
第IV部 ネタ
第13章
穴子・玉子・ウニ・イクラ
煮穴子と玉子焼きは、職人が手間をかけて仕上げる「仕事のネタ」で、店の味がそのまま出ます。ウニとイクラは、添加物の使い方と温度の管理で品質が決まります。この章では、それぞれの仕込みの手順と理由、そして衛生の注意点を学びます。
この章で学ぶこと
- 穴子のぬめりを取り、落とし蓋をして煮る理由を説明できる
- 玉子焼きの衛生(割り置きをしない、中心まで火を通す)を実践できる
- 箱ウニのミョウバンの役割と、塩水ウニとの違いを説明できる
- イクラを扱う温度と、養殖サーモンを生で出せる理由を説明できる
13.1 穴子
寿司屋で使う穴子はマアナゴです。旬は梅雨から夏で、この時期の「梅雨穴子」は身が柔らかく、脂がほどよく、煮穴子に向きます。寿司には 100〜150 g ほどの小ぶりなものが、身のきめが細かくて向くとされます。
開いて、ぬめりを取る
- 目打ち 氷水で締めた穴子の目に目打ちを打ち、まな板に固定します。
- 開く 関東では背から開く背開き、関西では腹から開く腹開きが基本とされます。内臓、中骨、腹骨、ひれを取ります。
- ぬめりを取る 皮を包丁の背で頭から尾へしごき、白いぬめりをこそげ取ります。80℃前後の湯を皮にかけてすぐ氷水に取り、白く固まったぬめりをこそげる方法もあります。ぬめりが残ると臭みが出て、煮汁も濁ります。
- 洗う 流水でさっと洗い、水気を拭きます。
落とし蓋をして煮る
煮汁は、水に酒・醤油・みりん・砂糖を合わせたもので、配合は店ごとに違います。穴子の皮を上にして重ならないように鍋に並べ、煮汁を注いで強火にかけます。沸いたらアクを取り、落とし蓋(鍋より一回り小さく、材料の上に直接のせる蓋)をして、弱火で 20〜30 分煮ます。箸で押すとすっと沈めば煮上がりです。網じゃくしでバットに上げて冷まします。煮汁に浸けたままにすると、塩辛くなり、身も崩れます。
落とし蓋には三つの働きがあります(図13-1)。一つ目は、鍋底から上がった煮汁が蓋に当たって横へ流れ、蓋の縁から穴子の上に降りてくることです。少ない煮汁でも、全体に味と熱が回ります。二つ目は、煮汁から出た部分が空気にさらされず、乾かないことです。三つ目は、蓋の重みで穴子が煮汁の中で踊らず、柔らかい身でも煮崩れしないことです。
ツメと提供
ツメ(「煮詰め」を縮めた呼び名。穴子などに塗る甘く濃いたれ)は、穴子の煮汁に醤油・砂糖・みりんを足し、弱火でじっくり煮詰めて作ります。強い照りととろみは、煮詰まって濃くなった糖と、穴子の皮や骨から溶け出したゼラチンによるものです。色と香りは、炙りの香ばしさと同じメイラード反応(糖とアミノ酸が熱で結びつき、茶色の色と香りを生む反応)から生まれます。水と調味料だけを煮詰めても、穴子のツメにならないのはこのためです。ツメは継ぎ足して使いますが、毎日一度は火を入れ、冷めたら冷蔵庫に入れます(くわしくは第14章)。
煮穴子は、出す前に皮目を軽く炙り直します。冷えた穴子はゼラチンが固まってぼそぼそしますが、温めるとゼラチンが溶け、ふわりとほどけて香りが立ちます。ツメを塗らず、塩と柚子で出す塩穴子もあります。煮穴子は冷蔵で 2 日が目安です。
13.2 玉子焼き
出汁巻きと厚焼き
