
第I部 食の安全
第2章
寿司屋で気をつける食中毒
寿司屋で特に気をつけるのは、アニサキス、ノロウイルス、腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌、ヒスタミン、食物アレルギーです。それぞれ「どこから来るか」と「どう防ぐか」を押さえます。
この章で学ぶこと
- アニサキスを防ぐ手順と、酢や塩では死なない理由を説明できる
- ノロウイルスと腸炎ビブリオがどこから来て、何に弱いかを説明できる
- 黄色ブドウ球菌の毒素とヒスタミンが加熱で消えないことと、その防ぎ方を説明できる
- 特定原材料9品目を挙げ、アレルギーの客への対応と、急な症状への対処ができる
2.1 顔ぶれと見分け方
寿司屋で起きる食中毒の代表は、アニサキス(寄生虫)、ノロウイルス(ウイルス)、腸炎ビブリオ(細菌)の三つで、協会はこれを寿司屋の3大食中毒と呼んでいます。種類が違うので、効く対策もまったく違います。これに黄色ブドウ球菌、ヒスタミン、食物アレルギーを加えた六つを学びます。
食べてから症状が出るまでの時間を潜伏期間といい、客から体調不良の連絡を受けたとき、原因を考える手がかりになります(表2-1)。
| 原因 | 種類 | 潜伏期間 | 加熱で防げるか |
|---|---|---|---|
| アニサキス | 寄生虫 | 数時間(多くは12時間以内) | 防げる(70℃以上、または60℃で1分) |
| ノロウイルス | ウイルス | 24〜48時間 | 防げる(中心85〜90℃で90秒以上) |
| 腸炎ビブリオ | 細菌 | 8〜24時間 | 防げる(中心75℃で1分以上) |
| 黄色ブドウ球菌 | 細菌(毒素を作る) | 1〜6時間 | 防げない(毒素は100℃で30分でも壊れない) |
| ヒスタミン | 菌が作る物質 | 数分〜1時間 | 防げない(加熱でも冷凍でも壊れない) |
| 食物アレルギー | 体の反応 | 多くは食べてまもなく | 防げない |
2.2 アニサキス ― 酢でも塩でも死なない
アニサキスは、長さ2〜3cm、幅0.5〜1mmほどの、白く半透明な糸のような寄生虫の幼虫です。魚の内臓の表面や腹の身に、渦巻きのように丸まっています。親はクジラやイルカの胃にすみ、海に出た卵からかえった幼虫が、オキアミ、魚やイカの順に食べられ、その魚がクジラに食べられて親になります(図2-1)。人の体の中では親になれず数週間で死にますが、それまでに胃や腸の壁に頭を刺し、激しい痛みを起こします。
よくいるのは、サバ、サンマ、イワシ、アジ、カツオ、サケ、スルメイカなどです。配合飼料で育てた養殖魚には、ほとんどいません。生きたオキアミを食べず、輪から外れているからです。ただし、海で獲った稚魚や生の餌で育てた養殖魚では、見つかった例があります。
症状は、多くが食べてから数時間(多くは12時間以内)に起きる、みぞおちの激しい痛み、吐き気、嘔吐です。熱や下痢が目立たない「食中毒らしくない激痛」が特徴です。
どう防ぐか
- 入れない 鮮度のよい魚を選び、丸の魚は仕入れたらすぐに内臓を取ります。魚が生きているあいだ、幼虫の多くは内臓にいますが、死んで時間がたつと腹の身へ移るものが増えるからです。内臓は生で出しません。
- 見つけて取る おろしたら、腹側の身を中心に表と裏をよく見て、見つけたら骨抜きでつまみ出します。暗い所でブラックライト(紫外線を出すライト)を当てると、幼虫は青白く光り、見つけやすくなります。ただし光って見えるのは、表面からおよそ0.5mmまでにいる幼虫だけです。見つからなかったことは、いないことの証明になりません。
