付録
付録C
用語集
本書で使う専門用語を五十音順に収めた。漢字の語は括弧内に読みを示し、アルファベットの語は読みの位置に置いた(ATP はア行、HACCP はハ行、pH と ppm はハ行)。各語の末尾に主な参照章を記す。試験では用語そのものより、その用語が指す現象の「なぜ」が問われる。意味が曖昧な語は、参照章に戻って確かめること。
C.1 あ行
- 上がり(あがり)
- 寿司店で出す熱い茶。粉茶や煎茶を使う。茶のカテキンがタンパク質と結合する収斂作用と、熱い茶が脂を流す働きで口の中を洗い、次の一貫の味を正しく感じさせる。(第21章)
- 赤酢(あかず)
- 酒粕を熟成させて造る酢。粕酢ともいう。酒粕のアミノ酸と糖のメイラード反応で褐色の色素メラノイジンが生じ、赤みと深い旨味を持つ。江戸前の酢飯の原点で、現代の高級店で再評価されている。(第8章・第25章)
- アクチンとミオシン(あくちんとみおしん)
- 筋肉を動かす二つのタンパク質。生きている間は ATP の力で結合と解離を繰り返すが、死後に ATP が尽きると強く結合したまま離れなくなり、身が硬くなる。これが死後硬直である。(第10章)
- 炙り(あぶり)
- ネタの表面を直火で焼く技法。融点の低い皮下の脂を溶かし、焦げたところにメイラード反応の香ばしさを与え、脂のくどさを打ち消す。表面だけに火を入れ、中は生のまま温度の対比を作る。(第14章)
- アナフィラキシー
- アレルゲンを摂取して短時間に全身に起きる重いアレルギー反応。じんましん、呼吸困難、血圧低下を伴い、死に至ることがある。微量の原因食材の移行でも起きるため、専用器具による交差汚染の遮断が必要になる。(第3章・第26章)
- アニサキス
- サバ、アジ、イワシ、サンマ、カツオ、サケ、イカなどに寄生する線虫の幼虫。長さ 2〜3 cm の白い糸状で、魚が死ぬと内臓から筋肉へ移動する。−20℃以下で 24 時間以上の冷凍(厚生労働省の指導。中心温度で数えるのが確実)か、60℃で 1 分以上または 70℃以上の加熱で死ぬ。酢・塩・わさび・醤油では死なない。(第3章)
- アミロース
- 米のデンプンを構成する直鎖状の分子。割合が高いほど粘りが少なく、炊いた米がほぐれやすくなる。うるち米はもち米よりアミロースが多く、酢飯に向く。(第7章)
- アミロペクチン
- 米のデンプンを構成する枝分かれした分子。粘りの元で、もち米はほぼこれだけでできている。うるち米はアミロースとアミロペクチンの両方を含む。(第7章)
- 粗塩と焼き塩(あらじおとやきじお)
- 粗塩は粒が大きく水分を含む塩で、ゆっくり溶けながら浸透圧を働かせるため、表面を急に塩辛くせずに深部の余分な水分を抜くのに向く。焼き塩は加熱して水分を飛ばしたさらさらの塩で、素早く均一に振れる。(第13章・第20章)
- アリルイソチオシアネート
- わさびの辛味成分。細胞が壊れてシニグリンにミロシナーゼが働くことで生じる。揮発性が高く、すりおろしてから 3〜5 分で辛味がピークになり、その後は抜けて苦味が残る。抗菌作用もある。(第21章)
- アルコール酢(あるこーるす)
- 醸造アルコールを原料に発酵させた酢。旨味は少ないが酸味が鋭く純度が高い。酸味のキレを出し、脂の強い魚を締める目的で米酢に混ぜて使われる。(第8章)
- アルファ化(あるふぁか)
- 生米の硬いベータデンプンが、水と熱で分子間の水素結合をほどかれ、水を抱き込んで柔らかく膨らむこと。糊化と同じ意味。炊飯とはデンプンをアルファ化することである。(第7章)
- 活け締め(いけじめ)
- 生きた魚の延髄を切り、血を抜いて即死させる処理。暴れて ATP を消耗させずに済むため死後硬直が遅れ、血が残らないので生臭さと腐敗が抑えられる。活け締めをせず氷水などで自然に死なせた魚は野締めといい、鮮度の落ちが速い。(第10章・第11章)
- 一番摘み(いちばんつみ)
- その年の海苔の最初の収穫。葉が柔らかく薄く、口溶けと香りがよい。寿司用の上質な海苔はここから選ばれる。(第21章)
