に、突然の激しい嘔吐、下痢、腹痛、軽い熱が出て、多くは1〜2日でおさまります。

どう防ぐか

  1. 人を管理する 毎朝、嘔吐・下痢・発熱を確かめ、症状があれば調理に入りません。家族の発症も申し出てもらいます。ノロウイルスと診断された人は、治った後も、検便でウイルスがいないと確かめられるまで食品に直接触れません。
  2. 洗い流す 石けんと流水の手洗いは、ウイルスを殺さず洗い流すものです。アルコールに頼らず、2度洗いをします(第4章)。
  3. 熱と塩素で壊す 二枚貝を加熱して出すなら、中心温度85〜90℃で90秒以上です。器具や調理台には次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤の主成分)を、器具には200ppm、嘔吐物には1,000ppmに薄めて使います(第4章)。

カキの「生食用」の表示は、決められたきれいな海域で採れたか、殺菌した海水などで浄化し、細菌の基準を満たしたものに付きます。細菌の基準であって、ノロウイルスがいない保証ではありません。「加熱用」のカキを生で出すことは、決してしてはいけません(第18章)。

ノロウイルスの性質と、店での管理の細かい点

ノロウイルスは直径30〜40nmで、患者の便1gに1億個を超えることも多く、手に残った見えない汚れで客が発症します。アルコールが効きにくいのは、アルコールが壊す脂の膜を持たないからです。乾いた嘔吐物が粉になって舞っても感染します。冬に多いものの、一年中起きます。

カキは1時間に10〜20リットル以上の海水をこし、ウイルスは中腸腺(ちゅうちょうせん)に集まります。熱による消毒は85℃以上で1分以上、塩素の200ppmは0.02%、1,000ppmは0.1%です。検便は月1回以上、冬の10〜3月はノロウイルスの検査を加えます。「加熱用」のカキは河口近くのものが多く、大粒で味も濃いのですが、「旨いから生で出す」は最も言い訳の立たない事故です。

海外では、貝の産地証明(ハーベストタグ)を保管し、認められた生産者から仕入れ、下水処理が不十分な沿岸の貝は生で出しません。米国の Food Code は、嘔吐や下痢のある従業員を調理場から外すよう義務づけています。

3.4 腸炎ビブリオ ― 海の菌は真水と低温に弱い

腸炎ビブリオは海水にすみ、塩分がないと生きられない好塩菌です。初夏から秋に沿岸で増え、魚介の表面、エラ、内臓につきます。こわいのは速さで、条件がよければ約10分で倍になります。器具や手からほかの食品へうつる二次汚染もよく起こします。食べてから8〜24時間で、激しい腹痛と水のような下痢が起きます。

弱点は三つあります。真水に弱い、熱に弱い(中心75℃で1分以上で死ぬ)、低温では増えない(10℃以下で増え方が大きく鈍り、4℃以下ではほぼ止まる。ただし冷やしても菌は消えない)。

  1. 真水で洗う ウロコ・エラ・内臓を取った後、飲める水の流水で表面と腹の中を洗います。好塩菌は真水で死に、流れでも落ちます。洗うのはおろす前までです(理由は第13章)。
  2. すぐ冷やす 洗った魚はすぐに冷蔵庫へ戻し、まな板に出すのは使う分だけにします(第5章)。
  3. 器具を分ける 水洗いに使ったまな板・包丁・ダスターを、そのままサク取りや野菜に使いません(第4章)。

日本では1990年代に多発しましたが、2001年に、生で食べる魚介類を10℃以下で保存するなどの基準ができてから激減しました。菌が消えたのではなく、弱点を突いた対策が徹底されたからです。

腸炎ビブリオの数字と、海外での注意

腸炎ビブリオは塩分約3%、30〜37℃で最もよく育ち、海水温が15〜20℃を超えると増えます。食中毒菌の中で最も速く増えるとされ、夏の調理場に3時間置いた魚の菌は、発症する量に達しえます(第2章)。熱には60℃で10分でも死にます。酸にも弱く、酢飯の pH では増えにくい菌です。

