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すし検定

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목차 第11章 目利きと仕入れ
    1. 序章本書の使い方と一級の位置づけ
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入防止の科学
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリの科学

    1. 第7章米を知る
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
      1. 11.1 丸魚の鮮度の見方
      2. 11.2 天然と養殖、蓄養
      3. 11.3 季節と旬
      4. 11.4 漁法・産地・流通と品質
      5. 11.5 仕入れの実務
      6. 11.6 海外での仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍の科学
    4. 第13章下処理の科学 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ各論

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き ― 手返しとシャリ玉の構造
  7. 第VII部 寿司の歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史
    2. 第26章提供・接客と職人の責任
  8. 付録 資料編

    1. 付録A温度・時間 早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C用語集
    4. 付録D出題分野と出題の目安

第III部 魚を知る ― 鮮度・熟成・下処理

第11章

目利きと仕入れ

よい寿司は、よい魚からしか作れない。どれほど包丁が冴えても、仕入れで負けた魚は取り返せない。本章では、魚の鮮度を体のどこで、なぜ判断するのかを理屈から説明し、天然と養殖、季節と旬、漁法と締め方が身に与える影響を整理する。そのうえで、市場と仲買との付き合い方、量と値段の決め方、海外で魚を仕入れるときの考え方を実務として述べる。一級では、養殖・蓄養魚の脂の性質と、季節による味の変化(夏マグロ)が問われる。

この章の到達目標

  • 丸魚の鮮度を目・鰓・体表・腹・肛門・匂い・触感・硬直から判定し、それぞれの理由を説明できる
  • サク・切り身の品質をドリップ・色・血合い・断面から判定できる
  • 天然・養殖・蓄養の違いを脂・色・運動量・餌・寄生虫リスクの面から説明し、用途で使い分けられる
  • 旬を産卵と水温の変化から説明し、夏マグロに酸味が立つ理由を言える
  • 漁法と締め方が身に与える影響を説明し、価格差の理由を理解できる
  • 仲買との関係、量の決め方、海外での仕入れの注意点を実務として組み立てられる

11.1 丸魚の鮮度の見方

鮮度の判定は、魚の体のどこで劣化が始まるかを知っていれば理屈で組み立てられる。死後の変化は、細菌と血が多い場所(鰓、内臓、体表の粘液)と、水分の移動が目に見える場所(目、皮膚)から始まる。だから鰓と腹と目を見る。以下の観察点を順に、かつ合わせて見る。一つのサインだけで判断してはならない。

目:澄んで張りがあり、陥没なし 鰓:鮮紅色で、臭いがない 体表:ツヤがあり粘液は薄く透明 腹:張って硬い(内臓から腐る) 肛門:締まり、漏れがない 身:押して戻る弾力
図11-1 丸魚の鮮度を見る観察点。劣化は血と細菌の多い鰓・内臓・粘液から始まる。
表11-1 丸魚の鮮度チェックとその理由
観察点新鮮な状態劣化した状態背後にある理由
目角膜が透明で黒目がはっきりし、外へ張り出している白濁、血走り、落ちくぼむ角膜のタンパク質変性と眼球からの水分喪失。ただし氷に直接触れた目は鮮度がよくても白濁する(氷焼け)ので、目だけで判断しない
鰓鮮紅色、粘液が透明、海の匂い褐色から灰色、粘液が濁って臭う鰓は血液が多く表面積が大きい。ヘモグロビンの酸化で褐変し、細菌が最初に増える
体表ツヤがあり、鱗が揃い、粘液は薄く透明色が褪せ、粘液が白く濁って糸を引く体表の粘液(ムチン)は生前は防御膜だが、死後は細菌の培地になる
腹張りがあって硬い柔らかい、へこむ、腹が裂ける(腹切れ)内臓の消化酵素と腸内細菌で、腐敗は内臓から始まり腹壁を溶かす
肛門締まっていて内容物が出ていない開いて内容物が漏れ、周囲が変色腸内細菌の増殖と腸壁の崩壊
匂い海の香り生臭さ、酸っぱい臭い、アンモニア臭トリメチルアミン・アミン類・アンモニアの生成(第10章)
触感押すとすぐ戻る。頭と尾を持つと水平に張る押した跡が残る。持つと垂れ下がる構造タンパク質の分解と細胞の崩壊
硬直硬直中または硬直直後完全に解けて柔らかい死後時間の目安。ただし野締めや高温に置かれた魚は早く解けるので、硬直だけで時間は決められない

