第III部 魚を知る ― 鮮度・熟成・下処理
第12章
冷凍と解凍の科学
冷凍は「鮮度を落とすもの」ではなく、使いこなせば「鮮度と安全を同時に手に入れる道具」である。しかし凍らせ方と解かし方を誤れば、どれほど良い魚もドリップとともに旨味を失う。この章では、水が氷になるとき細胞の中で何が起きるのか、−60℃がなぜマグロを守るのか、温塩水と氷水という二つの解凍法がなぜ理にかなっているのかを、物理と生化学から説明する。
この章の到達目標
- 最大氷結晶生成帯(−1〜−5℃)の意味と、急速冷凍と緩慢冷凍の違いをドリップで説明できる
- −60℃の超低温が酸化・酵素・寄生虫に対して何を止めているかを、−18℃と比べて説明できる
- 冷凍焼けの原因(昇華と脂質の酸化)を理解し、包装と庫内管理で防げる
- 温塩水解凍(約40℃・塩分約3%)と氷水解凍(0〜1℃)の原理を説明し、解凍法を選べる
- 解凍後の寝かせの意味と、再冷凍・常温解凍・電子レンジ解凍を禁じる理由を説明できる
- 寄生虫対策としての冷凍条件を知り、家庭用冷凍庫の限界と記録の必要性を理解する
12.1 水が氷になるとき ― 冷凍の原理
魚の身は重量の 70〜80% が水である。冷凍とはこの水を氷に変える作業であり、問題は、水が氷になるとき体積が約 9% 増えること、そして氷が「結晶」として育つことにある。
身の中の水には塩類やアミノ酸が溶けているため、凍り始めは −1℃前後である。そこから水が次々と氷に変わり、−5℃に達するころには水分の 7〜8 割が凍る。この −1〜−5℃の区間を最大氷結晶生成帯(身の中の水の大部分が氷に変わる温度帯)と呼ぶ。この帯をゆっくり通過すると、先にできた少数の氷の核に周囲の水が集まり、結晶は大きく育つ。細胞の外側の液は溶質が薄いため先に凍り、細胞外で成長した大きな氷が細胞内の水を浸透圧で引き出しながら細胞膜を押しつぶす。解凍したとき、破れた細胞膜はもはや水を保てない。これがドリップ(解凍時に流れ出る、イノシン酸や遊離アミノ酸を含んだ体液)であり、皿に溜まった赤い水の分だけ旨味が逃げたと考えてよい。逆にこの帯を速く通過すれば、氷の核が無数に同時にでき、結晶は小さいまま凍結が完了する。細胞膜の損傷は少なく、ドリップも少ない。
急速冷凍と緩慢冷凍
日本では、食品の中心温度が最大氷結晶生成帯を 30 分以内に通過する凍結を急速冷凍と呼ぶ。一方、家庭用や一般の業務用冷凍庫(庫内 −18〜−20℃、冷風が弱い)に厚みのあるサクを入れると、中心がこの帯を抜けるまで数時間かかる。これが緩慢冷凍であり、結晶が大きく育つ条件そのものである。急速冷凍の方式には、−35〜−40℃の冷風を強く当てるエアブラスト凍結(遠洋マグロ船の魚倉もこの系統)、−30〜−40℃のアルコールや濃い塩水に袋ごと浸すブライン凍結、−196℃の液体窒素凍結、磁場や電場で過冷却を利用する方式などがあり、共通するのは「低温の媒体を、速く熱が伝わる形で当てる」ことである。
12.2 超低温 −60℃の世界
遠洋のマグロ延縄船は、釣り上げたマグロを船上で血抜きと内臓処理をしたのち、−50〜−60℃の魚倉で凍結・保管する。日本の寿司店が一年を通じて質の揃ったマグロを扱えるのは、この超低温冷凍(おおむね −50℃以下。実務では −60℃を指す)の体系があるからである。なぜ −18℃では足りないのか。
−18℃は細菌の増殖を止めるには十分である。しかし化学反応と酵素反応は止まらない。マグロの赤色は筋肉色素ミオグロビン(筋肉の中で酸素を蓄えるタンパク質)によるが、これは鉄が二価から三価に酸化されて褐色のメトミオグロビンに変わる(メト化。第14章参照)。−18℃でもメト化は進み、数か月のうちにマグロは茶色く褪せ、脂の酸化で古い油のような臭いが出る。自己消化酵素もごく遅いながら働き続ける。−60℃まで下げると、こうした反応はほぼ停止する。化学反応の速さは温度が 10℃下がるごとにおよそ半分から三分の一になるのが一般的で、40℃以上下げれば一桁から二桁遅くなる。実務的には、−60℃のマグロは 1 年を超えても赤色と風味を保ち、−18℃のマグロは数か月で商品価値を失う。また −18℃では溶質が濃縮されて凍らずに残る不凍水が反応の場になるが、−60℃ではこの不凍水がさらに減って動きにくくなり、反応はほとんど進まなくなる。