潜伏期間は多くが12時間前後で、2〜3日で回復しますが、高齢者は脱水で重くなります。1998年には患者数が1万2千人を超えて第1位でした。2001年の基準は、10℃以下の保存、飲用に適する水での洗浄、菌の数を定めています。冷蔵は4℃以下が理想で、作業の区切りごとに冷蔵庫へ戻します。同じまな板で切ったきゅうりや、同じ布巾で拭いた皿から発症した例もあり、魚から移った塩分で野菜の上でも増えます。

暑い国の市場の魚は、非接触の温度計で表面が10℃を超えていれば、生食に使いません。仲間のビブリオ・バルニフィカスは、生ガキや海水に触れた傷から感染し、肝臓病や糖尿病のある人では亡くなる割合が高く、米国では夏の生ガキに警告文が付きます。

3.5 加熱しても消えない毒 ― 黄色ブドウ球菌とヒスタミン

「火を通せば安全」は、この二つには通じません。防ぐには、作らせないことです。

黄色ブドウ球菌 ― 職人の手から

黄色ブドウ球菌は、健康な人の約3割が鼻の中に持ち、皮膚や髪、化膿した傷にも多い菌です。手の傷、ささくれ、鼻をこすった指から食品にうつり、増えるときにエンテロトキシンという毒素を作ります。この毒素は100℃で30分加熱しても壊れません。塩分15%ほどでも増えるので、塩気のあるおにぎりや寿司でも増えます。作って室温に何時間も置いた握りや弁当が、典型的な原因です。食べてから1〜6時間で、激しい吐き気と嘔吐が起きます。

防ぐ柱は二つです。第一に、手洗いと傷の管理で、菌を食品につけないことです。手に傷があれば、防水の絆創膏で覆って手袋をするか、治るまでネタとシャリに直接触れません。鼻や髪や顔を触ったら洗い直します。第二に、10℃以下に保って、菌を増やさないことです。毒素は菌が増えるときに作られ、10℃より低いと作られにくくなります。ただし、一度できた毒素は、冷やしても消えません。

ヒスタミン ― 赤身と青魚の温度管理

ヒスタミンは、赤身や青魚の身に多いヒスチジンという成分が、細菌の働きで変わってできる物質です。マグロ、カツオ、サバ、イワシ、サンマ、ブリなどで起き、白身ではほとんど起きません。魚が10℃を超えると急に作られ、冷蔵庫でもゆっくり作られるので、長く置いた赤身にもたまります。一度できると加熱しても冷凍しても壊れず、腐ったにおいがしなくても含まれていることがあります。

食べて数分〜1時間で、顔が赤くなる、じんましん、頭痛、動悸などが起き、舌や唇がピリピリすることもあります。アレルギーに似ていますが、同じ魚を食べた何人もが一度に発症する点で見分けます。防ぐ方法は温度と時間の管理に尽きます。冷えたまま運ばれた魚を仕入れ、解凍は冷蔵庫か氷水で行い(第12章)、解凍したマグロのサクを出しっぱなしにしません。

毒素とヒスタミンの細かい数字

2000年の日本の乳製品の事件では、原料の段階でできた毒素が加熱殺菌を生き延び、1万人以上が発症しました。黄色ブドウ球菌の潜伏期間は平均3時間で、多くは24時間以内に回復します。

ヒスタミンはシイラでも起き、作る菌は魚の表面やエラにいます。缶詰や干物でも事故が起きます。米国の FDA は魚肉1kgあたり50mgを行政の目安とし、EU は100〜200mgを上限としています。一度できたヒスタミンは、洗っても、酢で締めても、煮ても減りません。

3.6 知っておくべきその他の細菌

サルモネラ

鶏の卵、鶏肉、食肉から来ます。潜伏期間は6〜72時間で、熱、腹痛、下痢が出ます。寿司屋では玉子焼きの卵が入り口です。ひびの入った卵は使わず、卵液は作り置きせず、玉子焼きは中心70℃で1分以上(一般的な目安は75℃で1分以上)焼き、卵を割った手で次の仕事に移りません。海外では殻にサルモネラがいるのが前提で、日本の生卵の感覚は通じません。

