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すし検定

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목차 第14章 マグロ
    1. 序章本書の使い方と一級の位置づけ
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入防止の科学
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリの科学

    1. 第7章米を知る
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍の科学
    4. 第13章下処理の科学 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ各論

    1. 第14章マグロ
      1. 14.1 マグロの種類と特徴
      2. 14.2 天然・養殖・蓄養
      3. 14.3 生と冷凍 ── 「生が上」ではない
      4. 14.4 部位と筋
      5. 14.5 色の科学 ── ミオグロビンとメト化
      6. 14.6 熟成と季節
      7. 14.7 仕込みの技術
      8. 14.8 握りの条件 ── シャリと手の温度
      9. 14.9 海外のマグロ事情 ── 入手、CO処理、水銀
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き ― 手返しとシャリ玉の構造
  7. 第VII部 寿司の歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史
    2. 第26章提供・接客と職人の責任
  8. 付録 資料編

    1. 付録A温度・時間 早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C用語集
    4. 付録D出題分野と出題の目安

第IV部

ネタ各論

第IV部 ネタ各論

第14章

マグロ

マグロは寿司店の看板であり、仕入れ額の最も大きな部分を占めるネタである。種類・部位・冷凍と生・養殖と天然を知らなければ正しく買えず、色の科学と熟成を知らなければ正しく保てず、筋への包丁と切り付けの厚み、シャリと手の温度を知らなければ正しく握れない。本章ではマグロを「買う・保つ・仕込む・握る」の全工程として理由とともに学ぶ。

この章の到達目標

  • 主要なマグロ6種の大きさ・海域・旬・脂・価格帯・用途を区別できる
  • 天然・養殖・蓄養、生・冷凍の違いを科学的に説明し、仕入れの判断に使える
  • 部位と筋の走り方を理解し、サクの良し悪しを見分けられる
  • ミオグロビンの色変化(メト化)のしくみと、色を保つ保管法を説明できる
  • ヅケ・炙り・筋への包丁・切り付けの厚みを、理由を伴って使い分けられる
  • シャリと手の温度、醤油とわさびの量を部位に合わせて調整できる

14.1 マグロの種類と特徴

寿司に使う「マグロ」はサバ科マグロ属の魚である。種によって大きさ、海域、脂の乗り方、身の色、価格が大きく異なり、同じ「中トロ」の札でもクロマグロのものとメバチのものは別の食べ物である。

クロマグロ(本マグロ)は太平洋と大西洋に1種ずつおり、全長3 m・400 kgを超える最大のマグロである。北半球の温帯から冷帯を回遊し、サンマやイカを食べて脂を蓄える12〜2月が最も脂が乗る。赤身は色が濃く、鉄分の風味と酸味がはっきりし、大トロ・中トロ・赤身の味の差が最も大きい。価格は他種と桁が違う。

ミナミマグロ(インドマグロ)は南半球の温帯から冷帯にのみ分布する。脂の甘みがまろやかで酸味が弱く、赤身とトロの境界がはっきりしている。脂が乗るのは一般に南半球の冬、すなわち日本の夏とされ、クロマグロの端境期を埋める。主に冷凍で入り、オーストラリアでは蓄養が盛んである。

メバチは目が大きく、赤身の色が濃く、身がやわらかく水分がやや多い。トロは中トロ程度までと考える。日本で消費量が多く、関東の寿司店の「本日のマグロ」はメバチであることが多い。近海の生は秋から初冬に脂が乗り、延縄の冷凍物は年中安定して手に入る。

キハダは黄色い鰭が特徴で、熱帯・亜熱帯の表層を高速で群泳するため身は締まって脂が少なく、色は明るいピンクがかった赤である。クセがなくトロはほとんど取れず、世界的にはカツオと並ぶツナ缶の主要な原料である。ビンナガ(ビンチョウ)は胸鰭が長い小型種で、身は白っぽい桃色でやわらかく、冬に脂が乗ったものは「ビントロ」として回転寿司で人気がある。コシナガはマグロ属の小型種で、西日本から東南アジアの沿岸に多く、身は色が薄く血合いが少なく、産地で安く消費される。種名を偽って高級種として売ることは法令違反であり、職人の信用を失う。