サク・切り身の見方

丸魚を見られない仕入れ、つまりマグロのブロックや養殖魚のフィレ、海外での仕入れでは、切り口から読む。第一にドリップ(身から出た液)である。トレイの底に溜まった液が透明で少量なら問題ない。赤く濁って量が多ければ、解凍に失敗したか、時間が経っているか、冷凍・解凍を繰り返した魚である。第二に色。白身は透明感があるのがよく、乳白色は熟成または劣化の途中、黄ばみは脂の酸化である。赤身は鮮やかな赤から深い赤がよく、茶褐色はミオグロビンの酸化(メト化。第14章)である。第三に血合いの色。鮮やかな赤から暗赤色、黒へと進む。血合いが崩れて境目がぼやけていれば古い。第四に断面のツヤと筋繊維の密着。断面が乾いて艶がなく、筋と筋の間が離れて割れているものは、硬直中に無理におろしたか、解凍で細胞が壊れている。脂は白く透明感があるものがよく、黄ばんでいれば酸化している。

魚種別のポイント

マグロ
市場では尾の断面で判断する。身の色に透明感があり、脂の筋が細かく均一に入り、血合いが鮮やかであること。白く濁ってぼそぼそした断面は身焼け(漁獲時に暴れて筋肉温度が上がり、乳酸で pH が急落してタンパク質が変性したもの。酸っぱく水っぽい)である。黒ずみはメト化。詳細は第14章。
白身(タイ・ヒラメ・スズキ)
基本の観察点がすべて当てはまる。加えて皮の色。天然マダイは鮮やかな桜色に青い斑点が散り、養殖は黒ずむ(11.2)。活け締めの穴と血抜きの切れ目を確認する(第10章)。
青魚(アジ・サバ・イワシ・サンマ)
腹の張りと硬さが最も重要である。内臓の酵素が強く、腹から溶ける。腹切れは即座に不可。目の透明、体表の模様(サバの縞、アジの銀色)の鮮明さ、鰓の色を見る。ヒスタミンのリスクがあるため、少しでも迷えば生では使わない(第3章)。
イカ
生きているイカは体表の色素胞が動き、褐色の斑点が濃く見える。死後時間が経つと色素胞が開いたまま固定されて褐色に、さらに進むと白く濁る。身が透明で、目が澄み、触ると弾力があるものを選ぶ。
貝
二枚貝は殻が閉じているか、触ると閉じること。口が開いたまま反応しない貝は死んでいる。殻付きの巻貝は蓋が締まり、水管や足を触ると引っ込むこと。むき身は透明感とツヤ、海の匂いで見る。
エビ
殻に透明感があり、頭と身がしっかり付いていること。頭から黒くなる黒変は酵素(チロシナーゼ)による変化で腐敗そのものではないが、時間が経った目安である。身を押して張りがあること。

11.2 天然と養殖、蓄養

天然魚と養殖魚の違いは、運動量と餌の違いとして身に表れる。養殖魚は生簀の中で泳ぐ距離が短く、魚粉と魚油を主体にした高脂質の配合飼料を毎日与えられる。だから筋肉の間と皮下に脂が蓄えられ、季節に関わらず全身に脂が乗る。天然魚は餌を求めて泳ぎ続け、餌の量も季節で変わるため、脂は産卵前の一時期に腹側を中心に乗り、産卵後は抜ける。

