第IV部 ネタ各論
第19章
煮物・玉子・ウニ・イクラ
穴子、ハマグリ、干瓢、玉子焼きは「仕事をしたネタ」であり、店の味がそのまま出る。ウニとイクラは添加物と温度管理で品質が決まる。本章では、落とし蓋がなぜ必要か、玉子焼き器がなぜ銅か、ミョウバンは何をしているかを科学として理解し、仕込みの手順と衛生を身につける。
この章の到達目標
- 穴子を開き、ぬめりを除き、落とし蓋をして煮る理由と、ツメの照りが生まれる化学を説明できる
- 銅製の玉子焼き器が選ばれる理由を熱伝導率から説明し、鍋を育てて手入れできる
- 卵のサルモネラ対策(割り置き禁止、中心 70℃ 1 分以上)を実践できる
- 箱ウニのミョウバンの役割と代償、塩水ウニとの違いを説明できる
- イクラのほぐし・漬け・温度管理ができ、サーモンが寿司ネタになった経緯を説明できる
19.1 穴子
寿司屋の穴子はマアナゴである。旬は梅雨から夏で、この時期の「梅雨穴子」は身が柔らかく脂が穏やかで煮穴子に向く。東京湾(羽田・富津)、対馬、瀬戸内が名産地で、寿司には 100〜150 g 前後の小ぶりなものが身がきめ細かくて向く。
開き方とぬめりの処理
- 目打ち 氷水で締めた穴子の目に目打ちを打ってまな板に固定する。関東は背開き、関西は腹開きが基本である。
- 背開き 背びれに沿って包丁を入れ、中骨の上を滑らせて尾まで開く。内臓を除き、中骨を頭側から包丁ですき取り、腹骨をそぎ、背びれと腹びれを削ぐ。
- ぬめり取り 皮目を包丁の背で頭から尾へしごき、白いぬめりをこそげる。または 80℃前後の湯を皮目にかけてすぐ氷水に取り、白く固まったぬめりを包丁の背でこそげ落とす。ぬめりが残ると臭みが出て、煮汁が濁る。
- 洗い 流水でさっと洗い、水気を拭いて煮る。
煮方
煮汁の基本は水に酒・醤油・みりん・砂糖を合わせたもので、水 10 に対して酒 2〜3、醤油 1、みりん 0.5〜1、砂糖は醤油の半量前後が一つの目安である。鍋に穴子を皮目を上にして重ならないよう並べ、煮汁を注いで強火にかけ、沸いたらアクを引いて落とし蓋(鍋より一回り小さく、材料に直接のせる蓋)をし、弱火で 20〜30 分煮る。煮上がりは、箸で押すと抵抗なく沈み、小骨が気にならない状態である。網杓子でバットに上げて冷ます。煮汁に浸けたまま置くと塩辛くなり、身が崩れる。
ツメ ― 照りととろみの化学
ツメ(煮詰め。穴子や煮貝に塗る濃厚なたれ)は、穴子の煮汁に醤油・砂糖・みりんを足し、弱火で元の 3〜4 分の 1 になるまで煮詰めて作る。照りととろみには、煮詰まって濃くなった糖に加え、二つの働きが関わる。第一に、穴子の身から溶け出したアミノ酸と調味料の糖が結合するメイラード反応(アミノ酸と糖が加熱で結合し、褐色の色素と香ばしい香りを生む反応)で、色と香りが深まる。第二に、穴子の皮と骨から溶け出したコラーゲン由来のゼラチンが糖とともに煮詰まり、冷めると固まるほどの粘度ととろみを生む。だから水と調味料だけを煮詰めても穴子のツメにはならず、魚のゼラチンとアミノ酸を含む煮汁が必須である。詳しい化学は第20章で扱う。ツメは継ぎ足しで使うが、常温放置は危険で、毎日一度は火を入れ、冷めたら冷蔵する。
提供と保存
煮穴子は提供前に皮目を炭火やバーナーで軽く炙り直す。冷たい穴子はゼラチンが固まってぼそつくが、温めるとゼラチンが溶けてふわりとほどけ、香りが立つ。ツメを塗らず塩と柚子で出す塩穴子もある。煮穴子は冷蔵(4℃以下)で 2 日、冷凍すれば 1 か月が目安で、再冷凍はしない。
19.2 ハマグリ・干瓢・おぼろ
煮ハマグリ ― 煮るのではなく「漬け込む」
