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すし検定

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Índice 第13章 下処理の科学 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
    1. 序章本書の使い方と一級の位置づけ
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入防止の科学
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリの科学

    1. 第7章米を知る
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍の科学
    4. 第13章下処理の科学 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
      1. 13.1 水洗いの原則 ― 真水と立て塩
      2. 13.2 鱗・内臓・血 ― 外側の処理
      3. 13.3 骨抜きと皮引き
      4. 13.4 塩締め ― 塩が身の中で何をするか
      5. 13.5 酢締めと酢洗い
      6. 13.6 昆布締め
      7. 13.7 加熱の下処理 ― 湯引き・湯霜・霜降り・焼き霜
      8. 13.8 飾り包丁と隠し包丁
  4. 第IV部 ネタ各論

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き ― 手返しとシャリ玉の構造
  7. 第VII部 寿司の歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史
    2. 第26章提供・接客と職人の責任
  8. 付録 資料編

    1. 付録A温度・時間 早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C用語集
    4. 付録D出題分野と出題の目安

第III部 魚を知る ― 鮮度・熟成・下処理

第13章

下処理の科学 ― 塩・酢・昆布・皮・骨

下処理とは、魚を「寿司のネタ」に変える一連の工程である。洗い、鱗を引き、骨を抜き、皮を引き、塩と酢と昆布で締め、ときに湯をかける。どの工程にも物理と化学の理由があり、理由を知らない職人は魚が変わったときに応用が利かない。この章では、立て塩の 3% から昆布締めの相乗効果まで、下処理の背後にある科学を一つずつ解きほぐす。

この章の到達目標

  • 浸透圧の原理から、真水で身を洗ってはいけない理由と立て塩(約 3%)の意味を説明できる
  • すき引き・骨抜き・皮引きの正しい力のかけ方を、身を壊さない理由とともに説明できる
  • 塩締めで身に起きること(脱水・タンパク質変性)を説明し、脂の乗りに応じて時間を調整できる
  • 酢締めの三つの作用(白濁・静菌・小骨の軟化)と酢洗いの理由を説明できる
  • 昆布締めの相乗効果と昆布の選び方・時間、湯引き・湯霜・飾り包丁の目的を説明できる

13.1 水洗いの原則 ― 真水と立て塩

下処理の最初の分かれ道は「何で洗うか」である。魚の身は無数の細胞でできており、細胞は半透膜である細胞膜に包まれている。浸透圧とは、濃度の異なる二つの液が半透膜を隔てて接したとき、濃度を等しくしようとして薄い側から濃い側へ水が移動する力である。

魚の身を真水にさらすと、細胞の中の液は塩分やアミノ酸を含んで「濃く」、外の真水は「薄い」。水は細胞の中へ流れ込み、細胞は水膨れになる。膨れすぎた細胞膜は破れ、中の旨味成分は流出し、身はぶよぶよと水っぽくなる。身を開いた後の魚を真水で長く洗った刺身が、味も歯ごたえも抜けて感じられるのはこのためである。真水は洗浄力があるのではなく、細胞を壊しているのである。

立て塩とは、水に塩を溶かして約 3% にした塩水である(水 1 L に塩約 30 g)。海水(塩分約 3.4%)に近い濃度である。よく「魚の体液と等張(浸透圧が等しいこと)」と説明されるが、海水魚の体液の浸透圧は海水の約 3 分の 1(食塩に換算して約 1%)しかなく、3% の塩水は体液よりやや濃い。そのため水は細胞に押し入らず、身は水膨れにならない。さっと洗う程度なら身から引き出される水もわずかで、表面が軽く締まるにとどまる。それでいて塩水は表面の汚れ、血、ぬめり(ムチン)を真水より落としやすい。光り物のように身が柔らかく血合いの臭いが出やすい魚は、真水ではなく立て塩で洗う。「魚の身に水を当てるときは、塩水か酢」が原則である。