脂の質と味

養殖魚の脂は量が多いだけでなく、質も違う。飼料の脂肪酸組成を反映して融点がやや低いとされ、口に入れるとねっとり広がる。これは長所であると同時に、食べ進めると「くどい」と感じさせる原因になる。また筋肉内に脂が入り込むため、身の色は白っぽくなり、赤身魚でもピンクがかって見える。天然のブリと養殖のブリを並べると、養殖は身全体が白く霜降り状、天然は背が赤く腹だけが白い。

外見では、養殖マダイは生簀の浅い水深で紫外線を浴びるため体色が黒ずみ、尾鰭が網で擦れて丸くなり、鼻孔の仕切りがない個体(鼻孔隔皮欠損)が多い。天然マダイは深い場所にいるため鮮やかな桜色で、背に青い小さな斑点が散り、尾鰭の先が尖っている。近年は遮光ネットで色を保ち、餌に柑橘類やハーブを混ぜて匂いを変えるなど、養殖の改良は著しい。

安定供給と安全性

養殖の最大の利点は、年間を通じて同じ大きさ、同じ脂の魚を予定した日に、予定した価格で仕入れられることである。出荷前には数日間餌を止めて(餌止め)腸の内容物を減らし、活け締め・神経締めをして出荷するため、流通に乗った時点の身の状態は、野締めの天然魚より良いことが多い。さらに、配合飼料で育った養殖魚はアニサキスの中間宿主(オキアミや小魚)を食べないため、寄生虫のリスクが極めて低い。EU はこの理由で一定の条件を満たす養殖魚を生食前の冷凍義務の例外としている(第1章・第3章)。

したがって「天然=上、養殖=下」という図式は正しくない。痩せた産卵後の天然魚より、よく管理された養殖魚のほうが寿司ネタとして優れることは珍しくない。職人がすべきことは、天然か養殖かを問わず、その魚の脂の量と質に合わせて切り付けの厚さ、シャリの酢の強さ、薬味、炙りの有無を変えることである(第14章・第23章)。

蓄養

蓄養とは、天然の幼魚や若魚、あるいは産卵後などで痩せた成魚を捕らえて生簀に入れ、数か月から数年かけて餌を与えて太らせる方法である。クロマグロ(地中海、メキシコ、日本近海)やブリ(天然のモジャコを種苗にする)が代表で、卵からの完全養殖と区別してこう呼ぶ。マグロの蓄養では、イワシやサバなど脂の多い餌を大量に与えるため、天然ではトロが取れない部位まで脂が入り、全身が霜降りになる。融点がやや低いとされ口でねっとり溶けるが、脂の層が厚いため食べ過ぎるとくどい。赤身の酸味や香りが弱いことも多い。寿司屋では、天然の赤身と組み合わせる、薄めに切る、酢を効かせたシャリと合わせる、炙りで脂を落とすなど、脂を受け止める工夫をして使う。

表11-2 天然魚と養殖・蓄養魚の比較
項目天然養殖・蓄養
脂の量と季節性産卵前に腹側を中心に乗り、産卵後は抜ける。季節で大きく変動年間を通じて全身に乗る。筋肉内にも霜降り状に入る
脂の質餌(小魚・甲殻類)を反映し、香りと酸味がある飼料の脂肪酸を反映し融点がやや低いとされる。ねっとりするが、くどくなりやすい
身の色赤身は赤く、白身は透明感がある脂で白っぽく、ピンクがかる
体色・体形鮮やか。鰭が尖る黒ずみ、鰭が擦れて丸い。鼻孔の仕切りがない個体が多い(マダイ)
寄生虫(アニサキス)餌に由来するため魚種・海域によってはリスクが高い配合飼料のため極めて低い
供給と価格天候・漁獲で変動。旬は高騰安定。サイズが揃う
締め方漁法次第。野締めも多い出荷時に活け締め・神経締め、餌止め済みが多い

