第II部 シャリの科学 ― 米と酢
第8章
合わせ酢と調味
シャリの個性は合わせ酢で決まる。酢・塩・砂糖の三つはどれも調味料であると同時に、米粒の水分、保存性、老化の速さを左右する「道具」である。この章では、酢がどのように造られ、何が味と殺菌力の差を生むのか、塩と砂糖が米粒に物理的に何をしているのかを理解し、自店の配合を理由をもって説明できるようになる。一級では、赤酢の色の化学、アルコール酢の使いどころ、塩の浸透圧、粗塩と焼き塩の違いが問われる。
この章の到達目標
- 酢の酸度表示を読み、酢を替えたときに酸の総量が同じになるよう量を計算できる
- 米酢・穀物酢・アルコール酢・赤酢の製法と性格を説明し、用途に応じて使い分けられる
- 赤酢の色と香りを生むメイラード反応とメラノイジンを説明できる
- 合わせ酢の塩と砂糖が米粒とネタに与える物理的・化学的な働きを説明できる
- 粗塩と焼き塩の粒度・水分の違いと、それぞれに向く用途を説明できる
8.1 酢とは何か ― 酢酸発酵と酸度
酢は、アルコールを酢酸菌が酸化して作る酢酸の水溶液である。米酢なら、米を麹で糖化し、酵母でアルコール発酵させて酒を造り、そこに酢酸菌を加えて酢酸発酵させる。酒の原料と造り方の違いがそのまま酢の個性になる。主成分は酢酸で、他に有機酸、アミノ酸、糖、香気成分が含まれ、これらが旨味・コク・香りを決める。
酢のラベルにある酸度は、酢 100 ml 中に含まれる酸を酢酸に換算した重さ(g)で、% で表す。酸度 4.5% とは、100 ml の中に酢酸換算で 4.5 g の酸があるという意味である。市販の食酢の酸度は 4.2〜4.5% 程度が一般的で、日本の規格(醸造酢の JAS)では穀物酢の酸度は 4.2% 以上、果実酢は 4.5% 以上、それ以外の醸造酢は 4.0% 以上と定められている。業務用には酸度 10〜15% の高酸度酢もあり、そのまま使えば米が酸で締まりすぎ、酢酸の刺激だけが立つ。酢を替えるときは必ず酸度を確認し、酸の総量が同じになるように量を計算し直す。酸度 4.5% の酢 200 ml を酸度 5% の酢に替えるなら、200 × 4.5 ÷ 5 = 180 ml が同じ酸量である。
酢そのものは pH 2.5〜3 程度の強い酸性で、合わせ酢を打ったシャリは pH 4 前後になる。この酸性が細菌の増殖を抑え(静菌)、酢飯を時間を区切って常温で扱えるようにしている(第6章)。酢酸は揮発しやすく、加熱すると湯気とともに逃げる。この性質は合わせ酢の仕込みとシャリ切り(第9章)で繰り返し問題になる。
8.2 酢の種類と性格
米酢
米だけ、または米を主原料として造る酢。日本の規格では、1 L あたり米 40 g 以上を使ったものを米酢と表示できる。米由来のアミノ酸と糖が残り、まろやかな酸味とほのかな甘み、穏やかな香りがある。白身や貝などの淡い味のネタの邪魔をせず、最も広く使われる。
穀物酢
米・小麦・トウモロコシ・酒粕などの穀物を 1 L あたり合計 40 g 以上使って発酵させた酢。原料の一部に醸造アルコールを加えて造るものが多い。穀物由来の旨味はあるが米酢より軽く、酸味はやや鋭くすっきりしている。価格が手頃で安定しており、合わせ酢の土台に使う店も多い。
アルコール酢(酒精酢)
醸造アルコールを酢酸発酵させた酢で、穀物由来の成分がほとんど含まれない。合成酢(氷酢酸を薄めたもの)ではなく、発酵で造る醸造酢の一種である。旨味やコクは少ないが、純度の高い鋭い酸味を持つ。酢の殺菌力は主に酢酸の量(酸度)と pH で決まるので、同じ酸度ならアルコール酢だけが特別に強いわけではないが、高酸度の製品を選べば殺菌力も強くなる。使いどころは二つある。第一に、酸味のキレを出したいとき、米酢や赤酢に一部をブレンドして輪郭を立てる。第二に、サバやイワシのような脂の強い青魚を締めるとき、脂に負けない鋭い酸味で、臭みを抑えながら身を引き締める(第16章)。本検定で問われる「穀物酢とアルコール酢の使い分け」は、アルコール酢の「旨味は少ないが、鋭く純度の高い酸味でキレを出し、脂の強い魚を締める」という性格を押さえればよい。単独で合わせ酢にすると酸味がとがって平板になる。
赤酢(粕酢)
