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すし検定

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Índice 第3章 寿司屋で起きる食中毒
    1. 序章本書の使い方と一級の位置づけ
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章世界に広がる寿司と衛生の現実
    2. 第2章微生物と腐敗のしくみ
    3. 第3章寿司屋で起きる食中毒
      1. 3.1 食中毒の全体像と寿司屋の3大食中毒
      2. 3.2 アニサキス
      3. 3.3 ノロウイルス
      4. 3.4 腸炎ビブリオ
      5. 3.5 加熱しても消えない毒 ― 黄色ブドウ球菌とヒスタミン
      6. 3.6 知っておくべきその他の細菌
      7. 3.7 自然毒と化学物質
      8. 3.8 食物アレルギー ― 微量で命を奪う
      9. 3.9 食中毒が疑われたときの初動
    4. 第4章洗浄・消毒・異物混入防止の科学
    5. 第5章温度管理と在庫管理
    6. 第6章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリの科学

    1. 第7章米を知る
    2. 第8章合わせ酢と調味
    3. 第9章シャリ切りと温度
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第10章魚の死後に起きること ― 死後硬直・熟成・腐敗
    2. 第11章目利きと仕入れ
    3. 第12章冷凍と解凍の科学
    4. 第13章下処理の科学 ― 塩・酢・昆布・皮・骨
  4. 第IV部 ネタ各論

    1. 第14章マグロ
    2. 第15章白身魚
    3. 第16章光り物
    4. 第17章海老・蟹・イカ・タコ
    5. 第18章貝類
    6. 第19章煮物・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第20章醤油・煮切り・ツメ・出汁と旨味
    2. 第21章わさび・海苔・ガリ・茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第22章包丁と砥石
    2. 第23章おろし方と切り付け
    3. 第24章握りと巻き ― 手返しとシャリ玉の構造
  7. 第VII部 寿司の歴史と職人の心得

    1. 第25章寿司の歴史
    2. 第26章提供・接客と職人の責任
  8. 付録 資料編

    1. 付録A温度・時間 早見表
    2. 付録B食中毒一覧表
    3. 付録C用語集
    4. 付録D出題分野と出題の目安

第I部 食の安全 ― 寿司職人の第一の責務

第3章

寿司屋で起きる食中毒

第2章の原理を、寿司屋で実際に人を傷つける「顔ぶれ」に当てはめる。日本の寿司店で起きる食中毒の代表はアニサキス・ノロウイルス・腸炎ビブリオである。これに、加熱で消えない毒を作る菌、冷蔵庫でも増える菌、魚自身の毒、食物アレルギーを加え、「原因・症状・潜伏期間・由来・予防・海外での注意」の型で整理する。一級では温度・時間・濃度の数値と、その数値になる理由が問われる。

この章の到達目標

  • 3大食中毒の原因・潜伏期間・予防の数値を、理由とともに説明できる
  • アニサキスの生活環から、内臓を早く抜く理由と、酢や塩で死なない理由を答えられる
  • 加熱で壊れない毒(エンテロトキシン、ヒスタミン、自然毒)をどう防ぐかを説明できる
  • 特定原材料を列挙し、専用器具と聞き取りでアレルゲンの交差接触を防げる

3.1 食中毒の全体像と寿司屋の3大食中毒

食中毒とは、有害な微生物・寄生虫・毒素・化学物質を含む飲食物による健康被害である。感染型は、生きた菌・ウイルス・寄生虫が体内に入って発症する(腸炎ビブリオ、サルモネラ、ノロウイルス、アニサキス)。毒素型は、食品の中で菌が作った毒素を食べて発症する(黄色ブドウ球菌、セレウス菌)。感染型は菌を殺せば防げるが、毒素型は菌を殺しても毒素が残れば発症する。この差が「加熱すれば安全」が通用しない場面を生む。第三が、食中毒統計で細菌・ウイルスとは別に分類される自然毒(フグ毒・貝毒)と化学物質(ヒスタミン・水銀)である。潜伏期間は原因推定の手がかりになる。毒素を直接食べる黄色ブドウ球菌やヒスタミンは数十分〜数時間、感染型の細菌は半日〜数日、カンピロバクターや O157 は2〜8日、リステリアは数週間に及ぶ。

