第V部 調味料と薬味
第20章
醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
握りの味の半分はネタとシャリが決め、残りの半分は職人が最後に塗る一刷毛が決める。本章では醤油の製法と種類、煮切りとツメの化学、昆布と鰹節から出汁を引く温度、そして旨味の相乗効果を扱う。一級では「なぜその温度か」「なぜ煮切るのか」を理由から答えられることが求められる。
この章の到達目標
- 醤油五系統の製法と塩分の違いを説明し、ネタに応じて使い分けられる
- 煮切りの目的を、アルコールの揮発とマスキングの観点から説明できる
- ツメの照りととろみを生む化学反応と、継ぎ足しの衛生管理を説明できる
- 昆布と鰹節の最適抽出温度と、温度を外したときに起きることを説明できる
- 旨味の相乗効果を一貫の設計に応用できる
- 粗塩と焼き塩、本みりんとみりん風調味料、料理酒と清酒の違いを説明できる
20.1 醤油 ― 発酵がつくる調味料
醤油は大豆と小麦と塩から造られる発酵調味料である。原料の組み合わせと発酵のさせ方で五つの系統に分かれ、塩分も香りも違う。醤油を選ぶには、まず製法を知らなければならない。
製法 ― 麹・諸味・火入れ
蒸した大豆と炒って砕いた小麦に種麹(麹菌、アスペルギルス属のカビ)を付け、約 3 日かけて麹を育てる。麹は大豆のタンパク質をアミノ酸に、小麦のデンプンを糖に分解する酵素を作る。この麹を食塩水と合わせたものが諸味(もろみ)で、乳酸菌が酸を、酵母がアルコールと香気成分を作りながら半年から一年以上熟成する。醤油の旨味はこの間に切り出されたグルタミン酸などのアミノ酸であり、色はアミノ酸と糖が結び付くメイラード反応(第8章)の産物である。熟成した諸味を搾ったものが生揚げ(きあげ)醤油で、これを約 80℃前後まで加熱する工程が火入れである。火入れは酵素を失活させて味の変化を止め、酵母や乳酸菌を殺して保存性を与え、加熱による香りと色を整える。火入れをしない生醤油(なましょうゆ)は精密ろ過で微生物を除いたもので、加熱香がなく穏やかだが、開封後の変化が早い。
五つの系統と塩分
表20-1 に主な系統をまとめた。最も多い誤解は「薄口は塩分が薄い」である。薄口醤油は色を淡く保つために発酵と熟成を抑える必要があり、そのために塩分を濃口より高くしている。色が薄いのは塩分が高いからであって、低いからではない。白醤油はさらに淡く、小麦を主原料にして大豆をわずかしか使わないため、琥珀色で糖由来の甘い香りがある。再仕込み醤油は食塩水の代わりに生揚げ醤油で再び仕込むため色も味も濃厚だが、塩分はかえって低い。
| 系統 | 原料と製法 | 塩分(食塩相当量、100 g あたり) | 寿司屋での用途 |
|---|---|---|---|
| 濃口 | 大豆と小麦をほぼ等量 | 14.5 g | 全国の標準。煮切り・ツメ・ヅケ地の土台 |
| 薄口 | 熟成を短くし、塩分を高めて発酵を抑える | 16.0 g | 色を付けたくない煮物や出汁割り。量に注意 |
| たまり | ほぼ大豆のみ | 13.0 g | 中部地方。濃厚でとろみ。脂の多いネタに少量 |
| 再仕込み | 食塩水の代わりに生揚げ醤油で仕込む | 12.4 g | 山口など。濃厚だが塩分は低め。少量で効く |
| 白 | 小麦が主体、大豆は少量 | 14.2 g | 愛知。琥珀色。白身や玉子の色を汚さない |
赤身や光り物には濃口を土台にした煮切り、白身や貝には出汁で割った軽い煮切りか塩、脂の多いネタにはたまりや再仕込みを少量、という使い分けが基本となる。表の塩分は日本食品標準成分表(100 g あたりの食塩相当量)の値で、製品による差は大きいが、系統による差がある。重要なのは塩分の計算で、同じ量を刷毛で塗っても薄口と再仕込みでは口に入る塩の量が 3 割ほど違う。醤油を変えたら、煮切りの配合も変えなければならない。
20.2 煮切り ― なぜ醤油を煮るのか