- イノシン酸(いのしんさん)
- 魚の旨味の主成分である核酸系の旨味物質。死後、ATP が酵素で分解されて生じる。熟成で増え、さらに分解が進むとヒポキサンチンになって苦味に変わる。グルタミン酸と合わせると旨味が相乗的に強まる。(第10章・第20章)
- 陰圧(いんあつ)
- 周囲より圧力が低い状態。炊きたての米から水蒸気が抜けるときに粒の内部に生じ、合わせ酢を吸い込む力になるとされる。湯通しした生姜を強く絞ると、押し縮められた組織が元に戻ろうとして甘酢を吸い込む。(第9章・第21章)
- 裏押し(うらおし)
- 片刃包丁の研ぎで、裏面を砥石に平らに当てて軽く引く動作。表を研いだときに刃先の裏側へ押し出された金属のめくれ(カエリ)を取り、鋭い刃先を完成させる。(第22章)
- 裏すき(うらすき)
- 和包丁の裏面に作られた浅い凹み。裏面全体ではなく刃先と峰だけが砥石に当たるため、裏押しで平面が出しやすく、切った身が離れやすい。(第22章)
- 裏巻き(うらまき)
- 海苔を内側にして酢飯を外側に巻いた巻物。黒い海苔に抵抗のある海外の客のために考案され、カリフォルニアロールが代表。(第24章・第25章)
- ATP(えーてぃーぴー)
- アデノシン三リン酸。筋肉を動かすエネルギー物質。魚の死後に枯渇すると死後硬直が起き、残った ATP は酵素によって ADP、AMP、IMP(イノシン酸)、イノシン、ヒポキサンチンへと分解されていく。(第10章)
- 江戸前(えどまえ)
- もとは江戸の前の海、江戸湾を指す地名で、そこで獲れた魚を意味した。後に、締める・煮る・漬けるなどの仕事を施して酢飯と一体にする寿司の流儀を指すようになった。(第25章)
- FDA Food Code(えふでぃーえー ふーどこーど)
- 米国食品医薬品局が示す食品衛生の模範規範。各州や市が条例として採用する。生食用の魚の寄生虫対策として庫内温度 −20℃以下で 7 日間(凍結時間を含む総時間)または −35℃以下で凍結後 −35℃で 15 時間などの冷凍、素手での食品接触の制限、生食に関するメニュー表示などを定める。(第1章・第26章)
- エンガワ
- ヒラメやカレイの背びれ・尻びれを動かす筋肉の部分。よく動くため脂とコラーゲンが多く、コリコリした食感を持つ。一尾から取れる量は少ない。(第15章)
- エンテロトキシン
- 黄色ブドウ球菌などが食品中で増殖するときに作る毒素。100℃で 30 分加熱しても壊れないため、手から菌を付けないことと、低温管理で菌を増やさないことが予防の柱になる。(第3章)
- 落とし蓋(おとしぶた)
- 鍋より一回り小さい蓋を煮汁の上に直接置く道具。沸いた煮汁が蓋に当たって対流し、少ない煮汁でも穴子の上面まで常に回り、乾燥と煮崩れを防ぎながら均一に火を入れる。(第19章)
- おぼろ
- 白身魚や海老をすり潰し、砂糖と塩で炒って甘く仕上げたそぼろ。江戸前では光り物の下に少量忍ばせたり、巻物に使ったりする。卵を加える流儀もあり、アレルゲン表示に注意する。(第19章・第26章)
- おまかせ
- 客ではなく職人が順番と内容を決めて出す提供の形式。淡白から脂へ、締め物、煮物、巻物・玉子へと味覚の性質に沿って組み立てる。現代の高級店の標準となった。(第26章)
- 温塩水解凍(おんえんすいかいとう)
- 約 40℃、塩分約 3% の塩水で冷凍マグロなどを解凍する方法。表面の最大氷結晶生成帯を素早く通過させ、海水程度の塩水で真水より身に水を吸わせにくくする(3% は魚の体液と等張ではない)。表面が解けたらすぐ引き上げて冷蔵庫で芯を戻す。(第12章)
C.2 か行
- 外硬内軟(がいこうないなん)
- 理想のシャリ玉の構造。外側の米粒は適度に結着して形を保ち、内側には米粒が密着していない空気の層がある。口の中で外の壁が崩れるとハラリとほどける。(第9章・第24章)
- カエリ