ただし真水の出番がないわけではない。腸炎ビブリオ(海水に住む食中毒菌。塩分を好み、真水に弱い。第3章参照)は、魚の体表、鱗、鰓、内臓に付いている。この菌を落とすには真水が有効であり、厚生労働省も魚介類を真水でよく洗うよう呼びかけている。使い分けはこうなる。鱗を引く前・内臓を出す前後・外側を洗うとき(身が露出していない段階)は真水の流水で洗い、腸炎ビブリオを落とす。この工程は「汚染工程」である(第4章参照)。三枚におろして身が露出した後は、原則として真水をかけない。汚れや血は立て塩または酢で落とし、ペーパーで拭く。どうしても身に真水を使うときは冷水で一瞬にとどめ、すぐ拭く。浸け置きは厳禁である。

真水の中 立て塩(約3%)の中 細胞内は濃い 細胞内はやや薄い 水が細胞へ流入 → 水膨れ・破裂 身が水っぽくなり旨味が流出する 水は押し入らない(やや高張) 細胞は保たれ、汚れと血だけが落ちる
図13-1 浸透圧から見た真水と立て塩の違い(模式図)。外の液が細胞内と同じか、やや濃ければ、水は細胞に押し入らない。

13.2 鱗・内臓・血 ― 外側の処理

すき引き

鱗を取る方法は二つある。鱗取り器(金属の歯でこそげる)と、すき引き(包丁の刃を皮にほぼ寝かせ、鱗を皮の表層一枚ごと薄く削ぎ取る技法)である。鯛、ヒラメ、甘鯛、スズキ、ブリなど寿司で使う魚の多くは、すき引きで処理する。理由は二つある。第一に、鱗取り器は鱗を「引き剥がす」ため、強い圧力が皮を通して身に伝わる。皮のすぐ下の筋肉細胞が押し潰され、身割れや打ち身のような軟化が起きる。すき引きは刃が皮の表面を滑るだけで、身に圧力がかからない。第二に、鱗の根元は皮の中に埋まっており、周囲の皮膚のポケットには粘液とともに雑菌が溜まっている。鱗取り器は鱗だけを取ってこのポケットを残すが、すき引きは鱗を根元ごと皮の表層と一緒に切り離すため、細菌の巣そのものを除く。鱗が飛び散らないという衛生上の利点もある。

  1. 姿勢 頭を左、腹を手前に置き、尾の付け根の皮に刃を当てる。刃はまな板とほぼ平行、わずかに起こす程度。
  2. 削ぐ 左手で皮を軽く張り、刃を小刻みに前後させながら頭に向かって進める。鱗が皮の薄い層ごと帯のように刃に乗ってくる。
  3. 力は横に 下へ押し込まない。押せば刃が身に入る。鰭の際と腹の縁は指で逆撫でして残りを確かめる。

内臓と血を早く除く理由

内臓はできるだけ早く除く。アニサキス(第3章参照)は生きた魚の内臓に寄生しており、魚が死んで時間が経つと内臓から筋肉へ移動する。内臓を早く除くほど、身に移る虫は減る。また内臓には強力な消化酵素が詰まっており、魚が死ぬと酵素は腹腔の内側から身を分解し始める(自己消化)。腹身が柔らかく崩れ、腹膜に骨が透けて見えるほど薄くなった魚は、内臓の放置が長かった魚である。

血は腐敗と臭いの最大の源である。血液は栄養豊富で中性に近く、細菌にとって最良の培地であり、血に含まれる鉄は脂の酸化を促して生臭さを強める。血抜きが済んだ魚でも、背骨に沿った血合い(腎臓)と血管に血が残る。背骨の内側の膜を包丁の先か竹の刷毛で切り、流水(この段階はまだ真水でよい)で血をかき出し、ペーパーで完全に拭く。血合いを残したまま冷蔵すると、血の線から身が黒ずみ、臭いが身に回る。

