
第IV部 ネタ
第12章
海老・イカ・タコ・貝
海老・イカ・タコ・貝は魚と体のつくりが違い、魚と同じ感覚で扱うと、硬くなったり臭みが残ったりします。そして貝には、「新鮮なら安全」が通用しないという大きな落とし穴があります。この章では、おいしく仕上げる仕事と、貝の衛生をいっしょに学びます。
この章で学ぶこと
- 車海老を塩茹でして、すぐ氷水に落とす理由を説明できる
- イカの薄皮と隠し包丁、タコの塩揉みと叩きの目的を区別して説明できる
- 二枚貝が「新鮮でも安全とは限らない」理由と、「生食用」「加熱用」の表示の意味を説明できる
- えび・かにのアレルギーと、ノロウイルスを広げない貝の扱い方を実践できる
12.1 海老と蟹
| 種類 | 使い方 | 要点 |
|---|---|---|
| 車海老 | 塩茹で | 活けを茹で、氷水に落とす |
| 甘海老 | 生 | 図鑑の名前はホッコクアカエビ。0〜2℃で保つ |
| ボタン海老 | 生 | 市場の「ボタン」の多くはトヤマエビ。卵は軍艦に |
| シャコ | 塩茹で、ツメ | 仕入れたらすぐ茹でてむく。置くと身がやせる |
車海老は活けを茹でる
車海老は、死ぬと体の中の酵素が身に回って頭の付け根から黒ずみ、茹でても甘みが出ません。そのため、おがくずに入った活けを仕入れ、10℃前後の涼しく暗い場所で生かしておきます。
- 串を打つ 腹側から頭に向けて、身と殻の間に竹串をまっすぐ通します。海老は加熱すると腹側が縮んで丸まるので、串で形を保ちます。
- 塩茹でする 塩分 3% 前後(水 1 L に塩 30 g)の湯を強火で沸かして入れます。真水で茹でると、うま味が湯に逃げて水っぽくなります。
- 引き上げる 寿司用の 30〜40 g の海老なら、再び沸いてから 2〜3 分が目安です。殻が鮮やかな赤になり、腹側の身が白くなったら上げます。中心にはわずかな透明感が残ります。
- 氷水に落とす すぐに氷水に入れて芯まで冷やし、冷えたら引き上げます。浸けっぱなしにはしません。
- むいて開く 頭と殻を外し(尾の一節は残します)、腹側から開いて背わたを取ります。
氷水に落とすのは、余熱を止めるためです。湯から上げた後も、殻と身に残った熱で中心の温度は上がり続けます。火が入りすぎると身が強く縮み、水を含んだスポンジを握りしめたように、甘みの成分を含んだ水分が絞り出されます。こうして、硬くてパサついた、甘くない海老になります。
生の海老と冷凍の海老
甘海老がとろりと甘いのは、身の中の自己消化酵素(死んだ後も働いて、自分の身のタンパク質を分解する酵素)が強く、甘みのもとになるアミノ酸が増えるからです。酵素は温度が高いほど速く働くので、0〜2℃で保ちます。常温では分解が一気に進み、腐敗につながります。生の海老は、真水ではなく 3% の塩水で洗います。真水に触れると、身が水を吸って水っぽくなるからです。
冷凍の海老は、冷蔵庫の中か 3% の塩水で解凍します(第9章参照)。頭の付け根が黒くなる黒変は海老自身の酵素による変化で、腐敗ではありませんが、時間が経った印です。保水剤(リン酸塩など)を吸わせた輸入品は、茹でるとゴムのように弾んで甘みが薄いので、原材料の表示を確かめて選びます。
蟹
寿司屋の蟹は、ズワイガニ、タラバガニ、毛蟹、ズワイガニの雌のセイコガニが中心です。茹でるときは 3〜4% の塩水に甲羅を下にして入れ、蟹味噌が脚のほうへ流れ出ないようにします。ほぐした身は時間が経つと水っぽくなるので、茹でたその日に使います。
12.2 イカとタコ
イカは、スルメイカ、アオリイカ、コウイカ(スミイカ)、ヤリイカ、ケンサキイカなどを使います。
皮は 4 層 ― 最後の薄皮まで取る
イカの胴の皮は、1 枚に見えて実は 4 層あります。外側の 1・2 層目は色のついた皮で、指でつまめばむけます。問題はその下の 3・4 層目です。透明でとても丈夫な薄皮で、残したまま握ると、セロハンのような皮が噛み切れずに口に残ります。乾いた布巾やキッチンペーパーで、身の表面を一方向にこすって取ります。乾いた繊維が薄皮に引っかかるからです。
隠し包丁の三つの働き
イカの身に入れる切れ目を隠し包丁(表から見えにくい浅い切れ目)といいます。働きは三つあります。一つ目は、身の中の強い繊維を断ち切り、ゴムのように伸びる食感をなくして噛み切りやすくすること。二つ目は、切れ目に醤油が入り、少ない醤油で味がのること。三つ目は、切り口が増えて甘みの成分が舌に触れやすくなることです。
