付録
付録A
温度・時間 早見表
本書の各章に散らばる温度・時間・濃度の数値を、一枚で引けるように集めた。数値はすべて条件とともに覚えること。「−20℃」だけでは意味がなく、「中心温度 −20℃以下で 24 時間以上」で初めて使える知識になる。法令・公的基準に基づく数値と、職人の経験則に基づく目安は「根拠・備考」欄で区別した。
表の見方は次のとおりである。「根拠・備考」欄で「法令」「公的基準」とあるものは厚生労働省・消費者庁・FDA・EU などの規則や指針に基づく数値であり、海外でも通用する。「目安」「経験則」とあるものは職人の仕事の中で使われてきた値で、魚の大きさ・脂・季節・店の流儀によって変わる。経験則の数値はそのまま暗記するのではなく、なぜその値になるのかを本文の該当章で確かめること。
A.1 温度帯
| 温度 | 何が起きるか/何に使うか | 根拠・備考 | 参照章 |
|---|---|---|---|
| −60℃以下 | 超低温冷凍。遠洋のマグロを船上で凍結し、年単位で保存する温度 | 脂の酸化、ミオグロビンのメト化、酵素反応がほぼ止まる。寄生虫も死滅する。業界標準 | 第12章・第14章 |
| −35℃以下 | 急速な寄生虫対策の凍結温度。FDA は庫内温度 −35℃以下で凍結し −35℃以下で 15 時間(または −35℃で凍結後 −20℃で 24 時間)、EU は製品のすべての部分で −35℃以下 15 時間以上 | 公的基準(FDA Food Code、EU 規則 853/2004) | 第1章・第12章 |
| −20℃以下 | アニサキスを殺す冷凍の基準温度。検食の保存温度 | 公的基準・指針。日本は厚生労働省の指導で −20℃で 24 時間以上(法令上の義務ではない。中心温度で数えるのが確実)、EU は製品のすべての部分で −20℃以下 24 時間以上、FDA は庫内温度 −20℃以下で 7 日(凍結時間を含む総時間)。検食は −20℃以下 2 週間以上 | 第3章・第12章・第26章 |
| −18℃以下 | 家庭用・一般業務用冷凍庫の標準温度 | 菌の増殖は止まるが死なない。酵素反応と脂の酸化はゆっくり進むため冷凍焼けが起きる。家庭用冷凍庫には寄生虫対策の −20℃に届かないものが多い | 第12章 |
| −5〜−1℃ | 最大氷結晶生成帯。細胞内の水が氷になる温度帯 | この帯をゆっくり通過すると大きな氷結晶が細胞膜を壊し、解凍時にドリップが出る。急速冷凍・急速解凍で素早く通過させる | 第12章 |
| −1〜1℃ | チルド帯。氷水解凍の温度(0〜1℃) | 水は空気の約 20 倍の熱伝導率を持ち、表面を 0℃付近に保ったまま芯まで解凍できる | 第12章 |
| 0〜4℃ | 冷蔵・熟成の温度。同時にデンプンの老化が最も速い温度帯 | 熟成はこの温度帯で衛生管理下に行う。炊いたシャリをこの温度に置くとボソボソになる(老化) | 第9章・第10章 |
| 4℃以下 | 腸炎ビブリオの増殖が止まる | 公的知見。増殖できる下限はおおむね 10℃(一部の株は 5℃)で、4℃以下では増えない。厚生労働省は生食用鮮魚介類を 4℃以下で保存するよう指導している。低温で菌数は減るが、死滅するとは限らない | 第3章 |
| 5℃以下 | ネタケース・冷蔵庫の運用目標 | 目安。生食用鮮魚介類の法令上の保存基準は 10℃以下だが、現場では余裕を持って 5℃以下を目標にする店が多い | 第5章・第26章 |
| 10℃以下 | 生鮮魚介の保存温度の上限。テイクアウトの維持温度 | 法令・公的基準。生食用鮮魚介類の保存基準。持ち帰り品も 10℃以下を保つ | 第5章・第26章 |
| 10〜60℃ | 危険温度帯。多くの食中毒菌が増殖する | 公的知見。30〜40℃付近で増殖が最も速い。この帯に置く時間を最短にする | 第2章・第5章 |