煮切りとは、醤油に酒とみりんを加えて加熱し、アルコール分を飛ばした寿司用の醤油である。出汁や昆布を加える店も多い。客が小皿の醤油に浸ける代わりに、職人が刷毛で握りに塗って出す。
目的
第一の目的はアルコールを飛ばすことである。酒もみりんも約 14〜15% のアルコールを含み、醤油自体も発酵で生じたアルコールを 2〜3% 含む。アルコール(エタノール)は沸点が約 78℃と水より低く揮発性が高いため、口に入れた瞬間に鼻へ抜け、魚の繊細な香りを覆い隠す。強い香りが弱い香りを感じにくくするこの現象をマスキングと呼ぶ。加熱でアルコールを飛ばせば、白身や貝のかすかな香りが醤油に負けなくなる。第二の目的はカドを取ることである。生の醤油には塩味と酸味が立った鋭さがあるが、加熱でごく軽いメイラード反応が進み、みりんの糖と出汁の旨味が加わることで、まろやかな一体感が生まれる。第三に、客が自分で付けると付けすぎてシャリが崩れ、塩分も過剰になる。職人が量を決めて塗ることで、一貫ごとに塩分と香りの立ち方を設計できる。
配合と火加減
配合は店ごとの個性で、濃口醤油 4〜5 に対して酒 1、みりん 1 前後が一つの目安である。酒とみりんを先に沸かしてアルコールを飛ばし、醤油を加えてから鍋肌にふつふつと小さな泡が立つ火加減で数分保ち、火を止める。醤油を入れてから激しく沸かしてはならない。醤油の香気成分も揮発性で、強く沸かすほど香りが抜け、水分が飛んで塩分だけが濃縮される。「カドを取る」はずが、塩辛く香りのない液になる。昆布を加えるなら酒の段階で入れて 60℃前後で引き上げ(20.4 節)、鰹節は火を止めてから入れて 1〜2 分で濾す。
保存・日付・刷毛
煮切りは塩分が 11〜13% 程度と高く水分活性も低いため、すぐには腐らない。しかし出汁を加えたものはタンパク質と糖が菌の栄養になるため冷蔵が原則である。仕込んだ日付を容器に書き(第5章)、出汁入りは 3〜4 日、出汁なしでも 1〜2 週間を目安に使い切る。刷毛は最も見落とされる衛生のポイントである。刷毛はネタに直接触れ、その刷毛を容器に戻す。つまり刷毛は生魚の菌を煮切りへ運ぶ道具でもある。営業中は小さい容器に小出しにし、残りは営業終了時に捨てる。刷毛は毎日洗剤で洗い、熱湯をかけて完全に乾燥させる(第4章)。獣毛の刷毛は毛が抜けると異物混入になるので毎日確認する。
ネタごとの塗り分け
赤身にはしっかり、白身にはごく軽く、貝には醤油を使わず塩や柑橘で、脂の強いトロやサーモンには酸味を加えた煮切りやたまりを少量、という使い分けが基本である。白身に濃い煮切りを厚く塗れば、醤油の塩味と旨味が魚のイノシン酸を覆い、何を食べているか分からなくなる。原理は 20.5 節と第15・16章で説明する。
20.3 ツメ ― 穴子の煮汁を煮詰める
ツメ(煮詰め)は、穴子やハマグリ、シャコを煮た煮汁に砂糖・みりん・醤油を加えて煮詰めた、黒く照りのあるたれである。穴子を煮るたびに出る煮汁を加え、火を入れ、継ぎ足していく。煮切りが「醤油を加熱して軽くする」ものなら、ツメは「魚の煮汁を煮詰めて濃くする」ものである。
照りととろみの化学
ツメの香ばしさと色はメイラード反応(アミノ酸と糖が加熱で結び付き、褐色色素と香気成分を生む反応)による。穴子の身から煮汁に溶け出したアミノ酸と、砂糖・みりん由来の糖が結合し、褐色色素メラノイジンと数百種の香気成分を生む。赤酢や醤油の色と同じ反応である(第8章)。一方、とろみと照りはゼラチンによる。穴子の皮と骨のコラーゲンは煮ることで水溶性のゼラチンに変わって煮汁に溶け出し、糖とともに煮詰められて濃縮される。ゼラチンは温かいうちは流れるが、冷めるとゲル化して固まる。穴子を煮た煮汁が冷めると煮こごりになるのはこのためで、ツメが冷めると刷毛が立つほど固くなる理由でもある。糖の濃縮による粘度と、ゼラチンの網目が作る滑らかな膜が光を反射して、強い照りが生まれる。砂糖と醤油だけを煮詰めても、「魚のゼラチン」がなければ本物のツメの照りにはならない。
火加減と濃度の見極め