日本の寿司店で起きる食中毒の代表はアニサキス、ノロウイルス、腸炎ビブリオであり、協会はこれを寿司屋の3大食中毒と呼ぶ。寄生虫・ウイルス・細菌と種類が異なり、効く対策も全く違う。アニサキスは冷凍と目視、ノロウイルスは加熱と塩素と人の管理、腸炎ビブリオは真水と低温と時間である。

3.2 アニサキス

原因と生活環

アニサキスは線虫の一種で、問題になるのは幼虫である。長さ2〜3cm、幅0.5〜1mm、白く半透明の糸状で、内臓の表面や腹側の身に渦巻き状に丸まっている。成虫はクジラやイルカの胃に寄生し、卵が糞とともに海へ出る。孵った幼虫はオキアミに食べられ、オキアミを食べた魚やイカの腹腔に溜まり、その魚をクジラが食べて成虫になる(図3-1)。ヒトは環の外の偶発的な宿主で、幼虫は人の体内では成虫になれず数週間のうちに死ぬが、死ぬまでに胃壁や腸壁に頭を刺して激痛を起こす。

幼虫の居場所は魚の生死で変わる。魚が生きている間、大部分は内臓にいる。死んで時間が経つと内臓から腹側の筋肉へ移る個体が増える。「丸の魚は仕入れたら真っ先に腹を抜く」のは、幼虫を筋肉に入れないための手順である。ただし生きているうちから筋肉にいる幼虫もおり、内臓除去だけでゼロにはならない。日本では太平洋側のサバに多い種類の方が、日本海側に多い種類より筋肉に移りやすいと報告されており、同じサバでも産地でリスクが異なる。

クジラ・イルカ(終宿主) 胃で成虫になり、卵を産む 海中の卵 → 幼虫 オキアミに食べられる 魚・イカ(中間宿主) 内臓に集まり、死後は筋肉へ ヒト(偶発的な宿主) 成虫になれず、胃壁に刺入 卵が糞とともに海へ オキアミごと魚・イカが食べる 魚をクジラが食べる 生で食べる
図3-1 アニサキスの生活環。ヒトは本来の宿主ではないため幼虫は成虫になれないが、刺入によって激痛を起こす。

症状と潜伏期間

多くは胃アニサキス症で、食後数時間(多くは 12 時間以内)にみぞおちの激痛と嘔吐が起きる。痛みには刺入の刺激に加えて幼虫へのアレルギー反応が関わるとされ、内視鏡で摘出すればほぼ即座に治まる。腸アニサキス症は食後十数時間〜数日後に下腹部痛で始まり、腸閉塞に進むことがある。発熱や下痢が目立たない「食中毒らしくない激痛」が特徴で、近年の日本の食中毒統計では事件数で最も多い原因である。

どこから来るか

多い魚はサバ、サンマ、イワシ、アジ、カツオ、サケ、スルメイカなど、オキアミを食べる回遊魚とその捕食者で、タラ、ブリ、ヒラメにも見られる。一方、養殖魚にはほとんどいない。配合飼料で育ち、生きたオキアミや天然の小魚を食べないので、生活環が切れているからである。ノルウェーやチリの養殖サーモンを生で出せるのはこのためで、EU の規則も「寄生虫のいない飼料で育てた養殖魚」を冷凍義務の例外としている。天然の稚魚を海で育てた養殖魚や、生餌で育てた養殖魚には当てはまらず、寄生が見つかった例がある。