11.3 季節と旬

旬とは、その魚の脂と味がピークに達する時期をいう。多くの魚で旬は産卵の前にある。魚は産卵に向けて餌を盛んに食べ、卵や白子を作るためのエネルギーを脂として筋肉と内臓周りに蓄える。この「産卵前の蓄え」が最も進んだ時期が、身に脂が乗り、旨味も強い旬である。産卵が始まると蓄えた栄養は卵巣と精巣へ移り、身は痩せ、水っぽくなる。産卵直後の魚はどの魚種でも味が落ちる。マダイの「麦わらダイ」(初夏の産卵後)、ブリの春の「落ち」がその例である。

水温も影響する。冬に向けて水温が下がると、魚は体温を保ち越冬するために脂を蓄える。寒ブリ、寒ヒラメ、寒サバのように「寒」の付く魚は、産卵前の蓄えと越冬の蓄えが重なって脂が最も乗る。逆に夏は水温が高く代謝が速いため、同じ量を食べても脂として残りにくい。

夏マグロに酸味が立つ理由

太平洋のクロマグロは春から夏にかけて(南西諸島周辺でおよそ 4〜7 月、日本海でおよそ 7〜8 月)産卵する。産卵のために長距離を泳ぎ、蓄えた脂を使い果たすため、夏の近海マグロは脂が抜けて身が締まっている。脂が抜けると、脂に覆われていた赤身本来の味が前面に出る。すなわち、ミオグロビンに含まれる鉄の金属的な風味と、筋肉中の乳酸による酸味である。マグロは高速で泳ぐため筋肉のグリコーゲンが多く、死後に生じる乳酸も多い。脂が多い冬のマグロではこの酸味が脂の甘味に隠れるが、夏はそれが際立つ。「夏のマグロは酸っぱい」といわれるのはこのためと考えられ、腐敗の酸味とは別物である。この時期の赤身はさっぱりした味わいを好む客には向くが、トロを求める客には期待外れになる。多くの店が夏に南半球のミナミマグロ(旬が逆になる)や大西洋・地中海産、蓄養物を使うのはこのためである(第14章)。

「旬を外す」ことの意味

旬には三つの段階がある。出始めの「走り」は小ぶりで脂は少ないが、香りと歯ごたえがよく、季節を先取りする価値がある。「盛り」は脂と旨味の頂点で、値段も頂点である。「名残」は旬の終わりで、脂は残るが身が緩み始める。職人は値段と味の両方を見て、盛りの魚を高く買うか、走りや名残を安く買って技術で補うかを選ぶ。また産卵期は身の味は落ちるが、白子や真子という別の価値が生まれる。旬を「外す」とは、無知で外すのではなく、分かったうえで別の価値を取ることである。

旬は海域の水温で動く。同じ魚でも北と南では 1〜2 か月ずれ、南で産卵を終えた群れが北上して北で盛りを迎えることもある。表11-3 は関東の市場を基準にした目安であり、自分の店が仕入れる海域の旬は自分で確かめる。

表11-3 主要な寿司ネタの旬の目安(関東の市場を基準。海域・年により前後する)
ネタ旬補足
クロマグロ(近海)11〜2 月夏は産卵で脂が抜け酸味が立つ。ミナミマグロは南半球で旬が逆
カツオ4〜5 月(初鰹)、9〜10 月(戻り鰹)初鰹は脂が少なく、戻り鰹は脂が乗る
マダイ2〜4 月(桜鯛)、10〜12 月初夏の産卵後は「麦わらダイ」で味が落ちる
ヒラメ11〜2 月夏は産卵後で「猫またぎ」と呼ばれるほど味が落ちる
スズキ6〜8 月夏が旬の数少ない白身
ブリ12〜2 月(寒ブリ)春の産卵後は脂が抜ける
カンパチ・シマアジ7〜10 月養殖は通年
コハダ9〜12 月7〜8 月の幼魚が新子。産卵期の春〜初夏は痩せる
サバ10〜2 月秋から冬に脂が乗る。夏は産卵後で痩せる
アジ5〜8 月小型のものは春から
イワシ6〜7 月(入梅イワシ)、9〜10 月梅雨時に脂が乗る
サンマ9〜10 月北から南下するにつれ脂が落ちる
サヨリ2〜4 月春告魚の一つ
スミイカ(コウイカ)10〜1 月8〜9 月の小さなものが新イカ
アオリイカ4〜6 月秋に小型のものも出回る
クルマエビ(天然)6〜8 月養殖は通年
赤貝12〜3 月産卵期の夏は身が痩せる
ホタテ12〜3 月産卵前に貝柱が太る
アワビ6〜8 月冬は産卵後で身が痩せる
ウニバフンウニ 3〜5 月、ムラサキウニ 6〜8 月産卵前に生殖巣(可食部)が充実する
穴子6〜8 月梅雨時の「梅雨穴子」が脂と柔らかさの頂点
イクラ(秋鮭)9〜11 月産卵前の卵。時期が遅いと皮が硬くなる