- 殺す 生で出すなら、−20℃で24時間以上冷凍します(厚生労働省の呼びかけで、日本では法律上の義務ではありません)。確実にするには、魚の中心が−20℃になってから24時間と数えます。家庭用の冷凍庫は−18℃前後のものが多く、−20℃に届かないことがあります。加熱するなら70℃以上、または60℃で1分です。
酢、塩、わさび、醤油では死にません。幼虫はもともと魚の内臓やクジラの胃の中で生きる虫で、強い胃酸にも耐えます。しめサバでアニサキス症になる例が毎年あるのはこのためです。よく噛む、細く切るといった工夫も、対策には数えません(冷凍の手順は第9章)。
2.3 ノロウイルス ― 人の手と二枚貝から
ノロウイルスは、人の腸の中でだけ増えるウイルスです。入り口は二つあります。一つは二枚貝で、カキやアサリは大量の海水をこして餌をとるため、海に流れ出たウイルスが体の中にたまります。貝は病気にならず、見た目もにおいも変わりません。もう一つは人で、感染した人の便や嘔吐物から、手を通して食品にうつります。日本の食中毒で患者の数が最も多い原因はノロウイルスで、その多くは調理する人の手を通っています。
ごく少しの量(10〜100個程度とされます)でうつり、症状が出ない感染者もいます。症状がおさまった後も、1週間から長いときは1か月ほど、便にウイルスが出続けます。冷凍に強く、アルコールが効きにくいのも特徴です。食べてから24〜48時間後に、突然の激しい嘔吐、下痢、腹痛が起き、多くは1〜3日でおさまります。
どう防ぐか
- 人を管理する 毎朝、嘔吐・下痢・発熱がないかを確かめ、症状があれば調理に入りません。家族が発症したときも申し出てもらいます。ノロウイルスと診断された人は、治った後も、検便でウイルスがいないと確かめられるまで、食品に直接触れる仕事をしません。
- 洗い流す 石けんと流水の手洗いは、ウイルスを殺すのではなく洗い流すものです。アルコールに頼らず、汚れやすい場面では二度洗いをします(第3章)。
- 熱と塩素で壊す 二枚貝を加熱して出すなら、中心温度85〜90℃で90秒以上。器具や調理台には次亜塩素酸ナトリウム(塩素系漂白剤の主成分)を使い、器具には200ppm、嘔吐物には1,000ppmに薄めます(作り方は第3章)。
カキの「生食用」の表示は、決められたきれいな海域で採れたか、殺菌した海水などで浄化し、細菌の基準を満たしたものに付きます。細菌の基準であって、ノロウイルスがいない保証ではありません。「加熱用」のカキを生で出すことは、決してしてはいけません(第12章)。
2.4 腸炎ビブリオ ― 海の菌は真水と低温に弱い
腸炎ビブリオは海水にすむ細菌で、塩分がないと生きられない好塩菌(塩のある所を好む菌)です。海水温が上がる初夏から秋に沿岸で増え、魚介の表面、エラ、内臓につきます。こわいのは増える速さで、条件がよければ約10分で倍になります。魚に触れた器具や手から、ほかの食品へうつる二次汚染もよく起こします。食べてから8〜24時間で、激しい腹痛と水のような下痢が起きます。
弱点は三つあります。真水に弱い、熱に弱い(中心75℃で1分以上で死ぬ)、低温では増えない(10℃以下で増え方が大きく鈍り、4℃以下ではほぼ止まる。ただし冷やしても菌は消えない)。
- 真水で洗う 丸の魚は、ウロコ・エラ・内臓を取った後、飲める水の流水で表面と腹の中をよく洗います。おろす前に洗い終えるのが基本です(おろした身を真水に浸さない理由は第9章)。
- すぐ冷やす 洗った魚はすぐに冷蔵庫へ戻し、まな板に出すのは使う分だけにします(第4章)。
- 器具を分ける 水洗いに使ったまな板・包丁・ダスターを、そのままサク取りや野菜に使いません(第3章)。
日本では1990年代に多発しましたが、2001年に生食用の魚介類を10℃以下で保存するなどの基準ができてから激減しました。