13.3 骨抜きと皮引き

三枚におろした身には、血合いに沿って血合い骨(小骨)が一列に埋まっている。この骨は身に垂直に立っているのではなく、頭の方向に傾いて斜めに生えている。骨抜きでつまみ、骨が生えている角度に沿って、頭の方向へ斜め前方にすっと引き抜く。尾の方向や真上に引くと、骨は身の中で向きを変えながら抜けることになり、周囲の身を引き裂く。これが身割れであり、切り口が崩れる原因になる。左手の指先で骨の両側の身を軽く押さえて固定してから抜く。骨が折れて残ったときは無理に掘らず、サクにした後で切り方で避ける。

皮引きには二つの考え方がある。包丁で引く場合、尾の端で皮と身の間に刃を入れ、左手で皮をしっかり持ち、まな板に刃を寝かせて固定したまま、皮を左右に揺らしながら引き抜く。動かすのは皮であって包丁ではない。包丁を動かすと刃が上下にぶれ、身を削ったり皮を破ったりする。外引き(刃先を外側に向け、皮を手前へ引く)と内引き(刃を手前に向けて進める)があるが、原則は同じく「包丁は動かさず、皮を引く」である。

アジ、サバ、コハダ、サヨリなど光り物の皮は薄く、頭側の端をつまんで手で剥く。このとき、表皮のすぐ下に銀皮(グアニンという物質の結晶層。光り物特有の銀色の輝きの正体)がある。銀皮は身の側に残さなければならず、剥がれた皮の裏が銀色になっていれば失敗である。コツは「身を動かさず、皮だけを引く」ことに尽きる。右手で皮をつまみ、左手の指か包丁の背で身をまな板に押し付けて固定し、皮を低く、身に沿わせるように頭から尾へゆっくり引く。身を引っ張ると身と銀皮の間が剥がれて銀皮が皮側に付いていく。皮を立てて引いても同じことが起きる。

13.4 塩締め ― 塩が身の中で何をするか

塩締めとは、魚の身に塩を当てて一定時間置く工程である。塩は身の中で二つの働きをする。第一は浸透圧による脱水である。塩が身の表面で溶けて濃い塩水の層を作ると、細胞の中より外が濃くなり、水が細胞から外へ出る。出てくるのはタンパク質に結合していない自由水(細胞の中で自由に動ける水。細菌も利用できる)であり、その水とともに血の残り、トリメチルアミンなど臭いの成分、余分な体液が抜ける。残った身では旨味成分の濃度が上がり、自由水が減ることで水分活性(第2章参照)が下がって保存性も高まる。第二はタンパク質への作用である。塩は表面のタンパク質を軽く変性させて組織を引き締める。塩締め後の身を切ると、切り口がだれずに角が立つ。味の主役は塩味ではなく、水分が減ったことによる旨味の凝縮と、臭み成分が抜けた澄んだ味である。

表13-1 塩の当て方
方法やり方向く魚・目的
振り塩身から 30 cm ほどの高さから塩を均一に振る白身の塩締め、昆布締めの前。最も基本
べた塩身が見えなくなるほど厚く塩をまぶすサバなど光り物の強い締め。短時間で強く脱水する(コハダを振り塩とべた塩のどちらで締めるかは流儀が分かれる。第16章)
立て塩塩水に浸ける(洗いは約 3%、締めるときは 5〜10% も)小魚や薄い身。塩が均一に回り、当たりが柔らかい
紙塩身に和紙や布巾をかけ、その上から塩を振る鯛、ヒラメなど繊細な白身。ゆっくり塩が入り、塩辛くならない