スルメイカにはアニサキスが多くいます。隠し包丁は虫に傷をつける程度で、殺す方法ではありません。生で出すときに確実なのは、−20℃で 24 時間以上冷凍したもの(厚生労働省の呼びかけ。イカの中心が −20℃になってから数えるのが確実)を使うことです。皮をむいた身を光に透かして白い虫(長さ 2〜3 cm)を探すこともしますが、見つからなくても安全の保証にはなりません。酢・塩・わさび・醤油では死にません(第2章・第9章参照)。ホタルイカには別の寄生虫がいるので、生で出すなら −30℃で 4 日以上の冷凍か、内臓の除去が必要です。
イカは 0〜2℃で 1〜2 日寝かせると、自己消化酵素の働きで甘いアミノ酸が増え、ねっとりします。寝かせすぎると表面がぬるつき、アンモニア臭が出るので、2 日を限度と考えます。
タコ ― 塩揉みと叩きは目的が違う
塩揉みは、表面のぬめりを取る作業です。ぬめりの主な成分はムチン(糖とタンパク質が結びついた粘液。生臭さのもと)です。粗塩をたっぷり振って揉むと、青菜に塩を振ると水が出るのと同じ浸透圧の働きでぬめりがゆるみ、塩の粒にこすられて落ちます。白い泡が出なくなるまで揉み、流水で洗います。
叩きは、身を柔らかくする作業です。タコの足は強い繊維でできていて、そのまま茹でると縮んで硬くなります。茹でる前にすりこぎや大根で叩いて繊維をほどよく壊しておくと、歯切れがよくなります。大根を使うのは、硬さがちょうどよく身を傷めにくいからです。「大根の酵素が柔らかくする」という説明には、裏付けが乏しいとされています。
茹でるときは、たっぷりの湯に足先から入れ、足がくるりと丸まったところで全体を沈めます。茹で上がりは冷水に取らず、ざるの上で冷まします。急に冷やすと皮が縮んで剥がれます。
12.3 貝の衛生 ― 「新鮮なら安全」が通用しない
アサリ、ハマグリ、カキ、ホタテなどの二枚貝は、海水を吸い込み、えらで小さな餌をこし取って生きています。カキ 1 個が 1 日にこす海水は、100 L を超えることもあります。海水にウイルスや毒を持つプランクトンがいれば、貝はそれを体の中、とくに中腸腺(貝の「ウロ」「ワタ」と呼ばれる内臓)にためこみます。だから貝は、魚と違って「新鮮だから安全」とは言えません。どこの海で採れたかが、安全を左右します。
ノロウイルス
ノロウイルスは、人の腸の中でだけ増えるウイルスです。感染した人の便から下水を通って海に出たウイルスを、二枚貝がためこみます。ごく少ない量(10〜100 個程度とされます)でも発症し、冬(11〜2 月頃)を中心に流行します。冷凍しても死なず、消毒用アルコールは効きにくいウイルスです。
- 貝を加熱して出すなら、中心が 85〜90℃で 90 秒以上になるまで火を通します。
- 器具やまな板の消毒には、次亜塩素酸ナトリウム(200 ppm)を使います(第3章参照)。
- 貝を扱った後は、石鹸で 2 度洗いをします(第3章参照)。
もう一つ忘れてはいけないのは、ノロウイルスの食中毒の多くが、貝ではなく調理する人の手から広がっていることです。ノロウイルスにかかった職人は、症状が治まっても、検便でウイルスがないと確認できるまで食品に直接触れません(第2章参照)。
「生食用」と「加熱用」の表示の意味
カキには「生食用」と「加熱用」の表示があります。鮮度の差と誤解されやすいのですが、違いは採れた海域と処理の違いです。
| 項目 | 生食用 | 加熱用 |
|---|---|---|
| 何で決まるか | 水質の基準を満たす指定された海域で採れたもの、または清浄な海水で浄化(きれいな海水を吸わせて、体内の菌を吐き出させる処理)したもの | それ以外の海域で採れたもの |
| 鮮度との関係 | 関係ない。加熱用のほうが栄養の多い海で育ち、身が大きいことも多い | |
| 守る基準 | 細菌の数などの基準と、10℃以下での保存 | 生で食べるための基準はない |
| 生で出せるか | 出せる。ただし基準は細菌についてのもので、ノロウイルスがいない保証ではない | どれほど新鮮でも生で出さない |
ホタテの貝柱など、ほかの貝のむき身にも「生食用」「加熱用」の表示があります。どの貝でも、生食用の表示がない二枚貝は、必ず加熱して出します。