ツメは弱火から中火で、鍋底に木べらを当てて絶えず動かしながら煮詰める。糖が多く焦げやすいうえ、焦げるとメイラード反応を越えて炭化し、苦味と焦げ臭が全体に回って一鍋が無駄になる。濃度の見極めで最も多い失敗は「熱いうちに丁度よい濃さまで煮詰める」ことである。ゼラチンと糖は冷めると粘度が大きく上がるため、熱いうちに丁度よければ冷めたときには固まって塗れない。熱いうちは「まだ少しゆるい」と感じる程度で止める。目安は、木べらから垂らすと糸を引きながら落ち、冷ました皿に一滴落として指でなぞると跡が残る程度である。塗るときは湯煎で温めてゆるめる。
比率と継ぎ足しの考え方
砂糖・みりん・醤油の比率は店の味そのものだが、原理は共通している。砂糖は照りと粘度と保存性(水分活性の低下)を、みりんは艶と穏やかな甘さとコクを、醤油は塩味と色と旨味を担う。砂糖を増やせば照りは強いが甘ったるく焦げやすくなり、醤油を増やせば色は濃いが塩辛くとろみが弱くなる。穴子の煮汁そのものに醤油と砂糖が入っているので、継ぎ足すたびに塩分が上がりやすい。「創業以来継ぎ足し」には化学的な理由がある。長く煮詰め続けたツメにはメイラード反応の産物が蓄積して複雑な香りと深い色を持ち、新しく作ったものには出せない。しかし継ぎ足しが成り立つのは、毎日火を入れているからである。糖と塩で水分活性が低いとはいえ、穴子由来のタンパク質とゼラチンは菌の格好の栄養である。営業終了後に必ず沸騰まで火入れし、粗熱を取って冷蔵する。火入れでは芽胞(第2章)は殺せないため、冷蔵と毎日の火入れの両方が必要である。容器には最後に火入れした日付を記し、刷毛はツメ専用にし、営業中は小鍋に小出しにする。
20.4 出汁 ― 昆布と鰹節の温度
寿司屋の出汁は煮切り、玉子焼き、吸い物、煮物、昆布締めの土台である。出汁の良し悪しは素材の選び方と、何度で何分抽出するかで決まる。
昆布 ― 60℃前後で 1 時間
出汁用昆布の旨味成分はグルタミン酸(アミノ酸系の旨味物質)である。主な産地は北海道で、真昆布(函館周辺。澄んで上品、最も汎用)、羅臼昆布(濃厚で香りが強く、出汁は黄色みを帯びる)、利尻昆布(澄んで雑味がなく、京料理で好まれる)、日高昆布(柔らかく煮物向きで、出汁の旨味は上の三つに劣る)が代表である。表面の白い粉はマンニトールという甘味のある糖アルコールで味の一部であり、洗い流さず、固く絞った布巾で砂を拭う程度にとどめる。
昆布のグルタミン酸は約 60℃前後で 1 時間保つと、雑味を出さずに最も効率よく抽出できる。沸騰させてはならない理由は、高温では昆布の細胞壁多糖であるアルギン酸(海藻のヌメリ成分)が溶け出して出汁に粘りと濁りを与え、同時にえぐみや磯臭さの成分まで一気に抽出されるからである。昔から「沸騰直前に引き上げる」と教えるのはこのためだが、水から加熱して沸騰直前に引き上げる方法では、昆布が 60℃付近にある時間が短く抽出が不十分になりやすい。温度計を使って 60℃で 1 時間保つか、時間がなければ 70℃前後で 30 分を目安にする。前日に水へ浸けて冷蔵庫で一晩(約 10 時間)置く水出しは最も雑味が少なく、翌朝そのまま加熱して鰹節へ進めるので仕込みの流れにも合う。水 1 L に対して昆布 10〜20 g が目安である。
鰹節 ― 85〜90℃で短時間
鰹節の旨味成分はイノシン酸(核酸系の旨味物質。魚の熟成で ATP から生まれるものと同じ。第10章)である。カツオを煮て骨を抜き、燻しながら乾かしたものが荒節で、燻香が強く力強い出汁が出る。荒節の表面を削ってカビ付けと天日干しを繰り返したものが枯節、カビ付けを 3〜4 回以上重ねたものが本枯節である。カビが脂肪を分解し水分を 15% 程度まで抜くため、出汁は澄んで上品で酸化臭がない。血合いを除いて削った血合い抜きは、酸味と生臭さがなく吸い物や煮切りに向く。
