
第IV部 ネタ
第11章
白身と光り物
白身はおまかせの最初に出されることが多く、職人の仕事の細やかさがそのまま味に出るネタです。光り物は、傷みの速い青魚を塩と酢で「締めて」安全においしくする、江戸前の技術そのものです。この章では、主な魚の扱い方と、その理由を学びます。
この章で学ぶこと
- 白身魚の特徴と、鯛・ヒラメ・ブリ類など主な魚の旬と扱い方を説明できる
- 昆布締めで旨味が増す理由を説明できる
- 光り物を塩と酢で締める理由と、コハダ・サバの仕込みの流れを説明できる
- シメサバとアニサキスの正しい関係と、白身・光り物の薬味の使い分けを説明できる
11.1 白身魚とは
魚の筋肉には、長く泳ぎ続けるための赤い筋肉と、瞬発力のための白い筋肉があります。赤い筋肉には酸素をためる色素(ミオグロビン、第10章)が多く、白い筋肉にはほとんどありません。タイやヒラメのように、海の底や岩場で静かに待ち、餌が来た瞬間に飛びかかる魚は、身のほとんどが白い筋肉なので、透明感のある白身になります。
白身は鉄の風味が少なく、淡く繊細な旨味が持ち味です。筋肉の間の膜(コラーゲン)が多いので歯ごたえがあり、寝かせるとやわらかくなります。マグロのように茶色くはなりませんが、透明感がなくなって白く濁ってくるのが、鮮度が落ちたサインです。
11.2 鯛・ヒラメ・ほかの白身
真鯛
マダイは祝いの席に欠かせない白身の代表です。産卵前の春のものは体が桜色に冴えて桜鯛、秋に餌を食べて脂が戻ったものは紅葉鯛と呼ばれ、どちらも旬です。産卵を終えた初夏のものは身が痩せ、「麦わら鯛」と呼ばれて味が落ちます。天然物は鮮やかな桜色で背に青い小さな斑点が散り、尾びれの先がとがっています。養殖物は体が黒ずみ、尾びれがすれて丸いことが多く、脂が多いので薄めに切ります。
鯛の皮と身の間には脂とゼラチン質が集まり、ここがいちばんおいしい部分です。皮を生かす代表的な仕事が松皮造りで、皮目に布巾をかけて熱湯を回しかけ、すぐ氷水に取ります。皮が縮んで松の樹皮のような模様になり、硬い皮が噛み切れるやわらかさになります。
ヒラメ
ヒラメの旬は晩秋から冬の寒平目です。産卵後の夏は身が痩せ、「猫またぎ」(猫もまたいで通る)と言われるほど味が落ちます。腹を手前に置いたとき、頭が左を向くのがヒラメ、右を向くのがカレイです(例外の種もあります)。ヒラメは平たい体を4本の身と中骨に分ける五枚おろしにします。体の縁に付くエンガワはひれを動かす筋肉で、脂が多くコリコリした歯ごたえがあり、1尾から4本しか取れません。活けを当日に握ると歯ごたえが主役になり、1〜2日寝かせると旨味が前に出ます。
ヒラメにはクドアという目に見えない寄生虫がいることがあり、生で食べると数時間で一時的な嘔吐や下痢を起こします。−20℃で4時間以上の冷凍か、中心温度75℃で5分以上の加熱で病原性がなくなります。由来の分からないヒラメ類を生で出すときは冷凍を考えます。酢や塩、わさびでは防げません。
スズキと大型の白身
スズキは夏が旬の数少ない白身で、活けの身を薄く切り、氷水で振り洗いして縮ませる洗いが夏の定番です。クエのような大型の白身は当日は硬くて味がせず、0〜2℃で3〜7日寝かせると、身がほどけて旨味がそろいます。反対に小型のキスやサヨリは、寝かせると香りと水分が抜けるので、当日から翌日に使います。
11.3 ブリ類 ― 白身として出す青物
ブリ・カンパチ・ヒラマサは青物と呼ばれ、寿司では白身のように扱いますが、海を回遊する魚で血合いが大きく、性格は赤身に近い魚です。ヒスタミンのリスクがあるので、温度の管理はサバなどの青魚と同じ厳しさで行います。ブリとカンパチは養殖が主流で、養殖物は季節を問わず脂が多く、血合いが黒ずみやすいのが特徴です。脂に合わせてやや薄めに切り、皮目に浅く包丁を入れると脂の層ごと噛み切れます。天然ブリの身に赤い糸のような虫(ブリ糸状虫)が見つかることがありますが、人には害がないので取り除いて使います。アジの仲間のシマアジは夏が旬で、皮の下の脂がおいしいので、皮を引いたらすぐに薄く切ります。
| 魚 | 旬 | 向く仕込み | 合う薬味 |
|---|---|---|---|
