第IV部 ネタ
第16章
光り物
光り物は、傷みの速い青魚を塩と酢で「締めて」、安全に、しかも生よりおいしくする仕事です。江戸前の寿司職人の技術そのものと言えます。この章では、第13章で学んだ下処理を、コハダ・サバ・アジなど魚ごとの実際の仕事として学びます。
この章で学ぶこと
- 光り物が傷みやすい理由と、塩と酢で「締める」理由を説明できる
- 立て塩・酢洗い・皮引きの理由と、脂の量で塩と酢の時間を変える理由を説明できる
- コハダとシメサバの仕込みの流れと、アニサキス・ヒスタミンへの正しい備えを説明できる
- アジ・サヨリ・キス・サンマ・イワシの旬と扱いの違い、生姜と葱を乗せる理由を説明できる
- 脂質の酸化・トリメチルアミン・酢締めの化学から、光り物の仕事の理屈を説明できる(一級)
16.1 光り物とは何か
光り物は、銀色に光る皮を残して握る青魚や小魚のことです。コハダ・サバ・アジ・サヨリ・キス・サンマ・イワシ、そしてコハダの子のシンコなどを指します。
皮が光るのは、皮と身の境目に銀皮(ぎんかわ)という層があるからです。銀皮は、グアニンという物質の小さな結晶が重なった層です。この層が鏡のように光をはね返します。銀皮を傷つけずに残すことが、光り物の見た目の命です。
光り物の多くは、とても傷みの速い魚です。理由は四つあります。一つ目は、脂が空気に触れて酸化しやすく、すぐに古い油のような匂いが出ることです。二つ目は、時間とともに生臭い匂いが増えることです。三つ目は、身を分解する酵素の働きが強く、やわらかくなるのが速いことです。四つ目は、サバやイワシなどでは、温度の管理を誤るとヒスタミンができることです。
ヒスタミンは、青魚の身に多い成分が、細菌の働きで変わってできる物質です。食べると顔が赤くなったり、頭痛やじんましんが出たりします。一度できると、加熱しても、酢に漬けても、冷凍しても壊れません(第3章)。
こうした傷む速さに対する江戸前の答えが、「締める」仕事です。塩は身の水分を抜いて締めます。酢は酸で細菌と酵素の働きを抑え、身を白く固め、小骨をやわらかくします。締めは殺菌ではありません。傷む速さを遅らせる仕事です。
四つの劣化を化学で見る
青魚の脂には、DHA や EPA のような多価不飽和脂肪酸が多く含まれます。体によいと言われる脂ですが、分子の中に酸素と結びつきやすい部分がたくさんあります。そのため空気中の酸素と反応しやすく、脂質酸化によって短い時間で「古い油」の匂いを出します。
海の魚の体には、トリメチルアミンオキシドという匂いのない成分があります。魚が死ぬと、細菌の酵素がこれをトリメチルアミンに変えます。これが「魚臭さ」の主な原因の一つで、鮮度が落ちるほど増えます。ただし、もとになる成分の量は魚の種類で違い、コノシロ・イワシ・サンマ・サバではむしろ少ないとされます。青魚の臭みには、脂の酸化が大きく関わっていると考えられます。
青魚は、死んだ後に自分の身を分解する酵素、つまり自己消化の酵素の働きが強い魚です。そのため身がやわらかくなるのが速く進みます。また、筋肉にヒスチジンというアミノ酸が多く含まれます。常温に置くなど温度の管理を誤ると、細菌がこれをヒスタミンに変えます。冷蔵の温度でも、長く置けばできることがあります。
つまり光り物では、臭み・酸化・軟化・ヒスタミンの四つの劣化が、同時に、しかも速く進みます。塩は水分を抜き、細菌が使える水を減らします。酢は pH を下げて細菌と酵素の働きを抑え、タンパク質を固め、臭みの成分を中和します。どちらも、この速さを遅らせるための手段です。