表14-1 主要なマグロ6種の比較
種大きさ(流通の中心)主な海域脂が乗る時期身質・脂価格帯・用途
クロマグロ100〜300 kg(最大400 kg超)北半球の温帯・冷帯、地中海冬(12〜2月)濃い赤、酸味と鉄分、大トロの脂が最も厚い最高値。トロ・赤身とも最上級
ミナミマグロ30〜100 kg(最大2 m超)南半球の温帯・冷帯日本の夏脂が甘くまろやか、酸味弱い高値。冷凍・蓄養が中心
メバチ40〜150 kg(最大2 m超・200 kg超)全世界の熱帯〜温帯秋〜初冬(近海生)濃い赤、やわらかく水分多め、中トロまで中位。赤身の主力
キハダ20〜70 kg(最大2 m超)熱帯・亜熱帯の表層春〜初夏(近海生)明るい赤、締まって脂少ない中〜安値。赤身・ヅケ、缶詰
ビンナガ20〜40 kg(1〜1.3 m)全世界の温帯外洋冬白っぽい桃色、やわらかい安値。ビントロ、缶詰
コシナガ数kg〜10 kg(1 m未満)西太平洋・インド洋沿岸夏薄い赤、血合い少ない安値。産地消費

14.2 天然・養殖・蓄養

マグロの養殖には2つの形がある。蓄養は天然の幼魚・若魚、あるいは産卵後などで痩せた成魚を生け捕りにして生け簀で数か月から数年太らせる方法で、地中海・オーストラリア・日本で行われる。完全養殖は人工ふ化した稚魚を親まで育て、その卵からまた育てる方法である。どちらも餌は脂の多いサバ・イワシや高脂質の配合飼料であり、身の性質はよく似ている。

最大の特徴は季節に関係なく、全身に脂が入ることである。天然では脂は腹側と皮下に集中し背側の上部は赤身になるが、養殖では運動量の少ない生け簀で高カロリーの餌を与え続けるため、背側の深部まで霜降り状に脂が入り「背トロ」が取れる。飼料に由来する脂肪酸組成の違いから脂の融点は天然よりやや低いとされ、口に入れるとねっとり広がる。

この脂は商品としては強力だが、1貫目は旨くても3貫続けるとくどさが前に出る。赤身らしい赤身が取れないため、おまかせの中で「赤身で口を締める」構成が組めない。融点が低いので室温・手の温度に対する劣化も速い。したがって養殖マグロを使う店は、トロを薄く切り付け、赤身は天然のメバチやキハダを別に用意し、ヅケや炙りで脂を切る。養殖を劣ると決めつける必要はないが、天然と同じ扱いをしてはならない。

14.3 生と冷凍 ── 「生が上」ではない

遠洋延縄船は釣り上げたマグロを船上で処理し、−60℃前後の超低温で凍結して持ち帰る。この温度では酵素反応、脂質の酸化、後述するミオグロビンの酸化がほぼ完全に止まり、1年以上保管しても色と味がほとんど変わらない。寄生虫は−20℃以下で24時間以上の冷凍で死滅するので、−60℃で凍結されたマグロに寄生虫のリスクは事実上存在しない(第3章・第12章参照)。

一方「生マグロ」は一度も凍結されていないマグロで、近海の延縄・一本釣り・定置網で獲れ、氷詰めで運ばれる。釣ってから店に届くまで3〜7日かかることも珍しくなく、その間に鮮度は確実に落ちる。さらに生マグロには身焼け(ヤケ)という固有の事故がある。釣り上げ時に長く暴れた個体は体温が上がり、筋肉に乳酸がたまってpHが下がる。冷却が遅れると身が白っぽく濁り、やわらかく、酸っぱい味になる。