- 包丁を研いだとき、刃先の反対側に押し出される金属の薄いめくれ。バリともいう。カエリが刃先全体に出たことが研げた合図で、裏押しで取り除く。(第22章)
- 飾り包丁(かざりぼうちょう)
- イカやアジなどの表面に細かく入れる、見える切り込み。裏側など見えない面に入れるものは隠し包丁といって区別する。どちらも硬い繊維を断って歯切れをよくし、表面積を増やして醤油の絡みと舌への接触を増やし、旨味と甘みを強く感じさせる。(第17章・第23章)
- 粕酢(かすず)
- 酒粕を原料とする酢。赤酢と同じ。1804 年に尾張半田で量産が始まり、江戸へ運ばれて握り寿司の酢飯を支えた。(第8章・第25章)
- 片刃(かたば)
- 刃の片側だけに刃付けをした包丁。柳刃や出刃など和包丁の多くがこれで、切った身が刃から離れやすく、薄く正確に引ける。両刃は左右から刃付けをした包丁。(第22章)
- カテキン
- 茶に含まれるポリフェノール。タンパク質と結合して引き締める収斂作用があり、口の中に残った脂や生臭さを洗い流すとされる。上がりの機能の中心。(第21章)
- カニ穴(かにあな)
- 炊き上がった米の表面に開く小さな穴。強い火力で釜底に生じた水蒸気の泡が米の層を押し分けて上がった通り道で、釜の中で強い対流が起き、ムラなく火が通った目安とされる。(第7章)
- 芽胞(がほう)
- ウェルシュ菌やセレウス菌などの一部の細菌が作る、熱や乾燥に極めて強い休眠状態の殻。100℃の加熱にも耐え、条件が戻ると発芽して増殖する。加熱後の急冷と小分けが対策になる。(第2章・付録B)
- ガリ
- 生姜の甘酢漬け。湯通しして強く絞り、押し縮めた組織が戻る力(陰圧)で甘酢を芯まで吸わせる。甘酢は生姜の細胞液より濃いので、浸透圧はむしろ水を外へ引き出す方向に働く。生姜の辛味成分と酢の酸が口を切り替え、抗菌にも働くとされる。(第21章)
- 干瓢(かんぴょう)
- ユウガオの実を細く剥いて干したもの。戻して醤油と砂糖で甘辛く煮て、細巻きの具にする。江戸前の巻物の基本であり、煮方で店の仕事が分かる。(第24章)
- 危険温度帯(きけんおんどたい)
- 多くの食中毒菌が増殖する 10〜60℃の温度帯。特に 30〜40℃付近で最も速く増える。食品がこの帯にある時間を最短にすることが温度管理の核心。(第2章・第5章)
- グアニン層(ぐあにんそう)
- アジやサバなど光り物の皮の内側にある、グアニンの結晶が光を反射して銀色に見える層。銀皮ともいう。皮を引くときは身を押さえて皮だけを引き、この層を身に残す。(第16章)
- グリコーゲン
- 動物が蓄える多糖で、貝類の濃厚さ(こく)に関わる。グリコーゲン自体はほとんど甘くなく、ホタテの甘みの中心はグリシンやアラニンなどのアミノ酸である。貝柱を繊維を断つように横に切ると、これらの成分が舌に触れやすくなり濃厚な甘みを感じる。(第18章)
- グルタミン酸(ぐるたみんさん)
- 昆布に多く含まれるアミノ酸系の旨味物質。60℃前後の水で引き出し、沸騰させると雑味が出る。イノシン酸と 1:1 に近い比率で合わせると旨味を 7〜8 倍に感じる。(第20章)
- 軍艦(ぐんかん)
- シャリ玉の周りを海苔で囲み、上にウニやイクラなど崩れやすいネタを乗せる握りの形。海苔は湿ると縮むため、提供の直前に巻く。(第24章)
- K値(けーち)
- 魚の鮮度を示す指標。ATP の分解産物全体に対するイノシンとヒポキサンチンの割合(%)。低いほど新鮮で、生食の目安は 20% 以下、刺身用の上質なものは 10% 前後とされる。(第10章)
- 検食(けんしょく)
- 提供した料理と原材料を、万一の食中毒調査のために少量取り分けて保存すること。大量調理施設の基準では品ごとに 50 g 程度を −20℃以下で 2 週間以上保存する。(第26章)
- 交差汚染(こうさおせん)
- 汚染された食品・器具・手から、別の清潔な食品へ菌やアレルゲンが移ること。水洗い(汚染工程)とサク取り(清潔工程)で器具を分けるか、工程の間に洗浄・熱湯・アルコールでリセットして断つ。(第4章)