カンピロバクター

鶏肉に高い割合でつき、数百個で感染します。潜伏期間は2〜5日と長く、下痢、腹痛、熱が出て、まれに手足のまひ(ギラン・バレー症候群)が残ります。鶏肉を扱った器具や手からの二次汚染を防ぐため、鶏専用の器具と場所を決めます。

腸管出血性大腸菌 O157

牛の腸にいる大腸菌の仲間で、ベロ毒素を出し、100個程度でも感染します。潜伏期間は3〜8日で、激しい腹痛と血便が出ます。子どもや高齢者では、腎臓が侵される溶血性尿毒症症候群に進み、亡くなる例があります。酸に強く浅漬けで事故が起きており、「酢飯だから」は通じません。75℃で1分の加熱で死にます。牛肉の分離、野菜の洗浄、人からの持ち込みを防ぐことが要点です。

リステリア

リステリアは土や水に広くいて、冷蔵庫の0〜4℃でも増え続ける数少ない食中毒菌です。塩分10%でも増えます。スモークサーモン、生ハム、ナチュラルチーズ、長く冷蔵した調理済み食品が原因で、妊婦では流産や死産、高齢者では髄膜炎や敗血症を起こし、重い例では亡くなる割合が高い菌です。潜伏期間は数日〜数週間、最長70日です。冷蔵で何日も置く熟成(第10章)の時間は、リステリアの時間でもあります。器具の清潔、期限の管理、妊婦の客への気配りで防ぎます。

ウェルシュ菌

酸素を嫌い、熱に強い芽胞を作る菌です。大鍋の煮物を室温でゆっくり冷ますと、芽胞が目を覚まし、酸素の少ない鍋底で43〜47℃を中心に一気に増えます。潜伏期間は6〜18時間で、下痢と腹痛が出ます。穴子の煮汁、かんぴょうや椎茸の煮物、出汁、ツメの鍋を翌日まで室温に置く習慣が最大の危険です。小分けして急いで冷やし(第5章)、温め直すときはよく混ぜて中心まで沸かします。芽胞は100℃でも死なないので、「毎日火を入れている」は保証になりません。

セレウス菌

米や穀物に芽胞でつき、炊いたご飯を室温に置くと増えて、熱にとても強い嘔吐毒素を作ります。潜伏期間は30分〜6時間で、激しく吐きます。炊き置き、保温ジャーの低い温度での保温、翌日に回すご飯が危険です。酢飯は pH が低く増えにくいのですが、酢を合わせる前のご飯では油断できません(第6章・第9章)。

3.7 自然毒と化学物質

フグ毒(テトロドトキシン)

テトロドトキシンは神経の信号を止める毒で、フグの肝臓、卵巣、皮、腸に多く、量は種類、個体、季節で変わります。加熱で壊れず、解毒剤もありません。食べて20分〜3時間で唇と舌がしびれ、手足のまひを経て、呼吸の筋肉がまひして死に至ります。致死量は1〜2mgほどと推定されます。フグの処理は、都道府県が認めた資格を持つ人に限られます。釣ったフグを出す、肝を求める客に応じる、は職人の資格を失う行為です。

シガテラ

シガテラは、熱帯や亜熱帯のサンゴ礁の藻の仲間が作る毒が、大きな肉食魚にたまって起きます。バラフエダイ、バラハタ、オニカマス、ウツボ、大型のハタ類で、毒は加熱で壊れません。食べて1〜8時間で下痢や嘔吐が起き、冷たい物に触ると電気が走るように感じる温度感覚の異常が、数週間〜数か月続くことがあります。毒の有無は一匹ごとに違い、見た目では分かりません。日本では、オニカマスの食用は国の通知で禁止され、ほかの有毒な魚も都道府県が食べないよう指導しています。カリブ海、太平洋の島々、インド洋では、シガテラを日本のアニサキスと同じ重さで考え、地元の漁師が「食べない」魚は使いません。

貝毒

二枚貝が有毒なプランクトンからためる毒です。麻痺性貝毒は食べて30分ほどで口がしびれ、重いと呼吸がまひします。下痢性貝毒は下痢と嘔吐で、数日で回復します。どちらも加熱で壊れません。春から初夏に多く、ホタテ、ムラサキイガイ、カキ、アサリで起きます。流通する貝は産地の検査と出荷規制で守られますが、潮干狩りや個人が採った貝は網の外です。「客が採ってきた貝を握ってくれ」と頼まれても断ります。