つまり「生=上、冷凍=下」は成立しない。船上で数時間以内に処理し−60℃で凍結したマグロは、5日間氷詰めで運ばれた生より鮮度が高いことが普通にある。生の価値はわずかな水分保持力と「生」という言葉の商品価値に、冷凍の価値は品質の安定・寄生虫の安全性・通年の供給にある。解凍(約40℃・塩分3%の温塩水解凍、氷水解凍)は第12章で扱った。

14.4 部位と筋

マグロは解体すると、背側と腹側がそれぞれ頭側から「上・中・下」に分けられ、背上(背一番)・背中・背下・腹上(腹一番)・腹中・腹下の6ブロックと、カマ・頭・尾になる。寿司で使う主な部位を表14-2に示す。

表14-2 マグロの主な部位
部位位置特徴寿司での用途
赤身(天身)背側の皮から遠い中心部。天身は背の最も高い、筋の少ない芯脂が少なく鉄分と酸味、色が濃い。筋がほとんどない赤身の握り、ヅケの最上部位
中落ち中骨の周りの身をスプーンでこそげたもの骨周りの旨味、脂は中程度軍艦、巻物、ネギトロ
中トロ背側の皮に近い部分、腹側の下部、腹と背の境脂と赤身のバランス、筋は中程度最も万人向けの握り
大トロ腹上から腹中の皮下。カマトロは胸鰭の付け根付近皮下脂肪が厚く霜降り、筋が太く多い(蛇腹)薄めに切った握り、炙り
頭・ほほ・脳天ほほは頬の筋肉、脳天は頭頂部の身脳天は脂があり筋のない希少部位、ほほは繊維が粗い脳天は握り、ほほは焼き物
血合い側線に沿った暗赤色の帯ミオグロビンが極めて多く、酸化が速い生では使わない。煮付け・焼き・揚げ物
頭・カマ 脳天・ほほ カマトロ 背上(天身) 背中 背下 腹上(大トロ) 腹中 (大トロ・中トロ) 腹下 尾 点線=背と腹の境(血合い) 実線=上・中・下の区分 尾に近いほど筋が強い
図14-1 マグロの部位の区分(模式図)。背側は赤身が多く、腹側の頭寄りほど脂が厚い。

筋の走り方とサクの見方

身に白く走る筋は、筋肉のブロック(筋節)同士をつなぐ腱・結合組織であり、主成分はコラーゲンである。筋節は頭から尾へ重なり、筋はその境界に沿って斜めに走る。尾に近いほど筋節が小さくなるので筋の間隔は狭く、泳ぐ力を尾に伝えるため筋そのものも太く硬くなる。頭寄りの背の芯(天身)は筋がほとんどない。腹上の大トロには脂の層と筋の層が交互に重なった「蛇腹」があり、最も脂が厚く、同時に最も筋が強い。

ブロックをサクにするときは、切り付けたときに筋が繊維に対して垂直または斜めに断たれる向きにサクの長辺を決める。筋が長辺と平行だと、ネタに筋が一本丸ごと残って噛み切れない。仕入れでサクを見る点は4つある。筋の間隔が広く等間隔なら頭寄りの良い部位、狭く詰まっていれば尾寄り。筋の方向がサクの面に対して斜めに整然と走っていること。色が表面全体で均一で、暗い斑点や褐色の縁がないこと。切り口がしっとり光り、乾いて白っぽくなっていないこと。

14.5 色の科学 ── ミオグロビンとメト化

マグロの赤は血の色ではなく、筋肉細胞の中にあるミオグロビンという色素タンパク質の色である。ミオグロビンは筋肉内で酸素を蓄える役割をもち、休みなく泳ぐ回遊魚の筋肉に大量に含まれる。中心にある鉄原子の状態によって色が変わる。

