
第II部 シャリ
第6章
米と炊飯
寿司の味の半分はシャリで決まる、と職人はよく言います。そしてシャリの出来は、合わせ酢を打つ前、米を選び、洗い、水を吸わせ、炊くところでほとんど決まっています。この章では、寿司に向く米と、炊き上がるまでの一つ一つの手順を、「なぜそうするのか」と一緒に学びます。
この章で学ぶこと
- 寿司に向く米の条件と、新米・古米の扱い方を説明できる
- 洗米・浸水・ザル上げの手順と、それぞれの理由を説明できる
- 硬水で炊くとどうなるか、海外でどう対処するかを説明できる
- 炊飯と蒸らしの要点、浸水中や炊いた後の米を放置してはいけない理由を説明できる
6.1 寿司に向く米
米粒の大部分はデンプンです。デンプンには二つの種類があります。一本の鎖のようにまっすぐつながったアミロースと、枝分かれして房のように広がったアミロペクチンです。まっすぐな棒は束ねてもすぐにほどけますが、枝のたくさん付いた小枝は絡み合ってほどけません。同じように、アミロースが多い米は粒がほぐれやすく、アミロペクチンが多い米は粘りが強くなります。
日本でふだん食べるうるち米は、アミロースが約 17〜20% です。餅や赤飯に使うもち米はアミロースがほぼ 0% で、粘りが強すぎて団子になります。反対に、細長い長粒種(インディカ米)の多くはアミロースが 20〜30% と多く、炊くとパラパラになって握れません。寿司に向くのはその中間、形を保つだけの粘りがあり、口の中では一粒ずつほどける米です。
選ぶときの三つの目安
- 粘りすぎないこと。
- 粒がしっかりしていること。炊いても、酢を合わせて切っても潰れない。これを職人は「粒が立つ」と言います。
- 冷めても硬くなりにくいこと。シャリは炊きたてではなく、人肌に冷ましてから食べるものだからです。
ササニシキは粒離れがよく、あっさりした味が酢とぶつからないため、江戸前の職人に好まれてきました。コシヒカリは粘りと甘みが強いので、水を控えたり古米を混ぜたりして使います。ミルキークイーンのような低アミロース米は、寿司には粘りすぎます。銘柄の知名度ではなく、性質で選ぶことが大切です。
| 種類・品種 | アミロース | 炊き上がり | 寿司には |
|---|---|---|---|
| もち米 | ほぼ 0% | 強い粘りと伸び | 向かない(団子になる) |
| 低アミロース米(ミルキークイーンなど) | 約 10% | もちもちして柔らかい | 向かない(粘りすぎる) |
| コシヒカリ | 約 17〜18% | 粘りと甘みが強い | 水を控え、古米を混ぜて調整 |
| ササニシキ・ハツシモなど | 約 19〜20% | 粒が立ち、ほぐれやすい | 向く |
| 長粒種(インディカ米の多く) | 約 20〜30% | パラパラ | 向かない(握れない) |
6.2 新米と古米
その年に収穫した米を新米、前の年に収穫した米を古米と呼びます。米は保管しているあいだに、中の成分が少しずつ変わり、粒が硬くなっていきます。水分が抜けるから硬くなると思われがちですが、主な原因は成分の変化のほうです。
新米は粒が柔らかく、水をよく吸います。ふつうの水加減で炊くとベタつき、粒が潰れやすくなります。そのうえ合わせ酢を吸い込む余地が小さく、酢が表面に残って水っぽいシャリになりやすいとされます。古米は粒が硬いので、炊いても形が崩れにくく、炊くときに水をよく吸います。そのため合わせ酢も中までしっかり吸い、ベタつかないと職人は説明します。
多くの寿司店が新米と古米を混ぜて使うのはこのためです。混ぜる割合は新米 7:古米 3 から 5:5 まで、店によって幅があります。新米だけで炊くなら、水をふつうより 5〜10% 減らします。古米は水を吸うのに時間がかかるので、浸水を長めにとります。割合を変えたら、浸水時間と水加減を必ず見直します。
米の保管