水銀

メチル水銀は、食物連鎖で大型の肉食魚にたまり、おなかの赤ちゃんの神経の発達に影響します。厚生労働省は妊婦に、クロマグロ、メバチ、メカジキ、キンメダイは1回80gとして週1回程度まで、という目安を示しています。健康な大人には問題のない量ですが、妊娠中の客にトロや大型の魚を続けて出さない気配りをします。

3.8 食物アレルギー ― ほんの少しで命に関わる

食物アレルギーは、特定の食品のタンパク質に、体の守りのしくみ(免疫)が過剰に反応して起きます。重いものをアナフィラキシーと呼び、食べてまもなく、じんましん、唇やのどの腫れ、息苦しさ、血圧の低下が一気に進み、手当てが遅れれば命を落とします。まな板に残ったえびの汁や、同じ包丁、同じ揚げ油でも発症します。

日本の法律(食品表示法)で表示が義務づけられた特定原材料は、えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生、カシューナッツの9品目です。くるみは2023年、カシューナッツは2026年4月に加わりました。表示がすすめられている品目にも、いか、いくら、さけ、さば、あわびなど、寿司ネタが多く入っています。表示の義務は容器に包んだ食品が対象で、店の料理にはありません。それでも、客に聞かれて正確に答えられないことは許されません。

寿司屋には気づきにくいアレルゲン(アレルギーの原因物質)が隠れています。醤油と煮切りには小麦、カニカマには卵白や小麦やカニのエキスが入り、玉子焼きにえびや白身魚のすり身を混ぜる店もあります。全品目について、何が入っているかを一覧にしておきます。アニサキスのアレルギーを持つ人は、冷凍や加熱で幼虫が死んでいても発症します。冷凍は刺さるのを防いでも、アレルギーは防げません。

  1. 聞き取る 予約のときと席に着いたときに必ず尋ね、品目と重さを確かめます。アナフィラキシーの経験と、自己注射薬を持っているかです(第26章)。
  2. 専用の清潔な器具を使う 洗ってあっても共用のまな板や包丁は使わず、専用に洗って消毒した器具と皿を出します。手を洗い直し、ほかの作業をはさまずに仕上げます。
  3. 調味料と汁を分ける 共用の醤油皿、煮切りの刷毛、揚げ油、ゆで汁を使いません。
  4. 伝える 出すときに対応の内容を客本人に口で確かめ、できないときははっきり断ります。「たぶん大丈夫」が最も危険です。

表示の細かい決まりと、隠れたアレルゲン

カシューナッツには2028年3月末までの経過措置があります。表示がすすめられる品目には大豆、ごま、ゼラチンも入り、EU の14品目にも大豆とごまが入ります。天ぷらの衣、ごまを振った巻物、ゼラチンの寄せ物にも注意します。発症は多くが食べて数分〜30分で、数mgの汁でも起きます。対応する注文は、できればほかの注文より先に作ります。

3.9 食中毒が疑われたときの初動

客から体調不良の連絡があったら、否定も軽はずみな謝罪もせず、食べた日時と内容、発症の日時と症状、同席者の様子、受診の有無を記録します。潜伏期間から原因を推定し、その日の仕入れ、仕込み、従業員の体調の記録と、検査用に取っておいた料理を残します。複数の客に症状があれば、営業を続ける前に保健所に相談します。届け出は義務で、隠すほど被害も処分も大きくなります。店の消毒は第4章、客への対応は第26章で学びます。