ハマグリの身は 60℃を超えると急に縮んで硬くなるため、長く煮てはならない。殻ごと酒を振って火にかけ、口が開いた瞬間に取り出す。身を殻から外し、貝柱と砂を除く。鍋に残った貝の出汁に醤油・砂糖・みりんを加えて煮詰め、完全に冷ましてから身を戻し、冷蔵庫で半日から一晩漬ける。これがツケ込みで、熱で煮含めるのではなく、冷めた地に漬けて味を入れるから身が硬くならない。提供時はこの地を煮詰めたハマグリのツメを塗る。
干瓢
干瓢はユウガオの果肉を細く剥いて干したもので、国産の 9 割以上が栃木産である。無漂白のものは茶色く、二酸化硫黄で漂白したものは白くて表示がある。仕込みは、水で洗い、塩をまぶして揉んで繊維をほぐし、塩を洗い流して水に 10〜15 分浸し、たっぷりの湯で爪を立てると切れる柔らかさまで 10〜15 分茹でる。これを出汁・砂糖・醤油・みりんで 20〜30 分煮含め、煮汁ごと冷ます。干瓢巻きは江戸前の締めの細巻きである。煮汁ごと冷蔵(4℃以下)で 1 週間が目安である。干し椎茸は冷水で一晩(5℃前後)戻し、戻し汁ごと甘辛く煮含めて太巻きやちらしに使う。
おぼろ
おぼろは芝海老、または鯛やヒラメの白身を茹でて擂り、砂糖・酒・塩で味を付け、弱火で水分を飛ばしながら菜箸を数本束ねて 20〜30 分炒り上げたものである。コハダや新イカ、車海老とシャリの間に少量挟むと、甘みが酢飯の酸を和らげ、ネタの旨味を補う。えびおぼろは特定原材料を含むので、アレルギー申告のある客には挟まない(第17章参照)。
19.3 玉子焼き
出汁巻きと厚焼き
寿司屋の玉子焼きには二つの系統がある。出汁巻きは卵に対して 3〜5 割の出汁と薄口醤油・みりん・塩を合わせ、薄く流しては巻いて層を重ねる。厚焼きは江戸前の仕事で、卵に芝海老や白身魚のすり身、すりおろした山芋、砂糖、みりん、酒、塩を合わせ、一度に流して弱火で 30〜40 分、カステラのようにじっくり焼く。すり身のタンパク質と山芋の粘りがスポンジ状の骨格を作り、砂糖が保水してしっとりし、冷めても味が落ちない。
なぜ銅の玉子焼き器なのか
| 材質 | 熱伝導率 | 玉子焼きでの性質 |
|---|---|---|
| 銅 | 約 400 | 熱が瞬時に鍋全体へ広がり、温度ムラがほとんどない |
| アルミニウム | 約 240 | 伝導はよいが蓄熱が少なく、温度が上下しやすい |
| 鉄 | 約 80 | 火の当たる場所が局所的に高温になり、焦げ斑が出る |
| ステンレス | 約 16 | 熱が広がらず、局所的に焦げ付く |
卵のタンパク質は 60〜70℃で凝固し、表面がおよそ 140℃を超えるとメイラード反応による褐変(焦げ色が付くこと)が急に進む。玉子焼きは「焦げ色を付けずに、中まで均一に、出汁の水分を抱えたまま固める」調理であり、鍋のどこか一点でも高温になれば、そこだけ焦げて水分が抜ける。銅は鉄の約 5 倍、ステンレスの約 25 倍の速さで熱を伝えるため、火が当たる底の中心の熱が瞬時に縁まで広がり、鍋全体がほぼ同じ温度になる。だから弱火でも卵液全体が同時に穏やかに固まり、局所的な焦げが起きず、水分が逃げずにふんわり仕上がる。銅の内側には錫が引かれているが、錫の融点は 232℃と低いので空焚きは厳禁である。
鍋の育て方と手入れ、火加減と巻き方
新しい銅鍋は油を 1 cm ほど張って弱火で 10 分温め、冷ましてから油を捨てて拭く油慣らしを数回行う。使った後は洗剤を使わず、温かいうちにペーパーで拭く。焦げ付きは塩や湯で擦る。洗剤で洗うと表面の油膜(加熱で重合した油の層)が落ち、次に焼いたとき必ず焦げ付く。焼くときは鍋を 160℃前後、卵液を一滴落とすとじゅっと音がしてすぐ固まる温度まで温め、油をペーパーで薄く均一に塗る。出汁巻きは巻いた玉子を奥へ寄せて手前に油を引き、次の卵液を巻いた玉子の下にも流し込んで層を一体化させる。厚焼きは一度に流し、蓋をして弱火で表面が乾くまで焼いてから返す。
