
第III部 魚を知る
第9章
冷凍・解凍と下処理のきほん
冷凍は、寄生虫から客を守り、魚をおいしく保つための道具です。ただし、凍らせ方と解かし方を間違えると、旨味が流れ出し、安全も守れません。この章では、冷凍と解凍の正しいやり方と、洗う・鱗を取る・骨を抜く・皮を引く・締めるという下処理の基本を学びます。
この章で学ぶこと
- 寄生虫対策の冷凍の条件(−20℃以下で24時間以上)と、中心温度で数えて記録する理由を説明できる
- 急速冷凍がよい理由と、正しい解凍のしかた、してはいけない解凍と再冷凍の理由を説明できる
- 真水と立て塩(約3%)の使い分けを、浸透圧と衛生の両面から説明できる
- すき引き・骨抜き・皮引き・塩締め・酢締め・昆布締めの目的と基本を説明できる
9.1 冷凍で寄生虫から客を守る
冷凍のいちばん大事な役割は、寄生虫を殺すことです。サバ、サンマ、イワシ、アジ、カツオ、サケ、イカなどにいるアニサキス(長さ2〜3cmの白い糸のような寄生虫の幼虫)は、生きたまま食べると胃や腸の壁に刺さり、激しい痛みを起こします(第2章)。アニサキスを殺せるのは、冷凍と加熱です。
- 冷凍 −20℃以下で24時間以上。日本の厚生労働省が呼びかけている方法です(法令上の義務ではありません)。確実にするには、魚の中心が−20℃に達してから24時間と数えます。
- 加熱 70℃以上、または60℃で1分。
酢・塩・わさび・醤油では死にません。酢で締めたサバでアニサキス症が毎年起きているのはこのためです。ブラックライト(紫外線のライト)を当てると幼虫が青白く光りますが、見えるのは表面からおよそ0.5mmまでにいるものだけです。目で探すのは補助で、冷凍の代わりにはなりません。
「−20℃の冷凍庫に24時間入れた」だけでは足りません。厚いブロックの中心が−20℃に下がるまでには何時間もかかります。家庭用冷凍庫は−18℃以下が標準で、−20℃に届かない機種も多いので頼れません。業務用の冷凍庫を使い、庫内温度計で−20℃以下を確かめ、芯温計(中心の温度を測る温度計)で魚の中心を測ってから時間を数えます。そして、入れた日時・庫内温度・出した日時を記録します。冷凍の効果は目に見えず、記録だけが証拠になります。
9.2 凍らせ方で味が変わる ― 急速冷凍
魚の身は、重さの70〜80%が水です。水は凍ると体積が約9%増え、氷の粒(結晶)として育ちます。身の中の水は−1℃前後で凍り始め、−5℃になるころには大部分が氷になります。この−1〜−5℃を最大氷結晶生成帯(身の中の水の大部分が氷に変わる温度帯)といいます。
この温度帯をゆっくり通ると、氷の粒が大きく育って細胞の膜を破ります。解凍すると、破れた細胞から旨味を含んだ液が流れ出ます。これがドリップで、旨味が逃げた分です。この帯を速く通れば氷の粒は小さいままで、ドリップも少なくなります。日本では、中心の温度がこの帯を30分以内に通り抜ける凍らせ方を急速冷凍と呼びます。一般の冷凍庫(−18〜−20℃で、冷たい風が弱い)に厚いサクを入れると、中心がこの帯を抜けるまで数時間かかります(緩慢冷凍)。
−18℃の冷凍では、菌は増えませんが死にもしません。身の色の変化や脂の酸化も、ゆっくり進みます。遠洋のマグロが−50〜−60℃で凍らされるのは、こうした変化をほぼ止めるためです(第10章)。長く置いた魚の表面が白く乾いて味が抜けるのは冷凍焼けです。表面の氷が溶けずに直接水蒸気になって逃げ(冷凍庫の霜は、食品から奪われた水分です)、乾いた表面で脂が酸化して起きます。ラップを身に密着させて袋に入れ(できれば真空包装)、温度を一定に保ち、日付を書いて先入れ先出し(第4章)を守ります。