一番出汁は、昆布を引き上げた出汁を 85〜90℃まで上げて火を止め、鰹節を入れて 1〜2 分で静かに濾す。絞ってはならない。なぜ高温で短時間なのか。鰹節のイノシン酸は熱水に溶けやすく、85℃以上なら 1〜2 分で十分に出る。一方、長く煮ると血合い由来の酸味と渋み、生臭さが溶け出し、鰹節の香りの主体である燻香やカツオ特有の香気成分は揮発性なので、煮続けるほど湯気とともに逃げる。イノシン酸と香りだけを取り出し、雑味が出る前に止めるのが一番出汁の技術である。濾した後の昆布と鰹節に水を加え、沸騰後に弱火で 5〜10 分煮出し、追い鰹をして濾したものが二番出汁で、香りは弱いが旨味は残っており、煮物やツメの土台に向く。
煮干しと干し椎茸
煮干し(カタクチイワシ)の旨味もイノシン酸で、頭とはらわたを取って苦味と生臭さを防ぎ、水出しか弱火で引く。干し椎茸はグアニル酸(核酸系の第三の旨味物質)を持つ。生の椎茸にはほとんどなく、乾燥と、戻した後の加熱で酵素が核酸を分解して生まれる。5℃前後の冷水で一晩戻し、戻し汁ごと加熱すると最も多く出る。熱湯で戻すと酵素が先に失活する。
| 素材 | 旨味成分(系統) | 抽出の温度と時間 | 条件を外すと起きること |
|---|---|---|---|
| 昆布 | グルタミン酸(アミノ酸系) | 約 60℃で 1 時間、または冷蔵で水出し一晩 | 沸騰:アルギン酸のヌメリ、えぐみ、磯臭さ |
| 鰹節 | イノシン酸(核酸系) | 85〜90℃の湯に 1〜2 分、絞らずに濾す | 長く煮る:血合いの酸味・渋み・生臭さ、香りの揮発 |
| 煮干し | イノシン酸(核酸系) | 水出し、または弱火で 10 分前後 | 強火で長く煮る:苦味、生臭さ |
| 干し椎茸 | グアニル酸(核酸系) | 5℃前後の冷水で一晩戻し、戻し汁ごと加熱 | 熱湯で戻す:グアニル酸が十分に生まれない |
20.5 旨味の科学 ― 相乗効果と一貫の設計
味の基本は甘味・塩味・酸味・苦味・うま味の五味である。1908 年、化学者の池田菊苗は昆布出汁の味の正体がグルタミン酸であることを突き止め、この味を「うま味」と名付けた。その後、鰹節のイノシン酸、干し椎茸のグアニル酸が同じ系統の味として見つかり、2000 年代に舌にうま味専用の受容体があることが確認されて、うま味は第五の基本味として国際的に認められた。海外でも umami はそのまま通じる言葉になっており、寿司を説明するときにそのまま使ってよい。
相乗効果
うま味には他の味にない性質がある。アミノ酸系のグルタミン酸と核酸系のイノシン酸(またはグアニル酸)を同時に味わうと、うま味の強さが足し算ではなく掛け算になる。これが旨味の相乗効果で、グルタミン酸とイノシン酸を 1:1 に近い比率で合わせると、同じ総量を単独で味わったときの 7〜8 倍の強さに感じることが実験で示されている。舌のうま味受容体にグルタミン酸が結合した状態でイノシン酸が隣の部位に結合すると、受容体の閉じた(働いている)構造が安定するためと考えられている。昆布と鰹節の合わせ出汁はこの原理そのものであり、白身魚の昆布締め(第13・15章)は、魚が持つイノシン酸に昆布のグルタミン酸を移すことで、淡白な白身の旨味を大きく強める技術である。
20.6 塩・砂糖・みりん・酒
塩の種類 ― 粗塩と焼き塩
塩は由来で海塩・岩塩・精製塩に分かれる。海塩は海水を濃縮して結晶化させたもので、塩化ナトリウムのほかにマグネシウム・カルシウム・カリウムなどのにがり成分を含み、まろやかさや微かな苦味が出る。岩塩は古代の海水が地中で結晶化したもので、にがり成分は少なく塩化ナトリウムの純度が高いことが多い。精製塩はイオン交換膜法などで塩化ナトリウム 99% 以上に精製したもので、味は鋭く均一である。