19.4 ウニ
| 種類 | 主な産地 | 旬の目安 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| バフンウニ | 本州日本海側・瀬戸内・九州 | 春〜初夏 | 小型で棘が短い。身は濃い橙色で濃厚 |
| エゾバフンウニ | 北海道・東北 | 夏(7〜8 月) | 市場で「赤」。昆布を食べる礼文・利尻産は最高級 |
| ムラサキウニ | 本州〜九州 | 夏(6〜8 月) | 黒紫の長い棘。身は淡い黄色で上品 |
| キタムラサキウニ | 北海道・東北 | 初夏〜秋(産地で異なる) | 市場で「白」。淡泊で量が多い |
| アカウニ | 九州(唐津・壱岐・天草) | 秋(9〜10 月) | 殻が赤い。濃厚で希少、高級 |
箱ウニとミョウバン、塩水ウニ
食べているのはウニの生殖巣である。取り出した身は自己消化ですぐ溶け始める。これを防ぐため、箱ウニ(板ウニ)はミョウバン(硫酸アルミニウムカリウム。食品添加物)の水溶液に浸してから水を切り、経木の板に並べる。ミョウバンには収斂作用(タンパク質を凝固・収縮させて引き締める作用)があり、生殖巣の表面のタンパク質を固めて自己消化による身溶けを防ぎ、粒の形を 4〜5 日保つ。その代償が味である。濃度が高いか浸ける時間が長いと、ミョウバン特有の渋みと苦味、薬のような匂いがウニに移る。塩水ウニは、海水に近い約 3% の塩水に身を浸してパックしたもので、無添加ゆえに甘みと香りがそのままだが、形が崩れやすく日持ちは 1〜2 日しかない。
見分け方・保管・提供
良い箱ウニは、粒が立って稜がはっきりし、表面が乾かず艶があり、色が均一で、匂いが甘い。板に水が溜まって粒が溶けている「ダレ」、縁の黒ずみ、酸っぱい匂いは鮮度低下、薬のような匂いはミョウバン過多である。保管は冷蔵 0〜5℃で、箱を傾けず、蓋を開けたまま置かない。冷凍すると細胞が壊れて解凍時に溶けるので、生ウニは冷凍しない。提供は軍艦が基本で、海苔が崩れた身を支える。塩水ウニは形が不定なので、海苔の帯を巻くか塩だけで出す。
19.5 イクラとサーモン
筋子とイクラ
イクラは鮭(主にシロザケ)の卵である。卵巣膜に包まれたままのものが筋子、膜から一粒ずつほぐしたものがイクラ(ロシア語で魚卵を指す言葉に由来する)である。生筋子が出回るのは 9〜11 月で、9 月は皮が薄く柔らかく、11 月以降は産卵が近づいて卵膜が厚く硬くなる。
ほぐし方と漬け方
- 塩水を用意する 40℃前後の 3% 塩水を作る。冷たい水では膜が外れにくく、50℃を超えると卵の表面のタンパク質が変性して白濁・硬化する。
- ほぐす 筋子を塩水に浸し、焼き網やバドミントンのラケットの網目に押し当てて擦ると、卵が網目から落ちる。または親指の腹で膜から外す。
- 洗う 塩水を替えながら 3〜4 回洗い、浮いた膜・血管・潰れた卵を捨てる。
- 水を切る ざるに上げて 10〜20 分置く。
- 漬ける 醤油漬けなら、煮切った酒とみりんに醤油を合わせた地(醤油 1:酒 1:みりん 0.5 が一例)を完全に冷まし、卵を浸して冷蔵(4℃以下)で 12〜24 時間漬ける。塩漬けなら約 20% 以上の濃い塩水に 2〜3 分浸して水を切る。