寿司屋での予防

  1. 入れない 鮮度の良い魚を選び、丸の魚は仕入れたらすぐ内臓を抜く。内臓は生で出さない。
  2. 見つける おろしたら腹側の身(ハラス、血合い周り)を中心に表裏を目視し、見つけたら骨抜きでつまみ出す。暗い場所でブラックライト(波長 365nm 前後の紫外線ライト)を当てると幼虫は青白く蛍光を発し、目視より見つけやすくなる。ただし紫外線は身の奥まで届かず、浮かび上がるのは表面から約 0.5 mm までにいる幼虫に限られ、生きた幼虫の蛍光は冷凍後より弱い。サバ・イカ・サンマなど高リスクの魚には必ず使うが、見つからないことは安全の保証にならない。
  3. 殺す 冷凍は−20℃以下で 24 時間以上(日本の厚生労働省の呼びかけ。EU は製品のすべての部分でこの条件を求める)。確実にするには、魚の中心が −20℃に達してから 24 時間と数える。加熱は中心温度 60℃で1分以上、または 70℃以上。

酢、塩、醤油、わさびでは死なない。幼虫は本来、魚の内臓や海獣の胃(胃酸 pH1〜2)の中で生きる寄生虫であり、厚い体表を持つ。pH3 程度の食酢や海水に近い3%の塩水が効くはずがなく、しめサバによるアニサキス症が毎年起きるのはこのためである。「よく噛む」「細く切る」にも限界がある。刻めば傷つく幼虫は増えるが、1匹でも無傷なら発症するので安全対策には数えない。

表3-1 生食用の魚介に対する寄生虫殺滅の冷凍基準
国・地域冷凍条件備考
日本(厚生労働省)−20℃で 24 時間以上(呼びかけ。法令上の義務ではない)加熱なら 60℃1分以上、または 70℃以上
EU(規則 853/2004)製品のすべての部分で −20℃以下を 24 時間以上、または −35℃以下を 15 時間以上寄生虫のいない飼料で育てた養殖魚は例外
米国(FDA Food Code)冷凍庫内の温度で −20℃以下を7日間(総時間)、または −35℃以下で凍結後 −35℃で 15 時間、または −35℃以下で凍結後 −20℃以下で 24 時間一部の大型マグロ類、配合飼料の養殖魚、二枚貝は対象外

海外での注意

アニサキスは世界中の海にいる。欧州ではスペインの酢漬けアンチョビが代表的な原因食品であり、EU は生食用などの魚介に冷凍を義務づけている。米国の「−20℃で7日間」が日本より長いのは、中心温度ではなく冷凍庫内の温度で数え、凍結にかかる時間も含めた総時間だからである。海外では「日本では生で出している」は通らず、その国の規則に従って冷凍の記録(温度・時刻・魚種)を残す。

3.3 ノロウイルス

原因と性質

ノロウイルスは直径 30〜40nm の小さなウイルスで、人の小腸でだけ増え、食品の中では増えない。しかし 10〜100 個程度のごく少量で感染するとされ、患者の便1gには1億個を超えるウイルスが含まれることも多い。トイレの後に手に残った見えない痕跡で、客を発症させるのに十分である。外側に脂質の膜(エンベロープ)を持たないため、脂質膜を壊して効くアルコールが効きにくい。乾燥と低温にも強く、乾いた嘔吐物の粉塵からも感染する。冬に多いが一年中発生する。

症状と潜伏期間

潜伏期間は 24〜48 時間。突然の激しい嘔吐、下痢、腹痛、軽い発熱で、通常1〜2日で軽快する。恐ろしいのは治ってからで、症状が消えた後も1週間程度、長いと1か月ほど便にウイルスが出続ける。症状の出ない感染者もいる。日本の食中毒統計で患者数が最も多い原因がノロウイルスであり、その大半は二枚貝ではなく調理従事者の手を経由している。

どこから来るか

一つは二枚貝である。カキ、アサリ、ハマグリは大量の海水を濾過して餌を取る(カキでは1時間に 10〜20 リットル以上)ため、下水由来のウイルスが中腸腺に濃縮される。貝は病気にならず、見た目も匂いも変わらない。もう一つは人で、感染者の便や嘔吐物から手指を介して食品に移る。寿司のように加熱後に手で触る食品は、調理人が感染していれば一度に何十人も発症させる。