- 硬水(こうすい)
- カルシウムやマグネシウムを多く含む水。これらのミネラルが米の細胞組織のペクチンなどと結合して組織を硬くし、水の浸透を妨げるとされ、硬水で炊くとパサついた硬い飯になりやすい。海外で炊飯するときに注意する。(第7章)
- 氷水解凍(こおりみずかいとう)
- 0〜1℃の氷水に密封した魚を沈めて解凍する方法。水は空気の約 20 倍の熱伝導率を持つため空気中より速く解け、しかも表面温度が 0℃付近から上がらないので細胞膜の損傷とドリップが最小になる。(第12章)
- 糊化(こか)
- デンプンが水と熱で膨らみ、粘りのある状態に変わること。アルファ化と同じ。表面だけが先に糊化すると膜ができて芯に水と熱が届かず、芯残りになる。(第7章)
- 昆布締め(こぶじめ)
- 塩をした白身魚を昆布で挟んで寝かせる技法。昆布が余分な水分を吸って身を締め、昆布のグルタミン酸が魚のイノシン酸と相乗して旨味を強める。(第13章・第15章)
- 古米(こまい)
- 前年以前に収穫された米。貯蔵中に脂質・デンプン・タンパク質が変化する(古米化)ため粘りが出にくく、炊飯時の吸水率が上がる。合わせ酢がなじんでもベタつかずに適度な硬さを保つとされる。水分の減少はわずかで、硬くなる主な理由ではない。酢飯用に新米とブレンドされる。(第7章)
- コラーゲン
- 皮や筋、結合組織を作る硬いタンパク質。低温で長く加熱するとゼラチンに変わり、とろける食感になる。アワビの柔らか煮、穴子のツメの照りの元。(第18章・第19章・第20章)
C.3 さ行
- 最大氷結晶生成帯(さいだいひょうけっしょうせいせいたい)
- 食品中の水の大部分が氷になる −5〜−1℃の温度帯。ここをゆっくり通ると氷の結晶が大きく育って細胞を壊し、解凍時にドリップが出る。急速冷凍と急速解凍の目的は、この帯を素早く通ることにある。(第12章)
- 先入れ先出し(さきいれさきだし)
- 古いものから先に使う在庫管理の原則。入庫日と期限を書き、古いものを手前、新しいものを奥に置く。仕込み済みのネタや自家製の調味料にも適用する。(第5章)
- 鮫皮(さめがわ)
- わさびをおろすための、鮫の皮を板に貼ったおろし器。細かな凹凸が細胞を微細にすり潰すほど、シニグリンとミロシナーゼが出会って反応し、辛味と香りが強く出る(この反応は水による分解で、酸素は要らない)。(第21章)
- 次亜塩素酸ナトリウム(じあえんそさんなとりうむ)
- 塩素系の消毒剤。ノロウイルスにも有効で、器具やダスターには 200 ppm、嘔吐物や便の処理には 1,000 ppm に薄めて使う。金属を腐食させ、酸性の洗剤と混ぜると有毒な塩素ガスが出る。(第3章・第4章)
- ジアスターゼ
- 大根などに含まれるデンプン分解酵素(アミラーゼ)の呼び名で、タンパク質は分解しない。アワビを大根とともに 70〜80℃で長時間加熱すると柔らかく仕上がるのは、主にコラーゲンが長時間の加熱でゼラチンに変わるためであり、大根の酵素は加熱の早い段階で働きを失うので、その寄与は考えにくい。(第18章)
- シガテラ
- 熱帯・亜熱帯のサンゴ礁の大型魚に蓄積する自然毒シガトキシンによる食中毒。下痢や嘔吐に加え、冷たいものが熱く感じる温度感覚の異常が特徴。加熱で壊れない。(第3章・付録B)
- 死後硬直(しごこうちょく)
- 魚が死んで ATP が尽きると、アクチンとミオシンが結合したまま離れなくなり身が硬くなる現象。活け締めと低温で開始が遅れる(ただしマダイなど一部の魚種では、締めた直後の 0℃への急冷でかえって早まる)。硬直が解けた後に熟成が進む。(第10章)
- 自己消化(じこしょうか)
- 魚自身の酵素が死後に筋肉のタンパク質や ATP を分解していく過程。熟成の旨味(イノシン酸、アミノ酸)を生むが、進みすぎると身が崩れ、細菌の腐敗と重なる。(第10章)
- シニグリン