9.3 解凍のしかた
解凍で守ることは三つです。最大氷結晶生成帯を速く通すこと。表面の温度を上げないこと(表面だけ先に解けて10℃を超えると、そこで菌が増えます)。真水に直接触れさせないこと(9.4)。
| 方法 | やり方 | 特徴 |
|---|---|---|
| 氷水解凍 | 袋に入れて空気を抜き、0〜1℃の氷水に沈める | 冷蔵庫より何倍も速く、表面が0℃を大きく超えない。厚さ3cmのサクで1〜2時間 |
| 温塩水解凍 | 約40℃・塩分約3%の塩水で表面だけ解かし、冷蔵庫へ | マグロのサクで広く使われる。表面の霜や黒ずみも落ちる |
| 冷蔵庫解凍 | ペーパーとラップで包み、0〜4℃に置く | 安全だが、サクで半日から一日かかり、ドリップは氷水解凍より多い |
| 流水解凍 | 袋に入れて水道水を流す | 夏の水道水(25〜30℃)では表面が危険温度帯(第1章)に入る。急ぐときだけ |
| 常温解凍・電子レンジ | 使わない | 常温では芯が凍ったまま表面がぬるくなり、電子レンジでは一部が煮えて一部が凍ったまま残る |
氷水解凍が速いのは、水が空気よりはるかに熱を伝えやすいからです。90℃のサウナでは火傷しないのに、90℃の湯ではすぐ火傷するのと同じです。袋は真水と菌から身を守るためで、中の空気は熱を伝えにくくするので抜きます。
温塩水解凍の手順
- 塩水を作る 約40℃の湯1Lに塩約30gを溶かし、温度計で確かめます。
- 短く沈める 表面の霜が消え、押すと表面がわずかに柔らかくなるまで1〜3分。厚いサクでも5分を超えません。
- 拭いて冷蔵庫へ すぐ引き上げて水気を拭き、乾いたペーパーとラップで包んで0〜4℃の冷蔵庫へ。芯が解けるまで数時間から一晩置きます。
40℃は、細胞を壊す温度ではありません。細胞を傷めるのは−1〜−5℃の帯で、40℃の湯は、サクの表面にこの帯を一気に通り抜けさせるための熱です。氷を解かすのに熱が奪われるので、数分なら身は煮えません。塩分約3%は海水に近い濃さで(魚の体液と同じ濃さではありません。9.4)、真水のように身に水を吸わせません。長く浸けると表面が白く変わり塩味も入るので、表面が解けたらすぐ上げます。
半解凍と再冷凍
芯が少し凍った半解凍の身は、締まって包丁が入りやすいので、サク取りや皮引きに向きます。ただし握りの切り付けは、芯まで解けてから行います。
一度解けた魚を、もう一度凍らせてはいけません。店の冷凍庫での再冷凍はゆっくり凍るので氷の粒が大きく育ち、ドリップが増えます。そのうえ、解けていた間に増えた菌は、凍らせても死にません。冷凍は菌を眠らせるだけです。冷凍品は使う分だけ解凍し、余った解凍品は加熱に回すか廃棄します。
9.4 水洗いと立て塩
魚の身は膜に包まれた小さな細胞でできています。膜をはさんで濃さの違う液があると、水は薄い側から濃い側へ移ろうとします。この力を浸透圧といいます。青菜に塩を振ると水が出てしんなりするのも、ナメクジに塩をかけると縮むのも、この働きです。
魚の身を真水に浸けると、塩分や旨味を含んで濃い細胞の中へ真水が入り込み、細胞は水膨れになって破れます。旨味は流れ出し、身は水っぽくなります。