寿司屋での予防

第一に加熱。二枚貝を加熱して出すなら中心温度 85〜90℃で 90 秒以上(厚生労働省の基準)。第二に消毒。確実に効くのは次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤の主成分)と熱(85℃以上で1分以上)で、器具・調理台には 200ppm(0.02%)、嘔吐物・便には 1000ppm(0.1%)を使う(希釈と嘔吐物の処理手順は第4章)。第三に人の管理。毎朝、嘔吐・下痢・発熱の有無を確認し、症状があれば調理に入らない。家族の発症も申告させ、ノロウイルスと診断された者は、回復後も検便でウイルスがないと確認できるまで生食品を直接触らせない。検便は月1回以上、冬季(10〜3月)はノロウイルス検査を加える。第四に手洗い。石鹸と流水はウイルスを殺すのではなく洗い流す。アルコールが効きにくいからこそ、2度洗い(第4章)が主役になる。

「生食用」表示の意味

カキの「生食用」は、清浄な海域として指定された海域で採れたか、殺菌した海水などで浄化したもので、細菌数や大腸菌などの基準を満たしたものに付く表示である。基準は細菌に対するもので、ノロウイルスがいない保証ではない。「加熱用」は栄養豊かな河口近くのものが多く、大粒で味も濃いが、生で食べてはならない。「加熱用の方が旨いから生で出す」は、最も起こしやすく最も言い訳の立たない事故である(第18章参照)。

海外での注意

欧米でもカキのノロウイルス食中毒は冬ごとに繰り返される。産地証明(ハーベストタグ)を保管し、生で出す貝は認可された生産者から仕入れ、下水処理の不十分な沿岸の貝は生で出さない。米国 Food Code は嘔吐・下痢のある従業員を調理場から排除することを義務づけており、「軽い腹下しなら出勤」が違法になる国がある。

3.4 腸炎ビブリオ

原因と性質

腸炎ビブリオは海水に住む細菌で、塩分がないと生きられない好塩菌である。海水に近い塩分約3%で最もよく育ち、海水温が 15〜20℃を超える初夏から秋に沿岸で増え、魚介の体表、エラ、内臓に付く。最大の特徴は増殖の速さで、最適条件(30〜37℃、塩分3%)では約10分に1回分裂し、食中毒菌の中で最速とされる。1個が1時間で約 64 個、2時間で約 4,000 個、3時間で約 26 万個、4時間で 1,600 万個を超える。夏の調理場に魚を3時間置けば、朝には無害だった表面の菌が発症量に達しうる。

弱点もはっきりしている。真水に弱い(浸透圧の差で細胞が壊れる)。熱に弱い(60℃で10分、中心温度 75℃なら1分)。低温で増えない(10℃以下で増殖が大きく鈍り、4℃以下ではほぼ止まる。ただし冷やしても菌は消えない)。酸にも弱く、酢飯の pH では増えにくい。

症状と潜伏期間

潜伏期間は 8〜24 時間(多くは 12 時間前後)。激しい腹痛と水のような下痢が主で、2〜3日で回復するが高齢者では脱水で重くなる。日本では 1990 年代後半まで事件数・患者数とも上位を占め、1998 年には患者数が1万2千人を超えて首位となったが、2001 年に生食用鮮魚介類の規格基準(10℃以下での保存、飲用に適する水での洗浄、菌数基準)が定められて激減した。菌が消えたのではなく、菌の性質を突いた対策が徹底されたからである。

どこから来るか

夏の魚介の表面・エラ・内臓から、まな板、包丁、手、ダスターに移り、次に触れた食品に乗る。特徴的なのは二次汚染で、同じまな板で切ったきゅうりや、同じ布巾で拭いた皿から発症した例が繰り返されている。魚の塩分を持ち込まれた野菜の上でもこの菌は増える。