- わさびに含まれる辛味の前駆物質。細胞が壊れて酵素ミロシナーゼと出会うと分解され、辛味成分アリルイソチオシアネートになる。すりおろす前のわさびは辛くない。(第21章)
- 収斂(しゅうれん)
- タンパク質を凝固・収縮させて引き締める作用。茶のカテキンが口の中のタンパク質と結合して引き締める働き、ミョウバンがウニの身溶けを防ぐ働きがこれにあたる。(第19章・第21章)
- 熟成(じゅくせい)
- 締めた魚を 0〜4℃の衛生管理下で数日から数週間寝かせ、ATP の分解でイノシン酸を増やし、タンパク質の分解で遊離アミノ酸を増やして旨味と柔らかさを引き出すこと。細菌の繁殖を伴う腐敗とは別の過程であり、境界はアミン臭・アンモニア臭と苦味で見極める。(第10章)
- 消費期限(しょうひきげん)
- 安全に食べられる期限。寿司、刺身、弁当など品質が急速に劣化する食品に付ける(「おおむね 5 日」で賞味期限と区別する考え方は 2008 年に解消された)。安全性の限界を示すため、1 日でも過ぎたものは廃棄する。(第5章・第26章)
- 賞味期限(しょうみきげん)
- おいしく食べられる期限。酢、醤油、乾物、缶詰など日持ちする食品に付ける。過ぎても直ちに危険ではないが、保存状態で判断する。消費期限とは意味が異なる。(第5章・第26章)
- 神経締め(しんけいじめ)
- 活け締めの後、脊髄にワイヤーを通して神経を壊す処理。死後も筋肉に送られる信号を止めて ATP の消耗を防ぎ、死後硬直をさらに遅らせて鮮度を長く保つ。(第10章・第11章)
- 浸透圧(しんとうあつ)
- 濃度の違う液が膜を隔てて接したとき、水が薄い側から濃い側へ移ろうとする力。塩が魚の水分を抜く、真水が細胞を水膨れにする、といった現象の原理。(第13章)
- 酢洗い(すあらい)
- 塩で締めた魚の表面の塩を、水ではなく酢で洗い流すこと。真水で洗うと浸透圧で抜いた水分が身に戻って水っぽくなるため、酢を使う。表面に残った塩と酢の酸でタンパク質が変性し、身が締まる。(第13章・第16章)
- 水分活性(すいぶんかっせい)
- 食品中の水のうち微生物が利用できる「自由水」の多さを示す指標(純水を 1 とした 0〜1 の値。食品の水蒸気圧と純水の水蒸気圧の比)。塩や砂糖、酢は水と結びついて自由水を減らし、水分活性を下げて菌の増殖を抑える。酢飯が傷みにくい理由の一つ。(第2章・第6章)
- すき引き(すきびき)
- 包丁の刃を寝かせて鱗を皮一枚ごと薄く削ぎ落とす技法。鱗取り器のように強い圧力をかけないため身割れせず、鱗の根元に入り込んだ菌ごと取り除けて衛生的。(第13章・第23章)
- 生食用(せいしょくよう)
- 食品衛生法の規格基準(生食用鮮魚介類は腸炎ビブリオ最確数 100/g 以下、飲用適の水または殺菌海水で処理、10℃以下で保存など)を満たした魚介に表示する言葉。「加熱用」を生で出してはならない。(第18章・第26章)
- セレウス菌(せれうすきん)
- 米飯やパスタで増える芽胞形成菌。嘔吐型の毒素セレウリドは 126℃で 90 分加熱しても壊れない。炊いた米を室温に長く置かないことが対策で、シャリの保温時間を決める根拠になる。(付録B)
- 相乗効果(そうじょうこうか)
- アミノ酸系のグルタミン酸と核酸系のイノシン酸を同時に味わうと、旨味が足し算ではなく掛け算のように強まる現象。舌のうま味受容体で起きる。山口静子(1967)の実験では 1:1 に近い比率で単独の 7〜8 倍に感じる。昆布締め、合わせ出汁の原理。(第20章)
- 速筋(そっきん)
- 瞬発的な動きに使う白い筋肉。筋肉の中で酸素を蓄える赤いミオグロビンをほとんど含まないため、ヒラメや鯛の身は透き通った白になる。持久的に泳ぐマグロの赤身は遅筋が多くミオグロビンが豊富。(第15章)
C.4 た行
- 立て塩(たてじお)