切ったばかりの身や真空パックから出した直後の身は、酸素と結びついていない還元型ミオグロビンの状態で暗い赤紫色をしている。空気に触れると鉄に酸素が結合してオキシミオグロビンになり、20〜30分ほどで鮮やかな紅色に変わる。ここまでは可逆である。ところが時間がたつと鉄が二価から三価に酸化され、褐色のメトミオグロビンになる。これがメト化(褐変)である。生きた筋肉にはメトミオグロビンを元に戻す酵素系があるが死後は急速に失われるため、いったんメト化した身は元の赤に戻らない。メト化は温度が高いほど、空気に触れる面積が大きいほど、光に当たるほど、時間がたつほど速く進む。−60℃ではほぼ止まり、−18℃では数週間単位で進み、冷蔵(0〜4℃)では表面が1〜3日で褐変し始める。

色を守る原則はこの4要因をすべて減らすこと、すなわち低温に保つ、空気を遮断する、光を避ける、切り口を減らすである。サクはペーパーで水気を取ってから密着ラップか真空で包み、冷蔵庫の最も冷える場所(0〜2℃)に置き、切り付けは注文ごとに行う。使い残しの切り口は翌日、表面の酸化層を薄く削ぎ落としてから使い、削いだ部分は生では使わず、加熱に回す(表面には菌が集まりやすい。第10章 10.4)。

14.6 熟成と季節

第10章で学んだとおり、魚の旨味の中心はイノシン酸(IMP)であり、筋肉のエネルギー物質ATPが死後に酵素で分解されて生じる。死後硬直前に船上で凍結された−60℃の冷凍マグロではこの反応が止まったまま保存されているので、解凍直後の身にはイノシン酸がまだ少なく、味が平板なことが多い。解凍後、ペーパーで包んで0〜2℃の冷蔵庫に1〜3日置くと、酵素が働きを再開してイノシン酸が増え、水分が落ち着いて身がしっとりし、色も安定する。ペーパーは毎日替える。

生マグロは店に届いた時点である程度進んでいるが、大型のクロマグロはサクにせずブロックのまま、切らずに数日から1週間以上寝かせてから使う店が多い。切り口が増えるほど酸化と乾燥とメト化が速くなるからである。血合いはミオグロビンが極めて多く酸化が最も速いので、早めに外さないと隣の身に匂いが移る。

太平洋クロマグロは春から夏に南西諸島や日本海で産卵する。産卵に体の脂肪を使い切った夏の個体は、脂が抜けて身が締まり、鉄分の風味と乳酸由来の酸味が前面に出る。これが夏マグロであり、市場では値が下がる。しかしこの酸味とさっぱりした赤身は、醤油の塩気と旨味を吸わせるヅケに最も向く。冬は餌を食べて皮下と腹に脂を蓄え、中トロ・大トロが取れる時期になる(第11章参照)。

14.7 仕込みの技術

ヅケと湯霜

ヅケは冷蔵のない江戸時代にマグロを保存する技術として生まれた(第25章参照)。現代では保存ではなく、赤身の酸味と醤油の旨味を合わせるために行う。漬け地は醤油に酒とみりんを合わせてアルコールを飛ばした煮切り醤油である(第20章)。

現代のヅケの要点は漬ける前に湯霜をすることである。湯霜とは、サクの表面に熱湯をかけるか熱湯に数秒くぐらせてすぐ氷水に取り、表面だけを白く凝固させる処理をいう。表面のタンパク質が熱で固まって薄い膜になり、漬け地が中へ染み込む速度を抑えるバリアになる。湯霜をせずに漬けると浸透圧で醤油の塩分が芯まで入り、外も中も塩辛く、色も黒ずむ。湯霜をしてから漬けると、表面は醤油の色と旨味をまとい、中心は赤身の色と酸味を残し、切り口に美しい色の階調ができる。

  1. サクを整える 赤身を握り2〜3貫分の幅のサクにし、水気をペーパーで押さえる。
  2. 湯霜 沸騰した湯をサク全体にかける(または3〜5秒くぐらせる)。表面が白くなったら即座に氷水に取り、10〜20秒で引き上げて水気を完全に拭く。
  3. 漬ける 冷ました煮切り醤油にサクを沈め、冷蔵庫に置く。目安はサクで2〜3時間から半日、切り身なら10〜30分。
  4. 引き上げる 汁気を拭き、ペーパーに包んで冷蔵する。漬け地は再利用せず、その日に捨てる。