| マダイ | 春(桜鯛)・秋(紅葉鯛) | 松皮造り、昆布締め、1〜2日寝かせる | 塩・スダチ、わさび |
| ヒラメ | 晩秋〜冬 | 昆布締め、1〜2日寝かせる。エンガワは別に握る | 塩・柑橘 |
| スズキ | 夏 | 洗い、焼き霜(皮目を炙る) | 梅肉・柑橘 |
| 甘鯛 | 秋〜冬 | 塩締め(水分が多いので塩で抜く)、昆布締め | 塩・スダチ |
| クエ | 冬 | 3〜7日寝かせる。皮は湯引き | 塩・柑橘、ポン酢 |
| ブリ/カンパチ/ヒラマサ | 冬/夏〜秋/夏 | 生。皮目に浅く包丁 | わさび・醤油 |
| シマアジ | 夏 | 皮を引いてすぐ切る | わさび・醤油 |
11.4 昆布締め ― 白身にいちばん効く仕事
白身の旨味の中心はイノシン酸、昆布の旨味の中心はグルタミン酸です。種類の違うこの二つを同時に味わうと、舌は単独のときの何倍も強く旨味を感じます。これを旨味の相乗効果といい、昆布と鰹節の合わせ出汁と同じ原理です(第14章)。白身はグルタミン酸が少ないので、昆布から移ることで足りない半分が補われます。同時に、乾いた昆布が身の水分を吸って身を締めます。
手順は第9章で学びました。時間は薄い切り身で数時間、サクなら半日から一晩が目安です。置きすぎると身が飴色に染まって硬くなり、昆布の香りが勝ちます。昆布締めは生のまま寝かせる仕事なので、温度と期限の管理は熟成と同じ厳しさで行います。
11.5 光り物と「締める」仕事
光り物は、銀色に光る皮を残して握る青魚や小魚で、コハダ・サバ・アジ・サヨリ・キス・イワシ・サンマなどを指します。皮が光るのは、皮の内側の銀皮(グアニンという物質の結晶の層)が、鏡のように光をはね返すからです。
光り物の多くは傷みがとても速い魚です。脂が空気に触れて酸化しやすく、すぐに古い油のような匂いが出ます。身を分解する酵素の働きも強いので、やわらかくなるのも速くなります。サバやイワシなどは、温度管理を誤るとヒスタミンもできます。この速さに対する江戸前の答えが「締める」仕事です。塩は身の水分を抜いて締め、酢は酸で細菌と酵素の働きを抑え、身を白く固め、小骨をやわらかくします。締めは殺菌ではなく、傷む速さを遅らせる仕事です。
光り物に共通する仕事
第9章で学んだ下処理を、光り物に当てはめると次のようになります。
- 身は立て塩で洗う 約3%の塩水は海水に近い濃さで、真水のように身が水を吸って水っぽくなることがありません(魚の体液と同じ濃さではありません。体液は海水の約3分の1です)。鱗や内臓など、身が出る前の外側は真水の流水で洗います。
- 脂が多いほど長く 脂は水をはじくので、脂の乗った個体ほど塩が入りにくく、塩も酢も長めに当てます。
- 塩は酢で洗う 塩締めのあとを真水で洗うと、抜いた水が身に戻ります。酢でさっと洗い(酢洗い)、本漬けには新しい酢を使います。
- 皮は身を押さえて引く 身を動かすと銀皮が皮の側に付いてはがれます。身を固定し、皮だけを引きます。
- 締めても生もの 0〜4℃で保管し、店で期限を決めて守ります。
11.6 コハダ
コハダはコノシロの若い魚で、江戸前寿司の象徴です。大きさで名前が変わり(表11-2)、夏に出回るいちばん小さなシンコは、走りに驚くほどの高値が付きます。身がしっかりして脂が乗るのは秋から冬です。
仕込みは、鱗を取り、頭を落として内臓を出し、立て塩で洗いながら腹側から開いて(腹開き)、中骨と腹骨をすき取ります。塩を振り、酢で洗い、新しい酢に漬け、水気を拭いて冷蔵庫で寝かせます。酢から上げたばかりは酸味がとがっているので、翌日以降に使います。皮目に飾り包丁を入れると、小骨の感触が消え、シャリとのなじみもよくなります。
| 呼び名 | 大きさ | 塩の時間 | 酢の時間 |
|---|---|---|---|
| シンコ | 4〜6 cm | 数分〜十数分 | 数分 |
| コハダ | 7〜10 cm | 30分〜1時間 | 10〜30分 |
| ナカズミ | 11〜15 cm | 1時間前後 | 20〜40分 |
| コノシロ | 15 cm超 | 1時間以上 | 30分〜1時間 |