時間は魚の大きさと脂で変える

塩締めの時間に一律の正解はない。目安として、鯛やヒラメの振り塩で 15〜30 分、サバのべた塩で 1〜3 時間、コハダは大きさで 20 分から 1 時間半ほどと幅がある(光り物の詳細は第16章)。この幅を決める最大の要素が脂である。脂は水を弾く。脂肪は塩にも水にも溶けないため、脂の乗った身では、塩が溶けてできた塩水が内部へ浸透する経路を脂がふさぎ、浸透圧による脱水も遅くなる。したがって、脂の乗った個体ほど塩を強く(多く)、長く当てる必要がある。酢締めの酢も同じ理屈で、脂の乗ったサバは漬ける時間を長くする。同じ魚種でも季節と個体で脂は変わるため、職人は腹の厚みや皮を剥いたときの脂の光り方を見て、その日の塩の量と時間を決める。見極めのサインは、表面が締まり、指で押すと弾力が返ってくることである。

塩締めで抜いた水分を、真水で洗い流して戻してはならない。表面の塩を落としたいなら、次に述べる酢洗いか立て塩でさっと洗う。これは第16章のコハダやシメサバの仕込みに直結する原則である。

13.5 酢締めと酢洗い

塩締めの後に酢に漬けるのが酢締めである。酢の主成分である酢酸は、身の中で三つの仕事をする。第一に白濁である。食酢の pH は 2.5〜3 前後で、魚の筋肉タンパク質はこの強い酸に触れると立体構造がほどけて変性し、凝集する。熱で白身が白くなるのと同じ現象を酸で起こしているのであり、酢に漬けたサバやコハダの身が表面から白く不透明になるのはこのためである。変性した表面は締まって歯切れが良くなり、その内側に生の透明な層を残すのが酢締めの美しさで、漬ける時間が長いほど白い層は厚くなる。第二に静菌である。多くの食中毒菌は pH が下がるほど増殖しにくくなる(ボツリヌス菌は pH 4.6 以下で増殖できないが、サルモネラなど pH 4 前後まで増殖できる菌もある)。酢酸は分子の形のまま細菌の中に入り込み、内部の pH を下げて代謝を止める。酢飯と同じ原理(第6章参照)で保存性が高まるが、酢は菌を「抑える」のであって殺し尽くすわけではなく、アニサキスは酢の中で何日も生きる(第3章参照)。第三に小骨を柔らかくする。骨の主成分はリン酸カルシウムで、酢酸はカルシウムを溶かし出す。コハダやサヨリ、小アジのように小骨を抜ききれない魚では、酢に漬けている間に小骨が柔らかくなり、骨ごと食べられるようになる。

塩締めを終えた身の表面には塩が残っている。これを真水で洗えば、脱水した身は浸透圧で一気に水を吸い戻し、締めた意味が消える。そこで酢洗いを行う。酢(または酢を水で薄めた酢水)で表面の塩をさっと洗い流すのである。酢にも水は含まれるが、表面に残った塩と酢の酸がタンパク質を変性させて表面を締めるため、真水のように水が身に入り込みにくい。酢洗いに使った酢は塩と汚れを含むので、本漬けの酢とは必ず別にする。

酢締めには、まろやかな米酢を基本に、キレを出したいときに穀物酢やアルコール酢を合わせる(第8章参照)。酢は冷蔵(5℃前後)で使うのが基本で、変性の進みが穏やかになり、身が危険温度帯に置かれない。時間はコハダで 10〜30 分、サバで 20 分〜1 時間を中心に、大きさと脂で前後させる。酢に昆布を一枚入れて酸味の角を丸める店もある。酢から上げた身はペーパーに包んで冷蔵庫で数時間から一晩置くと、酢が内部に均一に回って酸味が落ち着く。

13.6 昆布締め

昆布締めは、塩を当てた白身魚の身を昆布で挟み、数時間から一晩置く技法である。魚の旨味の中心はイノシン酸(核酸系の旨味成分。ATP の分解で生じる。第10章参照)であり、昆布の旨味の中心はグルタミン酸(アミノ酸系の旨味成分)である。この二つは舌の同じ受容体に働いて互いの感度を高め合い、同時に味わうと旨味は単独のときの何倍にも感じられる。比率が 1:1 に近いとき最も強く、7〜8 倍とされる(第20章参照)。昆布締めとは、イノシン酸を持つ魚にグルタミン酸を移して身の中に両方をそろえ、食べたときに舌の上でこの相乗効果が起きるようにする技法であり(相乗効果は身の細胞の中ではなく、舌の受容体で起きる)、淡白な白身ほど効果が際立つ。本検定では「核酸系+アミノ酸系」の組み合わせが問われる。「同じアミノ酸系同士」は誤りである。同時に、乾燥した昆布は強く水を吸って身を締める。塩締めと同じ脱水が、塩より穏やかに、旨味を足しながら進む。