炙り

大トロやカマトロのように脂の強い部位を炙ると、2つのことが同時に起きる。第一に、皮下脂肪は融点が低いので表面の脂が一瞬で溶けて液体になり、口に入れた瞬間に広がる。第二に、表面のアミノ酸と糖が高温で反応するメイラード反応によって焦げの香ばしい香りと味が生まれ、これが脂のくどさを中和する。さらに表面は温かく中心は冷たいという温度のコントラストができ、脂の重さが軽く感じられる。強い火で短時間、表面だけを変化させるのが原則で、中心まで温めると脂が流れ出て身が縮む。

筋への包丁

大トロの蛇腹や腹下の筋の多い部分は、そのまま切り付けると筋が口に残る。対策は包丁の刃を筋の繊維に対して垂直または斜めに交差させ、筋を細かく断ち切ることである。筋に沿って平行に切ると、筋が1本の長い帯としてネタに残り、噛んでも切れない。筋はコラーゲンなので口の温度では溶けないが、短く断てば脂と一緒に口から消える。これが「口溶け」の正体である。

切り付けの厚みと引き切り

赤身と大トロを同じ厚さで切ってはならない。トロは赤身より薄く切る。理由は口の中での消え方の時間差にある。シャリは唾液と咀嚼で数回噛むうちに消え、やわらかい赤身もほぼ同じ速さで消える。しかし脂の網目が強いトロを厚く切ると、シャリが先になくなり、口の中に脂の塊だけが残る。薄く切り付けることで、トロの脂が溶けきるタイミングとシャリが消えるタイミングが同調する。脂が強いほど薄く、締まった赤身ほどやや厚く、と判断する。

切り付けは柳刃の刃元から刃先までを使って手前に一息で引く引き切りで行う(第23章参照)。押して切ったり前後に動かしたりすると細胞が押しつぶされ、切り口から水分と旨味がドリップとして流れ出す。一太刀の引き切りは細胞をほとんど壊さないので、切り口の角が立ち、断面が光り、旨味が中に残る。

14.8 握りの条件 ── シャリと手の温度

マグロの脂は冷蔵温度から少しずつ軟らかくなり、およそ24〜30℃付近までに溶けきるとされる(部位・個体・季節で幅がある)。この融点がマグロの握りの温度設計を決める。シャリが人肌(約35℃前後)であれば、口に入れたときにネタの温度が融点を超え、脂が液体になって舌全体に広がる。シャリが冷蔵庫から出したように冷たいと、脂が融点に達する前に飲み込むことになり、脂はロウのように舌に残る。トロの旨さは「脂が溶ける」ことそのものなので、人肌のシャリは好みではなく条件である(第9章参照)。

同じ理由で職人の手の温度が問題になる。手は体温に近い温度で、脂の融点より高い。トロを長く手に持てば表面の脂が溶けて手に移り、ネタの表面はツヤを失ってベタつき、シャリに脂が付いてほどけが悪くなる。したがって脂の強いネタを握るときは手を氷水または冷たい手水で冷やし、手数を最小限にして数秒で握り終える。素手でなければできないこの温度調整こそ、手袋では旨い寿司が握れない理由の一つである(第6章・第24章)。

わさびと醤油の量も部位で変える。わさびの辛味成分は脂に溶けやすく、脂の強いトロには赤身よりやや多めに効かせると脂が切れる。醤油は、鉄分と酸味のある赤身には多めが合い、トロは脂が醤油をはじくうえに塩気が脂の甘みを隠すので少なめにする。ヅケには醤油を付けない。