2.5 加熱しても消えない毒 ― 黄色ブドウ球菌とヒスタミン
「火を通せば安全」は、この二つには通用しません。防ぐ方法は、作らせないことだけです。
黄色ブドウ球菌 ― 職人の手から
黄色ブドウ球菌は、健康な人の約3割が鼻の中に持っている菌で、皮膚や髪、化膿した傷にも多くいます。手の切り傷、ささくれ、鼻をこすった指から食品にうつります。食品の上で増えるときにエンテロトキシンという毒素を作り、この毒素は100℃で30分加熱しても壊れません。塩分15%ほどでも増えるので、塩気のあるおにぎりや寿司でも増えます。作って室温に何時間も置いた握りや弁当が、典型的な原因です。食べてから1〜6時間で、激しい吐き気と嘔吐が起きます。
防ぐ柱は二つです。第一に、手洗いと傷の管理で、菌を食品につけないこと。手に傷がある職人は、防水の絆創膏で覆ったうえで手袋をするか、治るまでネタとシャリに直接触れません。鼻や髪や顔を触ったら、手を洗い直します。第二に、10℃以下に保って、菌を増やさないこと。毒素は菌が増えるときに作られ、10℃より低いと作られにくくなります。ただし、一度できた毒素は、冷やしても消えません。
ヒスタミン ― 赤身と青魚の温度管理
ヒスタミンは、マグロ、カツオ、サバ、イワシ、サンマ、ブリなど赤身や青魚の身に多い成分(ヒスチジン)が、細菌の働きで変わってできる物質です。白身の魚ではほとんど起きません。魚が10℃を超えると急に作られ、冷蔵庫の温度でもゆっくり作られることがあるので、冷蔵庫に長く置いた赤身でもたまります。一度できたヒスタミンは、加熱しても冷凍しても壊れません。腐ったにおいがしなくても含まれていることがあります。
食べてから数分〜1時間で、顔が赤くなる、じんましん、頭痛、動悸などが起きます。食べたときに舌や唇がピリピリすることがあります。アレルギーに似ていますが、同じ魚を食べた何人もが一度に発症する点で見分けられます。防ぐ方法は、温度と時間の管理に尽きます。冷えたまま運ばれた魚を仕入れ、解凍は冷蔵庫か氷水で行い、解凍したマグロのサクを調理台に出しっぱなしにしません。
2.6 食物アレルギー ― ほんの少しで命に関わる
食物アレルギーは、特定の食品のタンパク質に、体の守りの仕組み(免疫)が過剰に反応して起きます。ほかの人には何でもない食品が、その人にだけ毒になります。重いものはアナフィラキシーと呼ばれ、食べてまもなく、じんましん、唇やのどの腫れ、息苦しさ、血圧の低下が一気に進み、手当てが遅れれば命を落とします。まな板に残ったえびの汁や、同じ包丁、同じ揚げ油でも起きるほど、わずかな量で発症します。
日本の法律(食品表示法)で表示が義務づけられた特定原材料は、えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生、カシューナッツの9品目です(くるみは2023年、カシューナッツは2026年4月に加わりました)。表示がすすめられている品目にも、いか、いくら、さけ、さば、あわびなど、寿司ネタが多く入っています。表示の義務は容器に包んだ食品が対象で、店で出す料理には法律上の義務はありません。それでも、客に聞かれて正確に答えられないことは許されません。
寿司屋には、気づきにくいアレルゲン(アレルギーの原因になる物質)が隠れています。醤油と煮切りには小麦が入っています。玉子焼きに、えびや白身魚のすり身を混ぜる店があります。カニカマには卵白や小麦、カニのエキスが入ります。自分の店の全品目について、何が入っているかを一覧にしておきます。また、アニサキスのアレルギーを持つ人は、冷凍や加熱で幼虫が死んでいても、じんましんやアナフィラキシーを起こすことがあります。冷凍は幼虫が刺さるのを防ぎますが、アレルギーは防げません。