真昆布は上品で癖がなく、鯛やヒラメなど繊細な白身に向く。利尻昆布は澄んだ旨味でやや硬い。羅臼昆布は旨味も香りも濃厚だが色が出やすく、身が黄色く染まりやすい。乾燥した昆布は硬いので、酢または酒を含ませた布巾で表面を拭いてしなやかにしてから使う。水で湿らせると表面のぬめり(アルギン酸)が出てべたつくうえ、水が身に入る。時間は薄くそぎ切りにした身で 2〜4 時間、サクのままなら半日から一晩が目安である。長くなるほど旨味は増すが、身は飴色に染まって締まりすぎ、昆布の香りが勝つ。鯛やヒラメは短め、クセのあるカワハギやスズキは長めが合う。目安を過ぎたら昆布から外し、ペーパーに包んで冷蔵する。昆布締めは生のまま置く熟成の一種であり、衛生管理は通常の熟成(第10章参照)と同じ厳格さが要る。

13.7 加熱の下処理 ― 湯引き・湯霜・霜降り・焼き霜

生で出す寿司にも、表面だけに熱を入れる下処理がある。目的は共通して「表面のタンパク質を凝固させて薄いバリアを作り、内部は生のまま保つ」ことである。湯霜(湯引き)は身や皮に湯をかける、または湯にくぐらせる技法で、筋肉のタンパク質はミオシンが 40〜50℃、アクチンが 65〜70℃付近で変性するため、70〜80℃の湯なら表面は数秒〜数十秒で白く凝固する。皮のコラーゲンは熱で縮み(魚のコラーゲンは哺乳類より低い温度で変性する)、さらに加熱するとゼラチン化して柔らかくなる。

  • 白子 70〜80℃の湯に数十秒くぐらせる。白子を包む極薄の膜のタンパク質が瞬時に凝固して破れにくくなり、生臭さの成分が熱で揮発し、中心はとろりとした生の状態で残る。湯が熱すぎると中まで固まり、ぬるすぎると膜が固まらず崩れる。
  • 鯛の皮(松皮造り) 皮目を上にして布巾をかけ、熱い湯を回しかけてすぐ氷水に取る。皮のコラーゲンが縮んで波打ち、硬くて噛み切りにくかった皮が柔らかくなり、皮下の脂の旨味が食べられるようになる。
  • ヅケの前の湯霜 マグロのサクの表面に湯をかけて氷水に取ってからヅケ地に漬ける。表面の凝固層が醤油の浸み込みを抑え、中まで塩辛くなるのを防ぐ(第14章参照)。

霜降りは骨やアラ、貝類を熱湯にくぐらせて表面の血やぬめりを固めて洗い落とす技法で、主に煮物や出汁の前処理である。焼き霜(炙り)は皮目や脂の多い部分に直火を当てて表面だけに焼き色を付ける技法で、皮を柔らかくし、脂を溶かし、メイラード反応の香ばしさを加える(第14章参照)。湯霜も焼き霜も、熱を当てた直後に氷水に取る。第一に余熱を止めるためである。表面に入った熱は内部へ伝わり続け、放っておけば生のまま保ちたい内部まで火が入る。第二に表面を引き締めるためで、急冷で変性したタンパク質が収縮し、歯切れが良くなる。第三に衛生で、表面が 10〜60℃の危険温度帯にある時間を数秒に縮める。氷水から上げたらすぐにペーパーで水気を完全に拭く。長く浸せば水が身に入り、バリアの意味が薄れる。

