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すし検定

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Índice 第1章 寿司と衛生 ― なぜ安全がいちばん大事なのか
    1. 序章本書の使い方と二級の位置づけ
  1. 第I部 食の安全

    1. 第1章寿司と衛生 ― なぜ安全がいちばん大事なのか
      1. 1.1 世界に広がった寿司と、ついてこなかった条件
      2. 1.2 日本の寿司はなぜ生で食べられてきたのか
      3. 1.3 相手を知る ― 細菌・ウイルス・寄生虫
      4. 1.4 菌が増える条件と危険温度帯
      5. 1.5 腐敗と熟成 ― 「菌さえ入らなければ」の本当の意味
      6. 1.6 職人の責任 ― 迷ったら捨てる
    2. 第2章寿司屋で気をつける食中毒
    3. 第3章手洗い・消毒・まな板
    4. 第4章冷蔵庫と温度の管理
    5. 第5章なぜ素手で握れるのか
  2. 第II部 シャリ

    1. 第6章米と炊飯
    2. 第7章合わせ酢とシャリ切り
  3. 第III部 魚を知る

    1. 第8章魚の鮮度と熟成のきほん
    2. 第9章冷凍・解凍と下処理のきほん
  4. 第IV部 ネタ

    1. 第10章マグロ
    2. 第11章白身と光り物
    3. 第12章海老・イカ・タコ・貝
    4. 第13章穴子・玉子・ウニ・イクラ
  5. 第V部 調味料と薬味

    1. 第14章醤油・煮切り・ツメ・出汁
    2. 第15章わさび・海苔・ガリ・お茶
  6. 第VI部 技術と道具

    1. 第16章包丁と研ぎ
    2. 第17章おろす・切る・握る・巻く
  7. 第VII部 歴史と職人の心得

    1. 第18章寿司の歴史 ― 屋台から世界へ
    2. 第19章カウンターに立つ ― 接客と職人の心得
  8. 付録 資料編

    1. 付録A覚えておきたい数字
    2. 付録B寿司ことば
    3. 付録C旬のカレンダー
    4. 付録D出題分野と出題の目安

第I部

食の安全

寿司職人のいちばんの責任

第I部 食の安全

第1章

寿司と衛生 ― なぜ安全がいちばん大事なのか

寿司は、生の魚に火を通さずに客の口へ運ぶ料理です。だから職人の小さな油断が、そのまま客の体に届きます。この章では、世界で起きていること、食中毒を起こす相手の正体、菌が増える条件と危険温度帯、腐敗と熟成の違いを学び、第I部の土台を作ります。

この章で学ぶこと

  • 世界に広がった寿司で何が起きているか、日本の寿司がなぜ生で食べられてきたかを説明できる
  • 細菌・ウイルス・寄生虫の違いを、「食品の中で増えるか」「何で死ぬか」で説明できる
  • 菌が増える条件と危険温度帯(10〜60℃)を挙げ、室温に置いてはいけない理由を説明できる
  • 腐敗と熟成の違いと、「菌さえ入らなければ」という言葉の意味と限界を説明できる

1.1 世界に広がった寿司と、ついてこなかった条件

寿司が日本の外で広く食べられるようになったのは1970年代以降です。農林水産省の推計では、海外の日本食レストランは約18.1万店(2025年)あります。

広がるにつれて、握る人も売り方も変わりました。日本で修業した職人はごく一部で、多くは現地の調理人や、短い講習だけで店を開いた人です。スーパーのパック寿司や屋台、届くまで1時間以上かかる宅配でも売られます。寿司は「握ってすぐ食べる」料理から、「作ってから時間がたって食べる」料理に変わったのです。

屋台と夜市で起きていること

暑い国の屋台や夜市では、次のような光景が珍しくありません。気温35℃の中、溶けかけた氷の上に生の魚が並ぶ。朝に合わせた酢飯が、夕方まで売られる。一度も冷凍していない魚が、寄生虫の確認もなく生で出される。水道の水が飲めない土地で、その水から作った氷で魚を冷やす。氷は、もとの水と同じだけしかきれいではありません。汚れた水の氷は、それ自体が菌やウイルスを運びます。

世界保健機関(WHO)が2026年に公表した推計では、2021年の1年間に、食品が原因の病気にかかった人は世界で約8億6,600万人、亡くなった人は約152万人にのぼります。寿司だけの統計はありませんが、暑い国の屋台や持ち帰りの寿司で食中毒が起き、亡くなった例があることは、各国の保健当局の報告から分かっています。