16.2 光り物に共通する仕事
身は立て塩で洗う
光り物をおろした後、身を真水で洗ってはいけません。約3%の塩水、つまり立て塩(たてじお)で洗います。真水は魚の細胞の中の液よりずっと薄いので、浸透圧の働きで水が細胞に流れ込みます。細胞は水ぶくれになり、身が水っぽく崩れて、旨味も流れ出ます。
約3%の塩水は、海水に近い濃さです。真水のように水が細胞に流れ込むことがないので、身を水っぽくせずに、表面の汚れ・血・ぬめりを洗い流せます。ただし、魚の体液と同じ濃さではありません。体液の濃さは、海水のおよそ3分の1です。
一方、鱗や内臓など、身が出る前の外側は、真水の流水でよく洗います。海の食中毒菌である腸炎ビブリオは、真水に弱いからです。まな板や器具も真水で洗います(第3章・第4章・第13章)。
塩で締める ― 脂が多いほど長く
身に塩を振って置くと、浸透圧で身の水分が引き出され、身が締まります。このとき、脂の乗った魚ほど塩が入りにくくなります。脂は水をはじくので、塩と水の出入りをさえぎる壁になるからです。雨がっぱが水をはじくのと同じです。
そこで職人は、同じ種類の魚でも脂の乗りを見て時間を変えます。脂の多い魚には、塩も酢も長く当てます。脂の少ない小さな魚に同じ時間を当てると、塩辛く硬くなります。
塩は酢で洗う ― 酢洗い
塩締めの後、表面の塩を落とすときも真水は使いません。酢でさっと洗います。これを酢洗いといいます。せっかく抜いた水分が、真水に当てると今度は逆に身へ戻り、水っぽくなるからです。酢は水を戻さず、身を締める方向に働きます。酢洗いに使った酢は捨て、本漬けには新しい酢を使います。
酢で締める
酢に漬けると、酸の働きで身のタンパク質が固まり、表面から白く濁っていきます。同時に、たくさんある小骨がやわらかくなります。コハダの小骨を抜かずに食べられるのは、このためです。今の好みは、表面が白く締まり、中心に生の透明感が残る程度です。中まで真っ白にすると、酸っぱくパサつきます。
皮は身を押さえて引く
アジやサバの薄皮を引くときは、身を押さえて、皮のほうを引きます。頭側の皮の端をつまみ、もう一方の手の指か包丁の背で身をまな板に押さえ、皮だけを尾のほうへ引きます。銀皮は皮と身の境目にあるので、身を動かすと銀皮が皮の側について剥がれてしまいます。身を固定して皮だけを動かせば、銀皮が身に残り、美しい銀色の模様になります。
締めても生もの
酢で締めても、生ものであることは変わりません。締めた魚は水気を拭き、紙で包んで0〜4℃で保管し、店で期限を決めて守ります。「酢で締めたから常温でよい」は誤りです。
塩と酢の理屈をもう一歩
塩が入った目安は、塩が溶けて滴り始め、身の表面が締まり、指で押すと弾力が返ってくる状態です。脂の多い魚では、塩が水をはじかれて溶けずに残ります。これも長く置くべき合図です。
酢による白い濁りは、白濁(はくだく)と呼びます。これは加熱したときに身が白くなるのと同じ種類の変化で、表面から内側へ進みます。どこまで進んだかは、身を切った断面で確かめられます。
小骨がやわらかくなるのは、酸が骨のカルシウムを溶かし出すからです。また、臭みのもとのトリメチルアミンは、アルカリの性質をもつ成分です。酢の酸はこれを中和して、揮発しにくい塩(えん)に変えます。これが「酢で臭みが消える」ことの化学です。
保管の期限は店の流儀によりますが、一般的な目安があります。コハダは翌日から3日目まで、シメサバは当日から翌日、長くても3日です。酢で締めた魚を常温に置くことは、海外の暑い店で最も多い事故の原因になっています。