寿司屋の玉子焼きには二つの型があります。出汁巻きは、卵に対して 3〜5 割の出汁と調味料を合わせ、薄く流しては巻いて層を重ねます。厚焼きは江戸前の仕事で、卵に芝海老や白身魚のすり身、すりおろした山芋、砂糖、みりんなどを合わせ、一度に流して弱火でじっくり焼きます。すり身と山芋がスポンジのような骨組みを作り、砂糖が水分を抱えるので、カステラのようにしっとりして、冷めても味が落ちません。芝海老のすり身を入れた玉子焼きは、えびのアレルギーがあるお客様には出せません(第12章参照)。
なぜ銅の玉子焼き器なのか
玉子焼きは、「焦がさずに、中まで均一に、出汁の水分を抱えたまま固める」料理です。鍋のどこか一か所でも熱くなりすぎると、そこだけ焦げて水分が抜けます。銅は鉄の約 5 倍、ステンレスの約 25 倍の速さで熱を伝えます。火の当たる底の真ん中の熱がすぐに縁まで広がり、鍋全体がほぼ同じ温度になるので、弱火でも卵液全体が穏やかに固まり、ふんわり仕上がります。
銅の玉子焼き器の内側には錫(すず)が引いてあり、錫は 232℃で溶けるので、空焚きは厳禁です。使った後は洗剤で洗わず、温かいうちに紙で拭きます。洗剤で洗うと、使い込んでできた油の膜が落ちて、次に焼くとき焦げつきます。
13.3 ウニ
寿司で食べるウニは、ウニの生殖巣(卵や精子をつくる器官)です。身が濃い橙色で濃厚なバフンウニの仲間(北海道のエゾバフンウニは市場で「赤」)と、身が淡い黄色で上品なムラサキウニの仲間(北海道のキタムラサキウニは「白」)がよく使われます。
箱ウニとミョウバン、塩水ウニ
殻から取り出したウニの身は、自分の酵素ですぐに溶け始めます。そこで、木の板に並べる箱ウニ(板ウニ)は、ミョウバン(食品添加物の一つ)の水溶液に浸してから並べます。ミョウバンには、身の表面のタンパク質を固めて引き締める働きがあり、粒の形を 4〜5 日保ちます。その代わりに失うのが味です。ミョウバンが濃すぎたり、浸ける時間が長すぎたりすると、渋みや苦み、薬のような匂いがウニに移ります。
これに対し塩水ウニは、海水に近い約 3% の塩水に身を浸してパックしたものです。添加物を使わないので甘みと香りがそのまま残りますが、形が崩れやすく、日持ちは 1〜2 日しかありません。
見分け方と保管
よい箱ウニは、粒が立って形がはっきりし、表面に艶があり、甘い匂いがします。板に水がたまって粒が溶けている「ダレ」、縁の黒ずみ、酸っぱい匂いは鮮度が落ちた印で、薬のような匂いはミョウバンの使いすぎです。保管は冷蔵 0〜5℃で、箱を傾けず、蓋を開けたままにしません。生のウニは冷凍しません。凍らせると細胞が壊れ、解凍したときに溶けてしまいます。形の定まらないウニは、海苔で囲む軍艦で出すのが基本です(第17章参照)。
13.4 イクラとサーモン
筋子とイクラ
イクラは鮭(主にシロザケ)の卵です。卵巣の膜に包まれたままのものが筋子、膜から一粒ずつほぐしたものがイクラです。生の筋子が出回るのは 9〜11 月で、早い時期は皮が薄く柔らかく、遅くなるほど皮が厚く硬くなります。
- 塩水を用意する 40℃前後、塩分 3% の塩水を作ります。冷たい水では膜から外れにくく、50℃を超えると卵の表面が白く濁って硬くなります。
- ほぐす 筋子を塩水に浸し、焼き網の目に押し当てて卵を落とすか、指の腹で膜から外します。
- 洗う 塩水を替えながら 3〜4 回洗い、浮いた膜や血管、つぶれた卵を取り除きます。ざるに上げて水を切ります。
- 漬ける 醤油漬けなら、酒とみりんを煮切って醤油を合わせた地を完全に冷まし、卵を浸して冷蔵庫で 12〜24 時間漬けます。