- 塩分約 3% の塩水。海水(約 3.4%)に近い濃さで、真水と違って身に水を吸わせずに表面の汚れや血を洗い落とせる。海水魚の体液は海水の約 1/3(塩分換算で約 1%)なので、3% は魚の体液と等張ではなくやや濃い(貝やイカの体液は海水とほぼ等張)。光り物の下処理や貝の洗浄に使う。真水で洗うと浸透圧で細胞が水膨れになる。(第13章・第16章)
- タンパク質変性(たんぱくしつへんせい)
- 熱、酸、塩などでタンパク質の立体構造が変わり、凝固したり白濁したりすること。酢締めの白濁、湯霜の表面の凝固、塩締めの引き締まりはすべてこれである。一度変性すると元に戻らない。(第13章)
- 血合い(ちあい)
- 魚の体側線に沿って走る暗赤色の筋肉。ミオグロビンと血液が多く、酸化しやすく生臭さの元になる。寿司では取り除くか、鮮度のよいものだけを使う。(第14章・第16章)
- 蓄養(ちくよう)
- 天然の幼魚や成魚を獲って生け簀で餌を与え、太らせてから出荷すること。マグロでは高脂質の餌により全身に脂が乗り、天然より融点がやや低くねっとりするとされるが、くどくなりやすい。表示上は「養殖」。(第14章)
- 腸炎ビブリオ(ちょうえんびぶりお)
- 海水にすむ好塩性の細菌。夏の魚介の刺身・寿司で食中毒を起こす。真水に弱く、4℃以下で増殖が止まり、最適条件では 8〜10 分で倍になる。生食用鮮魚介類の規格基準の対象菌。(第3章)
- ヅケ(づけ)
- マグロなどを醤油ベースの地に漬けた仕事。江戸では冷蔵庫のない時代の保存法だった。現代は表面を湯霜してから漬け、浸透圧で地が入りすぎるのを防ぐ。(第14章・第25章)
- ツメ(つめ)
- 穴子やハマグリの煮汁を醤油・砂糖・みりんとともに煮詰めた甘いたれ。魚のゼラチンと糖が煮詰まって結合し、メイラード反応の香ばしさと強い照り・とろみが生まれる。(第19章・第20章)
- 手返し(てがえし)
- シャリ玉にネタを乗せて手の中で返し、形を整える握りの一連の動作。伝統的な本手返し、握りを縦に立てるように返す手数の少ない立て返しなどの型がある。手数が多いほど職人の体温(約 36℃)がネタに伝わり脂が溶けて劣化するため、どの型でも最短の手数で終える。(第24章)
- 手酢(てず)
- 握るときに手を湿らせる酢水。手水(てみず)に酢を加えたもの。酢がデンプンとタンパク質を変性させて米粒の付着を防ぎ、手の表面を弱酸性に保って菌の付着を抑える。素手で握れる根拠の一つ。(第6章・第24章)
- テリ
- シャリ切り後に急冷したシャリの表面の光沢。米粒表面の糊化デンプンと酢の層から水分が一気に蒸発し、被膜が引き締まって滑らかな層を作ることで生まれる。(第9章)
- デンプンの老化(でんぷんのろうか)
- アルファ化したデンプンが時間とともに元の硬い結晶構造へ戻ること。ベータ化ともいう。0〜4℃で最も速く進むため、シャリは冷蔵せず人肌で保つ。(第9章)
- 天身(てんみ)
- マグロの赤身のうち、皮と血合いから遠い中心部の最上質な部分。筋が少なくきめが細かい。これに対し中落ちは中骨の周りからかき取った身で、柔らかいが骨に接していた分だけ鮮度の落ちが速い。(第14章)
- 等張液(とうちょうえき)
- 細胞内の体液と浸透圧が等しい液。細胞に水が出入りしないため壊れない。人では約 0.9% の食塩水(生理食塩水)がこれにあたる。海水魚の体液は海水の約 1/3(塩分換算で約 1%)で、立て塩や温塩水解凍の 3% は魚にとって等張ではなく、海水に近いやや濃い液である。貝やイカなど海の無脊椎動物の体液は海水とほぼ等張。(第12章・第13章)
- 銅鍋(どうなべ)
- 銅製の玉子焼き器。銅は熱伝導率が非常に高く鍋全体に均一に熱が回るため、局所的な温度上昇による焦げ付きを防ぎ、出汁の水分を逃がさずふんわり焼ける。使った後は乾かし、錫引きの内面を傷めない。(第19章)
- 胴割れ(どうわれ)
- 浸水後の米をザルに長く放置して乾かしたとき、米粒の表面に入る亀裂。炊飯時にここから内部のデンプンが流出し、ベタついた炊き上がりになる。(第7章)
- 特定原材料(とくていげんざいりょう)