赤酢は、酒粕を原料に造る酢で、粕酢ともいう。日本酒を搾った後の酒粕を 1〜3 年、長いものでは 5 年以上寝かせて熟成させ、水で溶いて酢酸発酵させる。熟成の間に酒粕は褐色に変わり、独特の甘い香りと旨味を蓄える。この色と香りを生むのがメイラード反応(アミノカルボニル反応)である。酒粕に豊富なアミノ酸と糖(還元糖)が結びつき、長い時間をかけて褐色の色素メラノイジンと多数の香気成分を生成する。味噌や醤油の色、パンの焼き色と同じ反応で、赤酢の場合は常温で年単位の時間をかけて進む。本検定で問われる「赤酢の色と香りを生む化学変化」の答えは、このメイラード反応とメラノイジンである。
赤酢の酸度は 4.5% 前後と米酢と大差ないが、酒粕由来のアミノ酸と糖のおかげで酸味がまろやかに感じられ、コクと甘みが乗る。だから江戸前の職人は赤酢のシャリに砂糖を使わなかった。砂糖で丸めなくても、赤酢そのものが丸いからである。文化元年(1804 年)に尾張国半田村(現在の愛知県半田市)の酒造家・中野(中埜)又左衛門が酒粕から酢を造る事業を始め、安価で旨味のある粕酢が江戸の握り寿司の普及を支えたとされる(第25章)。赤酢のシャリは淡い茶色に色づき、マグロやコハダ、穴子のような味の強いネタと特に相性がよい。
黒酢
玄米や大麦を原料に、壺の中で 1〜3 年かけて発酵・熟成させた酢。熟成中にメイラード反応で黒褐色になり、アミノ酸が非常に多く、酸味が柔らかい。酢飯の主役にすることは少ないが、少量を赤酢や米酢に加えて深みを出す店がある。日本の規格で「米黒酢」と名乗るには 1 L あたり米 180 g 以上を使い、褐変していることが条件である。
| 種類 | 主原料 | 酸度(目安) | 性格 | 主な用途 |
|---|---|---|---|---|
| 米酢 | 米(1 L あたり 40 g 以上) | 4.2〜4.5% | まろやか、ほのかな甘みと旨味 | 白酢の基本。白身・貝に合う |
| 穀物酢 | 米・小麦・トウモロコシ等(醸造アルコールを加えるものが多い) | 4.2%〜 | 軽く、すっきり | 合わせ酢の土台、ブレンド |
| アルコール酢 | 醸造アルコール | 4.0%〜(高酸度品あり) | 旨味少、鋭い酸 | キレ出し、青魚の酢締め |
| 赤酢(粕酢) | 長期熟成した酒粕 | 4.5% 前後 | 褐色、コクと旨味、砂糖不要 | 江戸前のシャリ。マグロ・光り物・穴子 |
| 黒酢 | 玄米・大麦(米黒酢は米 180 g/L 以上) | 4.2%〜 | 黒褐色、アミノ酸豊富、柔らかい酸 | 少量を加えて深みを出す |
8.3 合わせ酢の三要素
合わせ酢は酢・塩・砂糖を合わせたもので、シャリの味を決める。三つの材料にはそれぞれ、味以外の物理的・化学的な役割がある。
酢 ― 酸味と静菌
酢は酸味と香りを与え、米の甘みを引き立てる。同時に pH を下げて細菌の増殖を抑え、酢飯を時間を区切って常温で扱えるようにする。殺菌ではなく増殖を抑える「静菌」であり、時間がたてば安全ではなくなる。江戸時代、冷蔵庫のない江戸で握り寿司の商売が成り立った一因も、この酢の働きにあったと考えられる。酢はまた、米粒表面のタンパク質をわずかに変性させて引き締め、粒立ちをよくする。入れすぎれば酸が立ち、米が硬く締まり、ネタの味を壊す。
塩 ― 浸透圧で引き締める
塩の役割は塩味だけではない。塩(塩化ナトリウム)は水に溶けるとナトリウムイオンと塩化物イオンに分かれる。分子が小さく、しかも二つに分かれるため、同じ重さの砂糖と比べて 10 倍以上の粒子数になり、非常に高い浸透圧を生む。浸透圧とは、濃度の違う溶液が半透膜(細胞膜)を挟んで接したとき、薄い側から濃い側へ水が移動する力である。熱い米に塩を含む合わせ酢を打つと、米粒表面の余分な水分が浸透圧で引き出され、表面が引き締まってベタつきが抑えられる、と説明される。ただし炊いた米は加熱で細胞膜が壊れており、塩も米粒の中へ入っていくので、生の魚の塩締めのようなはっきりした脱水は起きにくく、この効果は確かめきれていない。一方、握った寿司の中では、塩を含むシャリはネタに接する面からネタの余分な水分をわずかに引き出し、ネタの味を締めて輪郭を与えるとされる。本検定で問われる「合わせ酢の塩がシャリとネタに与える影響」はこの浸透圧の作用、すなわち「ネタの水分を適度に引き出し、米粒表面の余分な水分を奪って引き締め、ベタつきを抑える」という点である。