時間はあくまで出発点です。塩は身の白さと弾力で、酢は断面の白い層の深さで見極めます。表面から白く締まり、中心に生の透明感が残る程度が今の好みで、中まで真っ白にすると酸っぱくパサつきます。
11.7 サバ・アジ・サヨリ
サバとシメサバ
サバは「サバの生き腐れ」と言われるほど傷みが速く、ヒスタミンの事故も多い魚です。マサバは秋から冬に脂が乗ります。シメサバは、三枚におろして立て塩で洗い、身が隠れるほどのべた塩で1〜3時間置きます(脂の多いものは長く、小さいものや夏のサバは短く)。塩を酢で洗い流し、新しい酢に30分〜1時間ほど漬け(もっと長く漬ける店もあります)、腹骨と小骨を抜き、薄皮を引いて、冷蔵庫で一晩なじませます。
アジ
マアジは夏が旬です。三枚におろして立て塩で洗い、腹骨をすき、尾の付け根の硬いうろこゼイゴを包丁を寝かせてそぎ取り、皮を頭のほうから引きます。今は鮮度の良いアジを生で握ることが多く、生姜と葱を乗せます。軽く締めるなら塩は10〜20分、酢は数分から10分ほどと短くし、生の歯ごたえを残します。
サヨリ
サヨリは春が旬の、細く透き通った魚です。腹の内側の黒い膜は苦味と臭みのもとになり、見た目も黒ずむので、必ずこすり取ります。身が薄いので、塩は数分、酢はくぐらせる程度にするか、生のまま握ります。ほかに、夏のキス、秋のサンマ、梅雨から夏のイワシも光り物として握られます。イワシは光り物の中で最も傷みが速いので、生なら当日中に使い切ります。
11.8 薬味の使い分け
白身には柑橘と塩、光り物には生姜と葱。この組み合わせには理由があり、二つは目的が逆です。
白身の薬味は、旨味を引き立てるためのものです。少しの塩は甘みと旨味を強く感じさせ、スダチやカボスの酸味と香りが味に輪郭を与えます。スイカに塩を振ると甘く感じるのと同じしくみで、対比効果といいます。醤油は香りも旨味も強く、白身の繊細な旨味を覆ってしまうので控えめにします。
光り物の薬味は、匂いを隠すためのものです。生姜の辛味と葱の香りは、強い香りで青魚の生臭さや酸化した脂の匂いを感じにくくします。柑橘や酢の酸は、生臭さのもとになる成分を中和して、匂いそのものを減らします。だから酢で締めた光り物はわさびだけで足りることが多く、生で握るアジやイワシには生姜と葱が要ります。
薬味は臭みを隠す道具であって、鮮度の悪さを隠す道具ではありません。わさびや生姜にも菌を抑える働きはありますが、あくまで補助です。安全は温度と時間の管理で守ります(第5章)。
この章のまとめ
- 白身は待ち伏せ型の魚で白い筋肉が多く、淡く繊細な旨味をもつ。透明感がなくなって白く濁るのが鮮度低下のサイン。
- マダイは桜鯛と紅葉鯛、ヒラメは寒平目が旬。ヒラメのクドアは−20℃で4時間以上の冷凍か、中心温度75℃で5分以上の加熱で防ぐ。
- ブリ・カンパチ・ヒラマサは白身として出すが性格は赤身に近く、ヒスタミンを防ぐ温度管理は青魚と同じ厳しさで行う。
- 昆布締めは、魚のイノシン酸と昆布のグルタミン酸の相乗効果で旨味を強める。白身に最も効く。
- 光り物は傷みが速いので塩と酢で締める(殺菌ではなく、傷む速さを遅らせる)。身は約3%の立て塩(海水に近い濃さ)で洗い、脂が多いほど塩も酢も長く、塩は酢で洗う。締めても0〜4℃で保管する。
- シメサバの塩と酢ではアニサキスは死なない。確実なのは−20℃以下で24時間以上の冷凍。白身の薬味は旨味を引き立て、光り物の薬味は匂いを隠す。
確認問題
問1 シメサバとアニサキスについて、正しいものはどれか。
a 酢に1時間以上漬ければ、アニサキスは死ぬ
b べた塩で3時間置けば、アニサキスは死ぬ
c わさびと生姜を多めに添えれば、食中毒は防げる
d −20℃以下で24時間以上冷凍すれば死ぬ。確実にするには、魚の中心が−20℃に達してから数える
e ブラックライトを当てて光らなければ、身の奥にもアニサキスはいない
答え:d
アニサキスは塩でも酢でもわさびでも死にません(a・b・c は誤り)。シメサバの塩と酢は傷む速さを遅らせる仕事で、寄生虫対策にはなりません。ブラックライトで光って見えるのは表面のごく浅いところにいる虫だけなので、見つからなくても安全とはいえません(e は誤り)。確実な方法は、魚の中心が−20℃に達してから24時間以上の冷凍です。