16.3 コハダ
コハダは、コノシロという魚の若いものです。江戸前寿司の象徴とも言える魚で、大きさによって名前が変わります。いちばん小さいのがシンコで、次がコハダ、ナカズミ、そして大きくなるとコノシロと呼ばれます。シンコは夏に出回り、走りには驚くほどの高値が付きます。身がしっかりして脂が乗るのは、秋から冬のコハダです。
仕込みの流れは次のとおりです。鱗を取り、頭を落として内臓を出します。立て塩で洗いながら、腹側から包丁を入れて開き(腹開き)、中骨と腹骨をすき取ります。塩を振り、酢で洗い、新しい酢に漬けます。水気を拭いて、冷蔵庫で寝かせます。酢から上げたばかりは酸味がとがっているので、翌日以降に使います。皮目に飾り包丁を入れると、小骨の感触が消え、シャリとのなじみもよくなります。
| 呼び名 | 大きさ | 塩の時間 | 酢の時間 |
|---|---|---|---|
| シンコ | 4〜6 cm | 数分〜十数分 | 数分 |
| コハダ | 7〜10 cm | 30分〜1時間 | 10〜30分 |
| ナカズミ | 11〜15 cm | 1時間前後 | 20〜40分 |
| コノシロ | 15 cm超 | 1時間以上 | 30分〜1時間 |
魚が大きいほど、塩も酢も長くなります。シンコの塩は数分から十数分、コハダは30分から1時間が目安です。ただし時間はあくまで出発点です。塩は表面の締まりと弾力で、酢は断面の白い層の深さで見極めます。
コハダの仕込みを細かく見る
シンコは初夏から夏、6〜8月ごろに出回ります。コハダは一年を通して入荷がありますが、いちばんよいのは秋から冬です。主な産地は、有明海(佐賀・熊本)、浜名湖、三河湾、東京湾などです。
- 下処理 鱗を包丁の先で落とし、頭を落として腹を斜めに切り、内臓をかき出します。立て塩で血と汚れを洗い、水気を拭きます。
- 開く 腹側から中骨に沿って包丁を入れ、背の皮一枚を残して開きます。中骨をすき取り、腹骨を薄くすき取ります。
- 塩を振る ざるに皮を下にして並べ、身の側に塩を振ります。脂の多いものには多く、小さなものには薄く振ります。塩をたっぷりまぶすべた塩で締める店もあり、流儀が分かれます(第13章)。脂の乗った大きなものは1時間以上置きます。
- 酢洗い 酢で表面の塩をさっと洗い流します。真水は使いません。
- 酢に漬ける 新しい酢に漬けます。断面の白濁が表面から2〜3 mm入り、中心に透明感が残る程度で上げます。
- 寝かせる 水気を拭き、皮を上にして並べ、紙で包んで冷蔵します。
- 切り付けと飾り包丁 大きさに合わせて、1尾付け、半身付け、シンコは2〜4枚付けにします。皮目に斜めや格子の飾り包丁を入れます。
握り方は大きさで変わります。シンコは小骨をそのままにして、2〜4枚付けにします。コハダは半身か1尾付けにします。ナカズミは半身にして、小骨を抜くか骨切りをします。コノシロはそぎ切りにして小骨を抜き、焼き物にも使います。
見極めの要点は三つです。まず塩の入り方は、表面の締まり、押したときの弾力、中骨を抜いた後の骨の感触で判断します。次に酢の入り方は、身を少し曲げたときの反りと、断面の白濁の深さで見ます。そして最後に、翌日に食べて確かめます。数値は出発点で、答えは翌日の味にしかありません。