イクラの皮が硬くなる原因は、成熟しすぎた卵、塩分の濃い地に長く漬けたこと、熱すぎる湯、乾燥や冷凍焼けの四つです。濃い地に長く漬けると、ナメクジに塩を振ると縮むのと同じ浸透圧の働きで、卵から水が抜けて皮が硬くなります。
醤油漬けは冷蔵(4℃以下)で 3〜4 日が限度です。長くもたせるなら −20℃以下で冷凍して 2〜3 か月のうちに使い、解凍は冷蔵庫で一晩かけて行います。解凍したものは再び凍らせません。イクラは加熱しないで食べる食品です。1998 年には、市販のイクラ醤油漬けが原因の腸管出血性大腸菌 O157 の食中毒が、複数の都府県にまたがって起きました。手、器具、容器の衛生は、生の魚と同じ水準で管理します。
サーモンはなぜ生で食べられるのか
日本では長い間、鮭を生で食べませんでした。天然の鮭にはアニサキスなどの寄生虫が多く、生で食べるのは、凍らせてから食べる「ルイベ」くらいでした。養殖サーモンが生で食べられるのは、配合飼料(ペレット)で育つため、寄生虫を取り込む道がほぼ断たれているからです。寄生虫は、天然の小魚やオキアミ(小さなエビのような生き物)を食べることで魚の体に入ります。米国の FDA の規範や EU の規則でも、こうして育てた養殖魚は、生で出す前の冷凍が免除されています。身の橙色は、飼料に混ぜた色素によるものです。
ただし、天然の鮭を生で出すなら、必ず −20℃で 24 時間以上冷凍します(魚の中心が −20℃になってから数えるのが確実です)。天然の稚魚を海で育てた養殖魚や、生の餌で育てた養殖魚からは寄生虫が見つかった例があるので、「養殖」というだけで安心せず、どう育てたかを確かめます。
この章のまとめ
- 穴子は目打ちをして開き、包丁の背か湯でぬめりを取る。血には加熱で働きがなくなる毒があるので、生では出さない。
- 落とし蓋は煮汁を穴子の上まで回し、乾燥と煮崩れを防ぐ。ツメの照りととろみは、煮詰まった糖と穴子のゼラチンから生まれる。毎日火を入れて冷蔵する。
- 銅の玉子焼き器は熱を速く伝え、鍋全体が同じ温度になるので焦げムラが出ない。卵は割り置きせず、中心まで火を通す(中心 70℃で 1 分以上)。
- 箱ウニのミョウバンは身溶けを防ぐが、多いと渋みや苦みが出る。塩水ウニは無添加で甘いが、日持ちは 1〜2 日。生ウニは冷凍しない。
- イクラは 40℃前後の 3% 塩水でほぐし、冷ました地に漬けて 4℃以下で 3〜4 日。加熱しない食品なので、衛生は生の魚と同じ水準で管理する。
- 養殖サーモンは配合飼料で育つため寄生虫の心配が少ない。天然の鮭を生で出すなら −20℃で 24 時間以上冷凍する。
確認問題
問1 玉子焼きの衛生について、正しいものはどれですか。
a 朝の仕込みを早くするため、卵は前の晩にまとめて割っておく
b 日本の卵は洗ってあるので、割った卵液を室温に置いてもかまわない
c 卵は使う直前に割り、玉子焼きは中心まで火を通す(中心 70℃で 1 分以上)
d 甘い玉子焼きは砂糖で菌が増えないので、焼いた後は室温で一晩置いてよい
e 銅の玉子焼き器は熱をよく伝えるので、中心まで火が通っていなくても菌は死ぬ
答え:c
卵にはサルモネラがいることがあり、割った卵液は室温で菌が一気に増えます。だから割り置きはせず(a・b は誤り)、使う直前に割ります。焼いた玉子焼きも糖と水分が多く菌が増えやすいので、室温に置かず冷蔵します(d は誤り)。菌を殺すのは中心の温度と時間で、鍋の材質ではありません(e は誤り)。