13.8 飾り包丁と隠し包丁

ネタの表面に細かく包丁を入れる飾り包丁(見える切り込み)と隠し包丁(裏側や内部に入れる見えない切り込み)は、見た目だけのものではなく、味覚に直接働く三つの効果がある。第一に繊維を断つ。イカのコラーゲン繊維、アジやコハダの皮、タコの筋肉は噛み切りにくい。繊維を横切る方向に切り込みを入れれば、歯が繊維を断つ仕事を包丁が先に済ませたことになり、歯切れが良くなる。イカに格子状に包丁を入れるのはこのためである(第17章参照)。第二に表面積を増やす。切り込みの分だけ表面積が増え、醤油が絡んで保持される量が増える。平らな表面では醤油は流れ落ちるが、切り込みには溜まる。第三に味蕾への接触を増やす。切り込みから旨味や甘みの成分が溶け出しやすくなり、舌の味蕾に触れる面が増えて、同じネタでも旨味と甘みを強く感じやすいとされる。深さは身の厚みの三分の一から半分、間隔は 2〜5 mm を目安とし、深すぎれば握ったときに崩れ、浅すぎれば効果がない。コハダの皮目の飾り包丁は、皮の縮みを防いで握ったとき身が反らないようにする実用も兼ねる。

この章のまとめ

  • 真水は浸透圧で細胞に流れ込み、水膨れと破裂で身を水っぽくする。身が露出した後は約 3%(海水に近く、体液よりやや濃い)の立て塩か酢で洗う。真水は鱗・内臓・外側の洗浄(腸炎ビブリオ対策)に使う。
  • すき引きは圧力をかけずに鱗を皮一枚ごと削ぐため、身割れを防ぎ、鱗の根元の雑菌ごと除ける。内臓と血は早く除く(アニサキスの移行と自己消化を防ぐ)。
  • 血合い骨は頭の方向へ、生えている角度に沿って斜め前方に抜く。皮引きは身を固定して皮だけを引き、銀皮(グアニン層)を身に残す。
  • 塩締めは浸透圧で自由水を抜いて臭みを消し旨味を凝縮し、表面のタンパク質を軽く変性させて身を締める。脂は塩と水の浸透を弾くので、脂の乗った個体ほど強く長く。塩締め後に真水で洗わない。
  • 酢締めはタンパク質を酸で変性させて白くし、pH を下げて菌を抑え、カルシウムを溶かして小骨を柔らかくする。塩は酢で洗う(酢洗い)。アニサキスは酢では死なない。
  • 昆布締めは魚のイノシン酸と昆布のグルタミン酸の相乗効果。昆布は酢か酒で拭いて使い、薄切りで 2〜4 時間、サクで半日〜一晩。
  • 湯引き・湯霜は 70〜80℃前後の湯で表面だけを凝固させバリアを作り、直後に氷水で余熱を止める。飾り包丁は繊維を断ち、表面積を増やし、味蕾への接触を増やす。

確認問題

問1 同じ大きさの、脂の乗ったサバと脂の少ないサバを同じ時間だけ塩締め・酢締めした。起きることとして正しいものはどれか。
a. 脂の乗ったサバの方が塩と酢が深く入り、締まりすぎる
b. 脂は塩と水の浸透を弾くバリアになるため、脂の乗ったサバは締まりが浅く、塩を強め・酢を長めにする必要がある
c. 脂はタンパク質の変性を促進するため、脂の乗ったサバの方が早く白くなる
d. 脂の量は塩と酢の浸透に影響せず、仕上がりは同じになる
e. 脂の乗ったサバは塩を使わず酢だけで締めるべきである

答え:b

脂肪は塩にも水にも溶けず、塩水や酢が身の内部へ浸透する経路をふさぐ。したがって脂の乗った個体ほど脱水も変性も遅く、同じ時間では締まりが浅い。職人は脂の乗りを見て、塩を強く長く当て、酢にも長く漬ける。