腸炎ビブリオと貝の保管
夏の海水には腸炎ビブリオ(海にすむ食中毒菌。とても速く増えるが、真水に弱い)がいます。殻付きの貝は流水で殻をよく洗い、むき身は真水でさっとすすいでから冷やします。生きた貝は、海水の温度に近い 5〜10℃ほどで、殻付きのまま保管します。0℃近くまで冷やすと弱って死にます。口が開いたまま触っても閉じない、持つと軽い、硫黄やアンモニアの匂いがする貝は死んでいます。死んだ貝は急速に腐るので、加熱用にも回さず捨てます。
12.4 貝の仕事
赤貝 ― 握る直前に叩く
赤貝は身を外してヒモ(身のまわりのひだ)と分け、身を開いて黒い肝とワタを取り、塩で揉んでぬめりを落とします。浅い格子の切れ目を入れたら、握る直前にまな板に強く叩きつけます。刺激を受けた筋肉が一瞬で縮み、身が反り返って、コリッとした歯応えと立体的な形が出ます。これはまだ生きている筋肉の反応で、時間が経った身は叩いても反りません。なお、これを「死後硬直」と呼ぶのは誤りです。死後硬直は、死んだ後に時間をかけて筋肉が固まる別の現象です。
ホタテ ― 横に切る
寿司ネタにするのは貝柱(上下の殻を閉じる筋肉)です。貝柱の繊維は、殻と殻をつなぐ向き、つまり縦に走っています。そこで横に包丁を入れて、繊維を断ちます(図12-1)。切り口が増えると、甘みのもとであるグリシンやアラニンなどのアミノ酸が舌に触れやすくなり、とろりと甘く感じます。縦に切ると、噛み切りにくく、甘みも弱くなります。
アワビとハマグリ ― 熱の入れ方で決まる
生のアワビはコリコリと硬いので、薄くそぎ切りにして細かい切れ目を入れます。煮アワビは、沸騰させずに 70〜80℃を保って 3〜5 時間煮ます。硬さのもとのコラーゲンが、低い温度で長い時間をかけてゼラチンに変わり、柔らかくなるからです。沸騰させると、身が縮んで硬くなります。大根を入れて煮る店も多く、「大根の酵素が柔らかくする」と言われますが、大根の主な酵素はデンプンを分解するもので、熱にも弱く、この説明には裏付けがありません。
ハマグリの身は、60℃を超えると急に縮んで硬くなります。殻ごと酒を振って火にかけ、口が開いたらすぐ取り出します。残った汁に醤油・砂糖・みりんを加えて煮詰め、完全に冷ましてから身を戻して、冷蔵庫で半日から一晩漬けます。これをツケ込みといいます。冷めた汁で味を入れるので、身が硬くなりません。握ったら、この汁を煮詰めたツメを塗ります(第14章参照)。
この章のまとめ
- 車海老は活けを 3% の塩水で茹で、中心にわずかな透明感を残して氷水に落とす。余熱を止めて、身が縮んで甘みが逃げるのを防ぐ。
- えび・かには特定原材料。茹で汁、手、おぼろ、すり身入りの玉子焼き、カニカマなど「見えない混入」に注意する。
- イカは透明な 3・4 層目の薄皮まで取る。隠し包丁は食感・醤油の絡み・甘みのためで、アニサキス対策にはならない。タコの塩揉みはぬめりを取るため、叩きは繊維を壊して柔らかくするため。
- 二枚貝はウイルスや毒をためこむので「新鮮なら安全」ではない。「生食用」「加熱用」は海域と処理の違いで、加熱用は生で出さない。ノロウイルスは中心 85〜90℃で 90 秒以上。
- 赤貝は握る直前に叩き、ホタテは横に切り、アワビは 70〜80℃で長く煮て、ハマグリは冷ました汁に漬け込む。
- 生きた貝は 5〜10℃で殻付きのまま保管し、注文ごとにむく。死んだ貝は加熱用にも使わない。
確認問題
問1 カキの「生食用」と「加熱用」の表示について、正しいものはどれですか。
a 生食用は水揚げしたその日のもの、加熱用は翌日以降のものである
b 加熱用でも、活きがよく新鮮なものなら生で出してよい
c 違いは採れた海域と処理の違いで、加熱用はどれほど新鮮でも生で出してはならない
d 生食用の基準にはノロウイルスも含まれるので、生食用ならノロウイルスの心配はない
e 加熱用は養殖のカキ、生食用は天然のカキである
答え:c
生食用は、水質の基準を満たす指定された海域で採れたか、清浄な海水で浄化したもので、細菌の数などの基準と 10℃以下での保存が決められています。鮮度や、養殖か天然かとは関係がありません(a・b・e は誤り)。生食用の基準は細菌についてのもので、ノロウイルスがいない保証ではありません(d は誤り)。