味は日を追って変わります。翌日には酢が身になじみ、塩と酢と脂が一つの味になって食べごろを迎えます。3日目には酢の香りが抜けて、旨味が前に出てきます。この変化を、店の味として組み立てます。シンコの季節は仕込みにいちばん時間がかかります。
16.4 サバ
サバは「サバの生き腐れ」と言われるほど傷みが速く、ヒスタミンの事故も多い魚です。マサバは秋から冬に脂が乗ります。シメサバは、この魚を安全においしく食べるための技術として発達しました。
- 三枚におろす 頭を落として内臓を出し、立て塩で血を洗い、三枚におろします。内臓はできるだけ早く抜きます。
- べた塩 バットに塩を敷いて身を置き、身が隠れるほど塩で覆います。これをべた塩といいます。時間は1〜3時間です。脂の多いものは長く、小さいものや夏のサバは短くします。
- 酢洗い 塩を酢で洗い流します。真水は使いません。
- 酢に漬ける 新しい酢に30分〜1時間ほど漬けます。もっと長く漬ける店もあります。
- 骨を抜く 腹骨を薄くすき取り、小骨を骨抜きで抜きます。
- 薄皮を引く 頭側の皮の端をつまみ、身を押さえて皮だけを尾へ引きます。透明な薄皮が剥がれ、銀皮の模様が身に残ります。
- 寝かせる 紙で包み、冷蔵庫で一晩置いて酢をなじませます。
サバの種類と、シメサバの仕立ての幅
マサバの旬が秋から冬なのに対し、ゴマサバは夏が旬です。ノルウェー産のタイセイヨウサバは脂が多く、冷凍で安定して入ります。
酢に漬ける時間は、店の流儀で30分から数時間まで幅があります。表面だけが白く、中心に赤みが残る「レア」な仕立てから、中までしっかり締める昔の仕立てまであります。昆布をいっしょに入れる店もあります。腹骨と小骨を、塩の前に処理する店もあります。
松前やバッテラで旨味が増すのは、旨味の相乗効果のためです。昆布の旨味であるグルタミン酸と、サバの旨味であるイノシン酸を同時に味わうと、旨味がずっと強く感じられます(第15章)。
16.5 アジ・サヨリ・キス・サンマ・イワシ
アジ
マアジは夏が旬です。三枚におろして立て塩で洗い、腹骨をすきます。尾の付け根にある硬いうろこをゼイゴといいます。包丁を寝かせて、尾から頭のほうへそぎ取ります。皮は頭のほうから引き、小骨を抜きます。今は鮮度のよいアジを生で握ることが多く、生姜と葱を乗せます。軽く締めるなら、塩は10〜20分、酢は数分から10分ほどと短くし、生の歯ごたえを残します。
サヨリ
サヨリは春が旬の、細く透き通った魚です。関東では2〜4月ごろで、海域によって前後します。腹の内側にある黒い膜は、苦味と臭みのもとになり、見た目も黒ずみます。必ずこすり取ります。身が薄いので、塩は数分、酢はくぐらせる程度にするか、生のまま握ります。
キス・サンマ・イワシ
キスは夏、サンマは秋が旬です。イワシは梅雨どきと秋に旬があります。イワシはサバと並んで、光り物の中でも特に傷みの速い魚です。生で握るなら、その日のうちに使い切ります。
魚ごとの細かい仕事
アジ 湾の中に住みついた、黄色みの強い「黄アジ」が、脂が乗って上とされます。包丁で細かく叩いて生姜や葱と合わせるたたきも、光り物の仕立ての一つです。身の繊維を断つことで、臭みのもとが薬味と混ざりやすくなります。
サヨリ 皮の表面の黒い薄い膜も剥ぎます。昆布締めにして、旨味を補うのもよい方法です。
キス シロギスは、淡白な白身を銀皮ごと握ります。旨味が淡いので昆布締めが向き、軽く酢で締めることもあります。
サンマ 旬は9〜10月で、脂は20%を超えることもあります。北海道や三陸の鮮度のよいものは、皮を引いて生で握り、生姜と葱を乗せます。脂の強いものは、塩と酢で締めると脂が切れます。口の先の黄色と身の張りが、鮮度の目安です。