一般の白米は、玄米の重さの約 90〜92% まで表面を削った(精米した)ものです。精米した米は日がたつほど味が落ちるので、精米日の近いものを少しずつ仕入れます。保管の敵は温度・湿気・虫・酸化の四つです。15℃ 以下が理想で、虫は 20℃ 以上で活発になります。密閉できる容器に入れて涼しい場所に置き、米びつは空になるたびに洗って乾かします。新しい米を古い米の上に継ぎ足してはいけません。古い米がいつまでも底に残るからです。第4章の先入れ先出しと同じ考え方です。
6.3 洗米 ― 研ぐのではなく洗う
洗米の目的は、米の表面に残った糠(ぬか)と細かい粉を落とすことです。昔の精米は粗かったので、米どうしをこすり合わせて「研ぐ」必要がありました。今の精米機は糠をほとんど取り除くので、強く研ぐと粒が割れ、割れ目からデンプンが溶け出してベタつきます。今は「研ぐ」のではなく「洗う」と考えます。
乾いた米は、最初に触れた水をいちばん勢いよく吸います。乾いたスポンジを水に入れると一気に吸い込むのと同じです。最初の水には糠のにおいが溶け出しているので、ぐずぐずしていると、そのにおいまで米が吸ってしまいます。だから最初の水は、注いだらすぐに捨てます。
ぬるま湯で洗ってはいけない理由も同じところにあります。温かい水では吸水が一気に進み、糠のにおいや濁った水まで米が吸い込みます。水を含みすぎた粒は表面が崩れやすく、炊き上がりがベタつく原因になります。なお、デンプンが糊のように変わり始めるのは 60℃ 前後からです。ぬるま湯で米の表面が煮えてしまうわけではありません。
- 量る 米は重さで量ります。1 升は約 1.5 kg です。
- 最初の水 たっぷりの冷水を一気に注ぎ、2〜3 回かき混ぜて、10 秒以内に捨てます。
- 洗う 米がひたる程度の水で、指を立てて軽く円を描くように 10〜20 回かき回し、濁った水を捨てます。これを 2〜3 回。うっすら濁る程度で止め、透明になるまでは洗いません。
- すすぐ さっと流水ですすぎます。最初の水から 3〜5 分以内に終えます。
冷たい水で、短く、やさしく。これが洗米の基本です。
6.4 浸水とザル上げ
浸水は、米粒の中心まで水を届けるための工程です。米がふっくら炊けるには、水と熱の両方が要ります。水が中心まで届いていない米を炊くと、表面のデンプンだけが先に糊のように変わって膜を作り、中へ水と熱が入りにくくなります。こうして芯の残った「生煮え」のご飯になります。
米は、水に浸けてから 30 分ほどで急速に水を吸い、約 2 時間でほぼいっぱい(重さが約 20〜25% 増える)になります。水温が低いほどゆっくり吸います。高い水温で長く浸すと粒の表面が崩れて味が落ちるので、浸水は冷たい水で行い、時間で調整します。目安は、夏(水温 25℃ 前後)で 30 分〜1 時間、冬(水温 5〜10℃)で 1〜2 時間です。古米はさらに 30 分ほど長くとります。
ザル上げは長く置かない
浸水した米はザルに上げて、外側の水を切ります。水加減を正確にするためです。ところが、ザルに上げたまま長く置くと、米粒の表面だけが乾いて縮み、水を含んで膨らんだ内側との差でひびが入ります。これを胴割れといいます。胴割れした米を炊くと、ひびからデンプンが流れ出して、ベタついた、粒の崩れたご飯になります。ザル上げは 15〜30 分で釜に移すのが目安です。乾いた厨房ではもっと短くし、固く絞った濡れ布巾をかけて乾燥を防ぎます。
6.5 水 ― 軟水と硬水
米は浸水で重さの 2 割以上の水を吸い、炊くときにさらに水を吸います。水の質は、そのままシャリの質になります。いちばん影響が大きいのは硬度です。水に溶けているカルシウムとマグネシウムの量のことで、多い水を硬水、少ない水を軟水といいます。WHO(世界保健機関)の区分では、水 1 L あたり 60 mg(炭酸カルシウムに換算した量)までが軟水、60〜120 mg が中程度の硬水、120 mg を超えると硬水です。日本の水道水の多くは 100 mg/L 未満で、軟水から中程度の硬水にあたります。
硬水で炊くと、ご飯は硬く、パサつきます。カルシウムが米の組織を硬くして、水が中まで入りにくくなるためと説明されています(くわしい仕組みには、まだはっきりしない点があります)。マグネシウムは苦みも加えます。軟水なら水が素直に米に入り、ふっくら炊けます。