寿司屋での予防

  1. 真水で洗う 丸の魚はウロコ・エラ・内臓を除いたあと、飲用に適する流水で体表と腹腔をよく洗う。好塩菌は真水で死に、物理的にも流される。洗うのは汚染工程の最後、おろす前である(おろした身を真水に浸さない理由は第13章)。
  2. すぐ冷やす 洗った魚は直ちに冷蔵(4℃以下が理想、少なくとも 10℃以下)に戻し、まな板に出す量は必要分だけにする(第5章)。
  3. 時間を切る 「10分で倍」を頭に置き、作業の区切りごとに冷蔵庫へ戻す。
  4. 器具を分ける 水洗いに使ったまな板・包丁・ダスターをそのままサク取りや野菜に使わず、工程が変わるときはリセットする(第4章)。

海外での注意

暖かい海ほど多い。東南アジア、インド、中南米の沿岸では一年中が日本の夏の条件である。氷の少ない市場の魚は、水揚げから店まで何時間、何℃に置かれたかを考え、非接触温度計で表面が 10℃を超えていればその日の生食に使わない。同属のビブリオ・バルニフィカスは生ガキや海水に触れた傷から感染し、肝臓病や糖尿病のある人では致死率が高い。米国で夏の生ガキに警告文が付くのはこの菌のためである。

3.5 加熱しても消えない毒 ― 黄色ブドウ球菌とヒスタミン

黄色ブドウ球菌

黄色ブドウ球菌は健康な人の約3割が鼻の中に持ち、皮膚、髪、化膿した傷に多い常在菌である。手の切り傷やささくれ、鼻をこすった指が汚染源になる。食品の上で増えるときにエンテロトキシンという毒素を作り、これは100℃で 30 分加熱しても壊れない。菌は加熱で死ぬが毒素は残るので、一度菌が付いて増えた食品は焼いても煮ても安全にならない。2000 年に日本で起きた乳製品の大規模事件では、原料段階で作られた毒素が加熱殺菌を生き延びて1万人以上が発症した。潜伏期間は 1〜6 時間(平均3時間)と短く、激しい吐き気と嘔吐が主で、多くは 24 時間以内に回復する。塩分 15%程度でも増えるので、おにぎりや寿司のような塩気のある米飯でも増え、毒素の産生は 10℃以上で進む。作って室温に数時間置いた握りや弁当が典型的な原因である。

防御の第一は、菌を食品に移さないことである。加熱は毒素に効かず、冷蔵も付いた菌を消しはしない。ただし毒素は菌が増えるときに作られるので、10℃以下に保って増やさないことが第二の防御になる(一度できた毒素は冷やしても消えない)。だから手洗いは「汚れを落とす作業」ではなく、「毒素を作る菌を最初の段階で物理的に遮断する工程」である。手に傷がある職人は防水の絆創膏で覆った上で手袋をするか、治るまでネタとシャリに直接触れない。鼻や髪や顔を触ったら洗い直す。

ヒスタミン

ヒスタミンは、魚肉に多いアミノ酸ヒスチジンが細菌の酵素で変えられてできる。ヒスチジンの多いマグロ、カツオ、サバ、イワシ、サンマ、ブリ、シイラなど赤身・青魚で起き、白身ではほとんど起きない。作る菌は魚の表面やエラにいて、魚が 10℃を超えると急速に働き、一部は低温でもゆっくり働くため、冷蔵庫に長く置いた赤身魚でも蓄積する。生成したヒスタミンは加熱でも冷凍でも壊れない。缶詰や干物でも事故が起きるのはこのためである。

症状は食後数分〜1時間で、顔の紅潮、じんましん、頭痛、動悸。アレルギーと見分けがつかないためアレルギー様食中毒と呼ばれるが、同じ魚を食べた複数人が一斉に発症する点で区別できる。舌や唇がピリピリするのは多いサインである。米国 FDA は魚肉中 50mg/kg を行政措置の目安、EU は 100〜200mg/kg を上限としている。防御は温度と時間に尽きる。解凍は冷蔵庫か氷水で行い、室温解凍はしない(第12章)。解凍したマグロのサクを調理台に出しっぱなしにしない。一度できたヒスタミンは、洗っても酢で締めても煮ても減らない。