イワシ マイワシは、梅雨どき(6〜7月)の「入梅イワシ」が脂が乗ります。秋(9〜10月)にも旬があります。酵素の働きと脂の酸化がともに強い魚です。指で中骨に沿って開く手開きにし、皮も手で剥きます。生なら生姜を多めに乗せます。酢で締めることもあります。
| 魚 | 旬 | 主な仕込み | 塩・酢の目安 | 薬味 | 特に注意する点 |
|---|---|---|---|---|---|
| コハダ | 通年、秋〜冬 | 塩締め→酢締め、翌日以降 | 塩30分〜1時間、酢10〜30分 | わさび | 大きさと脂で時間を変える |
| サバ | 秋〜冬(マサバ) | べた塩→酢締め、薄皮引き | 塩1〜3時間、酢30分〜数時間 | わさび、生姜 | アニサキス、ヒスタミン |
| アジ | 夏 | 生、軽い締め、たたき | 塩10〜20分、酢数分〜10分 | 生姜・葱 | ゼイゴ、皮引き |
| サヨリ | 春 | 生、軽い締め、昆布締め | 塩数分、酢はくぐらせる | わさび、柑橘 | 腹の黒い膜を取る |
| キス | 夏 | 昆布締め、軽い酢締め | 塩数分〜10分 | わさび、柑橘 | 身が薄い |
| サンマ | 秋 | 生、塩締め→酢締め | 塩20〜30分、酢10〜20分 | 生姜・葱 | 脂が多い、アニサキス |
| イワシ | 梅雨、秋 | 生(当日)、酢締め | 塩10〜20分、酢数分 | 生姜多め・葱 | 傷みが特に速い |
この表は、魚ごとの旬と、塩と酢の時間、合う薬味をまとめたものです。生で握る魚には生姜と葱、締めた魚にはわさびが基本です。
16.6 薬味 ― 生姜と葱を乗せる理由
白身には柑橘と塩、光り物には生姜と葱。この組み合わせには理由があり、二つは目的が逆です。白身の薬味は、淡い旨味を引き立てるためのものです(第15章)。光り物の薬味は、匂いを隠すためのものです。
生姜の辛味と葱の香りは、強い香りで、青魚の生臭さや酸化した脂の匂いを感じにくくします。これをマスキング(覆い隠すこと)といいます。柑橘や酢の酸は、生臭さのもとになる成分を中和して、匂いそのものを減らします。だから酢で締めた光り物は、わさびだけで足りることが多いのです。生で握るアジ・サンマ・イワシには、生姜と葱が要ります。
薬味は臭みを隠す道具であって、鮮度の悪さを隠す道具ではありません。わさびや生姜にも菌を抑える働きはありますが、あくまで補助です。安全は、温度と時間の管理で守ります(第5章)。
薬味が効く成分
生姜の辛味の成分はジンゲロールです。加熱や乾燥によって、ショウガオールという成分もできます。葱では、硫化アリルの仲間の成分が同じように働きます。これらの強い香りと辛味が、トリメチルアミンや酸化した脂の匂いを感じにくくします。これは感じ方の上での効果です。一方、柑橘や酢の酸は、アルカリの性質をもつトリメチルアミンを中和し、揮発しにくくします。こちらは匂いの成分そのものを減らす、化学の上での効果です。
16.7 海外の光り物
海外でも、サバはマッケレル、イワシはサーディンとして手に入ります。問題は、流通の途中の温度です。サバとイワシは、流通の温度が一度でも切れると、最も危険な魚になります。
世界の青魚と締めの知恵
北欧のニシン(ヘリング)の塩漬けや酢漬け、地中海のアンチョビは、塩と酸で青魚を保存します。江戸前の締めと同じ原理に立った食べ物です。