- 聞き取る 予約のときと席に着いたときに必ず尋ねます。申し出があれば、品目と重さ(アナフィラキシーを起こしたことがあるか、自己注射薬を持っているか)を確かめます(接客での聞き方は第19章)。
- 専用の清潔な器具を使う 洗ってあっても、共用のまな板や包丁は使いません。専用に洗って消毒したまな板、包丁、箸、皿を出し、手を洗い直して、ほかの作業をはさまずに仕上げます。
- 調味料と汁を分ける 共用の醤油皿、煮切りの刷毛、揚げ油、ゆで汁を使いません。
- 伝える 出すときに、どう対応したかを客本人に口で確かめます。対応できないときは、はっきり断ります。「たぶん大丈夫」が最も危険です。
この章のまとめ
- 寿司屋の3大食中毒は、アニサキス(寄生虫)、ノロウイルス(ウイルス)、腸炎ビブリオ(細菌)。種類が違うので、効く対策も違う。
- アニサキスは、内臓を早く取り、目とブラックライトで探し、生で出すなら−20℃で24時間以上冷凍する(確実にするには中心温度で数える)。加熱なら70℃以上か60℃で1分。酢・塩・わさび・醤油では死なない。
- ノロウイルスは人の手と二枚貝から来る。体調の管理、手洗い、中心85〜90℃で90秒以上の加熱、次亜塩素酸ナトリウムで防ぐ。「生食用」はノロウイルスがいない保証ではない。
- 腸炎ビブリオは海水の菌で、約10分で倍になる。真水・熱・低温に弱い。
- 黄色ブドウ球菌の毒素とヒスタミンは加熱で壊れない。毒素は手洗い・傷の管理と10℃以下の保持で、ヒスタミンは温度と時間の管理で、作らせない。
- 特定原材料は9品目(えび、かに、くるみ、小麦、そば、卵、乳、落花生、カシューナッツ)。聞き取り、専用の器具、口での確認。症状が出たら、すぐに救急車。
確認問題
問1 アニサキスについて、正しいものはどれですか。
a しめサバのように酢でしっかり締めれば、幼虫は死ぬ
b 魚が死んで時間がたつと、幼虫が内臓から身へ移ることがあるので、丸の魚は早く内臓を取る
c ブラックライトを当てれば、身の奥にいる幼虫まですべて見つけられる
d 家庭用の冷凍庫に一晩入れておけば、確実に死ぬ
e 配合飼料で育てた養殖魚には、天然の魚より多くいる
答え:b
生きている魚では幼虫の多くは内臓にいますが、死後に時間がたつと身へ移るものが増えるので、内臓を早く取ることが予防になります。a は誤りで、酢・塩・わさび・醤油では死にません。c は誤りで、光って見えるのは表面からおよそ0.5mmまでの幼虫だけです。d は誤りで、基準は−20℃で24時間以上(確実にするには中心温度で数える)で、家庭用の冷凍庫は−20℃に届かないことがあります。e は逆で、配合飼料で育てた養殖魚にはほとんどいません。
問2 黄色ブドウ球菌による食中毒の防ぎ方として、最も適切なものはどれですか。
a 毒素は加熱すれば壊れるので、心配なら握る前にネタを軽く炙ればよい
b 手洗いと傷の管理で菌を食品につけないことと、10℃以下に保って菌を増やさないことの二つが柱になる
c 酢飯の酸で毒素が分解されるので、シャリに触れる手は洗わなくてよい
d 毒素は冷凍すれば消えるので、作り置きは冷凍しておけばよい
e 手に傷があっても、アルコールで消毒すれば素手でネタに触れてよい
答え:b
黄色ブドウ球菌の毒素は加熱で壊れないので、つけないことと増やさないことで防ぎます。a は誤りで、毒素は100℃で30分加熱しても壊れません。c は誤りで、酢は毒素を分解しません。d は誤りで、一度できた毒素は冷やしても消えません。e は誤りで、傷は菌のすみかです。防水の絆創膏で覆って手袋をするか、治るまでネタとシャリに直接触れません。