そこで使うのが立て塩です。約3%の塩水で、水1Lに塩約30gが目安です。これは海水(塩分約3.4%)に近い濃さです。よく「魚の体液と同じ濃さ」と説明されますが、正しくありません。海の魚の体液の濃さは海水の約3分の1(食塩にして約1%)で、3%はそれより濃い液です。体液より濃いので水が細胞に押し入ることはなく、身は水膨れになりません。さっと洗う程度なら身から引き出される水もわずかで、表面が軽く締まるだけです。しかも、表面の汚れや血、ぬめりは真水よりよく落ちます。
それでも真水の出番はあります。腸炎ビブリオ(海水にすむ食中毒菌。真水に弱い。第2章)は、魚の体表や鱗、鰓、内臓に付いています。使い分けは次のとおりです。
- 身が出る前(鱗を取る、内臓を出す、外側を洗う)は、真水の流水でよく洗ってこの菌を落とします。このあとの作業とは、まな板や器具を分けるか洗い直します(第3章)。
- 身が出たあとは、原則として真水をかけず、立て塩か酢で洗ってペーパーで拭きます。どうしても真水を使うときは、冷たい水で一瞬にとどめます。浸け置きはしません。
9.5 鱗・内臓・骨・皮
すき引きは、包丁を皮にほぼ寝かせ、鱗を皮のごく表面ごと薄く削ぎ取る方法です。道具で鱗をこそげると、その力が身に伝わって身が傷みますが、すき引きは刃が皮の表面を滑るだけなので身に力がかからず、鱗の根元にたまった汚れごと取れて、鱗も飛び散りません。刃はまな板とほぼ平行にし、尾の付け根から頭へ小刻みに動かします。下へ押し込むと刃が身に入ります。道具で取る店もあり、流儀で分かれます。
内臓はできるだけ早く除きます。アニサキスは魚が死んで時間が経つと、内臓から身へ移るからです。内臓の強い消化の酵素も、腹の内側から身を溶かします。背骨に沿った血合い(腎臓)は、包丁の先や竹の刷毛で膜を切ってかき出し、流水で洗ってペーパーで拭きます。身がまだ出ていない段階なので、真水でかまいません。
三枚におろした身には、血合いに沿って小骨(血合い骨)が一列に並んでいます。この骨は頭の方向へ傾いて生えているので、骨抜きでつまみ、頭の方向へ斜めに引き抜きます。尾の方向や真上に引くと、骨が身を引き裂いて身割れが起きます。指先で骨の両側を軽く押さえてから抜き、折れた骨は無理に掘らず、切り方でよけます。
包丁で皮を引くときは、尾の端で皮と身の間に刃を入れ、左手で皮を持ちます。包丁はまな板に寝かせて動かさず、皮のほうを左右に揺らしながら引きます。アジ、サバ、コハダなどの光り物は、頭の側から手で皮をむきます。皮のすぐ下には銀色の輝きのもとである銀皮があり、これを身に残します。身を指で押さえて動かさず、皮だけを低く、身に沿わせて引くのがこつです。身を引っ張ったり皮を立てたりすると、銀皮が皮と一緒にはがれます。
9.6 塩締め・酢締め・昆布締め
塩締め
塩を当てると、身の表面に濃い塩水の層ができ、浸透圧で細胞の中の水が外へ出ます。青菜に塩を振ったときと同じです。血の残りや臭いの成分も一緒に抜けて旨味が濃くなり、日持ちもよくなります。塩は表面のタンパク質を軽く固めるので、切り口がだれずに角が立ちます。菌を減らす働きは副次的です。塩の当て方には、高い所から均一に振る「振り塩」、厚くまぶす「べた塩」、塩水に浸ける「立て塩」、和紙の上から振る「紙塩」があります。鯛やヒラメの振り塩なら15〜30分が目安です。脂は塩と水をはじくので、脂の乗った魚ほど塩を強く、長く当てます。塩締めのあと、真水で塩を洗ってはいけません。抜いた水を身が吸い戻すからです。
酢締め