皮が硬くなる原因は四つある。成熟しすぎた卵、塩分が濃い地に長く漬けたことによる浸透圧での脱水、熱すぎる湯、そして乾燥や冷凍焼けである。漬け地の塩分と時間は卵の時期に合わせて加減する。
温度管理と衛生
醤油漬けは冷蔵(4℃以下)で 3〜4 日が限度で、長く持たせるなら −20℃以下で冷凍し、2〜3 か月のうちに使う。解凍は冷蔵庫で一晩かけて行う。急な温度差は皮を破る。解凍したものは再冷凍しない。イクラは加熱工程のない食品であり、1998 年には市販のイクラ醤油漬けを原因とする腸管出血性大腸菌 O157 の食中毒が、富山・東京・千葉・神奈川・大阪の複数の都府県にまたがって起きた。手指・器具・容器の衛生は生の魚と同じ水準で管理する。
サーモン ― なぜ生で食べられるようになったか
日本では長く鮭を生で食べなかった。天然の太平洋鮭にはアニサキスと日本海裂頭条虫(サナダムシ)が多く、凍らせてから食べる「ルイベ」が唯一の生食法だったからである。1980 年代、ノルウェーが養殖アトランティックサーモンを日本に売り込む事業を始め、1990 年代に回転寿司を通じて定着した。養殖サーモンが生で食べられるのは、配合飼料(ペレット)で育つため寄生虫を取り込む経路がほぼ断たれているからで、FDA の食品規範と EU の規則でも、配合飼料で育てた養殖魚は生食前の冷凍要件の免除対象になっている。身の橙色は飼料に加えたアスタキサンチンによる。天然の鮭を生で出すなら、−20℃以下で 24 時間以上の冷凍を必ず行う。
19.6 海外の現場で
この章のまとめ
- 穴子は目打ちをして背開きにし、包丁の背か 80℃の湯でぬめりを除く。血液には加熱で失活する血清毒があり、生では出さない。
- 落とし蓋は沸騰の泡を受けて煮汁の対流を作り、少ない煮汁でも上面まで回して乾燥を防ぎ、上下から均一に穏やかに加熱して煮崩れを防ぐ。
- ツメの照りととろみは、魚のアミノ酸と糖のメイラード反応と、魚のゼラチンが糖とともに煮詰まることで生まれる。毎日火を入れて冷蔵する。
- ハマグリは口が開いた瞬間に取り出し、冷ました地に漬け込む(ツケ込み)。長く煮れば 60℃超で身が縮む。
- 銅の玉子焼き器は熱伝導率が鉄の約 5 倍で鍋全体が均一に温まり、局所的な焦げ(褐変)を防いで水分を抱えたままふんわり焼ける。洗剤で洗わず油膜を育てる。卵は割り置き禁止、中心 70℃ 1 分以上。
- 箱ウニのミョウバンは収斂作用で自己消化による身溶けを防ぐが、過剰だと渋み・苦味が移る。塩水ウニは無添加だが日持ちは 1〜2 日。生ウニは冷凍しない。
- イクラは 40℃前後の 3% 塩水でほぐし、冷ました地に 12〜24 時間漬け、4℃以下で 3〜4 日。皮が硬くなる原因は成熟・濃い塩分・高温・乾燥。養殖サーモンは配合飼料で育つため生食でき、FDA・EU でも冷凍要件の免除対象である。
確認問題
問1 穴子を煮るときに落とし蓋をのせる主な理由として正しいものはどれか。
a 蓋の重みで穴子を押しつぶし、身を薄く平らにするため
b 煮汁の蒸発を完全に止め、味が濃くならないようにするため
c 沸騰の泡が蓋に当たって煮汁の対流が生まれ、少ない煮汁でも穴子の上面まで回って乾燥を防ぎ、上下から均一に穏やかに加熱して煮崩れを防ぐため
d 蓋が熱を蓄えて煮汁を 100℃以上に保つため
e 穴子のぬめりを蓋に吸着させて取り除くため
答え:c
落とし蓋は底からの上昇流を横に向け、蓋の縁から降ろして材料の上面を流れさせる。これで少量の煮汁でも全体に熱と味が回り、上面が乾かず、材料が踊らないので煮崩れしない。蒸発を止めるものではなく、蓋で煮汁が沸点より熱くなることもない。