冷凍マグロが「生より安全」である理由
−60℃の冷凍マグロには、安全面で生マグロにない利点がある。第一に、寄生虫が確実に死ぬ。アニサキスは −20℃以下で 24 時間以上の冷凍で死滅するが(第3章参照)、−60℃はその条件を大幅に上回る。第二に、釣り上げから数時間以内に凍結されるため、腐敗菌が増える時間も自己消化が進む時間もなく、細胞の中の ATP(第10章参照)が高いまま保存されている。生マグロは水揚げから店まで数日かかり、その間ずっと 0〜4℃で変化が進む。「生=良い、冷凍=劣る」という序列は成り立たない。一級の職人は「生か冷凍か」ではなく、「どう凍らされ、どう解凍されたか」で魚を判断する。
12.3 冷凍焼けと冷凍庫の管理
冷凍庫に長く置いた魚の表面が白く乾き、解凍すると味も香りも抜けている。これが冷凍焼けである。正体は二つの現象の重なりである。第一は昇華(氷が液体を経ずに直接水蒸気になること)による乾燥である。包装に隙間があれば魚の表面の氷は乾いた庫内の空気へ少しずつ昇華して逃げ、庫内の壁や蒸発器に霜として付く。冷凍庫の霜は、食品から奪われた水分そのものである。第二は脂質の酸化である。水が抜けて多孔質になった表面で脂が酸素と反応し、黄ばみと油臭さが出る。脂の多い魚ほど進みやすく、乾燥と酸化は互いに相手を進める。
冷凍焼けを進める条件は、包装と魚の間の空気の層、庫内温度の変動、長期保存の三つである。温度変動が悪いのは、温度が上がったとき表面の小さな氷結晶が一部融け、下がったとき大きな結晶に合流して再凍結するためである。これを再結晶化と呼び、扉の開閉が多い冷凍庫では設定が −20℃でも氷結晶は少しずつ大きくなる。
- 密着包装 ラップを身に密着させて空気を追い出し、さらに袋に入れる。可能なら真空包装する。空気を残さないことが最も効く。
- グレーズ(氷の膜) 凍った魚を冷水に一瞬くぐらせると表面に薄い氷の膜ができ、これが身の代わりに昇華して身を守る。マグロのブロックや海老で広く使われる。
- 温度を一定に 扉の開閉を減らし、開けるときは短く。庫内温度計を常設し、設定温度ではなく実際の温度を見る。冷風の吹き出し口をふさがず、詰め込みすぎず、霜は定期的に取る。
- 日付と期限 凍結日を書き、先入れ先出し(第5章参照)を守る。一般冷凍で生食用に使うなら脂の多い魚で 2〜4 週間、白身で 1〜2 か月を目安とし、超えたものは加熱用に回す。
12.4 解凍の科学 ― 目的と原則
解凍は冷凍の逆回しであり、良い解凍の目的は三つある。最大氷結晶生成帯(−1〜−5℃)を往路と同じく速く通過させること(長く留まれば再結晶化が起きる)。表面温度を上げないこと(表面だけが先に解けて 10℃を超えれば危険温度帯〔第2章参照〕であり、細菌が増える)。そして浸透圧でドリップを出さないこと(媒体が真水なら水が細胞内に押し入り、細胞を破る)。速く解かそうとすれば表面温度を上げるしかないため、この両立は難しい。以下の解凍法は、別々の方法でこの矛盾を解いている。
温塩水解凍 ― 約 40℃・塩分約 3%
マグロのサクに最も広く使われる解凍法で、約 40℃の湯に塩を溶かして約 3% の塩水を作り、凍ったサクを沈める。条件の根拠は二つある。第一に温度である。40℃前後の湯は凍ったサクの表面を数分で解かし、表面の層に最大氷結晶生成帯(−1〜−5℃。細胞を傷める氷結晶が育つ温度帯)を一気に通過させる。40℃そのものが細胞を壊す温度帯なのではない。魚のミオシンは 40℃台から変性し始めるが、凍ったサクに接した湯は氷を解かすのに熱を奪われ、サクの表面は湯の温度までは上がらないため、数分なら身を煮ることにはならない。芯まで解かすのは、この後の冷蔵庫である。第二に塩分である。約 3% は海水(塩分約 3.4%)に近い濃度である。魚の体液の浸透圧は海水の約 3 分の 1(食塩に換算して約 1%)なので、3% は体液と等張ではなく、やや濃い。それでも真水のように水がサクに吸い込まれて表面が水っぽくなることはなく、浸けるのが数分なら引き出される水もわずかで、旨味がドリップとして流出するのを抑えられる。加えて、表面の霜、昇華で乾いた層、酸化して黒ずんだ表面を塩水が洗い落とし、色上がりが良くなる。