第8章・第13章で扱った塩締めの原理を、塩の粒の側から見直す。粗塩は結晶が大きく、にがりと水分を含んでしっとりしている。魚の表面に振ると大きな結晶がゆっくり溶けるため、表面の塩分濃度の上がり方が穏やかで、時間をかけて水分を引き出すとされ、コハダやサバの塩締めに好んで使われる。焼き塩は粗塩を炒って水分を飛ばし、にがり成分を変化させてサラサラにしたもので、粒が細かく均一ですぐに溶ける。振るとすぐに表面の塩分濃度が上がるため、ゆっくりした脱水には向かないとされるが、提供直前に白身や貝、ウニ、イカの表面にごく少量振って「塩で食べさせる」握りには最適である。粒が細かいので舌に当たる塩味が均一で、少量で甘味を対比的に引き立てる。塩締めに焼き塩を使うと、表面だけが急に塩辛くなりやすいと言われる。
砂糖
上白糖は転化糖を含んでしっとりし、溶けやすく焦げやすい。ざらめは結晶が大きく溶けるのが遅いので、ツメのように長く煮詰めるものに向く。三温糖はカラメル由来のコクがあり、ツメや干瓢の色を深める。砂糖は甘味のほかに、水分を抱き込んで水分活性を下げ(保存性)、メイラード反応の原料となり(色と香り)、シャリでは酢の酸味を和らげる(第8章)。
みりんと酒
本みりんはもち米と米麹を焼酎または醸造アルコールの中で糖化・熟成させた酒類で、アルコール約 14%、糖分約 40〜45% を含む。糖の大半はブドウ糖で、砂糖(ショ糖)より甘さが穏やかで、オリゴ糖やアミノ酸を含むためコクと照りが出る。アルコールは加熱で魚の生臭さを一緒に揮発させ、糖とともに素材の表面を締めて煮崩れを防ぐ。みりん風調味料は糖類と酸味料でみりんの味に似せたもので、アルコールは 1% 未満、安価だが、アルコール由来の効果はなく、照りは出ても香りとコクは及ばない。発酵調味料(みりんタイプ)は本みりんに近い製法だが塩を約 1.5〜2% 加えて飲めなくしたもので、塩分の計算に入れる。酒も同じで、市販の「料理酒」の多くは酒税を避けるために塩を約 2% 加えてあり、煮切りやツメに使うと意図せず塩分が上がる。清酒なら塩分はゼロで香りも良い。調味料は、味を決める前に「塩がどれだけ入っているか」を把握することが基本である。
この章のまとめ
- 醤油は麹・諸味・火入れを経た発酵調味料。薄口は色が薄いが塩分は濃口より高く、再仕込みは濃厚だが塩分は低い。醤油を変えたら煮切りの配合も変える。
- 煮切りの目的は、揮発性のアルコールを飛ばして魚の香りのマスキングを防ぎ、カドを取ること。醤油を入れた後に強く沸かすと香りが抜け塩分が濃縮する。刷毛は菌の運び手。小出し・毎日洗浄・日付。
- ツメの香ばしさと色はメイラード反応、照りととろみは魚のゼラチンと糖の濃縮による。冷めると固まるので熱いうちは「少しゆるい」で止める。継ぎ足しは毎日の火入れと冷蔵が前提。
- 昆布のグルタミン酸は約 60℃で 1 時間が最適。沸騰させるとアルギン酸のヌメリ・雑味・磯臭さが出る。
- 鰹節のイノシン酸は 85〜90℃で 1〜2 分、絞らず濾す。長く煮ると血合いの酸味・渋み・生臭さが出て、揮発性の香りが逃げる。
- グルタミン酸とイノシン酸を 1:1 に近い比率で合わせると旨味は 7〜8 倍に感じる。昆布締め、合わせ出汁、ネタと煮切りの出会いはすべてこの応用である。
- 粗塩はゆっくり溶けて時間をかけて水分を引き出すとされ、塩締めに好まれる。焼き塩は細かくすぐに溶け、提供直前の塩に向く。
- 本みりんはアルコール約 14%・糖約 40〜45%。みりん風調味料・発酵調味料・料理酒は塩分やアルコールが異なるので、ラベルを読んでから配合する。
確認問題
問1 煮切りを作る際、醤油を加えた後に強火で長く沸かし続けた場合に起きることとして正しいものはどれか。
a 殺菌が進み、保存期間が延びるので望ましい
b 醤油の香気成分が揮発し、水分が飛んで塩分だけが濃縮され、塩辛く香りのない液になる
c メイラード反応が進んで照りが出て、ツメの代わりになる
d アルコールが再び生成されてマスキングが強まる
e 塩分が水とともに蒸発し、味が薄くなる
答え:b
醤油の香気成分も揮発性で、強く沸かすほど香りが抜ける。水分だけが蒸発するので塩分は濃縮され、カドを取るはずの煮切りが塩辛くなる。a は目的の取り違え。c は方向が逆で、ツメは魚の煮汁とゼラチンがあって初めて照りが出る。d はありえず、e は誤りで塩は蒸発しない。