日本も、昔から安全だったわけではありません。1990年代には、刺身や寿司などの魚介類が原因の腸炎ビブリオ(海水にすむ食中毒菌。第2章)の食中毒が多発し、1998年には839件に達しました。2001年に、生で食べる魚介類を「10℃以下で保存する」などの基準が定められてから、事件数は大きく減りました。いま海外の多くの地域は、日本が1990年代に通った道を歩いています。

1.2 日本の寿司はなぜ生で食べられてきたのか

生の魚を日常的に食べる文化は、世界でも多くありません。日本でそれが成り立ってきたのは、少なくとも四つの条件が重なっていたからです。

  1. 低温の流通 漁船の上で氷に埋められた魚は、市場、仲買、保冷車、店の冷蔵庫と、ほぼずっと10℃以下で運ばれます。この流れをコールドチェーン(獲ってから出すまで低温を切らさない流通のしくみ)と呼びます。
  2. 短い提供時間 その日に仕込んだネタを握り、握った寿司は数十秒で客の口に入ります。菌が増えるには時間がかかります。カウンターは、作ってから食べるまでの時間をできるだけ短くするしくみでもあります。
  3. 酢飯の酸と塩 合わせ酢の酸が、菌を増えにくくします。わさび・ガリ・お茶の働きは補助です(第5章)。
  4. 職人の訓練 鮮度を見る目、内臓を素早く抜く手順、汚れ仕事ときれいな仕事でまな板を分ける習慣、手を酢で清める動作などです。

四つのうち一つでも欠ければ、生食の安全は崩れます。そして日本でも、安全は自動ではありません。厚生労働省の統計では、寄生虫のアニサキス(第2章)が2018年から2024年まで食中毒の事件数で第1位、2025年もノロウイルスに次ぐ第2位でした。海外では、四つの条件のうち二つも三つも欠けていることがよくあります。だから海外で握る職人の原則は、「日本と同じ」ではなく「日本より厳しく」です。

1.3 相手を知る ― 細菌・ウイルス・寄生虫

食中毒を起こす相手は、大きく三つに分かれます。増え方も、何で死ぬかも違います。相手を取り違えると、手間をかけても効かない対策を続けることになります(表1-1)。

細菌 ― 食品の中で増える

細菌(一つの細胞でできた、ごく小さな生き物)は、栄養と水分と温度がそろうと、食品の中で1個が2個、2個が4個と倍々に増えます。細菌の中には、食品の中で毒素(菌が作る毒)を作るものがいます。菌が加熱で死んでも、毒素は残ることがあります(第2章)。

ウイルス ― 食品の中では増えない

ウイルス(細菌よりずっと小さく、人や動物の細胞の中でしか増えない粒)は、食品の上ではいくら時間がたっても増えません。そのかわり、ごく少しの量で人にうつります。寿司屋で問題になるのはノロウイルスで、冷蔵にも冷凍にも耐え、アルコールが効きにくい相手です。

寄生虫 ― 増えないが、冷凍と加熱で死ぬ

寄生虫(ほかの生き物の体の中で暮らす小さな動物)も、食品の中では増えません。代表はアニサキスで、長さ2〜3cmの白い糸のような幼虫です。冷凍と加熱で死にますが、酢・塩・わさび・醤油では死にません。

表1-1 食中毒を起こす三つの相手
相手食品の中で寿司屋での例冷凍すると加熱すると酢・塩では
細菌増える腸炎ビブリオ、黄色ブドウ球菌増えなくなるが、多くは生き残る中心75℃で1分以上で多くが死ぬ。毒素は残ることがある増えにくくなるが、死なない
ウイルス増えないノロウイルス生き残る中心85〜90℃で90秒以上で壊れる効き目は期待できない
寄生虫増えないアニサキス−20℃で24時間以上で死ぬ70℃以上、または60℃で1分で死ぬ死なない

1.4 菌が増える条件と危険温度帯

細菌が増えるかどうかには、栄養、水分、温度、時間、酸の強さ、酸素の六つの条件がかかわります。酸の強さはpH(酸性・アルカリ性の度合いを表す数字。7が中性で、小さいほど酸っぱい)で表し、pHが下がるほど菌は増えにくくなります。寿司屋の衛生の手順は、どれもこの六つのどれかを断つためにあります。魚の身は栄養も水分もたっぷりで、菌にとってはごちそうです。栄養と水分は取り上げられないので、職人が握る手綱は、温度と時間、そして酢の酸です。