6.6 炊飯と蒸らし
生の米のデンプンは、分子がぎっしり並んだ硬い状態で、水も入り込めません。水と熱が加わるとこの並びがほどけ、すき間に水が入り込み、デンプンは水を抱えて膨らんで、柔らかく粘りのある状態に変わります。これが糊化(こか。アルファ化ともいう)です。水で溶いた片栗粉を火にかけると、とろりと透明になるのと同じ変化です。米のデンプンは 60℃ 前後から糊化し始め、中心まで糊化させるには 98℃ 以上を 20 分ほど保つ必要があります。
火加減とカニ穴
寿司店では、沸騰までを速めにし、沸騰したらデンプンを煮崩さない程度に強く炊く、という考え方が多くとられています(一般の炊飯では、沸騰までの時間は 10 分ほどが適当とされます)。寿司用のシャリは、あとで合わせ酢を吸わせるので、ふつうのご飯より水を控えて硬めに炊きます。水加減は釜と火力で大きく変わるので、自店の基準を決めて記録し、炊き上がりを見て直していきます。
よく炊けた釜の表面には、直径数 mm の穴がいくつも開いています。これをカニ穴といいます。強い火で釜の底に生まれた蒸気の泡が、米の層を押し分けて上がってきた通り道です。釜全体が勢いよく沸騰し、底から上まで蒸気が通った証拠で、火が弱かったり水が多すぎたりするとできにくくなります。
蒸らしと釜
火を止めたら、蓋をしたまま 10 分前後置きます。余熱と蒸気で芯まで糊化が進み、表面の余分な水分が米に吸われます。蒸らしすぎると、酢を打つのにちょうどよい熱さを逃すので、10 分前後で切り上げ、熱いうちに飯台へ移します(第7章)。
寿司店の多くはガス釜を使います。直火で強い火力が出せ、粒の立ったシャリになりやすいからです。IH 炊飯器は温度の管理が正確で、毎回同じように炊けます。圧力式は柔らかくなりやすいので水を減らします。炊く量は釜の容量の 6〜8 割が目安で、満杯にすると米が自分の重さで潰れます。
炊き上がりの見極め
表面にカニ穴があり、粒の輪郭がはっきりしていて、水の膜がないこと。しゃもじで返すと底に水がたまっていないこと。一粒つぶして芯がないこと。柔らかすぎたら水と浸水時間を減らし、芯が残ったら浸水時間を増やします。カニ穴が出なければ、炊く量を減らしてみます。
この章のまとめ
- 寿司米は、粒が立ち、ほどよく粘り、冷めても硬くなりにくいうるち米を、銘柄ではなく性質で選ぶ。
- 新米は柔らかくベタつきやすいので水を 5〜10% 減らすか古米と混ぜる。米は 15℃ 以下で密閉して保管し、古い米の上に継ぎ足さない。
- 洗米は「研ぐ」のではなく「洗う」。冷水で、短く、やさしく。最初の水はすぐ捨てる。
- 浸水は冷たい水で、夏 30 分〜1 時間、冬 1〜2 時間が目安。ザル上げは 15〜30 分で、長く置くと胴割れする。浸水中の米や炊いた白飯を常温に放置しない(セレウス菌)。
- 硬水は硬くパサついたシャリになる。海外では軟水器・RO 水・硬度 60 mg/L 以下の水を使い、米も水も重さで量る。
- 強い火で炊けた釜にはカニ穴ができる。蒸らしは 10 分前後で切り上げ、熱いうちに飯台へ移す。
確認問題
問1 浸水を終えた米をザルに上げたまま、長い時間置いておいた。このとき起こりやすいこととして、正しいものはどれか。
a 米がさらに水を吸い、ふっくら炊き上がる
b 米粒の表面だけが乾いて縮み、ひび(胴割れ)が入って、炊くとベタつく
c 水がよく切れるので、芯のないシャリになる
d デンプンが糊化して、粘りのあるシャリになる
e 古米と同じ性質になり、合わせ酢をよく吸う
答え:b
ザル上げのまま長く置くと、表面だけが乾いて縮み、水を含んだ内側との差で米粒にひびが入ります(胴割れ)。炊くとひびからデンプンが流れ出し、ベタついた、粒の崩れたご飯になります。ザル上げは 15〜30 分で釜に移すのが目安です。d の糊化は水と熱がそろって 60℃ 前後から始まる変化で、ザルの上では起こりません。