砂糖 ― 保水・照り・老化を遅らせる
砂糖(ショ糖)の分子には水と結びつく水酸基が多く、水を抱え込む保水性がある。合わせ酢の砂糖は米粒の水を抱えて逃がさず、シャリの乾燥を防ぎ、時間が経っても柔らかさを保つ。さらに、デンプン分子の間に砂糖が入り込むと、デンプンどうしが再結合して結晶化するのを邪魔するため、老化(第7章)を遅らせる。米粒表面に砂糖の薄い層ができると光を反射して照りが出る。味の面では酸味のカドを丸め、口当たりを柔らかくする。一方で、砂糖はネタの繊細な味を覆いやすく、入れすぎればシャリが主張してネタが負ける。赤酢を使う江戸前の店が砂糖を使わないのは、赤酢に糖とアミノ酸のコクがすでにあるからで、白酢の店は砂糖の量で店の味を決めることになる。
配合の考え方
合わせ酢の配合に唯一の正解はない。米 1 升(約 1.5 kg、炊き上がり約 3.3 kg)に対して、酢 180〜220 ml、塩 30〜45 g、砂糖 0〜120 g という幅の中で、店ごとに決まる。砂糖を使わない江戸前の赤酢の店では、酢 200 ml 前後に塩 35〜45 g 程度。関東の白酢の店では酢 180 ml に塩 30〜35 g、砂糖 30〜60 g 程度。関西や押し寿司、ちらし寿司では砂糖が 80〜120 g と多く、甘く柔らかいシャリになる。関西の寿司は時間を置いて食べるため、砂糖の保水性と老化遅延が必要だった。
| 様式 | 酢 | 塩 | 砂糖 | 性格 |
|---|---|---|---|---|
| 江戸前・赤酢 | 赤酢 180〜220 ml | 35〜45 g | なし | 褐色、コクと塩味。砂糖を使わず赤酢自体のまろやかさで酸を丸める。マグロ・コハダ・穴子など味の強いネタ向き |
| 関東・白酢 | 米酢 180 ml | 30〜35 g | 30〜60 g | 淡い色、酸と甘みのバランス。幅広いネタに |
| 関西・押し寿司 | 米酢 180〜200 ml | 30〜40 g | 80〜120 g | 甘く柔らかい。時間を置いても硬くなりにくい |
| 赤酢と米酢のブレンド | 合計 180〜200 ml | 35〜40 g | 0〜30 g | 色と旨味を中庸に。二種のシャリを使い分ける店も |
配合はネタとの相性で決める。脂の強いマグロやブリが中心の店は酸と塩を立てて脂を切り、白身や貝が中心の店は酸を穏やかにし、光り物を多く握る店はネタ自身が酢で締まっているぶんシャリの酸を抑える。季節でも変え、夏は酸と塩をやや強めに、冬はやや抑えてまろやかに、という店が多い。配合はグラムと ml で記録し、毎回同じ秤で計る。味見で決めるのは最後の微調整だけである。
8.4 合わせ酢の仕込みと保存
- 計量 酢を ml、塩と砂糖を g で計る。「大さじ」「カップ」は塩の粒度や砂糖の種類で重さが変わるので使わない。
- 溶かす 酢を鍋に入れ、塩と砂糖を加えて、弱火で 50〜60℃ 程度に温めながら混ぜ、完全に溶かす。沸騰させてはならない。酢酸は揮発しやすく、煮立てると酸味と香りが抜け、量まで変わる。火を使わず常温で一晩置いて溶かす店も多い。
- 寝かせる 1 日以上置くと酸味のカドが取れて味がなじむ。昆布を一片入れて 1〜2 日寝かせ、旨味を移す店もある。入れたままにするとヌメリと雑味が出るので、2 日以内に取り出す。
- 保存 ガラス・ホーロー・樹脂の容器で、直射日光を避け、冷暗所に置く。アルミ・鉄・銅の容器は酸で腐食して金属が溶け出すので使わない。合わせ酢は pH が低く塩分もあるため常温で日持ちするが、昆布や出汁を加えたものは傷みやすいので冷蔵し、1 週間以内に使い切る。容器には仕込み日を書く(第5章)。
白酢と赤酢のブレンド
赤酢だけのシャリは色が濃く、旨味が強く、ネタを選ぶ。米酢だけのシャリは軽く、淡いネタに合うが、マグロには少し弱い。そこで多くの店が、赤酢と米酢を 1:1 から 7:3 の間でブレンドし、色と旨味を調整する。白身にはやや甘めの白酢シャリ、マグロや光り物には砂糖のない赤酢シャリと、二種類を使い分ける店もある。ブレンドの比率を変えると酸の総量も変わるので、酸度から計算し直す。