11.4 漁法・産地・流通と品質

同じ魚種、同じ海域、同じ日の魚でも、獲り方で身は別物になる。漁法が魚に与えるストレスと傷が、第10章で述べた ATP の消耗と細菌汚染に直結するからである。

表11-4 主な漁法と身への影響
漁法主な対象身への影響品質の傾向
一本釣りカツオ、マグロ、アジ、サバ、イカ一尾ずつ短時間で揚げ、すぐ活け締めできる。他の魚と擦れず傷がない。ATP が温存される最も高い。釣りものとして値段も高い
延縄(はえなわ)マグロ、カジキ長い幹縄に多数の針を付けて流す。針にかかってから揚げるまで数時間以上かかることがあり、暴れて死ぬ個体や身焼けを起こす個体が出る個体差が大きい。揚げたときに生きていれば活け締めで高品質
定置網ブリ、マダイ、サバ、アジ、イカ網の中で生きたまま泳いでいるため、揚げるときに活け締めが可能。ただし取り上げ時に大量で圧迫されると傷む産地の処理次第で高品質になる。ブランド魚の多くは定置網または釣り
巻き網イワシ、サバ、カツオ、マグロ群れを網で囲んで絞る。網の中で押し合い、暴れ、鱗が剥がれ、ATP を消耗する。大型マグロでは身焼けが問題小型の青魚では標準的。大型魚では釣りものに劣る
底引き網カレイ、ヒラメ、エビ、イカ海底を長時間曳くため、網の中で擦れ、泥をかぶり、鱗が剥がれ、腹切れが起きやすい低い。活け締めできた個体のみ寿司向き
養殖(出荷)マダイ、ブリ、カンパチ、シマアジ、サーモン餌止めのうえ活け締め・神経締めで出荷。活魚輸送も多い締めの品質は安定して高い

とくに覚えておきたいのが身焼けである。マグロやカツオは体温を周囲の海水より高く保つ仕組みを持ち、延縄や巻き網で長時間暴れると筋肉の温度が 30℃を超え、同時に乳酸で pH が急激に下がる。この高温と低 pH でタンパク質が変性し、身は白く濁り、酸っぱく、水っぽくなる。身焼けした魚はどんなに熟成しても戻らない。釣りものに値が付くのは、ストレスの時間が短く、揚げてすぐ締められるからであり、「釣りだから旨い」のではなく「短時間で締めたから旨い」のである。

産地と流通

日本の鮮魚流通は、産地市場で漁師から仲買へ、消費地の中央卸売市場で卸売業者から仲買(仲卸。市場で魚を買い取り、小売店や飲食店に売る業者)へと渡り、仲買から店へ届くのが基本である。値段は競り、または相対取引(競りを経ず、売り手と買い手の交渉で決める取引)で決まる。これとは別に、生産者や産地の仲買から店へ直接送る産地直送が増えており、締め方や発送時刻を指定できる利点がある。