| 24〜30℃ | マグロの脂(トロ)の融点の目安 | 目安。冷たいシャリでは口の中で脂が溶けきらない。人肌のシャリと合わせる理由 | 第14章 |
| 35〜37℃ | シャリの「人肌」。職人の体温(約 36℃) | 目安。デンプンの老化を遅らせ、ネタの脂を口の中で溶かす。手数が多いとこの体温がネタを傷める | 第9章・第14章・第24章 |
| 40℃ | 温塩水解凍の湯温(塩分約 3%) | 目安。表面の最大氷結晶生成帯(−5〜−1℃)を素早く通過させる。40℃そのものが細胞を壊す温度帯なのではない。海水程度の塩水は真水より身に水を吸わせにくい(魚の体液と等張ではない)。表面が解けたら引き上げ、長く浸けない | 第12章 |
| 60℃前後 | 昆布出汁の抽出温度 | 科学的知見・目安。グルタミン酸を引き出し、沸騰させるとアルギン酸(ぬめり)と雑味が出る | 第20章 |
| 60〜70℃ | 蒸し物・低温加熱。タンパク質の変性が本格化する温度域 | 目安。アニサキスは 60℃で 1 分、70℃以上なら瞬時に死ぬ | 第3章・第19章 |
| 70〜80℃ | 湯引き(白子など)、アワビと大根の低温長時間加熱 | 目安。表面のタンパク質だけを凝固させる。コラーゲンがゆっくりゼラチンに変わる | 第13章・第18章 |
| 75℃で 1 分以上 | 中心温度の加熱基準。一般的な食中毒菌を殺す | 公的基準(厚生労働省)。芽胞と耐熱性毒素は壊れない | 第3章 |
| 80℃で 5 分以上 | 器具の熱湯消毒 | 公的基準・目安。洗剤でタンパク汚れを落としてから行う。汚れが残ると熱で固まり内部の菌を守る | 第4章 |
| 85〜90℃ | 鰹節出汁の抽出温度。ノロウイルスの加熱基準(90 秒以上) | 公的基準(ノロウイルス:中心温度 85〜90℃で 90 秒以上)。鰹節は短時間で濾す | 第3章・第20章 |
| 100℃ | 沸騰。ほとんどの栄養細胞と寄生虫が死ぬ | ウェルシュ菌・セレウス菌の芽胞、黄色ブドウ球菌のエンテロトキシン、ヒスタミン、自然毒は壊れない | 第2章・第3章・付録B |
A.2 時間
| 項目 | 時間 | 根拠・備考 | 参照章 |
|---|---|---|---|
| アニサキス対策の冷凍(日本・EU) | −20℃以下で 24 時間以上(EU は製品のすべての部分の温度。日本も中心温度で数えるのが確実) | 日本は厚生労働省の指導(法令上の義務ではない)、EU は規則 853/2004 による義務。酢・塩・わさび・醤油では死なない | 第3章・第12章 |
| アニサキス対策の冷凍(FDA) | 庫内温度 −20℃以下で 7 日間(凍結時間を含む総時間)、または −35℃以下で凍結し −35℃以下で 15 時間(ほかに −35℃で凍結後 −20℃で 24 時間) | 公的基準(FDA Food Code、FDA Hazards Guide 第5章)。中心温度ではなく庫内温度で数えるため日本より長い。海外で記録を求められる | 第1章・第12章 |
| アニサキス対策の加熱 | 60℃で 1 分、または 70℃以上 | 公的指針(厚生労働省) | 第3章 |
| 中心温度の加熱 | 75℃で 1 分以上 | 公的基準 | 第3章 |
| ノロウイルスの加熱 | 85〜90℃で 90 秒以上 | 公的基準 | 第3章 |
| 熱湯消毒 | 80℃で 5 分以上 | 公的基準・目安 | 第4章 |
| 手洗い 1 回 | 約 30 秒。汚染度の高い場面では二度洗い | 公的指針。1 度目で皮脂と汚れを落とし、2 度目でしわの奥に石鹸を届ける | 第4章 |
| 腸炎ビブリオの倍加時間 | 最適条件で約 8〜10 分 | 公的知見。食中毒菌の中で最も増殖が速い部類。1 時間で数十倍になりうる | 第3章 |