3.6 知っておくべきその他の細菌

サルモネラ

鶏卵、鶏肉、食肉に由来する。潜伏期間 6〜72 時間、発熱・腹痛・下痢。寿司屋では玉子焼きの卵が入り口になる。ひび割れた卵は使わず、割った卵液は作り置かず、玉子焼きは中心まで火を通す(75℃で1分以上)。卵を割った手で次の仕事に移らない。海外では卵の殻にサルモネラが付いていることが前提で、日本の生卵の感覚は通用しない。

カンピロバクター

鶏肉に高率に付き、数百個で感染する。潜伏期間 2〜5 日と長く、下痢・腹痛・発熱のほか、まれに手足の麻痺(ギラン・バレー症候群)を残す。鶏肉を扱った包丁・まな板・手からの二次汚染が主な原因で、鶏料理を出す店では鶏専用の器具と場所を決める。

腸管出血性大腸菌 O157

牛の腸にいる大腸菌の一種で、ベロ毒素を出す。100 個程度の少ない菌でも感染し、潜伏期間 3〜8 日の後、激しい腹痛と血便を起こす。子どもや高齢者では溶血性尿毒症症候群(腎臓が侵される合併症)に進み、死亡例がある。酸に強く、浅漬けで事故を起こしており、「酢飯だから」は通用しない。加熱には弱く 75℃1分で死ぬ。牛肉を扱う場合の分離、野菜の洗浄、人からの持ち込みが要点である。

リステリア

リステリアは土や水、動物に広くいて、冷蔵庫の温度(0〜4℃)でも増え続ける数少ない食中毒菌である。塩分 10%でも増える。スモークサーモン、生ハム、ナチュラルチーズ、長期冷蔵した調理済み食品が原因になる。健康な人では軽いが、妊婦では流産・死産、高齢者では髄膜炎や敗血症を起こし、重症例の死亡率は高い。潜伏期間は数日〜数週間(最長 70 日)。教訓は「冷蔵庫に入れておけば安全」が成り立たない菌がいることで、魚を冷蔵で何日も置く熟成(第10章)の時間はリステリアの時間でもある。器具の清潔と期限管理、妊婦の客への配慮が対策になる。

ウェルシュ菌

嫌気性で、熱に強い芽胞(菌の耐久型)を作る。大鍋の煮物を室温でゆっくり冷ますと、加熱を生き延びた芽胞が発芽し、酸素の少ない鍋底で 43〜47℃を中心に急増する。潜伏期間 6〜18 時間、下痢と腹痛。寿司屋では穴子の煮汁、かんぴょうや椎茸の煮物、出汁、ツメの鍋を火から下ろして翌日まで室温に置く習慣が最大のリスクである。小分けして急冷し(第5章)、再加熱はよく混ぜながら中心まで沸かす。芽胞は 100℃でも死なないので「毎日火を入れている」は保証にならない。

セレウス菌

米や穀類に芽胞で付き、炊いた米を室温に置くと発芽して増え、熱に極めて強い嘔吐毒素を作る。潜伏期間 30 分〜6時間で激しい嘔吐。白飯の炊き置き、保温ジャーの低温保温、翌日に回す飯が危ない。酢飯は pH が低く増殖を抑えるが、酢を合わせる前の白飯では過信できない(第6章・第9章)。

3.7 自然毒と化学物質

フグ毒(テトロドトキシン)

テトロドトキシンは神経の信号を遮断する毒で、フグの肝臓、卵巣、皮、腸に多く、種類と個体と季節で量が変わる。加熱で壊れず、解毒剤がない。食後 20 分〜3時間で口唇と舌のしびれが始まり、手足の麻痺を経て呼吸筋が麻痺して死に至る。推定致死量は 1〜2mg 程度である。日本ではフグの処理は都道府県が認めた有資格者に限られ、無資格の調理は違法である。釣ったフグを出すこと、肝を求める客に応じることは、職人の資格を失う行為と心得る。