危険温度帯 ― 夏の台所の弁当

食中毒を起こす菌の多くは、人の体温に近い35〜37℃あたりで最もよく増えます。菌が活発に増える温度の範囲を危険温度帯と呼び、日本の衛生指導では10〜60℃とします。海外の多くの基準では5〜60℃(米国FDAの基準では5〜57℃)です(図1-1)。夏の台所に朝から置いた弁当が昼に傷んでいるのは、半日のあいだ、ずっとこの温度帯にあったからです。

凍結 冷蔵 危険温度帯 加熱 −20 0 5 10 35 60 75 100 ℃ −20℃で24時間以上:寄生虫(アニサキス)は死ぬ。細菌は眠るだけ 0〜10℃:冷蔵の温度。多くの菌は増えにくいが、数は減らない 10〜60℃:危険温度帯。人の体温(35〜37℃)あたりで最もよく増える 60℃以上:菌は増えない。中心75℃で1分以上で多くの菌が死ぬ ただし、菌が作った毒素の一部と芽胞は、加熱しても残る 点線=海外の多くの基準で冷蔵の上限とする5℃
図1-1 温度と菌・寄生虫

倍々で増える ― 時間のこわさ

細菌が1回分かれて数が倍になる時間を分裂時間といいます。条件がよければ、腸炎ビブリオは約10分、大腸菌やサルモネラは約20分、黄色ブドウ球菌は約30分で倍になります。20分で倍になる菌は、1時間で8倍、3時間で512倍、6時間で約26万倍です。10分で倍になる腸炎ビブリオなら、3時間で約26万倍に達します。紙を半分に折るたびに厚さが倍になるのと同じで、時間は「足し算」ではなく「かけ算」で効いてきます。

もう一つ大事なのは、時間は積み重なるということです。冷蔵庫に戻せば菌は増えにくくなりますが、外に出ていたあいだに増えた分は減りません。朝の仕込みで30分、昼のピークで1時間、夕方にまた30分出していれば、合わせて2時間、危険温度帯にいたことになります。多くの国の指針が「危険温度帯にいた時間が合計4時間を超えたら捨てる」としているのは、この考え方によります。

冷やす・凍らせる・火を通す ― できることと、できないこと

冷蔵は殺菌ではありません。0〜5℃の冷蔵庫は多くの菌の増え方をほとんど止めますが、菌の数は減りません。冷蔵庫の温度でもゆっくり増える菌もいます。冷凍は細菌を殺しません。菌は眠るだけで、解かせばまた増えはじめます。冷凍で確実に死ぬのは寄生虫です。加熱は万能ではありません。多くの菌は中心温度75℃で1分以上の加熱で死にますが、菌が作った毒素の中には、煮ても焼いても壊れないものがあります。米につく菌の中には、熱に強い殻をかぶって眠る芽胞を作るものもいて、沸騰させても生き残ります(第II部)。

1.5 腐敗と熟成 ― 「菌さえ入らなければ」の本当の意味

「魚が悪くなる」という言葉には、原因の違う変化が混ざっています。いちばん大事なのは、腐敗と熟成を分けて考えることです(表1-2)。

腐敗 ― 菌が身を分解する

腐敗は、細菌が魚の身のタンパク質を分解して、嫌なにおいの物質を作る変化です。アンモニアのようなツンとしたにおい、強い生臭さ、硫黄のようなにおいが出て、表面がぬるぬるしてきます。

熟成 ― 魚自身の酵素が旨味を作る

魚の身には、生きているときから酵素(体の中の変化を進める物質)が含まれていて、死んだ後も働き続けます。この働きで身が少しずつ柔らかくなり、旨味の成分が増えていきます。菌を増やさない条件で、この変化だけを上手に進めるのが熟成です。

表1-2 腐敗と熟成の違い
くらべる点腐敗熟成
起こすもの細菌魚自身の酵素
身の変化分解されて、ぬめりが出る柔らかくなり、旨味が増える
においアンモニア臭、強い生臭さ、硫黄のようなにおい大きくは変わらない。アンモニア臭が出たら、それは腐敗
菌が入らなければ起きない進む(菌を抑えることが前提)
行きつく先食べられない。迷ったら捨てる旨さの頂点を過ぎると、苦味や身崩れが出る

「菌さえ入らなければ」

職人のあいだには「菌さえ入らなければ、魚はいつまでも腐らない」という言葉があります。これは半分正しい言葉です。健康な生きた魚の身の中には、菌はいません。菌がいるのは皮、エラ、腸で、魚が死ぬとそこから身へ入りこみます。だから、エラと内臓を早く取り、清潔な包丁とまな板でおろし、表面の水気を拭き、低温に置けば、身の中で菌が増えるのを大きく抑えられます。熟成が成り立つのは、この考え方があるからです。