14.9 海外のマグロ事情 ── 入手、CO処理、水銀

海外で手に入るマグロはキハダとメバチが中心である。「フレッシュ」と表示されていても、途中で一度解凍された再凍結品や、空輸で3〜5日かかったものが混ざる。履歴を仕入先に確認し、不明なら冷凍履歴の明らかなものを選ぶほうが安全である。

海外の市場では、何日たっても鮮やかな桜色のまま変わらないマグロを見ることがある。これは一酸化炭素処理(CO処理)である。一酸化炭素はミオグロビンの鉄に酸素より強く結合して鮮やかな紅色のカルボキシミオグロビンを作る。この結合は非常に安定で褐変が起きないため、冷凍・解凍を繰り返しても、鮮度が落ちても、腐敗が始まっても色が変わらない。危険性は一酸化炭素の毒性ではなく鮮度を隠すことにある。ヒスタミンが生成していても見た目は美しいままである。日本では食品衛生法の下でCO処理した魚の販売は認められておらず、EUも認めていない。米国など一部の国では認められている(表示の扱いは国や用途によって異なる)。見分ける手がかりは、不自然に均一で明るいピンク色、血合いまで同じ桜色、日がたっても暗くならないこと、不釣り合いに安い価格である。

マグロは食物連鎖の上位にいるためメチル水銀を蓄積する。胎児は影響を受けやすいため各国が妊婦向けの指針を出している。日本の厚生労働省はクロマグロとメバチについて妊婦は1回約80 gとして週1回まで、ミナミマグロは週2回までを目安とし、キハダ・ビンナガ・メジマグロやツナ缶は特に制限していない。妊娠中の客にマグロの種類を聞かれたとき、職人は正しく答えられなければならない(第26章参照)。

この章のまとめ

  • 寿司に使う主なマグロはクロマグロ・ミナミマグロ・メバチ・キハダ・ビンナガ・コシナガの6種で、大きさ・海域・脂・価格が大きく異なる。種名を偽ってはならない。
  • 養殖・蓄養マグロは高脂質の餌で季節を問わず全身に脂が入り、融点がやや低いとされてねっとりするが、くどさが出やすい。
  • −60℃の超低温冷凍は酸化・メト化・酵素反応を止め、寄生虫を死滅させる。「生=上」ではない。
  • 筋はコラーゲンの結合組織で、尾に近いほど強く間隔が狭い。筋に対して垂直または斜めに包丁を交差させて断ち切る。
  • マグロの赤はミオグロビンの色。酸素と結合して鮮紅色になり、酸化が進むと褐色のメトミオグロビンになって戻らない。低温・遮光・空気遮断・切り口を減らすことで防ぐ。色は鮮度そのものではない。
  • 解凍直後は旨味が少なく、冷蔵1〜3日でイノシン酸が増える。夏マグロは脂が抜けて酸味が出るのでヅケに向く。ヅケは湯霜で表面を凝固させてから漬ける。
  • トロは赤身より薄く切り、シャリと溶けるタイミングを合わせる。炙りは融点の低い脂を溶かし、メイラード反応の香ばしさで脂を中和する。引き切りで細胞を壊さず角を立てる。
  • シャリは人肌(約35℃)で、脂が溶けきる温度(24〜30℃付近とされる)を口の中で超えさせる。手は氷水で冷やし、手数を最小にする。CO処理品は鮮度を隠すので避ける。

確認問題

問1 真空パックから出した直後のマグロのサクが暗い赤紫色をしていた。この現象の説明として正しいものはどれか。
a メト化が進んでおり、もう生では使えない
b 酸素に触れていない還元型ミオグロビンの色で、空気に触れれば20〜30分で鮮紅色になる
c 一酸化炭素処理の典型的な色である
d 身焼け(ヤケ)の初期症状である
e 血合いの血が身に回った色で、水で洗えば落ちる

答え:b

酸素と結合していない還元型ミオグロビンの色であり、空気に触れればオキシミオグロビンの鮮紅色になる。メト化は褐色で戻らず(a)、CO処理は明るい桜色を固定し(c)、身焼けは白っぽく濁る(d)。