- 塩水を作る 約 40℃の湯 1 L に塩約 30 g を溶かし、温度計で確認する。
- 短時間沈める 表面の霜が消え、指で押して表面がわずかに柔らかくなるまで 1〜3 分ほど。厚いサクでも 5 分を超えない。解かすのは表面だけである。
- 拭いて冷蔵庫へ すぐ引き上げて水分をペーパーで完全に拭き取り、乾いたペーパーとラップで包んで冷蔵庫(0〜4℃)へ。芯まで解けるまで数時間から一晩置き、ペーパーが湿ったら交換する。
表面が解けた後も浸けておくと、表面が危険温度帯に入り、身は白く変性し、塩味も入る。「表面が解けたら上げる」が鉄則である。
氷水解凍 ― 0〜1℃の水に沈める
氷をたっぷり入れた水(0〜1℃)に、密閉袋に入れた凍ったサクを沈め、浮かないよう重石をする。冷蔵庫の中の空気も 0〜4℃だが、空気は熱を伝えにくい。水の熱伝導率は空気の約 20 倍以上あり、袋の表面に隙間なく接する。そのため同じ温度でも氷水の中では冷蔵庫内の数倍の速さで解凍が進み、最大氷結晶生成帯を比較的速く抜けられる。それでいて媒体が 0〜1℃だから、表面が 0℃を大きく超えることは物理的にあり得ない。表面と中心の温度差が極めて小さく、細胞膜への負担が少ない解凍法である。袋に入れるのは、真水に触れると浸透圧で水を吸うこと、水から菌が付くのを防ぐためである。袋の中の空気は断熱材になるので抜く。厚さ 3 cm ほどのサクで 1〜2 時間が目安で、氷が溶けきらないよう途中で足す。
そのほかの解凍法と、禁じられる解凍法
ペーパーとラップで包んで冷蔵庫(0〜4℃)に置く冷蔵庫解凍は、表面が危険温度帯に入らないため安全だが、サクで半日から一日かかり、最大氷結晶生成帯に長く留まるためドリップは氷水解凍より多い。前夜に仕込んで翌日使う店には向く。流水解凍は速いが水温に左右され、夏の 25〜30℃の水道水は表面を危険温度帯に入れる。緊急時以外は氷水解凍を選ぶ。
常温(20〜30℃)に放置する解凍は、表面が 10℃を超えてから芯が解けるまで何時間も表面で細菌が増え続ける。芯は凍っているのに表面はぬるい、という最悪の状態が長く続き、ドリップも多い。電子レンジは水分子を振動させて加熱するが、氷はマイクロ波を吸収しにくく、先に解けた部分だけが急激に加熱される。一部が煮えて白く変性し、一部は凍ったままというムラが必ず生じる。どちらも生食用の魚には使ってはならない。なお、芯にわずかに凍った部分が残る半解凍の状態は身が締まって包丁が入りやすく、柵取り・皮引き・筋取りに向く。ただし握りの切り付けは芯まで解け、寝かせを経てから行う。半解凍で薄く切ると、切った後に解けてドリップが皿に出る。
12.5 解凍後の寝かせと再冷凍の禁止
船上で急速に凍結されたマグロは、細胞の中に ATP が多く残ったまま凍っている。酵素が止まっていたため、ATP からイノシン酸(IMP)への分解(第10章参照)がほとんど進んでいない。解凍直後のマグロが「水っぽく、味が薄い」と感じられるのはこのためで、鮮度が悪いのではなく、熟成がまだ始まっていない。解凍後、冷蔵庫(0〜2℃)でペーパーに包んで 1 日から数日寝かせると、酵素が再び働いて ATP→ADP→AMP→IMP の分解が進み、旨味が立ち、色も落ち着く。ペーパーは毎日替える。ATP が非常に多く残った身は解凍時に急な筋収縮を起こすことがあり(解凍硬直)、身が縮んでドリップが増える。低温で解かすほどこの収縮は穏やかになる。
一度解けた魚を再び凍らせてはならない。第一に、再冷凍は店の冷凍庫での緩慢冷凍であることが多く、最初の冷凍で小さく保たれていた氷結晶が今度は大きく育ち、ドリップは一度目とは比べものにならないほど増える。第二に、解凍されていた間に増えた細菌は、再冷凍しても死なない。冷凍は細菌を殺すのではなく眠らせるだけで、再び解凍すれば前回の続きから増殖が始まる。冷凍品は「使う分だけ解凍する」のが大原則で、大きなブロックは凍ったまま鋸で必要量だけ切り出し、残りはすぐ戻す。余った解凍品は加熱調理に回すか廃棄する。