シガテラ

シガテラは熱帯・亜熱帯のサンゴ礁の渦鞭毛藻が作る毒が、藻を食べる小魚から大型の肉食魚(バラフエダイ、バラハタ、オニカマス、ウツボ、大型のハタ類)に濃縮されて起きる。加熱で壊れない。食後1〜8時間で下痢・嘔吐と、冷たいものに触れると電気が走るように感じる温度感覚の異常が特徴で、神経症状が数週間〜数か月続くことがある。同じ魚種でも個体ごとに毒の有無が違い、見た目では分からない。日本ではオニカマスの食用が国の通知で禁止され、その他の有毒魚種も都道府県ごとに食用としないよう指導されている。

貝毒

二枚貝が有毒プランクトンを食べて蓄積する毒で、麻痺性貝毒(食後 30 分で口のしびれ、重症では呼吸麻痺)と下痢性貝毒(下痢・嘔吐、数日で回復)がある。どちらも加熱で壊れない。春から初夏に多く、ホタテ、ムラサキイガイ、カキ、アサリで起きる。日本では産地の定期検査と出荷規制で流通品は守られているが、潮干狩りや個人採取の貝はこの網の外にある。「客が採ってきた貝を握ってくれ」と言われても断る。

水銀

メチル水銀は食物連鎖で大型の肉食魚に濃縮される。胎児の神経発達に影響するため、厚生労働省は妊婦に対し、クロマグロ、メバチ、メカジキ、キンメダイは1回 80g として週1回程度までという目安を示している。健康な大人には問題のない量だが、妊娠中の客にトロや大型魚を続けて出さない配慮が、知識としての職人の仕事である。

3.8 食物アレルギー ― 微量で命を奪う

食物アレルギーは、特定の食品のタンパク質に免疫が過剰に反応して起きる。菌も毒素も関係なく、健康な人には無害な食品がその人にだけ毒になる。重症型のアナフィラキシーでは食後数分〜30 分でじんましん、唇やのどの腫れ、呼吸困難、血圧低下が一気に進み、処置が遅れれば死に至る。原因となる量はごく微量でよく、まな板に残った数mgのエビの汁、同じ包丁、同じ菜箸、同じ揚げ油、同じ煮汁で発症する。「少し気をつける」では済まない理由である。

日本の食品表示法で表示が義務づけられた特定原材料は、えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生、カシューナッツの9品目である(くるみは 2023 年、カシューナッツは 2026 年4月に追加。カシューナッツは 2028 年3月末まで経過措置がある)。表示が推奨される品目にも、いか、いくら、さけ、さば、あわび、大豆、ごま、ゼラチンなど寿司に関わるものが多い。表示義務は容器包装された食品にかかり、店内提供の料理には法律上の義務はないが、客に尋ねられて正確に答えられないことは許されない。EU では飲食店の料理にも 14 品目(魚、甲殻類、軟体動物、大豆、ごまを含む)の情報提供が義務で、寿司屋の献立はほぼ全品が対象になる。寿司屋には隠れたアレルゲンがある。醤油と煮切りには小麦が含まれる。玉子焼きにエビや白身魚のすり身を混ぜる店がある。カニカマには卵白、小麦、カニエキスが入る。天ぷらの衣、ごまを振った巻物、ゼラチンの寄せ物。自店の全品目について何が入っているかを一覧にしておく。

  1. 聞き取る 予約時と着席時に必ず尋ね、申告があれば品目と重さ(アナフィラキシーの経験、自己注射薬の携帯)を確認する。
  2. 専用の清潔な器具を使う 洗ってあっても共用のまな板・包丁は使わない。専用に洗浄・消毒したまな板と包丁、箸、皿を出し、手を洗い直して、他の作業を挟まずに仕上げる。可能なら他の注文より先に作る。
  3. 調味料と油・汁を分ける 共用の醤油皿、煮切りの刷毛、揚げ油、茹で汁を使わない。
  4. 伝える 出すときに対応内容を客本人に口頭で確認する。対応できないときは、できないとはっきり断る。「たぶん大丈夫」が最も危険である。