塩締めのあとに酢に漬けるのが酢締めです。酢は三つの仕事をします。酢の強い酸で表面のタンパク質が固まり、身が白くなります。熱で白身が白くなるのと同じことを酸で起こしていて、内側には生の層が残ります。次に、菌を増えにくくします。殺し尽くすのではありません。そして、骨のカルシウムを溶かし出し、抜ききれない小骨を柔らかくします。漬ける前に表面の塩を酢でさっと洗うことを酢洗いといい、塩と酸が表面を締めるので、真水と違って水を吸い戻しにくくなります。酢洗いの酢は、本漬けの酢とは分けます。酢で締めても、アニサキスは死にません。光り物を酢締めで生のまま出すときの注意と、コハダやサバの時間は、第11章で学びます。
昆布締め
昆布締めは、塩を当てた白身魚を昆布で挟んで冷蔵庫で寝かせ、昆布の旨味を身に移す方法です。魚の旨味の中心はイノシン酸(第8章)、昆布はグルタミン酸で、この二つを一緒に味わうと、旨味は何倍にも強く感じられます(旨味の相乗効果。第14章)。この効果は身の中ではなく、食べたときに舌の上で起きます。乾いた昆布は身の水も吸い、塩より穏やかに身を締めます。昆布は酢か酒を含ませた布巾で拭いてから使います。水で湿らせると、ぬめりが出て水が身に入ります。時間は、薄く切った身なら数時間、サクなら半日から一晩が目安で、長すぎると身が飴色に染まり、昆布の香りが勝ちます。生の魚を寝かせる仕事なので、衛生は熟成(第8章)と同じように管理します。
この章のまとめ
- アニサキスは冷凍(−20℃以下で24時間以上)か加熱(70℃以上、または60℃で1分)で死ぬ。酢・塩・わさび・醤油では死なない。時間は魚の中心が−20℃に達してから数え、日時と温度を記録する。家庭用冷凍庫に頼らない。
- −1〜−5℃の最大氷結晶生成帯をゆっくり通ると氷の粒が大きく育ち、細胞を壊してドリップが出る。急速冷凍はこの帯を30分以内に通り抜ける。冷凍焼けは密着包装と温度の安定で防ぐ。
- 解凍は、帯を速く抜け、表面温度を上げず、真水に触れさせない。氷水解凍(0〜1℃)と温塩水解凍(約40℃・約3%、表面だけ数分)を使い、常温解凍・電子レンジ解凍・再冷凍はしない。
- 真水は浸透圧で細胞に入り込み、身を水っぽくする。身が出る前は真水の流水で腸炎ビブリオを落とし、身が出たあとは立て塩か酢を使う。立て塩約3%は海水に近い濃さで、魚の体液と同じ濃さではない。
- すき引きは身に力をかけずに鱗を除く。内臓と血合いは早く除く。血合い骨は頭の方向へ斜めに抜き、皮は包丁を動かさずに引き、光り物は銀皮を身に残す。
- 塩締めは浸透圧で水と臭みを抜いて身を締め、脂の多い魚ほど強く長く。塩は真水でなく酢で洗う。酢締めは身を白くし、菌を増えにくくし、小骨を柔らかくするが、アニサキスは死なない。昆布締めはイノシン酸とグルタミン酸の相乗効果を生かす。
確認問題
問1 冷凍・解凍と下処理について、正しいものはどれか。
a 立て塩を約3%にするのは、魚の体液と同じ濃さだからである。
b 酢でしっかり締めれば、アニサキスは死ぬ。
c アニサキス対策の冷凍は、魚の中心が−20℃に達してから24時間以上と数えるのが確実である。
d 解凍した魚が余ったら、すぐに再冷凍すれば翌日も生で使える。
e 塩締めのあとは、真水でよく洗って塩を落とす。
答え:c
厚い魚の中心が−20℃に下がるまでには時間がかかるので、中心が−20℃に達してから24時間以上と数え、記録を残します。a は誤りで、3%は海水に近い濃さです。魚の体液は食塩にして約1%で、3%はそれより濃い液です。b は誤りで、アニサキスは酢・塩・わさび・醤油では死にません。d は誤りで、再冷凍はドリップを増やし、解凍中に増えた菌も死にません。e は誤りで、真水で洗うと身が水を吸い戻すので、酢で洗います。