8.5 塩と砂糖の種類
粗塩と焼き塩
塩は塩化ナトリウムが主成分だが、製法によって結晶の大きさ、含まれる水分、にがり(塩化マグネシウムなど)の量が違い、その違いが働き方を変える。粗塩は海水を煮詰めて作る結晶の大きな塩で、水分とにがり成分を含み、しっとりしている。粒が大きいため、表面に振っても一気には溶けず、ゆっくり溶けながら長い時間、浸透圧を働かせ続けるとされる。表面を急激に塩辛くすることなく、内部の余分な水分を時間をかけて引き出すから、魚の塩締め(第13章・第16章)に向くというのが職人の説明である。にがりのマグネシウムはわずかな苦味を加えると同時に、タンパク質を引き締める作用も持つ。
焼き塩は、塩を高温で焼いて水分を飛ばし、湿気を吸うにがり成分(塩化マグネシウム)を吸湿しにくい形に変えたもので、サラサラと乾いていて粒が細かく、素早く均一に溶ける。苦味が少なく、塩味が素直である。合わせ酢に溶かす塩、握る直前の振り塩、ネタに添える塩には、均一に溶けて量を正確に計れる焼き塩や精製塩が向く。本検定で問われる「粗塩と焼き塩の使い分け」の答えは、粗塩は「粒が大きく水分を含み、ゆっくり溶けて浸透圧を持続させ、表面を急激に塩辛くせずに内部の余分な水分を引き出す」、焼き塩は「乾いて細かく、均一に速く溶ける」という違いである。精製塩(塩化ナトリウム 99% 以上)は焼き塩に近い性質で、安定して計量できる。藻塩や岩塩は風味付けの塩であり、合わせ酢の基本には使わない(第20章)。
砂糖の種類
上白糖は細かく溶けやすく、転化糖を含むためしっとりした甘さで、合わせ酢に最も使われる。グラニュー糖はショ糖の純度が高く、すっきりした甘さで雑味がない。三温糖やきび糖は精製度が低く、カラメル由来のコクと色がある。砂糖の種類で甘さの質は変わるが、保水と老化遅延の働きはどれもほぼ同じである。
この章のまとめ
- 酢はアルコールを酢酸菌が酸化したもの。酸度(%)は 100 ml 中の酢酸換算の酸の重さで、一般に 4.2〜4.5%。酢を替えるときは酸の総量が同じになるよう量を計算し直す。
- 米酢はまろやかで白身・貝に合い、穀物酢は軽く、アルコール酢は旨味が少ないが鋭い酸でキレを出し、青魚を締める。殺菌力は酢の種類より酸度で決まる。
- 赤酢は酒粕を 1〜3 年以上熟成させて造る。アミノ酸と糖のメイラード反応でメラノイジンが生成して褐色とコクが生まれ、砂糖を使わない江戸前の伝統を支えた。
- 合わせ酢の酢は酸味と静菌(pH 低下)、塩は塩味と浸透圧でネタの余分な水分をわずかに引き出して味を締め(米粒表面を引き締める効果は確かめきれていない)、砂糖は保水・照り・老化遅延・酸味を丸める。
- 配合は米 1 升に酢 180〜220 ml、塩 30〜45 g、砂糖 0〜120 g の幅で、江戸前の赤酢は砂糖なし、関西は甘め。ネタと季節で決め、重さで記録する。
- 合わせ酢は沸騰させない(酢酸が飛ぶ)。1 日以上寝かせ、金属容器を避けて保存する。粗塩はゆっくり溶けて浸透圧を持続させ塩締め向きとされ、焼き塩は均一に速く溶けて合わせ酢・振り塩向き。
確認問題
問1 合わせ酢に加える塩の働きについて、物理化学的に正しい記述はどれか。
a 塩は米粒の内部に水を引き込み、ふっくらと柔らかく仕上げる
b 塩はデンプンの再結晶を妨げ、老化を遅らせる主要な成分である
c 塩は高い浸透圧でネタの余分な水分をわずかに引き出し、塩味とともに味の輪郭を作る
d 塩は酢酸と中和反応を起こし、酸味を弱める
e 塩は糊化温度を下げ、酢の浸透を速める
答え:c
塩は水に溶けると二つのイオンに分かれ、同じ重さの砂糖の 10 倍以上の粒子数になるため浸透圧が非常に高い。握りの中ではこの浸透圧がネタの余分な水分をわずかに引き出して味を締める。米粒表面の水分を奪って引き締めるという説明もあるが、炊いた米は細胞膜が壊れているため、その効果は確かめきれていない。b は砂糖の働きである。d は誤りで、塩化ナトリウムは酢酸を中和しない。