3.9 食中毒が疑われたときの初動

客から体調不良の連絡があったら、否定も安易な謝罪もせず、まず事実を記録する。食べた日時と内容、発症日時、症状、同席者の状況、受診の有無。潜伏期間から原因を推定し、該当日の仕入れ・仕込み・従業員の体調記録を保全し、検食があれば廃棄しない。複数の客に症状があれば、営業を続ける前に保健所に相談する。届け出は義務であり、隠すほど被害も処分も大きくなる。施設の消毒は第4章、客への対応は第26章で扱う。

この章のまとめ

  • 寿司屋の3大食中毒はアニサキス(寄生虫)・ノロウイルス(ウイルス)・腸炎ビブリオ(細菌)。種類が違うので効く対策も違う。
  • アニサキスは死後に内臓から筋肉へ移るので早く内臓を除く。目視とブラックライト(青白く光る)で見つけ、中心 −20℃以下 24 時間以上の冷凍か 60℃1分以上の加熱で殺す。酢・塩・わさびでは死なない。
  • ノロウイルスは二枚貝と人の手から来て、アルコールが効きにくい。85〜90℃90秒以上、次亜塩素酸ナトリウム 200ppm/1000ppm、体調管理、2度洗い。「生食用」はノロの保証ではない。
  • 腸炎ビブリオは海水の好塩菌で約10分に1回分裂する。真水・熱・4℃以下に弱い。
  • エンテロトキシンとヒスタミンは加熱で壊れない。作らせないことが防御で、エンテロトキシンには手洗い・傷の管理と低温保持、ヒスタミンには温度と時間の管理。
  • リステリアは冷蔵庫でも増え、ウェルシュ菌とセレウス菌の芽胞は 100℃を生き延びる。
  • フグ毒・シガテラ・貝毒は加熱で壊れない。有資格者、産地規制、流通品のみ。
  • 食物アレルギーは微量で命に関わる。特定原材料9品目、聞き取り、専用の清潔な器具、口頭確認。

確認問題

問1 アニサキスに関する記述として正しいものはどれか。
a 幼虫は酢で締めれば数時間で死ぬので、しめサバは安全である
b 幼虫はヒトの体内で成虫になり、卵を産んで症状を長引かせる
c 魚の死後、幼虫は内臓から筋肉へ移動するため、丸の魚は早く内臓を除く
d 養殖魚は海で育つため天然魚より寄生が多い
e 殺虫には −5℃で一晩の冷蔵で十分である

答え:c

生きた魚では幼虫の大部分が内臓にいるが、死後時間が経つと腹側の筋肉へ移る個体が増えるため、内臓の早期除去が予防になる。a は酢・塩・わさび・醤油では死なないので誤り。b はヒトが偶発的な宿主で幼虫は成虫になれないので誤り。d は逆で、配合飼料で育つ養殖魚にはほとんどいない。e の基準は −20℃以下で 24 時間以上(確実にするには中心温度で数える)である。

問2 「十分に加熱しても食中毒を防げない」ものの組み合わせとして正しいものはどれか。
a 腸炎ビブリオとサルモネラ
b カンピロバクターと O157
c 黄色ブドウ球菌のエンテロトキシンとヒスタミン
d リステリアとノロウイルス
e アニサキスとウェルシュ菌の栄養型

答え:c

エンテロトキシンは 100℃30分でも壊れず、ヒスタミンも加熱・冷凍で分解されない。菌を殺しても毒が残るため、前者は手洗い・傷の管理と低温保持で、後者は温度と時間の管理で、毒を作らせないことが防御になる。a・b・d は中心 75℃1分(ノロは 85〜90℃90秒)の加熱で死ぬ。e のアニサキスは 60℃1分または 70℃以上で死に、ウェルシュ菌も芽胞以外は加熱で死ぬ。