- 食品表示基準でアレルゲン表示が義務づけられた 9 品目。えび・カシューナッツ・かに・くるみ・小麦・そば・卵・乳・落花生(カシューナッツは 2026 年 4 月に追加。2 年間の経過措置がある)。これに準ずるものとして表示が推奨される 20 品目が別にある。(第3章・第26章)
- ドリップ
- 解凍や切断のときに魚の身から流れ出る液。水分とともに旨味成分とタンパク質を含み、出るほど味が落ち、表面の菌の栄養にもなる。急速解凍、塩水解凍、引き切りで抑える。(第12章・第23章)
- トリメチルアミン
- 魚の生臭さの主成分。魚の体内の無臭のトリメチルアミンオキシドが、死後に細菌の働きで分解されて生じる。アルカリ性で、酢や柑橘の酸で中和され、生姜や葱の香りでマスキングされる。(第10章・第16章)
C.5 な行
- 生なれ(なまなれ)
- 室町時代に広まった、発酵期間を数日から数週間に短縮したなれずし。米がまだ形を保っているうちに魚と一緒に食べる。「米を捨てる保存食」から「米と魚を食べる料理」への転換点。(第25章)
- なれずし
- 塩漬けの魚を米とともに漬け込み、乳酸発酵させた保存食。乳酸で pH が下がり腐敗菌が抑えられる。米は発酵の餌で食べない。中国西南部から東南アジアに起源を持つとされ、鮒ずしが日本の代表例。(第6章・第25章)
- 煮切り(にきり)
- 醤油に酒やみりんを加えて加熱し、アルコールを飛ばした寿司用の醤油。アルコール臭が魚の香りを覆うのを防ぎ、カドが取れてまろやかになる。職人が刷毛で握りに塗る。(第20章)
- 二度洗い(にどあらい)
- 手洗いを続けて 2 回行うこと。1 度目で皮脂や大きな汚れを落とし、2 度目でしわや爪の奥まで石鹸を届かせて菌とウイルスを除く。トイレの後や生魚を触った後など汚染度の高い場面で行う。(第4章)
- ノロウイルス
- 二枚貝や感染者の手を介して広がる、冬に多い食中毒ウイルス。10〜100 個程度で感染するとされ、潜伏期間 24〜48 時間で嘔吐と下痢を起こす。85〜90℃で 90 秒以上の加熱と次亜塩素酸ナトリウムで対処し、アルコールは効きにくい。(第3章)
C.6 は行
- HACCP(はさっぷ)
- 危害要因分析と重要管理点。原材料から提供までの工程で起こりうる危害を予測し、特に管理すべき工程と基準を決め、記録で確認する衛生管理の方式。日本では 2021 年 6 月から原則としてすべての食品等事業者に義務化された。海外でも国や地域によって営業許可の条件になる。(第5章・第26章)
- 早ずし(はやずし)
- 江戸時代に広まった、発酵の代わりに酢を飯に混ぜて作る寿司。一夜で作れるため一夜ずしとも呼ばれ、箱寿司・押し寿司・ちらしの元になった。(第25章)
- 飯台(はんだい)
- 炊いた米に合わせ酢を混ぜるための木製の浅い桶。サワラなどの木は多孔質で、余分な水分を吸い、乾けば放出する調湿作用を持つ。使う前に湿らせ、使った後は洗って完全に乾かす。(第9章)
- pH(ぴーえいち)
- 酸性・アルカリ性の度合いを示す指標(0〜14、7 が中性)。pH 4.6 はボツリヌス菌が増殖できる下限で、食品衛生の境界として広く使われる(黄色ブドウ球菌などはもう少し低い pH でも増えうる)。酢飯はおおむね pH 4.0〜4.5 で、素手で握れる根拠の一つ。なれずしの乳酸も同じ原理で魚を守る。(第2章・第6章)
- ppm(ぴーぴーえむ)
- 百万分の一を示す濃度の単位。1 ppm は 0.0001%。次亜塩素酸ナトリウムの 200 ppm は 0.02%、1,000 ppm は 0.1% にあたる。(第4章)
- 引き切り(ひききり)
- 柳刃包丁の長い刃渡りを使い、手前に引く一動作で切る方法。細胞を押し潰さずに切るため断面が滑らかで、ドリップの流出が少なく、切り口の角が立つ。(第23章)
- ヒスタミン