この章のまとめ

  • 寿司屋の3大食中毒は、アニサキス(寄生虫)、ノロウイルス(ウイルス)、腸炎ビブリオ(細菌)。種類が違うので、効く対策も違う。
  • アニサキスは、内臓を早く取り、目とブラックライトで探し、生で出すなら−20℃で24時間以上冷凍する(確実にするには中心温度で数える)。加熱なら70℃以上か60℃で1分。酢・塩・わさび・醤油では死なない。
  • ノロウイルスは人の手と二枚貝から来る。体調の管理、手洗い、中心85〜90℃で90秒以上の加熱、次亜塩素酸ナトリウムで防ぐ。「生食用」はノロウイルスがいない保証ではない。腸炎ビブリオは約10分で倍になり、真水・熱・低温に弱い。
  • 黄色ブドウ球菌の毒素とヒスタミンは加熱で壊れない。毒素は手洗い・傷の管理と10℃以下の保持で、ヒスタミンは温度と時間の管理で、作らせない。
  • 特定原材料は9品目(えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生、カシューナッツ)。聞き取り、専用の器具、口での確認。症状が出たら、すぐに救急車。
  • リステリアは冷蔵庫でも増え、O157は酸に強く、ウェルシュ菌とセレウス菌の芽胞は100℃を生き延びる(一級)。
  • フグ毒・シガテラ・貝毒は加熱で壊れない。食中毒が疑われたら、記録し、証拠を残し、保健所に相談する(一級)。

確認問題

問1 アニサキスについて、正しいものはどれですか。
a しめサバのように酢でしっかり締めれば、幼虫は死ぬ
b 魚が死んで時間がたつと、幼虫が内臓から身へ移ることがあるので、丸の魚は早く内臓を取る
c ブラックライトを当てれば、身の奥にいる幼虫まですべて見つけられる
d 家庭用の冷凍庫に一晩入れておけば、確実に死ぬ
e 配合飼料で育てた養殖魚には、天然の魚より多くいる

答え:b

生きている魚では幼虫の多くは内臓にいますが、死後に時間がたつと身へ移るものが増えるので、内臓を早く取ることが予防になります。a は誤りで、酢・塩・わさび・醤油では死にません。c は誤りで、光って見えるのは表面からおよそ0.5mmまでの幼虫だけです。d は誤りで、基準は−20℃で24時間以上で、家庭用の冷凍庫は−20℃に届かないことがあります。e は逆で、配合飼料で育てた養殖魚にはほとんどいません。

問2 黄色ブドウ球菌による食中毒の防ぎ方として、最も適切なものはどれですか。
a 毒素は加熱すれば壊れるので、心配なら握る前にネタを軽く炙ればよい
b 手洗いと傷の管理で菌を食品につけないことと、10℃以下に保って菌を増やさないことの二つが柱になる
c 酢飯の酸で毒素が分解されるので、シャリに触れる手は洗わなくてよい
d 毒素は冷凍すれば消えるので、作り置きは冷凍しておけばよい
e 手に傷があっても、アルコールで消毒すれば素手でネタに触れてよい

答え:b

黄色ブドウ球菌の毒素は加熱で壊れないので、つけないことと増やさないことで防ぎます。a は誤りで、毒素は100℃で30分加熱しても壊れません。c は誤りで、酢は毒素を分解しません。d は誤りで、一度できた毒素は冷やしても消えません。e は誤りで、傷は菌のすみかです。防水の絆創膏で覆って手袋をするか、治るまでネタとシャリに直接触れません。

問3 寿司屋の仕込みで、ウェルシュ菌による食中毒を防ぐ方法として、最も適切なものはどれですか。
a 穴子の煮汁やツメの鍋は、毎日火を入れていれば室温で翌日まで置いてよい
b 大鍋の煮物は、ふたをしてそのまま室温でゆっくり冷ます
c 煮物は小分けして急いで冷やし、温め直すときはよく混ぜながら中心まで沸かす
d ウェルシュ菌は酸素が好きなので、鍋の表面だけ気をつければよい
e ウェルシュ菌は冷蔵庫の温度で最もよく増えるので、煮物は冷蔵しない

答え:c

ウェルシュ菌は熱に強い芽胞を作り、加熱を生き延びます。ゆっくり冷ますと、酸素の少ない鍋底で43〜47℃を中心に一気に増えます。だから小分けして急いで冷やし、温め直しは中心まで沸かします。a は誤りで、芽胞は100℃でも死なないので、毎日の加熱は保証になりません。b はゆっくり冷ますので最も危険です。d は逆で、ウェルシュ菌は酸素を嫌います。e は誤りで、増えやすいのは43〜47℃あたりです。