青魚は、船の上で氷に入れられなかった時点で、また市場の常温の台に数時間置かれた時点で、ヒスタミンの危険が取り返しのつかない段階に進みます。市場で氷に埋まっていない青魚や、目が落ちくぼみ腹がやわらかい青魚は買いません。
船の上で凍らせた冷凍サバなら、冷凍によってアニサキスの問題も解決します。酢で締めるので、冷凍による食感の低下もほとんど分かりません。解凍は冷蔵庫で行います。解凍した後は生のサバと同じ速さで傷むと考え、その日のうちに塩をします。
この章のまとめ
- 光り物は銀皮を残して握る青魚・小魚。傷みが速いので塩と酢で締める。締めは殺菌ではなく、傷む速さを遅らせる仕事。
- 身は約3%の立て塩(海水に近い濃さ。体液と等張ではない)で洗う。塩締めの後は酢で洗う。脂の乗った魚ほど塩も酢も長く当てる。
- 皮は身を押さえて引き、銀皮を身に残す。締めた魚も0〜4℃で保管し、期限を決める。
- シメサバの塩と酢ではアニサキスは死なない。確実なのは−20℃以下で24時間以上の冷凍。ヒスタミンは一度できると消えないので10℃以下を切らさない。
- 白身の薬味は旨味を引き立て、光り物の生姜と葱は匂いを隠す。薬味は鮮度の悪さを隠す道具ではない。
- 青魚の劣化は脂質の酸化、トリメチルアミンなどの臭み、強い自己消化、ヒスタミンの四つ。酢締めはタンパク質を固め、カルシウムを溶かして小骨をやわらかくし、トリメチルアミンを中和する(一級)。
確認問題
問1 生のサバからシメサバを作るときの考え方として、正しいものはどれですか。
a 酢に長く漬ければアニサキスは死ぬので、酢の時間を延ばす
b べた塩で3時間置けば、アニサキスは死ぬ
c 生姜とわさびを多めに添えれば、食中毒は防げる
d アニサキスは塩でも酢でも死なない。確実なのは、魚の中心が−20℃に達してから24時間以上の冷凍である
e ブラックライトで光らなければ、身の奥にもアニサキスはいない
答え:d
アニサキスは塩でも酢でもわさびでも死にません。シメサバの塩と酢は傷む速さを遅らせる仕事で、寄生虫の対策にはなりません。ブラックライトで光るのは表面から約0.5 mmまでの虫だけなので、見つからなくても安全とはいえません。
問2 光り物の仕込みについて、正しいものはどれですか。
a 立て塩の約3%は魚の体液と同じ濃さなので、身を傷めない
b 塩締めの後は、真水でよく洗って塩を落とす
c 脂の乗った魚ほど塩が入りやすいので、塩の時間を短くする
d 薄皮は、皮を押さえて身のほうを引くと銀皮がきれいに残る
e 塩締めの後は酢で洗う。真水で洗うと、抜いた水が身に戻って水っぽくなる
答え:e
立て塩の約3%は海水に近い濃さで、体液と同じ濃さではありません(体液は海水の約3分の1)。脂は水をはじくので、脂の乗った魚ほど塩が入りにくく、塩も酢も長く当てます。皮は身を押さえて皮のほうを引きます。身を動かすと銀皮が皮の側について剥がれます。
問3 コハダを酢で締めると小骨をそのまま食べられる理由として、正しいものはどれですか。
a 酢が小骨のタンパク質を分解して溶かすから
b 酢の酸が、骨のカルシウムを溶かし出すから
c 塩締めで骨の水分が抜け、もろくなるから
d 酢がトリメチルアミンを中和するから
e 冷蔵庫で寝かせる間に、自己消化の酵素が骨を分解するから
答え:b
酢の酸は骨のカルシウムを溶かし出すので、小骨がやわらかくなります。トリメチルアミンの中和は、臭みが消える理由です。酢締めではほかに、タンパク質が固まって身が白く濁り、pH が下がって細菌と酵素の働きが抑えられます。