- マグロ、カツオ、サバなど赤身魚のヒスチジンが細菌によって分解されてできる物質。一度できると加熱でも冷凍でも壊れず、冷蔵温度でも長く置けば蓄積しうる。食後 1 時間以内に顔面紅潮やじんましんを起こす。漁獲から提供までの一貫した低温管理が予防の基本。(第3章・付録B)
- ヒポキサンチン
- イノシン酸がさらに分解されてできる苦味物質。増えるほど旨味が消えて苦くなり、鮮度指標 K 値を押し上げる。熟成が限界を超えた合図の一つ。(第10章)
- フィコエリスリン
- 海苔に含まれる赤い色素タンパク質。熱に弱く、炙ると分解して消え、熱に強い緑のクロロフィルが残るため海苔は鮮やかな緑に変わる。(第21章)
- ブラックライト
- 紫外線を出す照明。アニサキスは特定の波長の紫外線で青白く光るため、目視より見つけやすくなる。ただし紫外線は身の奥まで届かず、見えるのは表面から約 0.5 mm までの幼虫だけで、生きた幼虫の光は弱い。補助手段であり、冷凍処理の代わりにはならない。(第3章)
- 本枯節(ほんかれぶし)
- 鰹節のうち、カビ付けと天日干しを繰り返して水分を極限まで抜いたもの。カビの酵素が脂を分解し、雑味のない澄んだ出汁になる。85〜90℃の湯に短時間浸して香りとイノシン酸だけを引き出す。(第20章)
C.7 ま行
- 真昆布(まこんぶ)
- 北海道南部で採れる最上級の出汁昆布。上品な甘みと澄んだ旨味を持ち、グルタミン酸が多い。昆布締めにも出汁にも使われる。(第20章)
- 松皮造り(まつかわづくり)
- 鯛の皮に熱湯をかけて縮ませ、すぐ氷水で冷やし、皮ごと切り付ける技法。皮が松の樹皮のように見えることからの名。皮の旨味とコラーゲンを生かし、湯霜の一種。(第13章・第15章)
- ミオグロビン
- 筋肉の中で酸素を蓄える赤い色素タンパク質。マグロの赤身の色の元で、酸素と結びつくと鮮やかな赤になり、酸化が進むと褐色のメトミオグロビンになる。白身魚にはほとんどない。(第14章・第15章)
- ミョウバン
- ウニの形を保つために使われる食品添加物。タンパク質を凝固・収縮させる収斂作用で自己消化による身溶けを防ぐが、多すぎると渋みと苦味がウニに移る。ミョウバンを使わない塩水ウニもある。(第19章)
- ミロシナーゼ
- わさびの細胞内にある酵素。細胞が壊れてシニグリンと出会うと分解してアリルイソチオシアネート(辛味)を生じさせる。鮫皮で細かくおろすほど反応が進む。(第21章)
- ムチン
- タコやナマコの表面を覆う粘液の主成分である糖タンパク質。生臭さの元で、塩揉みの浸透圧と摩擦で泡として浮き出させて取り除く。(第17章)
- メイラード反応
- アミノ酸と糖が加熱などで結合して褐色の物質と香ばしい香りを生む化学反応。アミノカルボニル反応ともいう。赤酢の色、ツメの照りと香り、炙りの香ばしさの元。(第8章・第14章・第20章)
- メトミオグロビン
- ミオグロビンのヘム鉄が二価から三価に酸化してできる褐色の色素(酸素と過剰に結合するのではない)。マグロの赤が茶色くくすむ「メト化」の正体で、一度変わると元の赤には戻らない。低温と酸素の遮断で遅らせる。(第14章)
- メラノイジン
- メイラード反応の最終段階でできる褐色の高分子色素。赤酢の赤褐色、ツメや醤油の色の元で、抗酸化作用も持つ。(第8章・第20章)
C.8 や行・ら行
- 湯霜(ゆしも)
- 魚の皮や身の表面に熱湯をかけ、すぐ氷水で冷やす技法。表面のタンパク質だけを凝固させて皮を柔らかくし、臭みを飛ばし、ヅケでは地が入りすぎるのを防ぐバリアにする。(第13章・第14章)
- 湯引き(ゆびき)
- 70〜80℃程度の湯に食材をくぐらせて表面だけに火を入れ、氷水で止める技法。白子などに用い、表面の膜を固めて破れにくくし、中はレアに保つ。(第13章)
- 冷凍焼け(れいとうやけ)
- 冷凍中に食品の表面から水分が昇華して乾き、脂が酸化して変色・変質すること。−18℃程度の家庭用冷凍庫で起きやすく、−60℃の超低温と密閉で防ぐ。再冷凍は冷凍焼けと細胞破壊を重ねるため禁止。(第12章)