「関サバ・関アジ」「明石鯛」「大間のマグロ」「氷見のブリ」などのブランドは、海域の良さだけでなく、漁法(一本釣りや定置網)、締め方、出荷までの時間と温度の管理が組織として保証されていることに意味がある。産地名が同じでも管理の異なる魚は別物であり、「○○産」という札だけで安心してはならない。逆に無名の産地でも、活け締め・神経締め・血抜きが丁寧な漁師の魚は、ブランド魚に劣らない。市場では、同じ魚種・同じ大きさでも活け締めや神経締めの魚は野締めの魚より明らかに高い。この価格差は、第10章で述べた ATP の温存と日持ちに対する対価である。

11.5 仕入れの実務

仲買との関係

仕入れは人間関係である。最初は一軒の仲買に通い、自分の店で使う魚種、大きさ、用途(握りか、巻物か、煮るか)、予算を具体的に伝える。値段だけを見て店を渡り歩く客に、仲買はよい魚を回さない。よい魚は数が少なく、信頼できる客に優先して売るからである。信頼できる仲買の見分け方は一つで、悪いときに「今日はよくない」と言うかどうかである。常に「今日はいい」と言う相手は信用できない。よい仲買は、注文した魚がよくなければ代わりの魚を提案し、来週の見通しを教えてくれる。

市場での見方

市場では、魚そのものだけでなく荷の扱いを見る。氷が十分にあるか、魚が氷の融け水に浸かっていないか、直射日光や扇風機の風(乾燥)に当たっていないか、魚が重ねられて下の魚が潰れていないか。扱いの悪い店の魚は、見た目が新しくても菌数が多く、熟成に耐えない。買い付けた魚はすぐに自分の発泡スチロール箱に移し、魚体をペーパーや袋で包んで氷に直接触れさせず、融け水が抜ける穴を開けた箱で運ぶ。車内に放置せず、店に着いたらすぐ処理する(第5章)。

量と値段

仕入れの量は、予約と平均来客数から見積もった必要貫数に、歩留まりを掛けて逆算する。丸魚から寿司ネタとして使える正味は、マダイで元の重さの 3〜4 割、青魚で 4〜5 割程度である。多く買えばロスが出て、少なければ品切れになる。余った魚の出口(加熱料理、締め物、まかない、翌日の熟成)をあらかじめ決めておけば、ロスの恐怖で仕入れを削りすぎることがなくなる。値段は時化(しけ)の後、休市の前後、年末、連休前に上がる。高騰した魚を無理に買わず、同じ役割を果たす代わりのネタを用意できることが、店を安定させる。

11.6 海外での仕入れ

海外で寿司を握る職人にとって、仕入れは日本以上に難しい。日本の流通が前提にしている「水揚げから店まで 0〜5℃」のコールドチェーン(低温流通の鎖)が、多くの国では途中で切れているからである。市場で魚が常温の台に並び、氷が足りず、トラックに冷蔵設備がないことは珍しくない。見た目が新しくても、途中で 10℃を超えた時間が長い魚は菌数が多く、日本の感覚で熟成すれば必ず失敗する。

第二に、「sushi grade」「sashimi grade」という言葉に法的な定義はない。これは売り手の自己申告である。日本には食品衛生法に基づく「生食用鮮魚介類」の規格基準(腸炎ビブリオの菌数、10℃以下での保存など)があるが、これも衛生の最低基準であって、ネタとしての品質の等級ではない。代わりに米国や EU が定めているのは寄生虫対策としての冷凍条件である。米国 FDA の Food Code は生食する魚に対して 冷凍庫内の温度で −20℃以下 7 日間(凍結時間を含む総時間)、または −35℃以下で凍結後 −35℃で 15 時間などの冷凍を求め、EU は製品のすべての部分を −20℃以下で 24 時間以上、または −35℃以下で 15 時間以上とすることを求めている(第1章・第12章)。したがって海外で魚を仕入れるときは、「sushi grade」の札ではなく、いつ、何℃で、何時間冷凍されたかという冷凍の履歴を書類で確認する。履歴が分からない魚は、自店で −20℃以下 24 時間以上の冷凍処理をしてから使う。