12.6 寄生虫対策としての冷凍と記録
冷凍は品質保持の手段であるだけでなく、生食の魚からアニサキスなどの寄生虫のリスクを除く最も確実な方法である(第3章参照)。酢・塩・わさび・醤油では寄生虫は死なない。
| 基準 | 条件 |
|---|---|
| 日本(厚生労働省の予防法の呼びかけ) | −20℃以下で 24 時間以上(法令上の義務ではない) |
| EU(規則 853/2004) | 製品のすべての部分(中心まで)を −20℃以下で 24 時間以上、または −35℃以下で 15 時間以上 |
| 米国(FDA Food Code) | 庫内温度 −20℃以下で 7 日間(凍結時間を含む総時間)、または −35℃以下で固く凍結後 −35℃以下で 15 時間以上(ほかに −35℃で凍結後 −20℃で 24 時間の規定もある) |
−20℃・24 時間の条件は、魚の中心がその温度に達してから時間を数えるのが確実である(EU は製品のすべての部分の温度と明記している。米国 FDA は庫内温度で定めているが、−20℃では 7 日間と長い)。「−20℃の冷凍庫に 24 時間入れた」は条件を満たしたことを意味しない。厚いブロックの中心が −20℃に達するまでには何時間もかかる。家庭用冷凍庫の規格は −18℃以下であり、−20℃に達しない機種は多いうえ、扉の開閉で庫内は一時的に −10℃近くまで上がる。寄生虫対策の冷凍を家庭用冷凍庫に頼ってはならない。業務用でも、庫内温度計の実測で −20℃以下を確認し、芯温計で中心温度を確かめてから時間を数える。そして記録する。冷凍による寄生虫対策は目に見えず、入庫日時・庫内温度・取り出し日時の記録だけが「対策を行った」ことの証明になる。
12.7 海外の現場で
この章のまとめ
- 水は凍ると体積が約 9% 増え、結晶として育つ。−1〜−5℃の最大氷結晶生成帯をゆっくり通過すると結晶が大きくなり、細胞膜を破ってドリップの原因になる。急速冷凍はこの帯を 30 分以内に通過させる。
- −18℃では細菌は止まるが、メト化・脂の酸化・酵素反応は進む。−60℃ではこれらがほぼ停止し、寄生虫も死滅する。冷凍マグロは処理の悪い生マグロより安全で高品質であり得る。
- 冷凍焼けは昇華による乾燥と脂質の酸化である。密着包装・真空・グレーズ・温度の安定で防ぐ。
- 解凍の目的は、最大氷結晶生成帯を速く抜け、表面温度を上げず、浸透圧でドリップを出さないこと。温塩水解凍(約 40℃・約 3%)は表面だけ数分で解かして冷蔵庫で芯まで、氷水解凍(0〜1℃)は水の高い熱伝導率で速く、表面が 0℃以上に上がらない。常温解凍と電子レンジ解凍は禁止。
- 解凍直後は ATP→IMP の分解が進んでおらず旨味が薄い。冷蔵で 1 日〜数日寝かせる。再冷凍は禁止。
- 寄生虫対策の冷凍(日本では −20℃以下で 24 時間以上)は魚の中心温度で数え、記録を残す。家庭用冷凍庫は −20℃に届かないことがある。停電時は扉を開けず、判断できないものは生食に回さない。
確認問題
問1 アニサキス対策として、設定温度 −20℃の業務用冷凍庫に厚さ 8 cm のサバのブロックを 24 時間入れた。この処理の評価として正しいものはどれか。
a. 庫内設定が −20℃で 24 時間経過したので、日本の基準を満たしている
b. 中心温度が −20℃以下に達してから 24 時間以上経過したことを確認しなければ、基準を満たしたとは言えない
c. サバは酢で締めるので、冷凍は 12 時間で十分である
d. −20℃では寄生虫は死なないため、−60℃の冷凍庫が法的に必須である
e. 24 時間以上冷凍すると細胞が壊れるため、12 時間で止める
答え:b
寄生虫を確実に死滅させるには魚の中心までその温度に達している必要があり(EU は「製品のすべての部分」の温度で定めている)、時間は中心が −20℃に達してから数える。厚さ 8 cm のブロックは中心が −20℃に達するまで何時間もかかるため、入庫から 24 時間では不足している可能性が高い。芯温計で確認し、記録を残す。酢ではアニサキスは死なず(c)、−20℃以下 24 時間以上で死滅するので −60℃は法的必須ではない(d)。