| 手酢を使う間隔 | 一貫ごとに手を湿らせる。手水は定期的に替える | 経験則。酢飯の付着と菌の付着を防ぐ。手水の酢の濃さと交換頻度は店の流儀 | 第6章・第24章 |
| 米の浸水 | 夏 30 分〜1 時間、冬 1〜2 時間が目安(第7章) | 経験則。水温が低いほど吸水が遅い。芯まで水が入らないと表面だけ糊化して芯が残る | 第7章 |
| ザル上げ | 30 分前後。長く放置しない | 経験則。乾きすぎると胴割れが起き、炊飯時にデンプンが流出してベタつく | 第7章 |
| シャリの保温の限界 | 炊飯後おおむね 2〜4 時間を目安に、店で上限を決めて新しく炊く | 経験則。味の低下に加え、室温に長く置いた米飯はセレウス菌のリスクがある | 第9章・付録B |
| わさびの辛味のピーク | すりおろしてから 3〜5 分 | 科学的知見に基づく目安。その後アリルイソチオシアネートが揮発し、辛味が抜けて苦味が残る | 第21章 |
| 白身の塩締め | 15〜30 分(薄い身は短く) | 経験則。浸透圧で自由水を抜き、表面のタンパク質を軽く変性させる | 第13章・第15章 |
| 昆布締め | 薄い白身で 1〜3 時間、厚い身で一晩 | 経験則。長いほど昆布の味が勝つ。イノシン酸とグルタミン酸の相乗効果 | 第13章・第15章 |
| コハダの塩と酢 | 塩 30 分〜1 時間、酢 10〜20 分(大きさ・脂で変える) | 経験則。新子は塩数分・酢数分と極端に短い。脂が乗った個体ほど塩も酢も長く | 第16章 |
| シメサバの塩と酢 | 塩 1〜3 時間、酢 30 分〜1 時間 | 経験則。脂のバリアで塩が入りにくいため白身より長い。アニサキス対策は別途冷凍で | 第16章 |
| 死後硬直から解硬まで | 魚種・締め方・温度により数時間〜数日 | 科学的知見。活け締めと低温で硬直の開始が遅れる。ただしマダイなど一部の魚種では、締めた直後に 0℃へ急冷するとかえって硬直が早まる | 第10章 |
| 熟成の目安 | 白身の大型魚(鯛・ヒラメ)2〜5 日、ブリ類 2〜4 日、マグロは生で数日〜1 週間以上(解凍したものは解凍後 1〜3 日)、青魚・イカは当日〜翌日(第10章の表10-1) | 経験則。0〜4℃・衛生管理下。アミン臭・アンモニア臭が出たら腐敗。魚種と個体差が大きい | 第10章 |
| テイクアウトの目安 | 10℃以下を維持し、製造から「○時間以内」を明記。冷蔵が保てないなら 2 時間以内、気温 32℃(90°F)超なら 1 時間以内 | 公的指針(10℃以下は大量調理施設衛生管理マニュアル、冷蔵を出てから 2 時間以内の消費は厚生労働省通知)と米国農務省の一般的指針(2 時間・1 時間)。店内で作って売る持ち帰り品は期限表示の法的義務の対象外だが、明記を強く推奨する | 第5章・第26章 |
| 検食の保存 | 50 g 程度を −20℃以下で 2 週間以上 | 公的基準(大量調理施設衛生管理マニュアル)の考え方を小規模店にも応用 | 第26章 |
| 検便 | 月 1 回以上。10〜3 月はノロウイルス検査を加えることが望ましい | 公的指針(大量調理施設衛生管理マニュアル) | 第26章 |
| ノロウイルスの排出期間 | 症状消失後 1 週間、長い場合 1 か月 | 公的知見。ノロウイルスと診断された調理従事者は、検便でウイルスがないと確認できるまで食品に直接触れる作業を控える(大量調理施設衛生管理マニュアル)。復帰後も手洗いと担当工程に注意 | 第3章・第26章 |
| 消費期限の対象 | 品質が急速に劣化し、期限を過ぎると安全性を欠くおそれのある食品 | 公的基準(食品表示基準・消費者庁)。寿司・刺身・弁当が該当。かつての「おおむね 5 日」で区別する考え方は 2008 年に解消され、消費者庁も推奨していない。1 日でも過ぎたら廃棄 | 第5章・第26章 |