第三に、養殖魚を積極的に使う。サーモン、ハマチ(ブリ)、マダイ、シマアジ、スズキ類、クルマエビなどの養殖魚は、多くの国で入手でき、締め方と温度の管理が流通の最初から整っており、寄生虫のリスクも低い。日本の天然魚を空輸するより、現地の良い養殖魚のほうが安全で旨いことは多い。

第四に、現地の魚で寿司を作る場合の考え方である。生食の実績がない魚は、まずその魚の寄生虫と毒を調べる。淡水魚は原則として生で出さない。顎口虫や肝吸虫など、海水魚にはない寄生虫がいるからである。熱帯のサンゴ礁に住む大型魚にはシガテラ毒の危険があり、サバ科やシイラのようにヒスチジンの多い魚は温度管理を誤るとヒスタミン中毒を起こす(第3章)。安全が確認できない魚は冷凍処理をし、加熱する選択肢も持つ。寿司を広めることは、現地の人の命を預かることである。

この章のまとめ

  • 鮮度は、劣化が始まる場所である鰓・腹(内臓)・体表の粘液と、水分の移動が見える目で判断する。鰓は鮮紅色、腹は硬く、粘液は薄く透明、目は澄んで張りがあること。氷焼けで目が白濁することもあるため、一つのサインで判断しない。
  • サク・切り身はドリップの量と色、身の色(白身の透明感、赤身のメト化)、血合いの色、断面のツヤと筋繊維の密着で見る。
  • 養殖・蓄養魚は高脂質の餌と少ない運動量で、季節に関わらず全身に融点がやや低いとされる脂が乗り、ねっとりするがくどくなりやすい。配合飼料のため寄生虫リスクは極めて低く、供給と締め方が安定する。「天然=上」ではなく、脂に合わせて切り付けとシャリを変える。
  • 旬は産卵前に脂と旨味がピークになる時期で、冬の越冬の蓄えと重なるとさらに脂が乗る。夏のクロマグロは産卵で脂が抜け、鉄分と乳酸による赤身本来の酸味が前面に出る。走り・盛り・名残を使い分ける。
  • 漁法は ATP の消耗と傷を通じて身を変える。一本釣りと定置網の活け締めは高品質、延縄・巻き網では身焼けの個体が出る。釣りものが旨いのは短時間で締められるからである。
  • 仲買とは一軒に通い、用途と予算を伝えて信頼を作る。悪いときに悪いと言う相手を選ぶ。量は必要貫数と歩留まりから逆算し、余りの出口を決めておく。持ち帰りは氷に直接触れさせず、融け水を抜く。
  • 海外ではコールドチェーンが切れていることを前提にし、「sushi grade」の札ではなく冷凍の履歴を確認する。養殖魚を活用し、現地の魚は寄生虫と毒を調べてから使う。淡水魚は生で出さない。

確認問題

問1 丸魚の鮮度判定について、正しい記述はどれか。
a 目が白濁している魚は、どんな場合でも鮮度が落ちていると判断してよい。
b 体表の粘液は多いほど新鮮であり、粘液が白く濁っているのは脂が乗っている証拠である。
c 鰓が褐色に変わるのは、血液中のヘモグロビンが酸化し、細菌が増え始めている証拠である。
d 腹が柔らかいのは脂が乗っている証拠であり、寿司ネタとしては望ましい。
e 肛門が開いて内容物が漏れているのは産卵後の正常な状態である。

答え:c

鰓は血液が多く表面積が大きいため、ヘモグロビンの酸化で褐変し、細菌が最初に増える場所である。a は誤りで、氷に直接触れた目は新鮮でも白濁する(氷焼け)ため、目だけで判断しない。b は逆で、粘液の白濁と糸引きは細菌の増殖を示す。d の腹の柔らかさは内臓から腐敗が始まっているサインである。e は誤りで、腸壁の崩壊を示す。