しかし、菌が入らなくても、魚自身の酵素は働き続けます。旨味の成分はやがて苦味のある成分に変わり、身は崩れ、脂は空気に触れて酸化し、古い油のようなにおいが出ます。「菌さえ入らなければ腐らない」は正しくても、「菌さえ入らなければおいしいまま」は正しくありません。熟成には、旨さの頂点を過ぎたところで終わりが来ます。くわしくは第8章で学びます。

1.6 職人の責任 ― 迷ったら捨てる

食中毒は「確率」で起きます。危険温度帯に2時間置いた魚を出しても、誰も具合が悪くならないことはよくあります。この「今まで大丈夫だった」という経験が、いちばん危ない先生です。条件がそろった日に、同じ手順が人を傷つけます。安全とは、事故が起きなかったことではなく、事故が起きないしくみが毎日働いていることです。

日本の食中毒予防には、「つけない・増やさない・やっつける」という三原則があります。菌を食材につけない(第3章)、ついた菌を増やさない(第4章・第5章)、残った相手をやっつける(第2章・第9章)。第I部の各章は、この三つを寿司屋の仕事に当てはめたものです。

仕入れから客の口に入るまで、寿司のすべての段階に手を触れるのは職人だけです。職人は最後の砦で、そこで止められなかった危険は、もう誰にも止められません。判断の原則は一つです。迷ったら捨てる。捨てた食材の原価は、一人の客が入院する代償よりずっと安く、店の信用を失う代償とは比べものになりません。

この章のまとめ

  • 寿司は世界に広がったが、安全を支える条件(低温の流通、短い提供時間、酢飯の酸、職人の訓練)は一緒に広がらなかった。海外では「日本より厳しく」が原則。
  • 食中毒の相手は細菌・ウイルス・寄生虫。細菌は食品の中で増え、ウイルスと寄生虫は増えない。ウイルスはごく少量でうつり、寄生虫は冷凍と加熱で死ぬが、酢・塩・わさび・醤油では死なない。
  • 菌が増える条件は栄養・水分・温度・時間・pH・酸素。危険温度帯は10〜60℃(海外の多くは5〜60℃)。菌は倍々に増え、外にいた時間は積み重なる。
  • 冷蔵は殺菌ではなく、冷凍は細菌を殺さず、加熱しても毒素や芽胞は残ることがある。
  • 腐敗は細菌の仕事、熟成は魚自身の酵素の仕事。「菌さえ入らなければ腐らない」は正しいが、おいしさには終わりがある。
  • 食中毒は確率で起きる。職人は最後の砦であり、迷ったら捨てる。

確認問題

問1 仕込みを終えた具材を、調理台に室温のまま置いておいてはいけない、いちばんの理由はどれですか。
a 室温では具材の色が悪くなり、見た目が落ちるから
b 10〜60℃の危険温度帯では、栄養と水分の多い具材の中で菌が時間とともに倍々に増え、冷蔵庫に戻しても減らないから
c 室温に置くと、具材についたウイルスが食品の中で増えるから
d あとで加熱すれば菌も毒素もなくなるが、その手間が増えるから
e 菌は1時間以内なら増えないので、1時間を過ぎたときだけが問題だから

答え:b

危険温度帯では菌が倍々に増え、外にいた時間は積み重なります。a の見た目も落ちますが、いちばんの理由は菌です。c のウイルスは食品の中では増えません。d は誤りで、加熱しても壊れない毒素があります(第2章)。e も誤りで、腸炎ビブリオは条件がよければ約10分で倍になります。

問2 魚の「熟成」と「腐敗」について、正しいものはどれですか。
a 熟成も腐敗も細菌の働きで、違うのは時間の長さだけである
b 熟成は魚自身の酵素による変化を、菌を増やさない条件で進めたもので、腐敗は細菌が身を分解して嫌なにおいの物質を作る変化である
c 菌さえ入らなければ、魚は何週間置いても旨味が増え続ける
d アンモニアのようなにおいが出てきたら、熟成がちょうどよく進んだしるしである
e 熟成は冷凍庫の中で進めるのがいちばんよい

答え:b

熟成は菌を抑えたうえで魚自身の酵素の働きを管理するもので、腐敗は細菌の働きです。a は誤りで、起こすものが細菌か酵素かという根本の違いがあります。c は誤りで、菌がいなくても酵素は働き続け、旨味は苦味に変わり、身は崩れ、脂は酸化します。d のアンモニア臭は腐敗のしるしです。e は誤りで、冷凍すると酵素の働きも大きく遅くなります。