A.3 濃度・比率・量
| 項目 | 値 | 根拠・備考 | 参照章 |
|---|---|---|---|
| 立て塩 | 塩分約 3%(水 1 L に塩 30 g) | 経験則(海水の約 3.4% に近い濃さ)。海水魚の体液は海水の約 1/3(塩分換算で約 1%)なので、3% は魚の体液と等張ではなくやや濃い(貝やイカの体液は海水とほぼ等張)。身に水を吸わせずに表面の汚れや血を落とせる。真水で洗うと浸透圧で身が水を吸い、水っぽくなる | 第13章・第16章 |
| 温塩水解凍の塩分 | 約 3%、湯温約 40℃ | 目安。海水程度の塩水は真水より身に水を吸わせにくい。魚の体液と等張ではない | 第12章 |
| アルコール消毒液 | エタノール約 70%(有効域は 60〜90%) | 科学的知見(米国 CDC)。タンパク質の変性には水が必要なため、無水に近いアルコールより水を含む方が殺菌力が高い。100% に近いと表面だけが先に固まって内部に浸透しにくいとも説明される | 第4章 |
| 次亜塩素酸ナトリウム(器具・ダスター) | 200 ppm(0.02%) | 公的指針。まな板・ダスター・スポンジの浸け置き、調理台の拭き取り。金属を腐食させるので水で流す | 第4章 |
| 次亜塩素酸ナトリウム(嘔吐物・便) | 1,000 ppm(0.1%) | 公的指針。ノロウイルスの嘔吐物処理、トイレの汚染箇所 | 第3章・第4章 |
| 酢飯の pH | 地域の基準により 4.2 以下または 4.6 以下(実測はおおむね 4.0〜4.5) | 科学的知見。pH 4.6 はボツリヌス菌が増殖できる下限で、食品衛生の境界として広く使われる。黄色ブドウ球菌は pH 4.0 前後、腸管出血性大腸菌やリステリアは pH 4.4 前後まで増えうるため、酸だけに頼らず時間と温度も管理する。酢飯の実測値は配合で変わる | 第6章・第8章 |
| 酢の酸度 | 米酢・穀物酢で 4.2〜4.5% が一般的 | 公的基準(醸造酢の日本農林規格〈JAS〉で穀物酢は酸度 4.2% 以上、果実酢は 4.5% 以上)。酸度が高いほど合わせ酢は少量で済む | 第8章 |
| 合わせ酢の配合の目安 | 米 1 升(約 1.5 kg)に対し酢 180〜220 mL、塩 30〜45 g、砂糖 0〜120 g(様式で大きく異なる。第8章の表8-2) | 経験則。関東は砂糖控えめ、関西は多め。赤酢を使う場合は砂糖をさらに減らす。店の流儀で大きく変わる | 第8章 |
| 旨味の相乗効果 | グルタミン酸:イノシン酸 = 1:1 に近い比率 | 科学的知見(山口静子、1967)。単独の 7〜8 倍に感じる。舌のうま味受容体で起きる現象。昆布締め、昆布と鰹節の合わせ出汁 | 第20章 |
| 生食用鮮魚介類の腸炎ビブリオ | 最確数 100/g 以下 | 法令(食品衛生法の規格基準) | 第26章 |
| ノロウイルスの感染成立量 | 10〜100 個程度とされる | 広く引用される値(一次資料の数値は未確認)。極めて少量で感染する。手洗いと加熱、次亜塩素酸で対処 | 第3章 |
| 腸管出血性大腸菌 O157 の発症量 | 数十〜100 個程度 | 公的知見。少量で発症するため交差汚染の防止が重要 | 第3章・付録B |
| 妊婦のマグロ類摂取の目安 | クロマグロ・メバチ・キンメダイ・メカジキなどは 1 回約 80 g として週 1 回まで | 公的指針(厚生労働省)。メチル水銀への注意喚起 | 第26章 |
| 消費期限の安全係数 | 試験で得た日数に 1 未満の係数を掛けるか、日数を差し引く。係数は 1 に近づけることが望ましい | 公的指針(消費者庁「食品期限表示の設定のためのガイドライン」2025 年 3 月全部改正。旧版の「0.8 以上を目安」は削除された)。表示期限にはもともと余裕が少ない | 第26章 |

